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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第54話 巡り巡って

言葉ってのは時々返って来る。いい言葉も、悪い言葉も。



 小ぢんまりとした二階建ての家の前でレオは立ち止まった。なんだか久しぶりに来た気がした。


 居るといいのだが。取りあえずレオはインターホンを鳴らしてみた。……残念ながら、外出中のようで誰かが出て来る気配は無かった。


 合鍵を貰っているので自由に開けられる。しかし、出て行った手前、家主の許可を得ずに入るのも躊躇われた。それに、入るのが目的ではない。アイスに会いたかった。会って直接、レオは自分の気持ちを伝えたかった。


 状況を考えれば、レオには真っ先にやるべき事があった。「アスタルを始末した」と嘘で塗り固めても、脆い土壁では剥がれてすぐに発覚する。彼女が静養している間に、デリーターを欺く方法を練り上げなければならなかった。


 ところが、今のレオにはそうした作戦会議など頭の片隅にも無かった。浮かぶのはアイスの事ばかり。自身の立場が危ういと言うのに、優先順位は今日一日で大差をつけて逆転した。


 階段に腰を下ろし、レオは灰色の空にアイスを想う。


(アイスは手を差し伸べてくれてたんだよな……ずっと。……それを、オレは無視した。跳ね除けた。最低だ)


 進むべき方向を教えてくれていた。それなのに、聞く耳を持たなかった。自らの振る舞いをこれほど後悔した事があっただろうか。


(今度は間違わない。謝ろう)


 居た堪れず、レオは電話でアイスを呼ぶ事にした。仕事中だったなら諦めて日を改めようかと思った。しかし、縁とは不思議なもので、アジトでの用事をちょうど終えた所らしく、すぐに来てくれると言う。


 霖雨が明け、重たい雲の切れ目から陽光が差し込んだ。



 待つ事数分。白い尻尾を走る弾みで靡かせて、黒いダッフルコートに身を包んだ少女がレオの元に駆け付けた。


 レオとアイス、両者の微妙な距離感はさすがにすぐには埋まらなかった。無理もない。二人は喧嘩をした日から一度も話をしていない。さっき電話で呼ぶ時に少し話した程度。面と向かってやり取りをするのは数日ぶりであった。


 それでも、アイスは乱れた白息を整えると、レオの発言を待たずに不安げに静寂を破った。


「えと……話って、何かな……?」


 口調こそ以前と変わらないアイスだったが、視線を下へ逸らしておどおど落ち着かない様子を見せた。まるで怯えているかのよう……。あの日の自分が彼女に残した心の傷。その癒えない傷痕に他ならない。目の当たりにしたレオは、思わず言葉が出なくなってしまった。


 アイスは胸の前で左拳を包むように手を握り締め、不安げな眼差しをレオに向けて返事を待った。そんなアイスの心配はすぐさま覆される事となる。


 レオは言いにくそうに間を取ると、深い後悔を滲ませて切り出した。


「その前に、謝らせてくれ……。オレ最低だった……。怒鳴ってごめん。気付かなくてごめん。アイスは、伝えようとしてくれてたんだよな。オレが進むべき道を間違えてるって」


 己の過ちを知り、反転して突き刺さった。その苦しみはアイスを傷付けた罰だ。謝って和らげようなどとはレオは思わなかった。だが、まずは謝罪からだった。でないとアイスが置いてけぼり。それ無しでは、レオは先へ進める気がしなかった。


 もっとも、苦しんでいたのはレオだけではない。それはアイスにも同じ事が言えた。アイスもずっと、あの日の自分の発言と態度を気にしていた。


 不明瞭だったここ数日のレオの想いを知り、自然とアイスの口からも詫びの言葉が出る。


「私も……。私も、レオに謝りたい……。ひどい事、言っちゃったよね……」

「そう言われて当然だった。今思えば」


 荒みきった過去の自分に呆れ、レオは申し訳なさを込めて少し笑う。アイスは自責し後悔を強めるが、レオが責めるはずがなかった。誰が悪かったかは、レオが一番分かっていた。


「それでもアイスは、そんなオレを気にかけ、見捨てはしなかった。――だから応えたい」


 誠意に満ちた顔付きでレオは真っ直ぐアイスを見つめると、その想いを包み隠さず明かす。


「オレ誓うよ。生き方を変える」


 予想だにしない告白に、アイスは紅い瞳をレオに向け続ける事しか出来なかった。ただ、レオとしてはそれで良かった。聞いてくれるだけで良かった。


「オレは今まで、自分を守ろうと自分の為だけに生きて来た。……いや、自分を偽って無理にそうしようとしてた。出来もしないのに……。それも今日で終わりだ。アイスが気付かせてくれた。自分の進むべき道がやっと見えた」


 偽りの姿と決別する。まずはアイスの為に。アイスが笑顔で居られるように――。レオは目の前の拳を握り締め、抱いた決意を揺るがぬものとした。


「自分に正直に生きる。これからは、そうやって人の為に生きてみるよ」

「レオ……」


 薄い白息を吐き、アイスは穏やかな眼差しをレオへと返す。清々しく語るレオは、アイスからはまるで別人のように映った。――いや、これこそがアイスの知る“本当のレオ”の姿だった。


 湧き上がる嬉しさ。アイスは歩み寄ると、レオの拳を包み込むように両手を添えた。


「……うん。応援するねっ……!」


 レオが新たな生き方――本当に実践したかった生き方を自ら選んだのなら、アイスは心から応援したかった。そうした気持ちを抱けば、触れ合って想いを伝えずにはいられなかった。


「あっ――」


 不意にアイスは恥ずかしくなり、レオの拳に添えていた両手をさっと引っ込める。相変わらずのアイスっぷりがなんとなく懐かしく、なんとなく愛おしく、レオから笑みがこぼれる。その笑みは黒雲を晴らした陽に照らされ、アイスにはいつになく輝いて見えた。氷の如く鋭利で冷たかった頃の面影は、もはやそこには無かった。


 久しぶりにレオの朗らかな笑顔が見られ、安堵したアイスも負けじと自分らしいはにかみ笑いを見せる。帰って来たレオを優しく迎え入れるように。


 長く辛い不仲は今日、終わりを迎えた。


「レオには、そっちの方が似合ってるよ」

「アイスも笑ってる方がいい」

「えへへ」


 ご無沙汰だった温かなやり取りに、アイスは心がくすぐったくなった。


「でも、どうして急に……?」


 レオは無事に良心を取り戻した。好ましい変化であり、いい事としか言いようがない。しかし、数日前にアイスが説得した時には、レオは耳も傾けてくれなかった。あんなにも自分を曲げてレオに強いたのに、それでもダメだった。それが一転して、アイスのよく知るレオが戻って来た。それどころか過去を断ち切った。


 会えなかった間に彼の身に何があったのか。何がレオの考えを変えたのか。きっかけを知りたいとアイスは思わずにはいられなかった。


 するとすぐに、レオは呆れを含んだ笑みをアイスに返した。


「それはさっきも言ったろ? アイスが側に居てくれたからだ」

「え、全然、居てあげられなかったけど……?」

「いや。離れていても、ずっと居たんだ――ここに」


 レオは腕を折り曲げ、握り拳を自身の胸の中央に当てて示す。


「おかげで目が覚めた。オレが求めるものは、もっと他にあるってな」


 原点に立ち返った今、心が何を求めているのか、どんな未来が見たいのか、レオにはハッキリと思い描けた。善良な人々がこの大陸には数多く居る。その平穏がいつまでも続く事。それがレオの望みだった。


 そして何より、アイスの笑顔だ。


 こうして進むべき道を見出せたのも、支えてくれ、気付かせてくれた少女が居たからこそ。その笑顔を守りたい――。笑顔で居て欲しい――。レオは他には何も求めなかった。


 アイスが笑顔で居られない世界は灰色だ。灰色の世界ではアイスが笑顔で居られない。そんな世界にしてしまわぬよう、誓いを胸に自分らしく生きる。レオの決意がかつてないほどに熱いのはその為だった。


 全部伝わってる――そう告げるかのようにアイスは穏やかな顔でしっかりとうなずいた。


「良心に従って、レオがやりたい事を信じてやればいいと思う。誰かが、それを否定しようと」


 レオの気持ちをアイスは後押しした。実現して欲しいと言う想いを込めて。


「ふっ……なんか逆だな」

「逆?」


 おかしな事でも見つけたかのように、口角を上げて白い歯をこぼすレオ。一体なんの事やらとアイスは首をかしげる。


「やりたいようにやればいいって、初めて会った時にオレが言った言葉だよな」

「あっ……。そう言えばそうだったね」


 あの言葉で重苦しい夜が一変した。あの言葉でアイスは勇気を貰えた。あの日の出会いが全てを変えた。アイスが覚えていないはずがなかった。


 あの時の言葉がこんな風に返って来るとはレオは思いもしなかった。だが、これもある意味必然なんじゃないかとレオは思ってやまない。何気なく引き寄せた糸が、巡り巡って背中を押してくれる活力に変わる。それもまた「運命」と言うものである。


 なんとなく、この関係は大切にした方がいい――。初めの頃に抱いた直感は間違いではなかったとレオは今なら断言できた。


 道しるべ無しではダメだった。アイスが居たから、前に進めた。あの日の出会いが全てを変えた。


 もう一つ、アイスに言っておくべき言葉があるのをレオは忘れなかった。闇を払ってくれた勇気ある白狼に、惜しまず、心を込めて告げる――。


「ありがとう」



ある意味、ここからがレオの物語の始まりかも知れません


2025.4.5 文章改良&54話として追加

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