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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第56話 それぞれの道へ

再スタート



 レオとアイスは廃墟群を離れ、光と影の境に位置する路地裏に一時身を潜めた。人で賑わう大通りはもう目前。あとは日の照らす方へと一歩踏み出すだけ。


 口数少なくなっていたアイスをレオが気にかける。寂しげな紅い瞳。視線が重なってほどなくして、アイスがぽつり言葉をこぼす。


「……本当に、行っちゃうんだよね?」

「まぁな」

「その後、どうするの?」


 2、3歩先の光景でいい。レオがどのような未来を思い描いているのか、ここまで導いて来た者として――レオを案ずる者として、アイスは知っておきたかったのだ。


 レオは分からないと言った様子で少し首を振る。レオからすれば、今の状態は病み上がりならぬ“闇上がり”に等しい。新たな環境に慣れるまでは、今後の活動は未定だった。「何も決まってない」申し訳なさそうな声色でそう告げるしかなかった。


「そ、そうだよね……」

「デリーターから逃げつつ、色々考えるとするよ。せっかく考える機会を貰った訳だしさ」

「うん。それがいいよ」


 誰にも縛られずに考えて生きて欲しい。そうした願いを込め、アイスはうなずいて答えた。ただ、励まされたレオは一転して視線を落とし、自信なげな表情を浮かべる。


「オレ、人の為に生きるとは言ったけど、漠然としていて……上手くやれるか不安だ。アイスの受け売りっぽくも聞こえるし、具体的な目標がある訳でもないし……」


 生き方を決めたはいいが、何をどうして行けば理想通りに生きられるのか、今はまだ掴めなかった。思わず、レオはぽつりと弱音を吐く。遥か先の極致に立つアイスなら、何か知っているのでは。アイスなら、強要せずに何かヒントをくれるのでは。アイスの前だからこそ吐けた弱音であった。


「大きな事なんて、まだ考えなくてもいいんだよ。目の前にある小さな事からやって行けばいい。困難を抱えた人を見かけて声をかけるだけでも、立派な事だと思う。そうした、小さな手助けをしているうちに、自然と何をするべきかは見えて来ると思う」


 この先には自由が待っている。だが、そんな自由な世界だからこそ、レオは困難にぶつかる事だろう。そうした時、レオが迷わず前へ進めるように、アイスは道しるべとなるような言葉を優しく紡いだ。


「あと、受け売りなんかじゃないよ? レオが生まれ持った心……それが、たまたま私と似通っていたってだけ。だから、そんな風に思わないで? もっと、自分の良心に胸を張って?」


 アイスは陽々とした笑みを浮かべ、レオが棄てずに眠らせていた良心に自信を持たせようとする。しかしそれでも、レオは何かに躊躇っている様子を和らげない。レオの気持ちを引き立てる言葉を贈った直後に、アイスがレオに心配の目を向けるのも無理なかった。


「オレ、大丈夫だよな……? 変、じゃないよな……?」

「変……?」

「向こう側に行っても、大丈夫な顔してるよな?」


 向こう側、とレオは賑やかな声が時折聞こえる大通りの方へと視線を向けた。言わんとしている事を悟り、アイスは穏やかに返す。


「変じゃない。変でもいい。それでも受け入れてくれる人がどこかに居る。レオなら大丈夫だよ。レオならこの先も、きっと上手く行く」


 かつてレオが自分を受け入れてくれたように――自分がレオを受け入れたように、きっと誰かが手を差し伸べてくれるはず。だからアイスは、気休めではない言葉でレオを勇気づける事が出来た。


「でも、もしも危ない目に遭ったら、遠慮なく相談して? こんな私だけど、力になるから」

「“こんな私”だなんて、自分を過小評価しすぎだろ」


 ふっと笑ってレオはアイスの肩に優しく手を置く。


「お前が居なきゃ、今のオレは居ない。人の心を動かして、その人生を変えるのは簡単な事じゃない。アイスは凄い事をしたんだ。アイスこそ、もっと胸を張っていいと思う」


 境界の世界が幽寂を取り戻し、近場の雑踏が無音を埋める。刻々と迫る別れの時。今日この瞬間を終えてしまうと、もう以前のようには会えない。そう思うと言葉が出ず、レオとアイスを惜しくて切ない気持ちにさせた。


 敵地に一人残して去るのは心苦しい――。名残惜しそうにアイスから見つめられたレオは、実現しないだろうと理解していながらもついある事を提案してしまう。


「……一緒に来るか?」

「えっ……」


 予想外のお誘いに、アイスの思考が一瞬止まる。互いに別々の道を行く前提で話を進めていた。こうしてレオが持ちかけて来るとはアイスも全く想定していない。アイスはどう反応すればいいか分からず、ただただレオの優しい目を見つめ返す事しか出来なかった。


 一緒に行きたいのは山々だった。しかし、自分には成すべき事がある。レオを喜ばせるいい返事が出来そうにない。アイスの驚きの表情は次第に曇ってゆく……。


「……ごめん」


 心底申し訳なさそうな顔を浮かべ、うつむき気味になるアイス。そんな姿を瞳に映せば、レオは自身の浅はかな提案を取り消すしかなかった。


「いや、いいんだ……。アイスを危険な目に遭わせる訳には行かないや」


 アイスが〈ベイン・デリーター〉の諜報活動をしている事を忘れてしまった訳ではない。スパイを抜けて一緒に自由になる道もあるのではとレオは誘ってみただけだ。


 アイスにその覚悟があったなら、レオは本気で連れて行こうと思っていた。だが、今のやり取りで彼女が出来ない立場である事をレオは再認識した。――いや。スパイとしてやり抜く覚悟があるのだとレオは解釈した。


「ごめんね……。……でも、レオの気持ち嬉しいよ。本当に嬉しい」


 感情の板挟みに遭いながらも、アイスはレオに精一杯「ありがとう」の笑みを向ける。レオが何を思って、何を案じているのかは、胸の奥にまで十分伝わっていた。迷惑だなんてちっとも思わなかった。


 その言葉でレオがどれだけ救われたか、アイスには知るよしも無かった。胸いっぱいの感謝の気持ちをどうにかして見える形で示したい。考えた末に、レオはある物をアイスに差し出す。


「なら、これはアイスが持っていてくれないか?」


 レオが突き出した拳から垂れ下がっていたのは、“獅子王座”のシンボルマークが刻まれたシルバーのアクセサリーだった。アイスには見覚えがあった――かつてレオと買った思い出の品だ。アイスは躊躇いながらもそれを両手で受け取った。


「え、どうしてこれを……?」

「オレには一緒に居てやれる事は出来ない。だからせめて、いつもオレが側に居るって感じで」

「だったら、私のも――」


 咄嗟に自分のストラップを渡そうとするアイス。実に彼女らしい対応だったが、携帯端末から取り外してしまう前にレオは優しく断った。交換が実現せず、アイスは眉をハの字にする。


「どうして……?」

「そっちも持っててくれ。オレがアイスの為に買った物なんだからさ。それに、アイスからはもう貰ってるんだ」

「えっ?」


 何かをあげた覚えは無い。きょとんとするアイスだったが、アイスは図らずも、レオに大事なものをもたらしていた。


「アイスの熱い想いだ。それが、いつでもオレの胸で輝いてる。いつだってオレを導いてくれる。これ以上貰ったら、オレがお返し出来ないよ」


 そんなレオに唯一できる事が、固い誓いを形としてアイスのもとに残しておく事だった。レオはアイスの手を取り、贈り物を優しく握らせる。


「お互い離れていても、心はいつも側にある。その証として、持っていてくれ」

「側に居る証……」

「そう」


 アイスは頬を赤く染めながらも、レオの姿をはっきりと紅色の瞳に映し続けた。


「まぁ、どうしてもって言うなら、次会った時にアイスのを貰うよ」

「次……」

「だから、お互い頑張ろう。生きて会える日を信じて」


 レオにそう言われるとアイスは頑張れる気がした。しかも、レオが次に会う事を約束してくれた。なおさら頑張れそうだった。


 アイスは早速、自分の携帯にレオから授かったストラップを結び付けた。すると、両者の関係を表しているかの如く、獅子と乙女のシンボルマークが仲良く並んだ。そんな風に見えたものだから、アイスの頬は一段と赤くなった。


「じゃ、そろそろ行って来るわ。こんな所に居ても、物語は始まらないもんな」

「うん……」


 とうとうこの時が来てしまった。別れたくはない……。まだ言葉を交わしていたい……。そうした思いが束となり溢れ、アイスの表情に滲み出る。


「そんな顔するなって。すぐ会えるさ」

「うん……分かってる」


 手を握って自分の方へと引っ張れば、アイスをその気にさせる事も出来たかも知れなかった。だが、それではアイスを危険に晒してしまう。人生を狂わせてしまう。アイスを想えば、何が最善かは明らかだった。


 映画のようなロマンチックな展開を実現し共有する事は、思考力がとろけるほどの甘美な体験となるだろう。しかし、目先の悦びを得たが為に歯車が狂う事は往々にしてある。レオに迷いは芽生えなかった。


 親愛を込めて、レオは潤んだ紅い瞳に再会を誓った。


 長い人生で、これが最後の別れになるはずがない。レオの言う通り、きっとすぐに会える。せめてレオを安心させて送り出そうと、アイスは「いってらっしゃい」の気持ちで笑みを浮かべる。


 名残惜しいがここでお別れだ。レオは一人、陰った路地から出て行った。


 少し歩いた先で振り返り、日陰から最後まで見送ってくれるアイスにレオは手を振った。微笑みと共にアイスも振り返す。少々ぎこちないそれを見てレオは小さく笑う。


 それが最後のやり取りだった。


 今度は振り返らずレオは石畳を真っ直ぐ進んだ。通りを行き交う人々に紛れてしまってきっともう見えない。それでも、恥ずかしがり屋の少女の姿は今もレオの脳裏にあった。


 寂しさが無い訳ではなかった。ただ、レオに湧いたのはそれを上書きするほどの勇気だった。


(……オレも、頑張らないとな)


 いつか笑顔で会う為に――胸に灯した決意で帆を張り、レオは新たな道を歩み始めた。



次回からレオの新たな生活が始まります。お楽しみに


【この先、話数がおかしなままですが、このまま読み進めて大丈夫です】2025.4.6

アラビア数字→文章改良済み

漢数字→文章改良前


2025.4.6 文章改良&分割



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