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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第47話 違和感

その日、レオの中で何かが変わった




 温かな寝室。布団の中で身を寄せ合う二人。また新しい一日を迎えた。


 雲の切れ間から差す光。朝の気配を感じてレオが目を覚ます。


 腕にある人肌のぬくもり。目をやると、アイスが腕に抱き付いて寝ていた事にレオは気が付いた。最近やけに多い……寝ぼけた頭でレオは前回の朝を振り返る。寝る前はここまで密着していなかった。


 隣で眠るアイスを起こさないように静かにベッドを抜け出ると、レオは布団をアイスにかけ直して一階へと向かった。


 チクタク――時計の針の音だけがリビングを刻む。止まる事無く、1秒ごとに――。こんなにも聴覚が研ぎ澄まされていると言うのに、レオはなんとなく頭の中がぼんやりした。昨日の出来事が遥か昔の事のようだった。


 疲れているのだろうか……? 自覚の無いまま、時計の針がまたしても一周した。


 疲れていようと、人間は歩を進められるものだ。やるべき事が残っている。軽く朝食を済ませたレオは、アジトに行くべく外出の支度をいつものように始めた。


 雲の切れ間が塞がり、辺りに薄暗さが舞い戻る。窓の外では冬木が枝を揺らしている。春はまだ彼方にある事を見る者に感じさせた。


 今日も街は冷えた空気で満ちている事だろう。明かりを一つ灯した玄関でレオが服装を整える。


 〈保管魔法〉で出現させた黒っぽい紺色のコートにレオは袖を通し、仕上げにワイシャツとコートの袖を一緒にまくり上げた。冬が進むにつれて日に日に寒さが増したが、今のレオには晩秋の頃の肌寒さが延々と続いている風にしか感じなかった。


 レオが靴箱に入れていた黒い靴を取り出していると、ちょうどアイスが二階から下りて来た。ぬくもりが消えたのを感じ、様子を見に来たのだ。


 相変わらずの慎ましさ。しゃがんで靴を履くレオの後ろ姿を、尻尾を垂らした部屋着姿のアイスはただ眺めるだけだった。いつも通り。


 ――レオにはデジャブのように映った。


 アイスの見送りはよくある事だ。だが、いつもなら“よくある事”で済ませられる事柄を、脳裏に広がる靄が阻んだ。まるで、終わらない一日を新たに繰り返している気分……レオは視覚を遮断して眉間に手を当てる。


 そんなレオの状態を目にしてアイスが何も思わないはずがない。じっとしていられるはずがない。レオの元へと歩み寄り、少女は心配の色を露にした。


「レオ、大丈夫……? 具合が悪いの?」

「そこまでじゃない。……少し疲れてるのかも知れない」

「……それなら、足を止めて休んでも、いいんだよ? 誰もレオを責めないよ……」

「……いや、オレにはやるべき事がある」


 玄関から不安げな顔を覗かせてアイスはレオを見送る。この日、レオが振り返る事は無かった――。



 ◆



 アジトに着いたレオはまたしても妙なぼんやり感に襲われていた。より正確に例えるなら、何も手掛かりが掴めない霧の中で道を見失った感覚だった。


 夢心地とは違う。どうも心が落ち着かない。その原因が、出口が見当たらないからなのか、孤立感があるからなのかはレオにも分からなかった。


(なんだこの違和感……こんな事、前にあったか?)


 顎に手を当ててぼーっとしているレオの隣でミラが黒毛の尻尾をぱたぱた。とうとう限界に達し、待ちくたびれたミラは苛立ちを含ませながらも心配気味にレオの顔を覗き込む。


「返事まだー? 私の依頼、受ける気あるの?」

「――え、ああ、やるけど?」


 上の空だったのは誰が見ても明らか。誰が耳にしても明らか。誤魔化すようなレオの受け答えを聞き、グラスを片手にフィアレインが眉間にしわを寄せ訝しむ。


「キミ体調悪いの?」

「いいや? 天使の歌声にうっとりしてただけさ」

「あるいは死神かも。しくじるんじゃないよ? 面倒だからね」

「親切にどうも……」


 身を案じてくれているのではなく、あくまでも「面倒」だから。フィアレインの温情はアルコールと共にすっかり抜け出てしまっている。対比効果で、不機嫌なりに気にかけて来るミラの方が何万倍もマトモにレオは思えた。


「しっかりしてよねー。あはっ、しょーがないから特別にミラがやる気の出る魔法をかけてあげる! いい子に出来たらほっぺたにチューしてあげるよ!」

「夜が怖くて眠れないガキみたいな扱いすんな」


 人前では白を切り、レオは何事も無かったように依頼へと向かった。


 確かに以前には無かった妙な気分になっていた。なってはいたが、目的地に着くとレオにいつもの引き締まった感覚が舞い戻った。直前まで頭の中に広がっていたぼんやり感もいつの間にか消えていた。


 戦闘に支障は無さそう。死神に捕まる事があるとすれば、それは不運なんかではない。己の未熟さ非力さが呼び寄せたものである。レオはターゲットを始末する事だけを考えた。


 潜入開始。立ちはだかる者は一人残らず斬り裂いて行った。男であろうが女であろうが、武器を持っていようが持っていまいが関係無い。レオには等しく“敵”だった。それに追従する連中も例外ではない。悪に与していると見なしてレオは容赦しなかった。


 散々甘い汁を吸って来た奴らにかける情けなどあいにくレオは持っていない。見逃して野放しにするくらいなら斬る。その冷酷さは出るべくして出ていた。


 敵襲を機に反旗を翻すならまだしも、刃を向けて来るような救えない奴ばかり。そうした輩には相応の礼儀をレオは尽くした。殺される覚悟があると受け取り、言葉ではなく剣で応えた。


 即死を免れない急所を狙い、ひたすら白刃を振るう。余計な事をレオは考えなかった。考えていては時間と労力の無駄だ。さっさとこの仕事を終わらせて次の暗殺に向かわねばならない。暗がりに巣食う人間は蟻の数ほど居る。敵を1人また1人と屠っては獅子の如く疾走した。


 そして、醜く命乞いをする人身売買の黒幕をレオは一刀両断して斬り伏せた――。



 人を破滅に追いやった下衆共、裏稼業に勤しむ政界の重鎮、名うての悪党、殺人鬼……。


 明くる日も殺し。

 明くる日も殺し。

 際限無く現れる新たな人でなし。


 突き付けられる人間の醜悪さに嫌悪感は増すばかり。


 どうしてこんな真っ黒な奴らがのうのうと生きている……? 何一つ善良さを見出せない感じがレオを底無し闇の奥深くへと引きずり込む。


 これほどまでの激情がかつてあっただろうか。強烈な殺意が絶えずレオの全身を駆け巡る。今日もどこかで善良な誰かが苦痛を強いられ、餌食になっていると思うと、レオは関わった全員を見つけ出して鏖殺したくなった。


 湧き上がる失望と淀んだ閉塞感。出口の無い霧の中で剣を振るい、もがく。義憤を晴らそうとするかのように。胸奥にある小さな灯火を守るかのように。


 早くも、暗がりを伝って噂が広がり始める。

 ――今日も殺られたそうだ。

 謎の暗殺者が見境無く喰らっている。

 次は俺達かも知れない――。

 突如として現れた厄災に闇の住人は恐怖した。


 眼光鋭く、獲物を追い彷徨う日々。穏やかさはとうに消え、命を吸い尽くした凍土の如くその心は荒み、ただ殺気に満ちていた。そこに希望の光などありはしなかった。……だからこそレオは斬った。全員善人などと言う世界が存在し得ないと理解しているからこそ……。


 常人なら、人間の死に際の悲鳴が、後味の悪さと共に耳の奥にべったりとへばり付いて剥がれないものである。亡霊の声がトラウマを引き起こし、トドメを躊躇する事も少なくない。


 だが、今のレオには断末魔は単なる「成果」だった。殺す事で生を実感し、殺す事で自分の存在意義を得られた。やめる理由がどこにある。思いやる必要がどこにある。弱者が虐げられる様を嗤うケダモノ共に報いを受けさせるべく、情け容赦無く屠るだけだった。


 ――これがオレの生きている意味。

 ――これでいい。

 ――これこそが本来のオレの生き方。


 アイスとの会話も少なくなった。話しかけて来たかと思えば、アイスは気にかけてばかり。いつしか、彼女の過度な心配にレオは煩わしさや苛立ちを覚え始める。そして、ますます激化して行き、人々に賛否両論を、暗闇には血花をもたらした。


 戦いに明け暮れる毎日。何度アイスとすれ違った事か。安息の地だった彼女の家も、気まずくて居心地の悪さをレオは感じた。遠ざけるように帰らない日も増えた……。


 日に日に暗さを増すアイス。彼女を気にしつつも、レオが足を止める事は無かった。それに付き合っていては何も成せない――と。


 逸脱した狩猟本能にレオは身を委ねた。



底無しの深い闇へ……


2025.3.22 文章改良

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