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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第38話 不思議な感覚

お腹空いて来た



 レオが黙々と夕食の準備を進めていると、ひょっこりアイスが作業を覗きに来た。


 レオの手際の良さに感心するアイスだったが、傍観者で居続ける事への申し訳なさから、数秒後には食材の下ごしらえの手伝いを始めた。一人で全ての工程を行うつもりだったレオに思わぬ味方が出来た。


 実はアイスも料理をする事には慣れており、二人が並べば作業効率は一段と上がった。大助かりだったのは下ごしらえだけの話に留まらない。アイスはレオの補助をある程度済ませると、冷蔵庫の瓶詰を活用して一品増やす活躍を見せた。


 そんなアイスのおかげもあって、レオは予定よりも早く夕食作りを終える事が出来た。


 半熟卵のオムレツを大皿に盛り付けると、それぞれリビングの食卓へと運び、レオとアイスは同時に席に着いた。息の合ったチームワークと料理の出来映えに二人は微笑みを交わす。


「なかなか上手く焼けたんじゃないか?」

「そうだねっ」


 食欲を刺激する香りを吸い込み、アイスは幸せな気分に浸った。ベーコンだけでなく、とろけたチーズとマッシュポテトも入っているのだから、いい匂いがしないはずがなかった。


 冷蔵庫の余り物で作ったとは思えない。アイスはそこまで食いしん坊ではないのだが、綺麗な半熟オムレツを目と鼻で感じれば、食べたい気持ちは止まらなかった。


「いただきます……!」


 目を輝かせたアイスがスプーンですくったオムレツを頬張る姿を見届け、レオも食べ始める。


 レオは大量のケチャップで自分のオムレツに波を描くと、仕上がり具合を確認するべく、まずは箸でオムレツを半分に割ってみた。卵の衣に包まれた熱々のマッシュポテトが、程よく溶けたチーズとベーコンと共に顔を出す。見た目は言うまでもなく「最高」であった。


 次は味だ。


 レオは右手に持ったマイ箸でオムレツを一口サイズに切り分け、それを器用につまんで口へと運んだ。咀嚼を繰り返す度に、ジューシーなベーコンの塩気がマッシュポテトを更なる高みへと導いた。黒胡椒を効かせた事も功を奏し、想像を超える美味しさに仕上がっていた。


 レオは成功を確信した。品数が少ないのが致命的だったが、美味しい物でお腹いっぱいになれればレオ的にはそれで満足だった。そして何より、アイスだ。幸せそうにオムレツを食べ進める彼女の顔を見れば、「失敗」の言葉はまず浮かばなかった。


(……やっぱり使うのか)


 ふとアイスの手元に目をやると、スプーンを箸に持ち替えて野菜を食べていた。オムレツでさえ箸で食すレオが言えた話ではないが、レオにとってはとても奇妙な光景に見えた。と言うのも、大陸の人々が箸を使う姿をレオは今日まで見た事が無かった。飲食店などで用意されている食器はナイフやフォーク、スプーンばかりだったので、てっきり箸文化は無いのかと思っていた。


 レオのマイ箸は天界で偶然手に入れた物である。故に、箸がそこらで入手できる事すら知らなかった。アイスの座席に箸が置いてあった事からレオも早々に予想はついていたが、改めて見ると不思議だった。


 もぐもぐ食べていたアイスがレオの視線に気付く。心の中で言うばかりで、料理の感想を直接言っていなかった事をアイスは今思い出した。


「あっ、凄くおいしいよ?」

「そっか、よかった」


 一つうなずき、レオは再びアイスの手を見つめる。その箸使いは、ちょっとかじった程度とは思えない。指の動作にぎこちなさは無く、生まれた時から使っているのではと思わせるほど達者であった。


 レオがあまりにも熱心に手元を見つめて来るので、さすがにアイスも気になり始めた。


「どうかしたの?」

「いや、()()()の人って箸使うんだな……。びっくりしたよ」

「そ、そんなに驚く事かな……?」


 そのように意外そうに言われてもアイスは反応に困らされた。普段から使っている――物心ついた時から使っているので、「そうだよね」とも言えなかった。


「なんて言うか、“箸使う人は多数派じゃなかった”って言ったらいいのかね?」

「そうなんだ」


 不思議そうにするアイスを目の当たりにして、無意識のうちにバイアスのかかった見方をしていた事にレオは気付かされた。


「ああ悪い……。失礼だったかもな」


 箸が広く根付いている文化であるのなら、知らず知らず失礼な事を言ったようなもの。例えるなら、欧米人に「ナイフとフォークを使うんですね~」と意外そうに聞いたようなものだ。バカにしているみたいでレオは自身の発言を恥じた。むしろ自分がバカに思えて来た。きっとアイスも変な質問して来たなと思ったに違いない。レオは反省した。


「失礼と言うか……。あんまり言われた事無いから意外だっただけだよ?」


 首をかしげながら語るアイスのその言葉に、レオは心が救われた気がした。悪印象を与える事にならなくて一安心だった。


「あっ。私がアルシオン出身だからなのは、あるかもね」

「島国のアルシオン?」

「そうそう。“日本”って国の異文化人が初めてその国の文化を広めた所だよ? 箸もその一つなんだよね。だからアルシオンでは箸文化が根付いてて……」


 いつの間にか自分ばかり喋っていてアイスはハッとして口を閉じる。静かに見つめて来るだけで、レオからなんの感想も無い。否が応でもアイスは不安に駆られた。


(雑学言い過ぎた……。嫌だったかなぁ……)


 心配するアイスをよそに、レオは黙々と記憶を引っ張り出していた。


 以前、百科事典を愛読していたレオだったが、〈アルシオン〉についてはあまり知らなかった。頭にある事と言えば、その国名と〈エクーリア大陸〉を支える技術大国である事くらいだった。と言うのも、本を読み漁って大陸の知識を付けようとしたはいいが、レオはそのほとんどの時間を大国〈エレクシア王国〉を知る事で費やしてしまっていた。


 大陸を代表する大国である。それだけに、〈エレクシア王国〉に関する本の量は膨大で、他の国を軽く凌駕していた。


 歴史、国民の習慣や伝統文化、食生活から生息する動植物、ありとあらゆる分野の本が存在しており、しかも挿絵は豊富。どれも事細かに物事が記されている本ばかり。数ある王国から一つに絞った所で、時間はいくらあっても足りなかった。


 国の成り立ちもかなり古い。古代より、〈エレクシア王国〉は〈エクーリア大陸〉の中核を担う国だった。『王家辿れば、エレクシアに帰する』と言うことわざがあるほどだ。それだけ人々の人生が積み重なっている。膨大にもなった。


 学ぶべき有力な国。偶然降り立ったのも何かの縁。レオが〈エレクシア王国〉を知ろうと思うのは必然だった。


 さすがのレオも歴史の部分については斜め読みをしていたが、生物や魔物や武器のあれこれとなると、どうしてものめり込んでしまった。「広く浅く中途半端に」がレオのモットーなのだが、未知なる発見が相次ぎ、ついつい熟読していた。……その結果、知識が偏ってしまったのだ。


 ともあれ、アイスの口から馴染み深い国名が出て来た。ならば少々驚かせてやろう、とレオは口角を上げてアイスにキメ顔を見せる。


「なぁ、アイス。オレの顔、少しみんなと違うと思わないか?」

「えぇ!? そんな、恥ずかしいよぉ……!」


(何この展開……!?)


 唐突にレオが色気のある表情を見せつけて来るので、アイスは顔から湯気が出そうになった。


 火照りが冷めないせいで少し躊躇するアイスだったが、その意図を知ろうと、言われた通りレオの顔に目をやった。……しかし、特に何も感じ取れず、頬を赤らめたままアイスは困り顔で首をかしげる。


「目の色とかも見て?」

「茶色だよ……?」


 アイスの察しが悪いと言うよりは回りくどすぎた。そこで作戦変更。レオは咳払いをして声の調子を整えると、長らく頭の中でしか発していなかった母国語をするりと外に出してみた。


「ワタシハ、レオデス」

「えっ……何語?」


 当然アイスは困惑していた。しかし、いい線行っていた。大陸の言語は一つしかない為、「何語?」と返すには、ある程度の推測を済ませていなければ難しい。呪文に等しい聞き慣れぬ言葉を耳にして、長考を挟まずにそこまで絞れていれば上出来だった。


「オレは、こっちで言う“異文化人”ってやつだ。正しく言うと、日本から来た」


 次第に理解が追いついて来たようで、アイスは両手を口に当てて驚きを露にした。さっきまで普通に喋っていた目の前の人物が突然「未来人」である事を告白して来たようなもの。驚かない方がおかしかった。


「日本の人!?」

「……一応そう。なーんか自信無くなって来たな、真剣に聞かれると」

「うそ……!? だって、あり得ないよ……!」


 事実だとは俄かには信じられず、アイスはレオを何度も見つめ直す。しかし、見れば見るほど、アイスが知る異文化人の一つと特徴が一致した。遂には、そうとしか思えなくなった。


(って事は、レオって違う世界の人なんだ……。ホントにあるんだ……)


 アイスが驚いたのも最初だけで、徐々に納得の様子を見せ始めた。と言うのも、アイスの住む世界では、自分達の世界以外の「世界」が存在する可能性が昔から指摘されていた。聞き慣れぬ言語や文化を持つ人間が突如として現れる前から、その仮説は立てられている。相手が身近なレオだった事もあり、アイスは自身でも不気味に思うくらいに、話をすんなりと受け入れられてしまった。


 驚いて席から飛び上がる姿をレオは想像していたが、今やアイスは冷静そのもの。思い描いていた結果とのズレに、レオの方が反応に困らされた。


「嘘……じゃないんだよね?」

「ああ。話していいのか分からないけど、オレは他の世界から来た。日本とかイタリアとかがある世界からね」

「な、なんだか凄いね……」


 その事実を知り、アイスはレオとの不思議な出会いを反芻する。そして、秘密を自分だけに話してくれたと思うと、アイスは無性に嬉しくなった。


 一方、アイスの落ち着いたテンションを目の当たりにし、レオは微妙な反応を隠せなかった。


「あれ……? その反応って事は、アイスって日系じゃないのか……。そうだと思ったのに」

「え。うちは代々アルシオンの人だけど……?」


 記憶を探りながら首をかしげるアイス。物事を包み隠そうとしないアイスの純粋な態度を見れば、嘘偽りが無いのは明らか。冗談を言うような性格でもない。早とちりしていた事をレオは薄々感じ始める。


「会った時に謎の親近感を覚えたからそう思ったんだけど……」


 アイスが童顔なだけなら、同郷の先祖を持つとはレオも思っていない。彼女と初めて会った時に抱いた親近感がレオにそう思わせた。海外でハーフタレントに出会ったかのような「あれ?」と閃きが走った感覚……故にレオは少し自信があったのだが、アイスの言葉を信じるなら勘違いとなる。


「お爺ちゃんとかひい爺ちゃんとかが日本人だったとかは?」

「無いと思うんだけどなぁ……」

「なら、気のせいか」

「多分……」


 アイスはそのような話、聞いた事が無かった。父も母も、祖父も祖母も、みんなアルシオン出身だと聞いている。さすがにその先は知らなかったが、髪色も瞳の色もレオとは異なる。きっと童顔だからそう見えている。そうに違いないとアイスは思った。


(なんか期待裏切っちゃって悪いけど……、それっぽく振る舞うのもよくないし……)


 レオが予想を外して残念そうな顔をしており、アイスは罪悪感を募らせた。しかし、確証も無いのに肯定的な態度を取る事は出来なかった。どれだけ長く裏社会に潜もうと、好感度を得る為に嘘をつくような人間にはアイスはなれなかった。


 ただ、もしもそうならいいな、と言う感情は少なからずアイスの中にあった。彼と近いものを感じるのは確かだったから。


「――それで。レオは何しに来たの? まさか、迷子とか……?」


 「迷子」と聞いて、レオは少しは当てはまる気がした。例の現象へ辿り着く為の手がかりが見つからず、今も彷徨い続けている。その点ではあながち間違っていない。しかし、正真正銘の迷子かと言うと、答えは「ノー」だった。


「迷子ならこんなに落ち着いてない。オレは自分の意志でここに来た」

「え、そんな感じで来れるものなの……?」

「運が良かっただけさ」


 レオはオムレツの残りを平らげると、その目的を明かした。


「オレは“アビスゲート”を探しに来た」

「――っ!」


 目を見開いたアイスが穏やかな表情を不安げに曇らせる。少女の口から発せられたのは、なんとも弱々しい声だった。


「な、なんでアビスゲートなんかを……」

「みんながそれで困ってるって聞いた。だから来た。アビスゲートを終わらせる為に」


 レオの真剣な言葉を聞いてアイスは落ち着きを取り戻し、こわばらせた表情を徐々に緩めて行った。何か良からぬ事を企んでいるのかも知れない――。そんな勘違いが解消された瞬間だった。


「何か知らないか? アビスゲートの事」

「私も少し調べたんだけど、原因に繋がりそうな事はまだ何も……」

「そうか」


 短く返して渇いた喉を潤すレオ。その様子を、詫びるような目でアイスが静かに見つめていたとはレオは知るよしもなかった。


「解決方法が見つかるといいよね」

「見つけてみせるさ」


 今はまだ道半ば……振り返れば、まだスタートラインから数歩進んだだけ。それでも、レオが見据える先はただ一つだった。


 アイスをはじめ王国の善良な人々が、すぐ足元で蠢く脅威に気付けずにいるのなら、それを知っている人間が使命を果たさねばならない。黒い影も厄災の原因も必ず見つけ出してやる――。アイスが時折浮かべる愛らしい笑顔を思うと、その気持ちはレオの中でおのずと高まった。


 至るべき未来を再確認し、レオは決意を新たにするのだった。



箸は便利で好きですが、割り箸は苦手です(舌触り)


2021.9.19 第20話として追加

2025.2.23 文章改良

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