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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第59話 韋駄天少女の恋

新キャラ登場!



 レオは教わった通りに南下し〈メルナ〉へと向かった。


 さっき居た街〈ヘルマソン〉はとうに抜け、舗装されていない砂利道が地平線にまで伸びた草原をレオは歩き続けていた。……そう。かれこれ何時間か歩いたが、なかなか目的地に着かなかった。


(目的地はまだ先なのか……。歩いて行けるって言ってたくせに……遠い……)


 時折〈マナ虫〉が漂いながら「みゅーみゅー」と鳴いているだけで、特に何も起こらない自然豊かな風景が続いた。人とすれ違う事も無かった。そう言う意味では、青々とした草原のくせに砂漠のようだった。


(腹減ったな……)


 好天とは真逆の曇った表情を浮かべながらも、レオはようやく〈メルナ〉の一歩手前の宿場街に着いた。目的地まであと少しなのだが、さすがのレオも空腹には耐えられなかった。肉を焦がしたいい匂いに誘われて、レオは目に留まった店屋に入った。


 お昼時なので客は多かった。どうやら酒場らしく、男性客がほとんどだった。カウンターの奥に大量の酒瓶が置いてあるのがその証拠だ。


 レオが出入り口で座れそうな場所をきょろきょろ探していると、上半身裸でエプロンを付けたマッチョな店主が話しかけて来た。


「いらっしゃい! お客さん、今混んでて席空いてないんだわ」


 嘘だ。彼は申し訳なさそうにそう言っていたが、席が全く空いていない訳ではない。先程ざっと見渡した時、レオは相席できそうな場所を見つけていた。酒場では相席なんてよくある事だ。どうして勧めない? 怪訝に思ったレオが肩をすくめる。


「相席でもいいっすよ? あそことか」

「え、いや……あそこか? いいのか……?」


(なんで戸惑ってんだ……)


 1人で黙々とサンドウィッチを頬張り、携帯端末を見つめる少女がそんなに怖いのか? レオの眼にはそうは見えなかった。構わず、レオはその女子が座る席へと向かった。


 優しい銀色のミディアムヘアの少女に「相席失礼」とレオは一声かけ、真正面の椅子に腰を掛ける。そして、大きなメニュー表を広げて、ガッツリ食べられそうな料理を探した。


(何この人……)


 見ていた携帯端末を下げ、冷たい殺意の籠もった目つきで少女がレオに嫌悪感を示す。するとあろう事か、少女は手元のナイフをレオに向かって躊躇無く投げ付けた。


 ナイフは隠れたレオ目がけて一直線に飛んで行き、薄いメニュー表を貫通した。――なんとレオはそれを歯で受け止めていた。


「あふにゃいな!!」

「っ――!?」


 目をまん丸に見開いた幼い顔つきの小柄な少女。その容姿は、不意に人様にナイフをぶん投げるような女子には到底見えなかった。しかしながら、行儀を知らない悪い子らしく、レオはナイフを口にくわえたまま鋭い眼光を飛ばす。


 険悪な空気に覆われるかに思えたその時だった。少女は目の色を変え、突然椅子から立ち上がった。


「あたしシャルウィン! よろしくねっ! “シャル”でいいよ!」


 少女は愛らしい照れた笑顔と共に、いつまでも耳に残る甘くて活発さを感じさせる声で名乗って来た。その凶暴さ故に店主が相席を勧めなかったのかと納得した所にこれだ。さすがのレオも遠ざけようにも遠ざけられず困り果てた。


 少女の立派な胸にうっかり目をやってしまったレオは、不躾な視線と対応のしにくさを誤魔化すようにナイフを静かに手元に置くしかなかった。


「……おい、急にどうした?」

「よろしく〜、えへへ」


 いつからだろうか。周りの客からの視線が、食べ物にたかるハエでも見るかの如く冷たい……。「さっさと失せろ」とでも言わんばかりの視線が集まっていた事にレオが気付く。


(なんだこの周りの視線は……酒場で騒がれるのがそんなに嫌か? いや、この子にか? 店主もやけに戸惑ってたもんな……)


 右へ左へ。横目で状況を確認した所、レオの思った通りだった。自分達……とりわけ「シャルウィン」と名乗った少女を白い眼で見ていた。


 なお、当の本人はそれを物ともせず、明るく無邪気に「えーとね、えーとね」と話題探しに一生懸命だった。気分が高まってしまって周りの景色など今の彼女には見えていなかった。


 取りあえず、レオは相手に座るよう促した。聞き分けはいいのか、素直に座ってくれた。


 ナイフを投げて来た以外は至って普通。それどころか懐っこい少女。彼女の何がそこまで人々の嫌悪感を掻き立てるのだろうか? 気になったレオは少女の方に少し身を乗り出し、小声で話しかける。


「ちょっと聞いていいか?」

「うん!」

「……なんで避けられてんの?」


 銀髪の少女――シャルは水色の瞳をぱちくりさせ、小さく首をかしげる。


「あたしの事知らないの?」

「すまん。知らん」

「シャルは……アサシンだから」

「なーんだ」


 そうと分かるとレオは前のめりにしていた体を背もたれに倒した。暗殺者(アサシン)は闇の住人。暗殺組織に属し、その利害に基づいて隠密に標的を殺す。酒場に居合わせただけの客が、ただの少女をあんな眼で見ていたのも納得だった。


(顔を知られているのは恐らく……)


 実力のあるアサシンは、同じ闇を縄張りに持つ敵組織にとっては何がなんでも潰しておきたい相手である。居場所を奪い、精神的に追い詰める為に、その存在を明るみに出されてしまう事はよくある話だ。少女もきっとそうだった。……うっかり者でなければ。


 名の知れた暗殺者なら、知らないはずがない。一時期狩りまくっていた。彼女は最近まで存在を知られていなかったアサシンなのだろうとレオは推測した。


 無論、今のレオには無関係。興味も無い。暗殺者と思しき少女と遭遇したからなんだ? レオからすれば“民草そっくりの毒草”だった。


 世の中、殺し屋やアサシンなんて隠れているだけでごまんと居る。そのうちの1人がシャルウィン()()()()()()と言う話に過ぎない。――そう。軍に突き付けられるだけの証拠が無い。


 疑惑のある人物は王国軍もリスト化する。しかし、「自称している」「そう呼ばれている」それだけの情報では軍も拘束できない。銀髪少女は素性こそ出されてしまったが、肝心の尻尾は出していないのでは。だから周囲の人間も忌み嫌う事しか出来ないのではないか。レオはそう直感した。


(あるいは、ここら一帯が組織の縄張りで、報復を恐れて何も出来ないか……)


 気を取り直し、レオは退屈な顔で穴の開いたメニュー表を眺めた。そんなレオの対応にシャルが意外そうにする。


「ふぇ、驚かないの?」

「オレも似たようなもんだったからさ……」

「そうなんだ」


 こんな対応、シャルは初めてだった。暗殺者は世間から忌み嫌われる存在。自分を受け入れてくれたようで、じわじわ嬉しくなった。


 やっぱり自分の気持ちを伝えたい――。募らせた思いを、言葉に出そうと口を開くシャル。その時、テーブルに置いた携帯がタイミング悪く振動音を立てて遮った。


「あ、電話だ。待っててねっ」


 そう言うと銀髪の少女は黒いミニスカートを揺らして外へ出て行った。


 マナーモードなのは暗殺業に支障をきたすからか。ああ見えて常識はわきまえているからか。どちらにせよレオは無関心を装った。触らぬ神に祟り無し。



 酒場から小走りで出たシャルは、人気の無い路地裏で足を止める。振動を続ける携帯端末の画面に触れ、打って変わって白けた表情で呼び出しに応じた。


「……何?」

『件の男を仕留めたら、次のターゲットの始末に向かえ。今情報を送る。目を通しておけ』


 相手からの会話はその事務的な短いものだけだった。そして通話は切られた。


 シャルは送られて来たフォルダを開き、最新の任務内容を確認した。言われた通りに。事務的に……。しかし、思いがけない画像を目にし、シャルの瞳に光が戻る――。


(――さっきの人だ!)


 ふさふさの髪型に凛々しい顔。角度が微妙で写りも悪いが、間違いなかった。シャルはわくわくしながらその人物の情報が書かれたページを眺めた。


「えへへ……“レオ”って言うんだ。……危険度9って本当かなぁ……?」


 そんな風には感じなかった。普通に接してくれた。悪者扱いされた気分でシャルが不満を露にする。この情報は間違っているに違いない――と。


 暗殺の標的に設定されるだけの理由が何かある。それはシャル自身も分かっていた。ただ、送られて来た情報は“生”ではない。少なくとも、書かれてあるような危険人物だとは思わなかった。


 アサシンの性質上、身内外の同業者は皆敵である。その事実を仄めかすだけでも自殺行為に等しい。仮に彼が暗殺者であったなら、悠長に構えていられるはずがなかった。それどころか、「オレも似たようなもんだった」とぼかしながらも明かして来た。何より過去形だった。


 導き出された結論は、「暗殺者でもなければ、今は闇の住人でもない」であった。


「やっぱり悪い人じゃないよね……?」


 願望を込めて小さく呟き、少女は載っていた顔写真を保存する。そして、彼の事をもっと詳しく知るべく、書かれてある他の情報にも目を通し始めた。



 ◆



 酒場に居たレオは注文した巨大オムレツをあっという間に平らげてしまった。味付けもボリュームも満点だった。唯一惜しむべきは、エイルゥの手料理を味わったばかりでなんとなく物足りない事。それだけだった。


(ふー、これでまた歩ける。……行くとするか)


 そろそろ目的地の〈メルナ〉へ出発しなければ。報告しにアスタルの所へ寄るとなると、もしかしたら家に着くのは真夜中かも知れない。夜更かしが苦手なレオとしては、それだけは避けたい思いだった。


「ごちそうさん」


 頼んだオムレツの値段をレオは覚えていた。お釣りが出ないよう事前に調整した金額を出口のカウンターに置いて支払い完了……とレオが思ったその時だった。エプロンを上半身にかけたマッチョな店主が穏やかな表情を一変させた。


「ちっっと、お客さん! 連れの分は? 払ってくれねぇと!」

「は?」


 銀髪の少女と仲良く話していた風に見えたのか、レオは仲間だと間違われてしまった。状況を理解したレオに嫌気が溢れる。


(なんでこうなるんだよ……)


 最悪の気分だった。猛抗議したいくらいのクレームものだった。が、もとを正せば相席したのが運の尽き。揉めるのも面倒なのでレオは少女の分も仕方なく支払う事にした。そこまでの出費ではない。


「まいどあり!」


 春らしい暖かさの中、店を後にしたレオは辺りを見回す。少女の姿は見当たらなかった。


(……待っててって言われたけど、関わらねぇ方がいいよな。ただの食い逃げじゃないならなおさら)


 会ったばかりの女子を待つのも変だが、問題はそこではない。問題は、彼女の背後にある闇だった。安易に関わりを持てば、今の穏やかな生活がいつ終わってもおかしくない。それでは逆戻りである。


 待っていて欲しかった理由は定かではない。罪悪感は少なからずあった。それでも、これっきりの出会いだと思ってレオは目的地へと歩を進めた。



 宿場街を出て林道を真っ直ぐ進むレオ。木々の合間を抜けて足元を照らす木漏れ日が気持ちいい。光り輝く蝶が優雅に飛んでいてレオは心が洗われた。


 こうして一歩街から離れれば、緑豊かな自然を堪能できるのがこの国の良さだ。もっとも、〈エレクシア王国〉からレオは出た事が無い。この国だけの特色とは考えなかった――。


「――ちょっと待って〜!」


 聞き覚えのある声。レオの背筋を嫌な予感が走る……。


 振り向いてみると案の定だった。例の少女がすぐ側まで来ていた。


 一見すると警戒すべき要素は皆無。上目遣いで終始話して来るような、ついつい撫でたくなる可愛らしい感じの150cm程度の小柄な女子で、かなりのバストの持ち主。フード付きの燕尾の服からこぼれ出そうなほど。黒のキャミソールからは胸の谷間が露になっている。相席した時と同様、敵意も無い。


 容姿と仕草が相まって、うっかり警戒心が緩んでしまいそうになる。余程の人間不信でない限り、彼女を見て危険を感じる者は居ないだろう。


 レオは思った。闇を知らずに生きていたら、彼女の雰囲気に心を乱され、ペースを狂わされ、気を許してしまっていたかも知れない――と。


 ……しかし、気配を少しも感じなかった上に、音も無く突然現れたのでレオはつい身構えそうになった。少女がアサシンである事をレオは今確信した。


 気配を断てる人間はそこそこ居る。だが、足音を全く立てずに相手の間合いにまで接近できる人間は多くない。声をかけられなければ確実に気付けなかった。可愛い顔に似合わず暗殺者としての技術を持っていると悟れば、どうして警戒せずに居られるだろうか。


「もぅ……! 待っててねって言ったのにー!」

「へぁ!? まさかついて来んの!?」

「そうだよー?」


 それ以外に何があるのだと言わんばかりに見つめ返されてもレオは困った。


「あたしレ……」

「れ?」

「舌噛んじゃった」

「おいおい、大丈夫か?」


(危ない危ない……。名前聞いてなかった……)


 勢い余って聞いてもいない名前を口から滑らせそうになったシャルだったが、なんとか誤魔化した。ここで手順を間違うと怪しまれてしまう。一呼吸置いてシャルは初対面である事を意識する。


「ねぇねぇ、名前教えて?」

「レオだけど」

「レオって言うんだ〜、えへへ」

「……?」


 これまでの積極性が嘘のようにもじもじ恥じらいを見せる少女。何か言いたげでレオは首をかしげる。返って来たのはまさかの言葉だった――。


「レオ、結婚しよっ!」



昔はこれが16話目だったとか信じられない

さて、結婚を申し込まれたレオの対応は……次回明らかに


2025.4.13 文章改良&分割

2025.6.1 誤字訂正

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