第61話 銀飛燕の狩り
狩りの時間
追いかけっこの末、かなり林道から逸れてしまった。なので、まずはそこからだった。街への道に戻るべく、レオとシャルは木漏れ日が落ちる鬱蒼とした道なき道を突き進んで行く……。
「なぁなぁ、シャルウィンさんよぉ」
「やだなぁ~、さん付けじゃなくていいよ?」
レオの前を歩いていたシャルが、わざわざ湿った落ち葉を踏む足を止めて振り返る。にこやかな笑みの少女とは対照的な様子をレオは浮かべていた。
「このまま進んで大丈夫なのか?」
「え、レオ知ってるんじゃないの?」
シャルが当ても無しに進んでいた事が判明してレオは唖然とする。思わず頭を抱えたくなった。
文字通り胸を弾ませて元気に先導して行くものだから、なんとなく目的地までの方向が分かるのかとレオは思っていた。しかし、シャルに当てなんて全く無かった。そんな事考えてもいなかった。レオが何も言わずについて来るので、こっちの方角で合っているんだな程度にしか考えていなかった。
「レオが知らないなら、あたしだって分かんないよ」
「初めからこうするべきだったか……」
勘を頼りに進んでなんかいられない。レオは秘密兵器を取り出した。
あいにく懐中時計の羅針盤は壊れている。パーツの欠損による故障はレオにもどうにも出来ない。だが、今のレオには魔改造を遂げたガラケーがあった。地図を表示させれば街への方角が一瞬で分かった。
「うわ、森の奥に進んでるじゃねーか」
「それは大変だ」
「なんで笑っていられ――っ?」
レオが急に動きを止めて茂みの一点を見つめ始めた。首をかしげるシャル。レオの奇妙な行動の原因が判明する。環境音に交じった微かな葉の揺れ――直後にシャルの耳も不審な音を拾い上げた。
何かが潜んでいる――。
レオとシャルは何が起きても対処できるようすぐさま身構えた。地理的に人間である可能性は極めて低い。隠れた正体をその目で視るまでは二人とも油断しなかった。
葉と葉のこすれる音。じっと目を凝らすレオとシャル。その時だった。無数の黒い針がレオとシャルに向かって一直線に飛んで来た。鋭さも相まって、刺さればそのまま人体を貫通しそうな勢いだった。
何者かの攻撃を受けた二人は左右に散り事無きを得る。飛んで来た針は苔むした大木に突き刺さり、役目を終えてふんわりとしたただの“毛”へと変化した。その光景は、まるで凍った物が融解して柔らかさを取り戻したかのようであった。
(あの辺りに居るのか――いや!?)
目星を付けて向かおうとしたレオだったが、それどころではなくなった。初撃を避けてすぐ、今度は別の方向から数え切れない量の針が飛んで来た。
鋭い凶器と化した毛をひたすら避けて行くレオ。避けてばかりでは埒が明かないが、幸い一人ではない。そこはシャルに任せる事にした。
レオからの合図が無くとも、シャルは自身がやるべき事を瞬時に理解していた。その俊足で、第二の針攻撃の発生源に向かって既に駆けていた。
針の連射が自分を標的にしていない今がチャンス。取り出した双剣の片方を茂みの側に投擲してシャルは隠れている相手の注意をそちらへ向けると、木を蹴って上方から一気に斬りかかった。
「いてて……おっぱいに枝が」
生い茂った葉の中から正体不明の影が素早く逃走する。姿が見えず仕留める事こそ出来なかったが、レオが待つ開けた場所にシャルは元凶の生物を追い込む事に成功した。
「毛玉のくせにいい度胸してるじゃねぇか」
現れたのは、角の生えた全身毛むくじゃらな黒い小型の魔物だった。特徴からして“ポルポルモドキ”だと思われた。魔物を専門に扱う本でレオは以前見た事があった。
〈エレクシア王国〉に多く生息する、白い毛を持つ生物“ポルポル”に姿が似ている事からその名が付いたとレオは記憶している。もっとも、似ているのはその毛玉っぽさだけである。穏やかで可愛らしいポルポルと違って凶暴で、一回り大きく角がある。何より、目が禍々しい赤をしている。魔物の特徴だ。
「外来種はこの世から駆逐しねぇとな」
レオは取り出した剣を担いで毛むくじゃらの魔物を一睨みすると、地面を蹴って突撃を開始した。しかしそこへ、茂みに隠れたもう1匹からの針攻撃が。さすがのレオも剣での対処にも限度がある。針の雨を防ぐべく、レオは反転攻勢を諦めて氷の壁を足元から生成する。
レオの隙を魔物は見逃さなかった。追い立てられた魔物が黒い毛を逆立て、その先端を標的に向ける。――それこそ隙だらけ。魔物は背後からシャルに斬り裂かれ、色褪せた落ち葉を赤く染めた。
“魔物”と一口に言っても広い。賢いのも居れば、そうでないのも居る。このポルポルモドキのように、敵の隙を見つけると自衛に頭が回らない種も存在する。
そんな彼らに勝ち目があるはずもなく……。
「レオ! 残り1匹だよ!」
「ああ、分かってるッ」
飛んで来た大量の毛針を氷壁で防いでやり過ごしたレオは、瞬時に真横に飛び出し、氷の刃を茂みに向かって投げつけた。
力無いうめき声を最後に、土の香りを含んだ森は静けさを取り戻した。
実力差は明らかだった。例えるなら、低レベルモンスターが高レベルのレオ達に蹴散らされたと言った所か。もっとも、現実世界では常に上手く行くとは限らない。一つのミスが命取り。多くのハンターが魔物狩りを“遊びの延長線”でやっていないのはその為である。
剣を〈保管魔法〉でしまったレオの元にシャルが駆け付ける。
「やったー! シャル達のコンビネーションで倒したよ! 何か貰ってく?」
「撲殺じゃなかったからなぁ……。攻撃させすぎて良質な毛は残っていないだろうし」
ポルポルモドキの毛は、そこそこの需要があるとレオは覚えていた。しかし、良質な毛から攻撃に使用される上に、せっかくの黒い毛が獣臭い鮮血でべっとりだった。あまり採算は見込めなかった。
血とニオイを落とす液体が市販されているが、それなりの値段だ。採れる毛の量を考えると、利益より損失が逆転する。〈修復魔法〉で血を魔物の体内に戻す事も可能ではあるものの、先を急ぐ必要がある。逆に角は無傷だが、その需要はとても低いらしい。
よって「そのまま地に還す」以外に選択肢は無かった。
魔物を思いっきり斬り裂いてしまった張本人のシャルは、残念そうな顔を浮かべるレオを見て途端に申し訳なくなった。
「あたし、レオの役に立ってる……!?」
「まぁ……」
(大丈夫か、この女……。なんか危うい……)
「次は斬らないで倒すから!」
「いや、面倒だからもう遭遇したくないや。さっさと林道に戻ろう」
シャル的には、ただ歩くだけでは退屈なので魔物との遭遇は大いに歓迎だった。出て来てくれた方がレオとの共闘が出来て一石二鳥とすら思っていた。
一方のレオはそうは思わなかった。
人間の縄張り――〈人地〉の外は危険がいっぱい。太古の自然環境が残っている半面、奥地に行くほど強力な魔物が棲み付いている。遭遇する前にさっさと林道に戻るが吉だった。
◆
魔物との戦いを終え、レオとシャルは緑に囲まれながら道なき道をひたすら進んでゆく。
「その剣、使いやすいのか?」
しまい忘れているのか、隣を歩くシャルが双剣を手に持ったままだった。色んな意味で危なっかしい。婉曲的な指摘も込めてレオは尋ねた。
「もう慣れちゃった」
「やっぱり慣れが必要か」
剣に興味があるのだと受け取ったシャルは、左右に持っていた剣をレオに渡して見せてやった。
ダブルチップ・ブレイド――剣好きのレオはその形状を見てすぐに分かった。メインの刀身とは別に、柄の近くに短く枝分かれした刃が付いている。切っ先が二段階に分かれているのでその名称が付いた、名工の一振りだ。
シャルの双剣は左右で若干の差があり、片方が平均的な長さで、もう片方はそれより短かった。彼女によると、短い方は柄の長さを調整できるらしく、伸ばせば同じくらいのリーチになると言う。
レオが見終った双剣を返すと、シャルは青白い光で2本の剣を包んで手の中に収納した。何事も無かったかのように……。
(……まさか、天然?)
酒場での支払い忘れの件もある。結局、真相は分からずじまいだった。
「ダブルチップ・ブレイド系統の剣も手に取った事あるんだけどさ、どうしても二段目の切っ先がどっかに引っかかんだよね……」
「護拳無くても相手の剣防げるから便利だよ? あとカッコイイ!」
確かに、その系統の剣は二段目の刃で敵の攻撃を防げるが、レオとしては護拳が無いと安心できなかった。第一、護拳を使った剣術を得意とする。レオにはなおさら必要だった。
飛燕の如く舞う銀髪少女の戦いっぷりがレオの脳裏に流れる――。
先程の剣術と身のこなしと言い、初心者向きではない剣と言い、こう見えてやはりアサシンなんだなとレオは一段と確信を強めて行った。
しばらく剣の話に花を咲かせていると、なんとか林道に戻る事が出来た。随分と遠回りをしてしまったが、その先に念願だった林の出口が見えた。
「ふぅ、迷子になったかと思ったよ~」
「なっていたんだが?」
林を抜けると、最終目的地〈メルナ〉の全体が丘の頂上から一望できた。レオの想像よりも大きく、小川を通したオレンジ屋根の街だった。
岩の転がる草原を横目に、一本の砂利道を辿って丘を下って行くと、無事に〈メルナ〉に着いた。
ここ〈メルナ〉のレオの印象は、「過疎っている」であった。暇そうな店が目に付く。人が集まっていたのは青果店くらいなものだった。道行く人の数も少なく、ひっそりとした石畳の通りを歩く住人がちらほら。お世辞にも活気があるとは言えなかった。
「景観は綺麗だけど、静かすぎるのは考え物だな」
「静かなのはいい事じゃないの? あたしは好きだよっ、こう言う街」
「好かれるだけじゃ、空っぽになっちまうのさ」
ここの領主が富を吸い尽くした結果、街が衰退してしまったのではとレオはどうしても勘繰ってしまう。悪評が立った事による流入減少・流出増加も要因なのでは。事前の情報と偏見がレオに悪い方向に想像させた。
その邸宅を目の当たりにすれば、ますますレオはそう思ってしまった。
領主エグリオスの邸宅は探すまでもなかった。街のちょっとした高台にあったおかげですぐに見つけられた。どうやら自分の存在感と権力を誇示したいらしい。でなければ、こんな見下ろすような場所に豪華な住居を構えるだろうか。
レオとシャルは広大な敷地を囲う柵から邸宅の様子をうかがった。アスタルが言っていた通り、敷地内には見張りが多数配置されていた。正面突破はリスクを伴いそうだ。眉根を寄せてレオは策を練った。
「どうしたらいいかねぇ……?」
「競争だね!」
「よし――えっ? 居ねぇし!?」
(おいおい、まさか――アイツがこの街を目指してた理由って!?)
予期せぬ事態にレオは敵陣に飛び込まざるを得なくなる……
2025.4.19 文章改良&61話として追加




