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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第36話 夕染めに劣らぬ少女の頬染め

寒さ耐性の成せる業



 依頼を選んでは始末。依頼を選んではまた始末。そんな日が何度も続いた。神経も使うので辛いと言えば辛かった。だが、自分が選んだ道だ。レオが弱音を吐く事は無かった。


 思えば、初めて会った日を最後にアイスの姿を見なかった。何日もかかる仕事もあり、すれ違っていたのだ。アジトに戻って女子の声がすると思ったら、ミラやフィアレインだったなんて事ばかり。


 なんとなく、レオの中に彼女に会いたい気持ちはあった。時折、彼女の後ろ姿を思い出す事もあった。だが、そんな悠長な事は言っていられなかった。一刻も早く〈アビスゲート〉の情報を掴み、全てを終わらせる。それが果たすべき使命だ。レオが恩義を蔑ろにしてまで会いに行く事は無かった。


 アジトに通ううちに、組織の体制とやらが徐々に明らかとなった。


 やはり、それぞれ得手不得手があるらしく、何もかも一人で欲しい情報を集められる訳ではないようだった。情報を吐かせるのが上手い者も居れば、敵地に潜入するのが上手い者も居る。だから組んでいた。だから場合によっては、メンバーが他のメンバーに依頼を出していた。


 そこに「思いやり」や「仲間を助けたい」などの美しさは無い。あくまで、互いに利用し合っているだけ。言ってしまえば、損得勘定で繋がっているだけのまとまりの無いドライな集まりだった。


 とは言え、そうした仕組みの恩恵で、〈アビスゲート〉に関する情報も僅かだがレオの元に入って来た。


 しかし、有力な手掛かりは依然として掴めなかった。レオは次第に焦燥感を募らせ、胸中のもどかしさをぶつけるように、躍起になってまた一つ赤い花を咲かせた。


 この日もレオの剣は鮮血で濡れていた――。


 殺した悪人の顔なんていちいち覚えていなかったが、命を斬り裂いた時の感触はレオの手に残り続けた。それが朝昼晩と絶えず手の中にあった。人を殺めてはならないと身体の奥底に居るナニカが訴えているのか……、背徳の味を知った手が鮮血をすすりたくてうずうずしているのか……。自分の身体の事なのに、もはやレオにも分からなかった。


 “分からない”と言えばもう一つあった。


 殺すばかりの日々。レオも自分でも何をやっているのか分からなくなって来た。剣を振るって出口を目指す――正しい事をしているはずなのに、「正しい」と言う事を実感できないで居た。


 なぜだろうか? そう思ったある時、レオは原因を突き止めた。〈アビスゲート〉に関する情報がまるで得られないからに他ならなかった。


 ゲートの開け閉めに関わった人間が極端に少ないか、あるいは情報ごと存在を抹消されたか、来る日も来る日も敵を退けたが、真相へは一向に近づけなかった。それがレオの焦燥感を煽り、もどかしくさせ、「正しい」はずの行いを不確かなものへと変えた。


 ウロジオンの方も情報収集が難航しているようだった。唯一あった進展と言えば、最後に目撃された〈アビスゲート〉の発生場所を教えてもらった事くらいだ。もちろん、レオもその場所とやらに行ってみた。ただ、出現したのは1年以上前の事。それらしき痕跡などは残されていなかった。


 果てしなく遠い所にヒントがあったら行こうなんて思えない。ましてや、それが蜃気楼だったら心が折れる。成そうとしている事がいかに大変かレオは思い知らされた。


 ……だが、進まねばならなかった。


 なんの為に()()へ来た? バカンスをする為ではない。広大な闇砂漠を延々と放浪する事になっても、手掛かりを探して歩まねばならなかった。それが使命なのだから――。



 ◆



 アジトで前回の依頼の報告を終え、身体を休めるべくレオは夕陽に染まる外に出た。もっとも、帰る場所なんてどこにも無い。ねぐら探しが今日も始まりそうだった。


(渡り鳥にでもなった気分だな……)


 レオはデリーターの一員になってからと言うもの、その日の気分で寝場所を転々として来た。自由気ままで窮屈さを感じずに済むが、これが意外と面倒臭く、考えるだけで溜め息が出そうだった。


 指先の冷えた両手を、レオはコートのポケットに突っ込んだ。そろそろ本格的に冬が押し寄せて来る。野宿は厳しい。春の気候が勢力を取り戻すまでは、ホテル等に長期宿泊するしかないのでは。レオは決断を迫られた。


(あるいは家を借りるか買うか――ん?)


 前方に目をやると、白い尻尾のアクセサリーを着けた女子が、橙色に彩られた廃墟群に囲まれて一人立っていた。見間違えようがない――アイスだ。長らく顔も姿も見ておらず、レオはなんだか久しぶりに彼女に会う気がした。


 ようやくの再会に似合わず、アイスに笑顔は無かった。まさに合わせる顔が無いと言った様子で、尻尾を不安げに揺らしながら、伏し目がちのままレオの方へとゆっくり歩いて来た。


「レオ……」

「アイス……待ってたのか?」


 そうではない。口で言う代わりにアイスは軽く首を振った。


「あの……力になれなくてごめん。また明日って言ってから随分経ってるし……」

「別にいいよ。そっちも色々と事情があんだろ?」


 相変わらずの性格だ。もう10日以上も前の話だと言うのに、アイスは約束通りに会えなかった事を気に病んで自身に落胆していた。アイスならではの事情があるだろうし、レオはそれほど神経質に気にしてはいなかった。


 謝らなくたっていいのに。そんな感じでレオが呆れつつも微笑みを交えて理解を示すと、アイスは静かにうなずいた。


 話して少し気分が晴れたのか、顔を上げたアイスに心なしか柔らかさが戻って見えた。レオも口にするのは躊躇われたが、アイスにはそっち方がよく似合っていた。暗い顔は、寒さで頬を薄く赤らめた少女には似合わない。


「今から仕事か?」

「ううん……今日はやらないよ。帰るだけ」

「適当に休んでもいいんだな」

「その辺は自由だからね……」

「そっか……」

「……」

「……」


 レオもアイスも話したい気持ちが無い訳ではなかった。ただ、会話の機会が今日まで無かったせいで、お互い何を話せばいいか分からなかった。秋風とはもはや言えない冷たい風が、物言わぬ二人の間を通り抜ける。


 アイスが頬を赤くして髪をいじり始めた。進展の無さからレオも思わず目をよそにやってしまった。レオ自身こんな事は滅多にしない。レオはいつも相手の顔を見るように心掛けている。それが失敗だった。気まずい空気を振り払うどころか、ますます引き寄せてしまった。


 僅かな時間の沈黙だったが、二人にとってはえらく長く耐え難いものであった。しかし、耐えられたのも事実。「解散」となっても不思議ではない空気の中、不自然にもどちらも別れの挨拶を切り出さず、二人ともその場から離れなかった。


 関わりたくないのではない。関わりを続けたい――両者のぎこちない意思表示が一致した瞬間である。


(……アイスは恥ずかしがり屋だったな。オレから振らないと難しいか……。……だがよ、何を話せばいい?)


 シャイガールに話題を提供してくれと黙って求めるのは酷。ここは自分がリードするしかないとレオは思った。しかしながら、レオの方も話題を見つけられずに居た。何せ、会うのはやっと二度目。お互い相手の好みすら知らない。


 なんでもいい――。些細なきっかけを探して、レオはもじもじするアイスの姿を見つめる。


「アイスの瞳、綺麗な色してるよな」

「……えっ!?」

「髪の色に映えるって言うか」


 苦し紛れだったが、レオがなんとか話題を捻り出した。アイスの瞳が綺麗なのは少し前から思っていた。彼女を見ていてレオはその事をふと思い出した。


「そ、そんな事無いよ……! 紅い瞳の人ってそんなに居ないし、魔物の眼と同じ色だし、魔族の末裔だとかの風評のせいで……あんまり好かれない目の色だし」


 褒められて焦ったか、アイスが全否定して来た。さすがのレオも苦笑いを浮かべる。


(そんなに居ないって言うけど、もう2人目なんだが……)


 ウロジオンの瞳も赤い。とは言え、思い返すとそれほど赤い瞳の持ち主とは出会った気はしなかった。これまでに様々な色の瞳を見て来たせいで抜けていたが、その2人を除けば確かにどれも“赤”ではなかったとレオは今になって気付いた。居てもせいぜい橙色だとか、ピンクや紫色だ。


 赤い瞳が世間でどう思われていようが、レオは否定的には捉えなかった。何故なら、アイスの瞳の色は好みだった。激しい鮮やかな赤ではなく、香しさを感じさせる落ち着いた品のある紅。さらに、アイスの暗い髪色がそれを際立たせ、余計に綺麗に見えるのだから、好意的な言葉しか出なかった。


「オレは好きだよ。いい色してる」

「っ……!」


 一段と頬を赤く染めて視線を下に逸らすアイス。嬉しそうな少女のうつむき顔を見て、今更ながらレオは思った。これでは逆効果では? アイスが恥じらってしまえば、会話が続かなくなってしまう。アイスを喜ばせる事には成功したが、ナイスな話題だったかと言われると微妙だった。


 会話の糸口が掴めず追い詰められていたとは言え、やはり褒める類の話では長くは続かなかった。かつての経験通り、気まずさから逃れる為の一時しのぎ的措置にしかならなかった。苦しい話題探しがまたしても始まりそうだとレオは覚悟する。


(……どうする。もう話題に出来そうな事が無いぞ)


 体に関しては当然タブー。特に女子は気にしていそうだしデリカシーに欠ける。触れないのが紳士だ。尻尾については初日に聞いてしまった。となると、残された道は魔法についてなど、彼女の得意そうな分野しかない。……のだが、詳しくないレオとしては一問出すのも難しかった。


 思い付かないのなら最悪、頭を空っぽにして白いもふもふ尻尾を触りに行くのもアリかも知れないとレオは思った。そうすれば、少なくとも友好的でありたいと言う意思は伝わる。


 候補をなかなか一つに絞れず悩むレオ。そんなレオの頑張りを察して、今度はもじもじしていたアイスの方から緊張気味に切り出した。


「えと、レオは、どこに住んでるの?」

「えっ……」


 意外な質問にレオが少々戸惑いを見せる。そのせいで、変な事を聞いてしまったとアイスは慌てた。


「あっ、ごめん……! 急に変な事聞いて……!」


 別に謝らなくても焦らなくてもいいのに、とレオは思った。唐突ではあったが、アイスが気にするほど変な質問ではなかった。話題が無いのはお互い様である。不適切な質問やバカ丸出しの質問でなければウェルカムだった。


「その辺で寝てるよ」

「その辺って……野宿!?」

「野宿だったり、ホテルだったり。最近は野宿が多かったかな」

「そ、そうなんだ……」


 アイスは驚いた様子を露わにした後、段々と顔色を不安そうに変えた。普通じゃないだろうとはレオ自身自覚していたので、予想通りの反応であった。むしろ、もっと引かれるかと思った。


 帰る家が無いだなんて、いっその事レオは笑って欲しいくらいだった。だが、笑うどころかアイスは不安な感じを強めた。そして、小さな声で思いもよらない言葉をかけて来た。


「あぅ……えっと、うち来る?」

「……」


 どう言うつもりか、もじもじしながらアイスがそのように提案して来た。どうも勢いで言ってしまった感じが否めなかった。提案しておきながら、アイスは直後にその場から逃げるようにうつむき、垂らした前髪と両手で表情を完全に隠してしまった。


(正気かこの子……)


 このお誘いがただのお誘いではない事をレオはすぐさま理解した。話のくだりから、食事を彼女の家で一緒に食べて、食べた後に解散……と言う訳ではなさそうだった。そのつもりなら、「うちでご飯食べて行かない?」とでも言うはずだ。その方が変な誤解も生まずに済む。


 アイスはどこで寝泊りをしているのか聞いて来た。その直後にこの招待である。確実に「寝食を共にしないか?」と言うぶっ飛んだ提案だった。


 アイスに下心がある可能性が嫌でもよぎった。しかし、レオは直後にその考えを改める。


 レオもまだアイスの事は何も知らない。だが、これまでの性格からしてあり得ない話だった。恥ずかしがり屋で人見知りで自己主張が苦手な人物だ。たとえエロティックな願望があったとしても、口に出せるはずがなかった。故に、下心は皆無と見るのが妥当ではないか。


(そうだ。これは彼女なりの優しさだ。歪んだ方向に考えるオレがおかしいんだ)


 あいにく行く当てが無い。アイスが本当にその気なら、レオはお言葉に甘えたい所だった。……が、レオもまだ半信半疑。取りあえず、冗談ではないかだけ確認しておこうとレオは思った。


「それホントか……? 大丈夫か……?」

「いや、あの……狭くていいなら……」


 そうは言うが、レオは無理をしている気がしてならなかった。


「オレこう見えて、一応男なんだけど……気にしない?」


 女ではなく男である事をレオは念の為にアピールしてみた。そんな風に再度問うてみた所、顔を真っ赤にしたアイスは控え目にうなずいた。「あとはレオ次第」……と言う事のようだった。


 頬染める少女をレオはしばし見つめる。彼女の前では、夕染めすら褪せて見えた。


(ふっ……こんなオレを拾ってくれるだなんてな。それだけ信頼してくれてるんだな)


 でなければ家になど招かない。特に男女の場合は肉体関係に迫られるリスクを伴う。童顔なだけでアイスも大人だ。そのくらい理解しているはず。それでも泊めようと思えるのだから、アイスが抱いてくれている信頼は相当なものだと推測できた。当然、レオも悪い気はしなかった。


 仮にも一度共闘した仲。何か裏があると深読みするほどレオもひねくれてはいない。アイスの方も勇気を振り絞った事だろうし、善意に満ち溢れている。ここまでされたら応じるのが筋だろう。これを突き放せる者が居るなら、そいつの血肉は鉄で出来ている。


 アイスの元でなら安心して過ごせそうだった事もあり、レオはもう返事に迷わなかった。


「なんか急展開だけど……ありがとな」


 レオは感謝の言葉を述べると、照れ臭そうな笑みをアイスに見せた。恥ずかしがり屋のアイスの優しさにつられるように、無意識のうちに出た表情だった。


(一体この後どうなるんだか……)



レオ、拾われる


2021.8.22 第18話として追加

2025.2.22 文章改良

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