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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第41話 一致の先に明日がある

どっちも変人だった



 ゆっくりと時は流れ、ふと時計を見れば就寝時刻が迫りつつあった。


 もっとお互いの事を知りたい。話していたい。まだまだ足りない気分がレオとアイスには満ちていた。それでも、二人とも頭は冷静だった。今生の別れではない。どうせ明日も顔を合わせる。レオとアイスは今夜のお喋りに幕を下ろす事で合意し、風呂に入って寝る事に決めた。


 もちろん、それぞれ別々に入浴するのだが……これがなかなかに厄介な問題だった。


 知っての通り、レオとアイスは自己中心的でもなければ、薄情でもない。そんな二人が相対すれば、双方一歩も引かないのは明白だった。――互いに気を遣ってしまって一番風呂を譲り合っていた。どちらかが観念して大人しく先に風呂に入ればいいだけの事だが、思いは拮抗。決着はなかなかつかなかった。


 男湯の直後に入るだなんて年頃の女子としては抵抗があるだろう。そんな風に想像したレオは、家の主であるアイスが先に入るべきだと思っていた。


 今日一日、変な男と過ごして落ち着かなかったに違いない。せめて沸かしたての風呂に浸かって、アイスにはゆっくりして欲しい。それがレオの本心だった。


 何より、ここらで一度譲らねば、アイスに施されすぎて申し訳なかった。


 居候させてもらえるだけでありがたい限りだと言うのに、一番風呂までも? あり得ない。レオは諦め半分の口調でもう一度アイスの説得を試みる。


「……遠慮しないで先、入ってもいいんだぞ?」

「でも、いいの?」

「アイスもオレの出汁が出たお湯になんて入りたくねぇだろ?」

「――全然気にしないよっ!?」


 少々頬を赤らめ、アイスは身振り手振り平気だと主張する。


「って言うかレオは……私が入った後のお湯に浸かるのって、気にしないんだ……」

「率直に言って、意外と全然気にならない。アイスは清潔そうだしな!」


 アイスは自分で尋ねておきながら紅潮した。レオが入った後のお湯に浸かるのも、自分が入った後のお湯にレオが浸かるのも、どっちを妄想してもハレンチに思えて体温上昇が止まらなかった。


 恥ずかしさで悶える乙女をよそに、レオはアイスが使用した湯船で温まる自分の姿を想像していた。


(アイスの出汁か……。甘そうな響きが……)


 別に人間であるアイスがアツアツの風呂に入った所で、甘い成分が溶け出す訳ではない。だが、彼女の名前の響きがそうした変な妄想をはかどらせた。


 しかし言われてみれば、アイスの後に入るのはどうなんだ? 果たして正しいのか? とレオは立ち止まる事を余儀なくされた。


 先にアイスに入ってもらうのがベストだとレオは考えていた。だが、それはあくまで男目線の“ベスト”。アイスがこれだけ遠慮するのだから、女子視点では男が先の方が安心するのかも知れないと突如として考えさせられた。


(おいおい、盲点だったな……。アイスの意向に従うだけで地雷原を通過できるってのに、オレはどうして意固地になっちまったんだ……?)


 大体、のんびり風呂に浸かってもらいたいなら、逆でもよさそうだった。アイスの性格からして、「後が控えている」と入浴時間を気にしてしまいそうだ。それでは本末転倒である。


 考えを改めつつあったレオだったが、そこに至るまであと一足遅かった。


「……じゃあ、私が先に入るね?」


 レオの気持ちを尊重し、遂にアイスが折り合いをつけた。


「いってらっしゃい。ゆっくり温まって来てくれ」

「もし嫌だったら、お湯抜いて沸かし直してもいいからね?」

「お湯もったいねぇからそれはさすがに……」

「そ、そうだよね。お先にー……」


 ひっそりと移動して脱衣所の扉を閉めたアイスは、一旦尻尾のアクセサリーを〈保管魔法〉でしまった。着ている衣服を脱いで軽く畳むと、その上に前髪を留めていた桃色のヘアピンを乗せる。そして、再び青白い光を右手から放ち、尻尾の付いた例のアクセサリーを出して素肌の上から装着した。


 アイスはいついかなる時も、特徴的な白い尻尾を腰から下げている。それは風呂に入る時であっても例外ではなかった。


 奇妙な光景? 傍から見ればそう映るかも知れない。ただ、こうする方が理に適っていた。手洗いも可能だが、そんな事をするくらいなら、尻尾を着けたまま風呂に入って、そこで綺麗にした方が面倒も手間も省ける。


 そのような理由でアイスは一風変わった入浴法を何年も続けていた。誇張抜きに、白毛の尻尾はアイスの体の一部なのだ。


 入浴前の準備を終えたアイスは、浴室に充満していた白い湯気に出迎えられ包まれた。しかし、そうした空気とは対照的。タイルの床は依然冷えており、沁みるような冷たさがアイスの足裏を驚かせた。


 まだまだアイスの儀式は続く。


 まずは椅子に座ってシャワーを浴び、ボディソープで体と尻尾を丁寧に洗って行く。体は泡立てた手で上から下へ隅々まで。尻尾は優しく揉みながら。こうして一通り今日一日の汚れを落とすと、湯船に溜まったお湯を汲んで体にかけて温度に慣らし、ようやく風呂に浸かって温まる。これがアイスのルーティンだった。


「ふぅ~……」


 浴槽の中でぐっと伸びをしてアイスは息を漏らす。レオと同じ空間で過ごすのに疲れた訳でも窮屈だった訳でもない。接しやすい雰囲気をレオが作ってくれたので、むしろ楽しんでばかりであった。


 そうではなく、アイスの口から漏れ出た吐息は、過剰な気遣いから解放されたが故に生まれたものだった。こうして一人になれば、余計な事を言わないように気を張る必要が無くなる。恥ずかしさで黙ってしまう事も避けられる。深く吸って息を吐き、気持ちを一度整理するには持って来いの空間だった。


 これが本来の静けさであり、アイスが慣れ親しんだ落ち着ける静けさである。しかし、今日に限っては少々事情が異なる。平穏を呼ぶはずの無風が、今のアイスにはなんだか物足りなく思えて来た。


 水面に映る灯りを見つめ、アイスはレオの姿をしばし思い浮かべる。彼の事を考えるだけで身体が火照ってしまうのだが、今は気にする事無く想像する事が出来た。風呂に肩まで浸かっていれば、顔にまで上がって来る熱い感覚も気にならなかった。


(……本当に始まっちゃったんだね。同じ時間と、一つの空間を共有する生活が……)


 歳の近い異性と生活を共にする事になるとかつての自分に伝えても、きっと信じてもらえない。それほどアイスにとっては“ハプニング満載の恋愛小説”の一幕のような状況で、やはりまだ現実にそれが起きている実感が湧かなかった。


 だからこそと言うべきか、信頼しているからこそと言うべきか。これから波乱の同居生活が始まると言うのに、アイスは自身でも意外に思うくらい落ち着いていた。


 今日からは、背中を預けられる人が側に居てくれる。辛い時、苦しい時、胸の内に溜め込まず、相談できる話し相手が居てくれる。朝も昼も夜も、何もかもずっと一人で取り組んで来たアイスとしては、心強い限りだった。


 しかしながら、アイスに満面の笑みは無かった。


 そうした事への喜びがある一方、今日を境に波長が徐々にズレて行くかも知れないと言う不安……。レオを幻滅させる事があるかも知れないと言う不安……。それらが微塵も無いと言えば嘘だった。現実世界では、必ずしもハッピーエンドとは限らない。


 先程の“終わらぬ譲り合い”の一幕が思い起こされた。


 心遣いのある応酬だった為に険悪にはならなかったものの、あれはある意味“衝突”だった。アイスはふと思ってしまった。そう言った些細な対立を繰り返して行くうちに、いつかは喧嘩となってしまうのでは……と。


 「喧嘩をするほど仲がいい」「心を許しているからこそ喧嘩をする」などと人は逆説的に言うが、一概には言えないとアイスは思う。喧嘩なんて無い方がいいに決まっていた。


(なんで私、こんな事考えてるんだろう……)


 顔の半分を湯に沈めて、アイスはぶくぶくと息を吐いた。息が続かなくなり、少しの間黙って瞳を閉じ、考えるのをやめてみた。


 天井から冷たい雫がアイスの頭上に落ちる――。思いがけない一滴で、アイスは自身の不安がいかに現実からかけ離れているかを悟った。


(あーダメダメ! レオと上手く行ってるのは事実だよ! これからもきっと、上手く行くはず……!)


 レオとの関係は始まったばかりで先が読めない。だが、考えるべきは、起こるか分からない“ズレ”ではなく、良好な関係を継続したい意思の“一致”である。自らの手でその土台をぐらつかせてどうする! とアイスは頬を叩いて気合を入れた。


(バッドエンドなんてあり得ないよ! いや、誰にもさせない!)


 十分に温まったアイスは新たな決意と共に、吹っ切れた様子で湯船から出た。そして、心配性な自分を全て洗い流すかのように、シャワーを浴びながら入念に洗髪し、悩みを清めてくれた浴室を後にした。



どっちが先に入るのが正解だったのか……。尻尾の毛が抜ける事を考えるとレオ?

でもその場合、アイスの妄想が限界突破


2021.11.6 22話として追加

2025.3.8 文章改良


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