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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編
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第5話 互いに居場所

消しゴムは大事に使いましょう。




 薄いカーテンが朝日を透かす。またしても、レオは目覚ましが鳴る前に眠りから覚めてしまった。いつもの事とは言え、日常に潜む得体の知れない何かに急かされているようで、いい気分には到底なれなかった。


 目覚ましで起きるのと相違は無いようにも思えるだろう。だが、レオにとっては大きな違いだった。


 不本意ながら起きる――社会が定めた規律に従うと言う点ではどちらも同じである。しかし、時計が鳴らねば目覚めない人間には、まだ動物としての本能が残されている。寝たい時に寝て、起きたい時に起きる、真の自由がそこに存在する。人類の大多数が自覚無き奴隷である中、人々がありつける数少ない自由が、確かにそこに存在する。


 一方、レオのような場合はどうだろうか。長年強いられた訓練により、完全に自由から切り離され、矯正されてしまっている。こうした習慣を忌み嫌い、悠々自適に生きる事にある種の憧れをレオが抱いているのはその為である。


 このままではいつか“自分”ではなくなってしまう……頭では分かってはいるのだが、脳が勝手に起きてしまう。何かいい解消法は無いものかと、レオは微動だにしない悩みの種と格闘し続ける。


 学校を休んで一日中寝れば解消されるか? それとも、1週間くらい休めばいいのか? いやいや、一度染み付いた癖だ。ちょっとやそっとの小休憩では元に戻るまい――レオは再考を余儀なくされた。ならば、気が済むまで寝るか? あるいは、長旅でもすればこの忌々しい悪習から抜け出せるのでは? それで純粋な眠りにつけるのなら、是非とも取り組みたい思いだった。


 しかし、どれも出来ないのが現実だ。人生の終焉へと続く一本道に放り込まれてしまった。こうなると簡単には抜け出せない。引き返す事も叶わない。


 どこかで選択を間違えたのか? あるはずの脇道を見過ごしたのか? 途中で別の生き方があったかと思うと、レオは無性に何もかも投げ出したくなった。強圧に屈しそうだからそう思うのか……勝ち組故の悩みなのか……レオには結論を出せなかった。頭の中で思考の場に出たり入ったりするのも段々と嫌になって来た。


(オレって……この社会に向いてないのかもな……)


 一度反骨心をもって世の中を俯瞰してみると、あちらこちらに不条理がはびこり、何もかもが敵に見えた。正しい事、素晴らしい事とされている常識ですら違和感を纏って見えた。やがてその違和感が「不審」を「不信」へと変容させ、要求される全てを跳ね除けたくなった。


 だが、例え向いていなかろうが、名目上の“社会の一員”として動かなければゴミのように扱われる。悲しい事に、多くの人間は訓練済みだ。無意識のうちに互いに監視し合い、相容れない者を炙り出そうとする。反骨人間がどう扱われるかは言うまでもないだろう。


 適合できなければ、徐々に足場を切り崩され、社会から殺される。誰しもが、そうはなりたくないと一様に考える。故に、人々は自発的に去勢し、心身を削ってまで懲役同然の規律に服従するのである。


 そうして逃げ出せないよう巧妙に仕組まれていると考えると、なんとも残酷な世の中で、己の存在意義を見出せず命を絶ってしまう人が現れるのも無理もないようにレオは思えた。その人が悪い訳ではないのに……。


 レオの大きな溜め息が漏れ、静寂をかき混ぜる。


 時計のアラームが鳴るまで寝ていようとレオは思っていたが、色々と余計な事を考えたせいで眠気が吹き飛んでしまった。目が完全に覚めてしまった以上、いくらぬくもりのある布団の中でじっとしていた所で眠くはならない。


 布団から出たレオは首を回しながら軽く伸びをし、ベッド横のナイトテーブルに置いてある目覚まし時計に手を置く。


 また一日の始まりだ――。



 ◆



 いつものように朝の支度を済ませ、レオはいつものように登校した。


 今日も校舎内は歓談を交わす生徒達で賑やかだった。やかましいほどに楽しげな声が廊下を飛び交う中、レオは群れる女子の横を静かに通過して教室へと入った。


 視界がある人物を捉え、レオは思わず一瞥する。意外な事に、窓際の後ろの座席に氷華の姿があった。


 何が“意外”かと言うと、昨日の今日だからだ。4対1の暴力に遭って日が経っていないと言うのに、氷華はあたかもそれが無かったかのような顔で席に座っていた。その上、淑やかに本を読んでいたとなれば、当然の反応であった。


 普通の精神状態なら、学校にすら行きたくないはず――少なくともレオはそう思う。大人しめな氷華の、その外面とは裏腹の強靭なメンタルに、素直に驚かされるレオだった。


 彼女の方がよっぽど強いのかも知れない……なんとなく劣等感を抱きながらレオは座席に腰を下ろす。


(精神面で弱いから、この社会に不満を持つのか……?)


 明日の事は、明日の自分に任せればいい。そんな風にレオは思っている。訪れてもいない未来のごたごたで思い煩う必要は無いからだ。しかしそれは、裏を返せば、未来にある不安や恐怖から逃れる為の自己防衛思考とも言えた。


 ずっと悪くない心がけだとレオは思っていた。だが、ふと足を止めてみると、「出来る事なら目を背けたい……」「もう背けよう……」そうした自身の弱音から来ているものなのではと思わされた。すると途端に、正しさを見失った。


 そもそも、あって無いような心がけだった。明日の事も未来の事も考えずに生きられた試しなんて、実際には一度も無い。今朝だって、悩みの種をまた一つ増やしてしまった。それら全て、心の弱さに原因があるのでは……氷華との比較を余儀なくされ、なんだかレオはそう思えてしまった。


 日頃から抱いている不満にしてもそうだ。誰もが服従する強大な構造を非難・批判する事で、他者を卑しめ、己の弱さを紛らわせているのかも知れない……。


 自分で考察しておきながら、思い当たる節がいくつかあってレオは段々と腹が立って来た。


 「真っ暗」「眩しすぎる」先の見通しが利かない未来をどう捉えるかは、人によって様々だ。唯一、確かな事がある。将来への漠然とした不安や恐怖を抱えていようと、なんら恥じる事は無い。現代人の多くが、そうしたネガティブなヴィジョンに悩まされている。目の前が見えなくなれば、誰だって怖い。それと同じである。何人にも責められない。


 ただ、氷華はそれには当てはまらない。レオの目にはそう映った。


 いじめが怖くて堪らなく嫌なら、こうして学校に来る事はあり得ない。布団から出られるかどうかすら怪しい。ところが、氷華は春風が吹き抜ける教室に座って淑やかに読書を続けている。未来を悪い方へ捉えているとは到底思えなかった。


(本当に強いんだな……。どっかの誰かとは大違いだ……)


 先程レオは思った。酷い目に遭うのなら、学校に行かないのが普通だ――と。だが、それは確証の無い未来から逃げる事に等しい。今更ながら、レオはその事に気付かされた。


 明日も同じ目に遭うとは限らないだろう? 明日はそうなる前に、誰かが助けてくれるかも知れないだろう? 悪い予感に囚われて決めつけるのは簡単な事だが、実際にそうなるとはまだその時点では決まっていないではないか。レオは己の浅はかさを恥じた。


 氷華は悪く決めつけなかった。少なくとも、氷華は「逃げる」と言う選択肢を取らなかった。不安や恐怖を押し退け、めげずに登校した。


 彼女の方がよっぽど心が強い……レオが劣等感を抱くのも無理なかった。



 ◆



 相変わらず退屈で、ある意味“無意味”な授業をダラダラとレオは受け続けた。


 この無間地獄から早く抜け出したい――抜け出した所で、その先で待っているのは真の無間地獄。学び舎を出れば、老いて使い物にならなくなるまで、最悪死ぬまで、今以上の苦痛を繰り返し受けさせられる。そう思うと、レオの胸中は心の溜め息で充満した。


 空虚な時間を強いた挙句、生徒は無知なまま荒漠な社会に放り出される。なんて無責任。喉の渇きを潤そうにも、許可無しでは水も飲めない。なんて好都合。囚われし哀れな学生を代表して現状を嘆きつつ、レオは2時間目の授業を終えた。


 何事も無く今日が過ぎ、きっと同じように明日も過ぎ去る。なんとも味気ない毎日……そう思っていた。


 だが、数学の時間で異変は起きた――。



 昨日と同様、前列からプリントが配られて数学の授業が始まった。


 開始のチャイムが鳴ってから15分が経った頃だった。レオの机に正体不明の欠片が後ろから飛んで来た。未完の数式が無数に描かれたプリントをうなだれて睨んでいたレオだ。それに気付かないはずがなかった。


 レオはシャーペンを持っていた右手で、謎の白い欠片を摘まんでみた。触感からして、消しゴムの破片だとすぐに分かった。何せ、それほどまでに弾力のある白い粒は、教室内では消しゴムくらいしか類似の物は存在しない。特定は容易だった。


 またもや白い粒がレオの真後ろから飛来する。今度はレオの首筋に当たり、否が応でもレオは異変を感じ取った。


(これは……まさか)


 レオは振り向かずとも、誰が犯人かは消しゴムが飛んで来た方向でなんとなく割り出せた。昨日、氷華を乱暴に扱っていた、後ろから2番目の席の――西川口泰久だ。昨日の今日でこんな事をするのは彼しかいなかった。


 レオの推測はほぼ(・・)当たっていた。


(っ! またかよッ!! でも――)


 今のは明らかに例の彼からの攻撃ではなかった。飛んで来た消しゴムの粒は右斜め後ろからのものだった。


 角度からして、他にもグルが居る。となれば、誰の犯行かは明らか。氷華を痛めつけていた人間はこの教室内に3人居る。残りの2人に違いなかった。沸々と怒りを湧かせていたレオだったが、頭の方は意外にも冷静で研ぎ澄まされていた。


(くっそォ……。アイツら、ターゲットをオレにシフトして来やがったか)


 白い欠片はレオのボリュームのある髪にも入り込み、不快に感じたレオが時折それを振り払う。その度に後ろの方からくすくすと笑う声が聞こえた。その押し殺した笑いは1人や2人ではなかった。この一方的な嫌がらせを傍観している者が少なからず居る……それがレオの嫌悪感を猛烈に刺激した。


 左方を横目で見れば、隣の席の女子が嫌そうに、助けを乞うような眼差しを向けて来る。流れ弾を浴びせられる被害を受けていたのだ。非の無い人物が被弾するのは耐え難く、レオはますます腹を立てる。


 周りからすれば、ただの悪ふざけのようにも見えるだろう。だが、レオはそうは思わなかった。これはいじめへの準備段階――その執拗さから、そうとしか思えなかった。


 授業中の攻撃は終わる気配を見せない。


 手持ちの消しゴムが無くなれば嫌がらせも止む? そんなに甘くない。例の3人組は、今度はノートの切れ端を丸めた物をレオに投げ始めた。消しゴムを千切るよりも簡易的であるせいか、そちらに移行してから攻撃の頻度は増した。あっという間に、レオの周囲は細々としたゴミで溢れた。


(ノートが無くなるまでやり続ける気じゃねぇだろうなァ……)


 レオもさすがに我慢の限界だった。やり返さなければ気が済まない。授業中だからと歯を食い縛って耐えれば、相手が付け上がるだけ。そう思い、レオは机上に散乱した性質の異なる2種類の白い粒をかき集める。


 おもむろに立ち上がったレオ。そのまま振り返ると、息を潜める敵に向けて握り締めた物を思いっきり投げつけた。


「うわっ」


 不揃いの欠片がぱらぱらと音を立て、散弾の如く飛び散った。


 予期せぬ反撃に主犯格が思わず声を上げた結果、板書をしていた教師が何事かと生徒達の方を向く。当然、立ち上がっていたレオだけが叱られた。


 解せない……無意識に舌打ちをしてレオは静かに席に着いた。辺りから笑いをこらえる息遣いが聞こえ、レオの神経をさらに逆撫でする。


(なんで、レオ君が……)


 一部始終を見ていた氷華は心が痛くなった。レオがそのような目に遭うくらいなら、自分が傷付けられる方がまだマシに思えてならなかった。そして、“無力なあたし”に嫌悪感を募らせる。


 昨日、レオは助けてくれた。レオが居ると思えたから、不安に屈する事無く、こうして学校に来られた。だと言うのに、自分は彼を助ける事も出来ず、攻撃が終わるのをただ黙って見ている事しか出来なかった。そんな自分が、氷華は許せなかった。


 人知れず、氷華はその胸を強く押さえつける。


(……ごめんね、レオ君。あたしのせいで……)


 氷華は優しい。それ故に、何か良からぬ事が起これば、不甲斐無さを感じて自分を責め、自己評価を低めてしまう。どこか自虐的なのは彼女自身も理解していた。だが、それが生まれ持った気質。こればかりはどうしようもなかった。


 黒ずんだ自責の念が、優しい少女の心をますます苛む。



 ◆



 その後の授業でも、レオに対する小手調べとも言える悪ふざけが続いた。まるで食事中の獅子にちょっかいを出すハイエナ。彼らは試しているのだ。どこまでやれば“キレる”のか。


 レオも何度か口頭で注意したものの、何を言っても馬耳東風。3人組は悪ふざけを一向にやめようとしなかった。終いには、氷華との熱愛疑惑にまで発展した。


 小学生じみた冷やかしは、レオの歳になってもすこぶる腹が立つものだ。相手をゴミ同然だと思っているレオにとってはそれこそ耐え難い。


 レオの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だった。


 なるべく彼らとの接触を避けようと、昼休みは教室に留まらず、レオは学校内を歩き回った。もう昼食を食べる気にもなれなかった。頭に血が上った状態では、口に含む食べ物も鉄のような味がして喉を通らないに決まっていた。やむなく、レオは校舎を巡る放浪の旅を続けた。


(マジでうぜぇ……。この状況、早くどうにかしないと、いつかアイツらの鼻をへし折りそうだ……。一発くらいなら殴っても……?)


 暴力で対抗すると言う、単純明快な方法が頭をよぎった。問題を解決できるかどうかは定かではないが、少なくともイライラの方の問題はスッキリするし、痛い目に遭うと知れば、この時間まで続いた悪ふざけも収まる可能性が高い。何より、バカでも分かる。


 最悪、暴力を振るわれた事が教職員に伝わるだろう。だが、レオはいじめの現場を目撃しており、証人であり被害者である女子とも面識がある。報復を食らっても、相手はそれほど強く被害を訴えられない。状況はレオに有利だった。


(よし。次ちょっかい出して来やがったら、腹を殴ってやろう。出来るだけ深く、拳がねじ込むくらいに)


 遂にレオは決意する。レオ自身、面倒事は嫌いなので耐えてはいたが、拳骨で伝えねば分からないと言うのであれば、躊躇う気は無かった。


「――レオ君!」


 レオがちょうど渡り廊下に差し掛かろうとしたその時、彼方から名前を呼ぶ声がした。声の主が紺のスカートをはためかせ、結わいた赤茶の髪を揺らし、レオの真ん前に駆け寄って来た。


「……なんで息なんか切らしてんだ?」

「探したんだよ……」


 息を整えた氷華が顔を上げる。その表情はまるで、誰かを傷付けてしまったかのような苦痛に満ちたものだった。どうしてそんな風に眉を歪めるのか、レオには心当たりがあった。静まりかけていた憎しみが湧き上がる。


「どうして、関係の無いレオ君にまで……」

「アイツらの考えてる事なんて知るかよ」


 不機嫌そうに言い放つと、レオは腕を組んで廊下の壁にもたれかかった。少々棘のある言い方をしたレオだったが、よく考えれば氷華に当たる必要は無かった。一転して、レオはすぐに顔の力を抜いた。


 しかし、それでも遅かった。レオの声色を聞いて氷華はうつむいて酷く落ち込んだ。当然ながら、「当たって悪かったな」と言いたげなレオの表情など全く視界に入っていない。そして、レオの思いに反して氷華は自責する。


(そりゃそうだよね……。レオ君が怒るのも当然だよ……)


 うなだれた姿勢を徐々に悪化させ、氷華はレオに頭を下げた。


「あたしのせいで、巻き込んじゃって……ごめん」

「なぁんで、お前が謝る。オレが自分で招いたもんだ。気にすんなよ」

「でも……」


 レオはなるべく明るく振る舞って励まそうとしたが、氷華からすれば素直に切り替えられるものでもない。依然として、納得した様子は見せなかった。


 氷華は足元を見つめて無意識に指先をいじる。何か言おうと考えを巡らせていたが、巻き込んでしまった手前、何を言えば正解なのか分からなかった。相手を不快にさせず、迫る沈黙をも吹き飛ばせる、ちょうどいい言葉を僅かな時間で紡ぎ出そうと思うと、これがなかなか難しかった。


「むしろ、これで良かったんじゃねぇか?」


 レオの表情はどこか清々しい雰囲気を帯びていた。想定外の面持ちと言葉に、氷華はつい聞き返してしまった。


「これからは堂々と仲良く出来るじゃないか」

「それもそうだけど、レオ君の今までの居場所が……」

「居場所なんてまた作りゃいいんだよ」


 そう言うと、レオは組んだ腕から指を差す。その視線ならぬ“指線”は氷華のちょうど胸の中央に向けられており、氷華本人はちょっぴり困惑させられた。


「次の居場所は氷華って訳」

「そんなのでいいのかなぁ……」


 レオの居場所は盤石ではなくなり、今や危うい状況。だが、完全に失われた訳ではない。そうなった元凶との関係を断てば、レオは以前の日常を取り戻せる。そうと知っている氷華にとっては、あまり喜ばしい提案ではなかった。


 何より、レオが自分を居場所にすると言う事は、自分もレオを居場所にすると言う事に他ならない。安易な気持ちでレオに甘えれば、レオもいじめっ子の加虐対象になり得る。氷華の懸念の大部分はそこにあった。


「どうした、不満か?」

「だって……」

「らしくねぇな。お前もっとポジティブだったろ」


 お見通しかのように言われ、氷華はレオの優しい茶色い瞳をじっと見つめる。何故だろうか。ずっと前から彼に会っている気がした。なんとなく、氷華はそうした不思議な感覚に包まれた。


「艱難辛苦も二人で進めば怖くない、ってな」

「そんなことわざ無いよ」

「それっぽけりゃ、立派なことわざよ」


 変に意地を張るレオがおかしくて、氷華に少しばかり笑みが戻る。


 こうして、この殺伐とした世界で出会ったのも何かの運命かも知れない。なら、互いに支え合って行こうじゃないか。レオはいっそ開き直る事にした。


 レオは氷華の懸念などとうに理解していた。「一人では耐えられない苦難も、二人なら耐えられる」レオに至っては「艱難辛苦」と呼べるほどの困難ではなかったが、そう言った名目なら、氷華も応じやすかろう。そう思い、ちょっと風変わりな友好関係を築こうと持ちかけてみた。


 氷華にとっては、レオの言葉は先行きを照らす一筋の光だった。その穏やかな顔を見れば、ずっと消極的だった氷華に変化が現れる。


(いいのかな……。ううん、いいんだよね)


 初めは、氷華の気持ちの針はそっぽを向いていた。だが、レオの言い分も一理あった。「二人なら怖くない――」遠くへ行ってしまって忘れかけていた親友の言葉を、レオは思い出させてくれた。今はもう、心細くなんかなかった。


 二人なら、どんな困難も乗り越えられる。二人なら、なんだって出来る。蓋をされてボロボロだった“氷華らしさ”が次第に息を吹き返す。


 氷華はレオの手を握ると、晴れ晴れとした笑顔で承諾の意を示した。女子にいきなり手を握られるのは少々照れたが、レオもしっかりと同じくらいの力で握り返した。



男女共学だと、クラスに1組は仲のいい男女って居るよね。


2017.3.1 誤字訂正&補足

2022.1.15 文章改良&分割

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