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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第62話 相容れない道

タイムリミットが迫る



 心臓が縮み上がるほどの嫌な予感がレオを襲った……。少女がアサシンである事をレオはうっかり忘れていた。


 そして最悪な事に、隣に居たはずの銀髪少女の姿は既に無かった。こうして驚いている間にも彼女は俊足を飛ばしてターゲットの元へ辿り着こうとしているだろう。もはや、悠長に侵入経路を見極めている暇は無かった。


「クソッ、行くしかねぇ――!!」


 出遅れたレオは、警備の猛攻を受けながらも庭を一直線に突き進んだ。ターゲットを殺される前に確保しなければならない。無謀を承知で正面突破するしかなかった。


 窓を割り、邸宅に乗り込んだレオに屈強な男達が立ちはだかる。侵入者であるレオの姿を発見した彼らは挨拶代わりに次々と斬りかかった。


 一人ひとりが主人のエグリオスによって選ばれたエリートなのだが、レオにとっては手慣れた相手。赤子の方がまだレオを苦戦させた事だろう。相手の武器を斬り刻み、時には手足を氷漬けにして身動きを封じながら、レオは多数の敵をあっという間に制圧した。


「――居たぞ! 逃がすな!!」

「逃げねぇっての」


 護拳や峰で殴られた男達が一人また一人と大理石を敷いた豪華な廊下に転がる。白と金が醸し出すせっかくの高級感が台無しになってしまったが致し方ない。


 新手を片付けると、レオは領主エグリオスの元へと急いだ。信頼されて依頼を任された以上――責任を持って引き受けた以上、レオは失敗に終わらせるつもりは無かった。


(ったく、バカでかい所になんか住みやがって……。どこに居やがる……?)


 あいにく、家の構造は下調べをしていない。ターゲットがどこに居るのかレオは見当もつかなかった。ただ、見つけるのはなるべく早い方がいい。それだけは確かだった。


 単に少女に先を越されない意味でも重要な事だが、早く見つけ出したいのには別の理由もある。こうした邸宅や別荘では、家主やその家族が避難する為の“セーフルーム”が大抵設けられている。立て籠もられるとかなり面倒だ。外に通じていて逃してしまう可能性も考えられる。


 少女の暗殺実行が先か。エグリオスの避難が先か。時間との勝負だった。これまでに培った経験と勘を頼りにレオは全速力でエグリオスを探した。


 遂にその時が訪れる。テラスへ続く広間でレオは標的とばったり出くわした。


(見つけた! まだ無事だったか!)


 護衛に周囲を守られた、タキシード風の服を着た中年太りの男――領主エグリオスだ。その出で立ちはいかにもな感じである。アスタルから貰った資料で容姿は分かっていたが、初見でも彼がそうなのだと判別するのは容易だった。


「なんだ貴様ァ!? ひっ捕らえろ!!」


 エグリオスの命令で護衛が束になってレオに斬りかかる。金で買った忠誠心はいかほどか――。レオは氷壁で真っ先にテラスへの逃げ道を塞ぐと、品定めするように敵を迎え撃った。


 やはり、信念も覇気も無い駒がいくら剣を振るおうとレオは全く恐怖を感じなかった。一人残らず気絶させ、部屋の一角に人間の山を作り上げてしてしまう。


 邪魔者はもう居ない。レオは領主にじりじりと迫った。


 焦った顔を右へ左へ。エグリオスは探した。味方、武器になりそうな物、逃げ道……。しかし、どれも無いと分かるや否や、不揃いの歯を剥き出しにしてレオを睨み付けた。


「観念するんだな」


 不思議な力を宿す剣〈フューリッツテイン〉をエグリオスに向けてレオが構える。


「クソったれ! 賤民の分際で! ――誰か助けろっ!!」

「こりゃあ話し合っても更生の余地は無さそうだな。……ちっと痛いかも知れないが我慢しな」

「――がぎゃあああ!!」


 美術品と呼ぶに相応しい白刃が、エグリオスの脂肪の乗った腹部に突き刺さる。断末魔のような叫び声が部屋にこだました。……しかし、何も起きず。あの日レオが見た眩い閃光は放たれなかった。


「……ッすまん! なんか失敗したみたいだ」

「さ、さ、刺しておいて謝ってんじゃねぇクズがあああ!!」


 おかしい……。善人になって欲しいとしっかり心の中で願った。にもかかわらず反応無し。何か発動条件が揃わなかったのか? 真剣さが足りなかったのか? 銀の刀身を伝う鮮血。沈黙する剣を訝しく見つめてレオは原因を考えた。


 たちまち赤く染まる絢爛な上着と白いシャツ――。刺された箇所を左手で圧迫してエグリオスは頭が割れそうなほどの激痛を耐え切った。


「……こ、殺す……! 絶対に殺してやるぞッ……!!」


 領主エグリオスは込み上げる怒りを原動力に、レオを押し退けて走り去ろうとする。なお、レオはびくともせず、逆にエグリオスがよろけそうになった。


 大量の血液を垂れ流しながら、エグリオスは必死に目の前の廊下を目指した。しかし、状態は手負い。しかも日々の贅沢で肥えている。動きは極めて遅かった。


「動くと死ぬぞ。直してやるから戻って来い」

「誰が、テメェの事なんか……! コケにしやがって! 許さねぇ……! 魔物に喰わせてやる!!」


 エグリオスが机に置かれた燭台を投げつけて来たのでレオは仕方なく弾き飛ばす。――たったそれだけの動作。その一瞬。彼の悪あがきに対応したのが運の尽きだった。


「――ッ!!」


 死の舞。エグリオスはすれ違いざまに喉笛をかっ斬られ、立ち方を忘れた体は悲鳴すら上げられずにその場に崩れ落ちた。白の大理石が赤で塗り尽くされてゆく――。


 二つの切っ先を持つ双剣。特徴的なシルエット。血塗られたその刃は、領主だけを襲ったとは到底思えないほどの赤さを帯びていた。


 ピクリとも動かない肉塊など一瞥も向けない。華麗に着地した銀髪の少女は血なまぐさい靴裏からぴちゃぴちゃと音を立て、スキップしながらレオの側に駆け寄った。


「レオ~、シャルの勝ちだよね〜っ」


 無邪気に自分の勝ちを喜び、笑顔を向けるシャル。しかし、レオから顔を逸らされてしまい、直後にシャルはなんとも言えない不安に駆られた。「レオ……?」小さくその名を呼ぶも、目を合わせようとしてくれず、さらなる不安感が少女を襲った。


 領主の遺体の方に目をやり、レオが重たい息を吐く。


「……殺す必要、あったのかよ」

「だって悪い奴って聞いてたし……。殺せって言われてたから……」

「オレを殺せって組織に言われたら殺すのか?」

「そんな……! そんな事しないよ!」


 レオの煙たがるような険しい表情を目にしてシャルは自分が嫌になった。レオの為だった。守る為だった。その一心だった。……それが裏目。途端に何が正解だったかシャルは見えなくなってしまった。


「あたし、レオの力になりたくて……。それで……。なんで殺しちゃダメだったの? 証拠ならあるよ? 逃したらレオが復讐されちゃうじゃん……」


 シャルは自分の何が悪かったのか教えて欲しかった。教えてくれれば、すぐにでもそれを正そうと思っていた。


 しかし、純粋な瞳で問われたレオは返答に窮した。


 何故殺してはいけないのか、レオには正しい答えを出せそうになかった。散々殺して来た身としては偉そうな事は言えない。何より、現役時代だったら迷わず斬っていただろう。かつての行いを棚上げして説教だなんてレオには出来なかった。少女が知っていようが知っていまいが。


 一つだけ、レオには気になった事があった。


 力になりたかったと言いながら組織の言いなり。まるで過去の幻影(じぶん)を見ているかのよう。どうすれば彼女が自由を取り戻せるのか、レオが考えないはずがなかった。


「……お前自身はどうなんだ? 殺したいって思ったのか?」

「え……うぅ……分かんない……」


 そんな事は考えた事も無かった。シャルは伏し目がちになってしまう。


 この世に居るのは「殺す者」「殺される者」「殺さない者」の3つ。どれが正しいだとか、どれが間違っているだとかの二項対立は無いものだとシャルは考えていた。


 自分はただの「殺す者」で、「殺される者」を斬るのは自然な事。そう思って生きて来た。


 「殺したい」から暗殺を続けて来た訳ではない。今回だってそうだった。「殺さなきゃ」とは思ったが「殺したい」とは思わなかった。……だからこそレオの質問の意味がシャルは理解できなかった。


 「殺したい」が伴わなければ殺してはならないのなら、どうやって「殺す者」から大切な人を守ればいいのだ? 「殺したい」感情が芽生えた時、大切な人は既に傷付けられているか殺されている。それでは遅いではないか。一体どうやって……? 答えを見出せず、シャルは苦しさを露にして血塗られた刃を見つめる。


「思ってないなら、殺さなくたっていい」

「……うん。レオがそう言うなら……」

「オレが言うからじゃなくて、“自分がどうしたいか”だろうが」

「えと……レオの言う通りにするのが、あたしのしたい事じゃダメなの……?」


 レオは眉間にしわを寄せたまま、少女の真っ直ぐな眼差しを受け続ける事しか出来なかった。


 彼女が心からそう願っている、それで「正しい」と思っているのなら、それも一つの生き方なのかも知れない。だとすると、これ以上は強要になってしまう。それでは本末転倒だ。自身の説明力の無さにレオは頭を掻きむしる。


「……なんかよく分かんないけど、これでシャルの勝ちだよ? 結婚の約束してっ!」


 死が漂う戦場と気まずさを物ともせず、甘くてとろける言葉をまたしても告げて来た。「恋は盲目」とは言うが、状況を考えない彼女のそれは、もはやレオには狂気に近かった。


「いいや、オレはまだ負けてない」

「えぇっ!?」

「そもそも、勝負に乗ったなんていつ言った。そんなに結婚したけりゃ、オレを倒して納得させてみろ」

「ふぇ!? なんでレオと戦うの!?」

「負けた方が勝った方の言う事を聞くんだ、いいな?」

「絶対負けない!」


 負けた方が勝った方の言う事を聞く……知性を必要としない非人間的な交渉なのだが、単純ゆえにシャルのハートは燃えた。この勝負に勝てば願いが叶う。手に届く所にチャンスがあると分かれば、みなぎるやる気を全身で表現せずにはいられなかった。


 無論、レオの提案には裏があった。この対決が自分に分がある事をレオは知っていた。


 勝負には一つのルールも設けていない。一見、互いに条件は同じ。しかし、双方の思惑は大きく異なる。少女が本気で斬りかかって来るだろうか? レオはそうは思わなかった。これまでの言動からそれは確実。だから持ちかけた。


 結婚願望を叶える為に少女が全力で来る可能性はあった。だが、結ばれたい相手を死なせてしまう確率はゼロだろう。少なくとも、生死にかかわる時は加減せざるを得ない。


 対する自分は、愛の一つも芽生えていない。相手のように手を抜く必要も無い。断然有利に立ち回れる。やはりレオは負ける気がしなかった。


 両者、互いに距離を取って剣を構えた。恋の攻防が今始まる――。



だが、恋する乙女は強かった


2025.4.19 文章改良&62話として追加

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