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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第57話 水紋の港街――カネリア

暖房の付いてない冬の家はクソ寒い



 春の兆し。厳しい冬が終わりを迎える。


 闇から抜け出たレオは、〈ベイン・デリーター〉に見つかる事無く逃げ延びた。運よく遭遇しなかっただけの可能性もあったが、その辺りは定かではなかった。デリーターは闇の住人。裏切り者を探して既に動き出していたとしても、レオにはもう知り得ない。


 組織を脱退した当初はかつてないほど弱気だった。闇夜を荒らした獅子が一転、借りて来た猫だった。


 だが、道すがら人助けをしているうちに、日に日に自信が湧いた。心が安定し、知らぬ間に身に付いた強さをレオは認識する事が出来た。その好循環――。


 ゆっくり流れる時間の中で自身の歪な軌跡を振り返ってみれば、進化の要因は明白だった。


 もがいて、駆けて、生き抜いたのだ。あぶれた猛者共が跋扈する闇を。義憤に任せてただ斬り伏せただけだとレオは思っていたが、全てが糧になっていた。狩る度に鋭さを増す無双の獣牙のように。


 今となっては、デリーターに見つかっても負ける気はしなかった。



 ◆



 早春に吹く冷たい風を背に受け、レオは〈エレクシア王国〉をさらに北上した。ある日思い立ち、王都に程近い街で家探しを始める。


 その街の名は〈カネリア〉。細い水路を蜘蛛の巣のように張り巡らせた、水に恵まれた街だ。豊富な水資源を活かし、運河を国中に走らせた王国があるのだが、それと比べるとさすがに規模は小さい。


 湾に面した街の西には、砂州により徒歩での往来が可能な巨大な陸繋島――隣国の〈アンクーサ王国〉が見える。漁業で栄え、王家の食卓を今なお彩り続ける港街。王都に近い割には雑踏の少ない、趣のある穏やかな地域だ。


 そんな街で、レオは水路沿いにちょうどいい空き家を見つけた。今日はその見学に来ていた。


「ほー、随分広いですね」


 ちょっぴりリッチな気分。それがリビングを見回したレオの第一印象だった。なお、この家はごく普通の家である。


 ボロ家や廃墟をはじめ、豪邸やら別荘やらを訪問もとい襲撃する機会が多かったせいで、レオは“普通の民家”のサンプルが不足していた。レオ本人が土地の狭い島国育ちである事も相まって、一般家庭の家の標準的な広さがレオにはよく分からなかった。


「うちは四人家族でしたから、独り身にはちょっと広いですかねぇ。レオさんに家族が出来ればちょうどいいかも知れませんな」

「ははっ……」


 レオはつい半開きの目で冷たい笑い方をしてしまった。だが、相手はここの家主だ。マズいと思って即座に表情を正した。……正しはしたが、服装は相変わらず。ワイシャツの袖をまくり上げたいつものスタイルである。


 春前になって厳しい寒さは落ち着いて来たとは言え、普通にまだ寒い。家主の老爺が今朝レオの姿を目にした時、あたかも自分が薄着になったように錯覚したのは言うまでもあるまい。


 一方、家主はその正反対。レオの背丈の半分くらいの小柄な体に、輪郭が分からないほど着込んでいる。無理もない。暖房が効き始めて、ようやく部屋が冷凍庫から冷蔵庫になったばかりだ。冷暖房の為の空調設備が備わっているのだが、事前に付け忘れた上に、家の隅々に朝の冷たさが留まっていて、とても薄着になれる環境ではなかった。


「さぁさぁどうぞ。見て行ってください」


 レオは家主と共に一通り部屋を見て回った。


 一階の台所とリビングに仕切りは無く、それが広々とした印象を与える。椅子やテーブルが置かれていないのでイメージが湧きにくいが、リビングに食卓とソファーを設置しても十分なゆとりが出来るほどだった。


 風呂も同様、なかなかの広さだった。


 普通のシャワーの他に、浴室の天井には最新式の噴水装置が付いていた。装置には様々な機能が備わっており、ミスト状のお湯を噴かせたり、水量を増やして豪雨に似た状況を作り出せたりすると言う。その為、調節すれば浴室をサウナに変えられるのだとか。


 二階には、寝室に使えそうな部屋が4つとそれぞれの部屋にウォークインクローゼット。ベランダ側には日向が差し込む空間。そしてトイレがあった。家主が4人家族だった事が鮮明に想像できた瞬間だった。


 見学を終え、レオは家主とリビングに戻った。すると、何故だか家主が若干申し訳なさそうな顔をしていた。


「長年使っていて壁にヒビとか入ってますが……どうでしたか?」

「いやいや〜いい家ですよ。海が近いってのもいいですね〜」

「それは良かった。気に入って頂けましたか」


 小高い場所にあって潮の香りこそ届かないものの、少し歩けば見晴らしは最高。歩いて40分くらいで港に出られる。海が好きなレオにとってはそれだけで十分だった。


「ここ買います」

「――えっ、他の所は回らなくていいんですか?」


 家主の老爺がドングリのように目をまん丸に見開いた。驚かない方がおかしい。家の購入を見学したその場で決める人間なんてそう多くない。


 だが、レオの意志は固かった。これほどの好物件、他の家を回っているうちに取られるかも知れない。取られたら後悔する。そう思えるほどに、レオにとってこの家の魅力度は高かった。


「即決する人が居るとは……。では早速、契約書と支払いを」


 レオは全額、現金で支払った。馴染みが無いと驚くかも知れないが、誰もが〈保管魔法〉を使える世の中だ。自分が金庫そのものである人も少なくない。こうしたやり取りは一般的なのだ。


 貯金は十分。暗がりで得た、恨みつらみの込められた汚い金ではあったが、命を賭して稼いだ金でもある。レオは使う事を躊躇わなかった。次の人の手に渡り、相応しい使われ方をされれば清められるだろう……と。


 煩雑な手続きがいくつか残っていたが、代理可能な数個はご厚意で進めてもらえる事になった。甘えてしまって恐縮だったが、家主がかなり嬉しそうな顔をして引き受けると言うので断るのが躊躇われた。


 るんるん気分の家主を見送ってレオは新居の扉を閉める。


「さぁて……。やる事が山積みだ」


 新居であって新築ではない。あの家主の言う通り、ヒビや傷……そこら中に直すべき箇所があった。


 家だって長く使えば壊れて行く物だ。億劫ではあったが、おかげで安く購入できた事を考えればレオに不満は無かった。ぼちぼち〈修復魔法〉で片っ端から修繕する事にした。



 手の周りを淡い黄色に発光させて、レオは修復作業を進めてゆく。天井や床、壁の端から端まで。小さなヒビ割れも傷跡も見逃さない。


 そうして黙々と作業を続けて数時間。ようやく修繕が終わった。


 背中を反らせて伸びをするレオ。慣れない姿勢を長時間させられたので腰が痛くなった。それでも、作業を終わらせた後の達成感に勝るものは無い。実にいい気分だった。


「ふー、一通り終わったかな……。案外便利だなこの魔法。教わっておいてよかったわ」


 しかし、見れば見るほど見事にすっからかんだった。電球を除けば、家具はおろかカーテンすら無い。家具が揃うまでは仕方がないとは言え、作業を終えると家の寂しさが身体に沁みた。


 家主曰く、貸家として提供する場合は家電や家具を備え付けたままの事が多いらしい。ただ、当の家主は既に別の地域に引っ越しを済ませており、あとは売るだけの物件だった。それを購入したのだから当たり前の光景だった。


(そう言えば、左隣はお隣さんが居るんだっけか。……挨拶しておかないとな)


 ここへ来る前にした家主との話をレオはふと思い出した。どうでもいい情報のように思っていたが、よくよく考えてみたら挨拶をしておくべきではないか。長く住むなら近所付き合いは大切だ。


 たまたま今朝買ったフルーツがあったので、レオはそれを適当な籠に入れて持って行く事にした。こちらの世界で「引っ越し蕎麦」と似た風習があるかは定かではなかったが、フルーツの詰め合わせを貰って不機嫌になる人はまず居ないだろう。レオはそう考えた。


 玄関を出てすぐ左。レオは隣の家の前に来た。


 玄関先には鉢植えがいくつか置いてあり、いかに自分の新居が殺風景かをレオは思い知らされた。なるほど、花を育てるのもいいな――理想的な家の外観を想像しながらレオは階段を上がった。


 どんな人物が住んでいるかまでは知らされていない。悪い印象を与えてしまい微妙な関係が続くよりずっといいはず、とレオは訪ねる前に少し笑顔の練習をしておいた。


 心臓の鼓動を抑えてチャイムを鳴らす。すると、中から声がして扉が開いた。出て来たのは爽やかな感じの若い男性だった。


「えーっと? 何か用ですか?」

「今日、隣に引っ越して来たレオと言いますー」


 レオがペコペコ頭を下げていると、男性の後ろからお団子ヘアの若い女性がひょこんと顔を出して来た。彼女はレオを見て、どこか納得した様子で笑みを浮かべた。


「あー、レオさん! お隣さんになるってさっき聞きましたよ〜。ちょうどすれ違って」

「あっ、そうでしたか」


(あの爺さん気が利くな……優しすぎて逆に怖いわ)


「僕はシラン、こっちはエイルゥ」

「どうも~、よろしくお願いします」

「不束者ですが、よろしくお願いします。あのコレ、フルーツよかったらどうぞ」

「……えっ?」


 歓迎の笑みに困惑を滲ませ、シランとエイルゥが互いの顔を見つめ合う。二人ともフルーツを一瞥するだけで、「なんでこの人はフルーツを差し出しているんだ?」とでも言いたげ。何か良からぬ事でもしてしまったのかとレオは不安に駆られた。


 フルーツがいけなかったのか? 早めに食べないと傷んでしまうからダメだったのか? いや、違う。今になってレオが状況の原因に気付く――。


(しまった!! こっちの世界ではこう言うの無いのか――!?)


 今更気付いても時すでに遅し。差し出してしまった物は簡単には引っ込められない。それこそ失礼に当たるのでは。行き場を失ったフルーツの詰め合わせをレオは気まずく出し続けるしかなかった。


「えと、フルーツ……ですか?」

「あはは、失礼しました……。こっちの習慣に慣れてないもんで……」


 「あっ、どうりで」とシランが納得の言葉をこぼす。なんかおかしいとシランは思っていたが、事情が分かれば疑問はすっかり晴れた。


 込み上げるような恥ずかしさ。取りあえずこのフルーツを早く引き取ってくれとレオは目で訴えた。察しのいいエイルゥが優しい面持ちで貰ってくれた事により、ようやくレオの誤りは救われた。


「新しいお隣さんが来た時は、近所の人がお祝いするんですよ~」


 パーティーや食事でニューカマーを歓迎、おもてなしするのが一般的なのだとか。エイルゥのフォローにレオはまたしても救われた。


「いやー……世間知らずですみません」

「いえいえ地域差があるものですから。こっちこそ気が利かずすみません」


(クソ……調べときゃよかった)


 話の流れでレオは二人の自宅に招かれた。今日はたまたまシランもエイルゥも仕事が休みで、互いの日程を合わせるプロセスをすっ飛ばして、すぐに歓迎会を始められた。


 レオは美味しい手料理をご馳走になった。カネリア近海で獲れた魚介類をふんだんに使ったリゾット、揚げた豚肉を使った“コルップラ”と言うトマト料理などが振る舞われた。


 エイルゥの手料理には真心が込められていた。「お口に合わなかったらごめんなさい」などと本人は謙遜していたが、そんな事は一切無かった。最近外食ばかりで食が偏っていたレオの舌を感動させた。文句の付け所が無い。シランが羨ましくなるほどだった。


 食後のデザートは……皆まで言うまい。シランとエイルゥが喜んでくれて何よりだった。「恥ずかしい思いをした甲斐があった」とレオは二人を笑わせた。


 食卓を囲んで親睦を深め、レオは一日を楽しく終えた。


 まだまだ始まったばかりの新生活が、レオにはなんだか昔の事のように思えた。



今後の生活拠点はカネリアです。隣人の二人も今後ちょくちょく出て来ると思うので覚えておいて損は無いはず


2025.4.13 文章改良&57話として追加

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