第43話 眠れる心の音
ソファーって意外と寝づらいんですよね(個人の感想です)
リビングで静かな時を過ごすレオ。持て余した暇も間もなく終わりを迎える。
脱衣所が開く音がして、首にかけたタオルで髪を拭きながらアイスが戻って来た。その髪色はしっとり濡れて一段と黒っぽく、レオには艶やかに見えた。
「お待たせ~。入っていいよ?」
アイスの服装はガラリと変わり、いかにも“部屋着”な感じになっていた。襟ぐりの広い、水色のグラデーションが綺麗な白いTシャツ。それに紺色のハーフパンツを組み合わせた、スポーティーな装いだ。そのまま外に出ても恥ずかしくない見た目だった。
レオにとっては少し予想外の格好であった。レオのイメージでは、女子が部屋で着る服と言えば、フリルやレースがある物やパステルカラーのもこもこしている物だった。アイスはそのどちらでもなく、至ってカジュアル。目新しさと彼女らしさの両方をレオは感じさせられた。
「おっ、いつものアイスと雰囲気が違うな」
「そ、そうかな……!」
伏し目がちにはにかんでアイスはしっとり湿った髪をいじる。部屋着なので違って当然。アイス自身も自覚があったが、何せ人前では普段見せない格好である。照れ臭くてアイスは素直に受け止められなかった。
「アイスってワイシャツ&黒いパンツスタイルのイメージが強いから」
「た、確かに」
会った回数がそれほど無い事も一因だが、レオはアイスの容姿を想像すると、脚のラインが目を引く黒いパンツとワイシャツを組み合わせた姿が真っ先に浮かぶのだった。
「……って、それってよく考えたら、オレと同じコーディネートじゃね?」
「えぇっ!? そ、そうかもだけど……! ぐ、偶然だから……!」
並べばまるでペアルック。アイスはレオの一言で焦った。湯上り直後で顔が火照ったままだったのが不幸中の幸いと言った所か。
必死になって否定するアイスを見てレオは優しい目を返す。
「最初に出会った時から似た格好してたもんな。特に示し合わせた訳じゃないってのに。もしかするとオレ達、好みが似てるのかもなぁ」
「……え?」
「あ、似てない?」
しばし考えたアイスの結論は、「似ていると言えば似ているのかも知れない」だった。
服装や色の好みは恐らく似ていた。普段の格好がそれを物語っている。今現在だって、レオの物と似た色合いのハーフパンツ姿で立っている。そこは明らかに一致していると思われた。
色の好みが似ていた結果――偶然じゃなくて必然だったのではとアイスはふと思わされた。
もっとも、まだアイスもレオの事はよく知らない。まだまだ知らないだけで、もしかしたら似ている点が他にも沢山あるのかも。そう思うと、ちょっぴりこれからが楽しみになって来たアイスだった。
「えと、探せばきっと、もっとあるよね。似てる所」
「まぁ、まだよく知らないもんな、お互い」
頬を緩めてアイスはゆっくりとうなずく。
もうすっかり他人ではなくなったものの、まだまだ出会ったばかりと言っても過言ではない。関係はこれから始まるようなもの。今日がその記念すべき第一歩。レオもアイスも考えていた事は同じだった。
「そんじゃあ、ささっと入って来るわ」
「あ、うん」
入れ替わるように今度はレオが脱衣所へ。その間、アイスは静かになった部屋で一人レオを待った。
もっとも、アイスはレオほど待つ羽目にはならなかった。しばらくすると、レオが風呂を終えて戻って来た。宣言通り、ささっと。アイスが長風呂なら、レオは早風呂である。
(え、早くない? 男の人ってそんなもんなの……?)
自身の入浴時間とのギャップに少々驚きながら、アイスは様変わりしたレオを見つめる。
象徴的なレオのふさふさの髪の毛は水分でぺったんこ。見る影も無かった。ドライヤーを使わない自然乾燥派のレオは、タオルでぱぱっと濡れた髪を拭いたら、乾くまでそのまま放置する人間だ。当然ながら、見る者の印象を大きく変えた。
服装はと言うと、襟にV字の切れ込みが入ったキーネックのTシャツに、黒いハーフパンツを履いた涼しげな姿になっていた。レオの時とは逆で、アイスはワイシャツ姿のレオしか見た事が無い。新たな一面を知る事が出来て、アイスは少し得をした気分になった。
半袖ならでは。普段は隠れているレオの筋肉質な二の腕が露になっていて、アイスはついつい見入ってしまった。おかげで妙なスイッチが起動し、アイスの身体はまたしても火照り始める。
「やっぱ冬場の風呂はいいよな」
「そ、そうだね?」
季節を問わず風呂が好きなアイスからするとその感覚はイマイチ分からず、笑って話を合わせるしかなかった。それよりも、先程からある事が頭から離れない。笑顔の裏でアイスは人知れず悶えていた。
(はぅ……浸かったんだ。浸かっちゃったんだ……)
事実確認をして超が付くほどアイスは恥ずかしくなった。
少し前まで、髪の毛が浮いていなかっただろうか……などとアイスは心配していたが、もうそんな小さな事は完全に上書きされた。レオが同じ浴槽に入り、同じ湯に浸かったのだ。いけない方向に妄想が加速して止まらなくなった。ドバドバ流れる熱さがアイスの全身に行き渡る――。
アイスは手で仰いで火照った顔に風を送ると、もっと解決が難しい問題があるのだと半ば強引に話題を変える。そうする事で発火しそうな気持ちを紛らわそうとした。
「えと、レオはどこで寝る? ベッド、1つしかないんだ……」
(本当に“二人でベッド!”なんて展開になっちゃうのかなぁ……? いや、いくらなんでも……)
いくらなんでも、それでは興奮しすぎてアイスは寝られない気がした。そして何より、起こり得る不可抗力をアイスは懸念した。寝ぼけたレオに抱き付かれでもしたら失神しかねない。その逆も然り。
(万が一そうする事になっても、申し訳ないよ……。二人で寝るにはベッド狭いし……)
アイスはそれなりに大きなベッドを使っている。しかし、そうは言っても所詮はセミダブル。未成年同士ならまだなんとか並んで寝られるものの、寝場所の問題を抱えているのは互いに大人。収まった所で寝返りすらままならないだろう。
アイスが一人悩んでいた頃、「そうだなぁ……」とレオはリビングを見回していた。
この小さな家で寝られる所と言えば、ソファーを筆頭に、床か堅い椅子の上くらいだった。二階にはまだ行っていないが、アイスの寝室である事は間違いない。居候の身であるレオの口から、未踏の二階についてを切り出すのはどうも躊躇われた。
「ソファーあるし、そこで寝るかも」
「え、レオはベッドで寝ていいよ? 私がソファーで。背も低いし、なんとかなると思う」
何一つ嫌な顔をせず、レオにベッドを譲ろうとするアイス。確かに、背丈的にはアイスがソファーで寝るのが最も合理的。しかし、レオはその提案にだけは乗れなかった。元の寝床から主を追い出すようでは人間失格だった。
「それならオレは床で寝るよ」
「――え、ダメだよ。風邪ひくよ?」
「さすがにベッドを占領するのは死んでも死にきれない……」
(死んでも……?)
大げさな言い回しにアイスは思わずツッコミたくなった。
「オレがベッド貰っちまったら、アイスを追い出してるみたいでなんか嫌なんだ……」
「――気にしないよ! ソファーなんて窮屈だろうから、その方がいいと思ったんだけど」
またしても譲り合い発生。両者どちらも納得可能な打開策をレオは練った。
「こうなったら、一緒に寝るしかないんじゃないか?」
「ふへっ!?」
譲り合いが泥沼化する前に決着をつけようとした結果、レオの口から出たのはアイスもビックリな提案だった。その発言は案の定、落ち着かない沈黙を呼んだ。
「よし、今のは無しだ。やっぱ無理だよな」
アイスの反応で察したレオは発言撤回を余儀なくされた。冗談で済ませる事でせめて沈黙を終わらせようとした。その甲斐あってか、時間差で、言葉を失っていたアイスが思考停止状態からようやく抜け出す。
「っ――ぜ、全然無理じゃないよ!? あ、いや……別に平気だよ!」
アイスの後ろで白い尻尾が左右に激しく揺れているのがレオの目に入った。
「アイスの尻尾抱いて寝よっかなー」
「い、いいけど、毛が口に入っちゃうんじゃ……」
(そんな事より、今日は興奮して寝れないかも……)
不安やドキドキ。二人にそれらが無かったと言えば嘘になる。アイスは元より、冗談を言って気さくに接しているレオも実は内心緊張していた。思いのほか話が順調に進んで行くので、気持ちの整理をする暇が作れなかった。
そうして慣れないテンポに身を任せた結果、二人ともドキドキが最高潮のまま、いつの間にか二階にある寝室の前に立っていた。
本棚やラグのある、広めでシンプルな寝室だった。入って突き当たりを右に行けばウォークインクローゼット。逆に、入って左に進めば、左手に書斎へと繋がる扉が現れる。少し複雑な間取りをしていた。
そんな部屋の窓際に、大人2人が並んで寝られる程度のベッドが1つ置かれていた。レオの提案を承諾してしまったアイスもだが、一緒に寝る事を提案したレオはもっと悪い。そう言わざるを得なかった。
(これで寝るのか……。寝返りは確かに大変そうだな……)
苦笑いを滲ませたレオの横顔を目にして、アイスがレオと同じ表情を浮かべる。
「やっぱり狭い、よね……?」
「オレが小さくなればなんとかなるだろ……多分」
最後にボソッと呟き、レオは目の前の布団の中へと躊躇わずに入って行った。ここで入る事を躊躇しては、振出しに戻ってベッドの譲り合いが再び起こりかねない。無恥、礼儀知らず、それらを承知の上でレオは踏み切った。
「来ないのか?」とすっかりミノムシ姿になったレオに見つめられるも、アイスはもじもじするばかりでレオとは対照的に一歩を踏み出せなかった。
(うぅ……私、あの中に入るんだ……)
いざとなると、恥ずかしさに引き留められた。何せ、相手は立派な男性。絵本の読み聞かせで寝てしまうような子供ではない。ある程度心を許した相手とは言え、恥ずかしくならないはずがなかった。
しかし、いつまでも立っては居られない。後に引けなくなったアイスはやむなく部屋の明かりを消し、そろりそろりと近づいて、レオが待つ布団の中へと静かに入るのだった。
アイスが危惧していた通り、大人2人が並んで寝るには少し狭かった。そんな中、二人はもぞもぞと動きながら、ちょうどいい位置を確保した。
夜はこれからだと言うのに、隣のレオのぬくもりを感じたアイスは早くも真っ赤になっていた。
(朝には私、茹で上がってそう……)
一方、アイスの尻尾の毛がレオの足元を温める。感覚的には、猫でも居るかのようだった。少々気にはなったが、アイスが感じているほどではないと思いレオは受け入れた。
「男と同じ布団だなんて気持ち悪いかも知れないけど、今日だけだから。明日、自分の布団でも寝袋でも用意して来る」
「私は別に、今のままでも構わないかも……」
「恥ずい」
「へ、変な意味じゃないよ!?」
思わせぶりな発言をしてしまったと焦るアイスだったが、今回はすぐに冷静さを取り戻せた。
「……私、兄弟とか居ないから。こう言うの憧れてたって言うか、嬉しいって言うか」
「兄弟姉妹でもさすがに同じ布団では寝ないけどな」
「はぅぅ……」
言い返せなくてアイスは困った。確かにその通りだった。
「一人っ子なんだな」
「実はそうなんだ」
「オレもさ」
「一緒だね」
また一つ芽生える親近感。おやすみの挨拶を交わしてレオとアイスは瞳を閉じた。
慣れない状況に加えて、異性に免疫が無いアイスは胸の鼓動に付き合わされてしばらく寝付けなかった。そんな乙女とは対照的。疲れていたレオはその後すぐに眠ってしまった。
微かな寝息がアイスに穏やかさをもたらす。小さく笑みをこぼし、やがて、アイスもレオの後を追うように夢の中へと身を委ねた。
ドキドキの一夜がこうしてようやく終わった
2025.3.8 文章改良&分割




