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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第34話 少女の謎

光と闇、どちらの道を進むか



 一筋の黒煙が夜天に昇る――。


 寝静まったはずの研究所の異変を察知した王国軍が一帯を包囲し、偵察部隊が突入を開始した。火災を免れた薬や資料は軍に押収され、3日とかからずに、秘密裏に行っていた研究は暴かれる事だろう。研究所の終焉はもう間もなくであった。



 日没を終え、営業中の飲食店や道に沿って並ぶ灯火が街を明るく照らす。人通りはそれらが歓迎する所に集中しており、その他では稀に歩いている程度――軍人が二人一組で街を巡回して治安を守っている程度である。


 変わらぬ日常を送る者。騒ぎを聞いて研究所方面へ向かう者。実に様々。そうした人々が生み出す街の流れの中に、レオとアイスの姿もあった。


 無事に依頼を済ませたレオ達は、研究所から脱出して近くの街まで戻っていた。


 しばらくアイスを追ってついて行くと、レオは人の往来が無い細い路地へと連れられた。ここに来てようやく、アイスがその足を止めた。


 見回すまでもなく、活気ある大通りとは真逆の場所だった。街灯の明かりはほとんど届かず、街の賑やかさから逃げて来た夜の闇が、潮溜まりのようにこの一角に集積されている。そんな印象を抱かせる雰囲気であった。


 明かりも無ければ、人も居ない。人が並んで歩けるような道幅も無い。ゴミ捨て場ではないので異臭は無いものの、居心地はすこぶる悪かった。だが、ここなら邪魔は入らないだろう。窮屈さに目をつぶれば、身を潜めて話をするには持って来いの場所だった。


 こんな所に連れて来られた理由は――。レオはなんとなく察しがついた。依頼は達成した。言いたい事が無ければ、わざわざこんな暗い所に誘わずに「解散」でいいはずだった。


 うつむき気味のまま振り返ったアイスはどこか思い詰めたような顔をしていた。話を切り出すか否かで悩んでいる様子で、なかなか口を開こうとしなかった。そんな彼女に痺れを切らし、レオはずっと抱いていた疑問をぶつけてみた。


「説明してくれるんだよな? 殺しがデリーターの仕事じゃないのか?」


 おかしな事をしている。その自覚はアイスにもあった。故に、アイスは口を閉ざしたままさらにうつむいてしまう。


(レオみたいな人が味方になってくれるなら心強い……。でも、下手したら……もしかしたら私は……!)


 胸の内の秘密を打ち明けるかアイスは葛藤していた。レオに秘密を知られる事で起こり得る危険は甚だしく、どうしても躊躇ってしまうのだった。


 眉を八の字にしたアイスが様子をうかがって来るので、レオは真剣になりすぎない表情でじっと見つめ返して答えを待った。どんな感情が湧くかは内容次第だったが、今のままではなんとも言えない。だから訳を話してくれ……。真実が知りたいんだ……。それ以外の思いをレオは持たなかった。


 レオの思いが通じたか、大きく息を吸ったアイスがようやく語り始める。


「私は、そう言う事はしないで……、誰も殺さずにやってるの。少なくとも、命までは奪わないようにしてる……。他人(ひと)の人生までは奪いたくないから……」

「殺さないでくれって頼んで来たのはそう言う理由か」

「うん……。目の前でレオが殺しをする所なんて見たくなかった……。本当はずっと、しないで欲しい……」


 どうやら全部本気で言っている。レオはそう直感した。伏し目がちで喋る事が多いアイスだったが、この時だけは、悲しみを秘めた紅い瞳を潤ませて真っ直ぐ伝えて来たからだ。その言葉、気持ちに偽りは無いと判断するには十分だった。


 だが、アイスの期待には応えられそうになかった。


 今にも泣きそうな少女を見ると、レオは自分を責めたくもなった。何せ「殺さないで、なおかつ情報も抜き出す」なんて器用な事は、残念ながらレオには出来ない。そう言った能力が無い事、自分には情報を奪って相手を殺すしかない事をレオは伝える他なかった。


 唇を噛み締め、アイスは再び口をつぐんでしまった。


「殺さないのもいい。でもよ。それは、デリーターのやり方に反するんじゃないか?」


 意地悪かも知れないとレオは思ったが、アイスの意志は明らかに組織の方針と合致していない。そこを聞かずにはいられなかった。案の定、アイスは胸に手を当て、返答に苦しそうだった。


「そうだけど……でも、必要な情報を得たら、ちゃんと出会った記憶を消して、もう悪い事をしないようにしてる。だから、今の所は大目に見てもらえてる……」


 そんな事が可能なら、これまでの変な対応――敵に姿を見られておきながら気絶させるだけ、と言う甘い対応にも説明がつく。敵の記憶を消してしまえば、別に殺す必要は無い。しかし、本当にそのような事が出来るのかと言う疑問は残った。記憶を操るだなんて、レオからしたら信じられなかった。


「でも、どうやって?」

「さっき見たと思うけど、私が授かったのは雷属性の魔法……。相手の脳に雷撃を流し込んで、その……操作してる……」


 次第にアイスが申し訳なさそうな顔色を強める。そこまで悲しい顔をする事は無いとレオは思った。何せ、今日会ったのはどれも悪人。記憶を消されるよりももっと酷い事を他人にして来ているはず。因果応報。悪人に相応しい最期だ。


 それにしても、器用な事をする。相当な技量の持ち主だった。


(なるほどな。周囲に電気を流して、建物の構造や人の居場所を感知する事も出来るってか……)


 研究所で目撃した一筋の青い閃光はやはり彼女のものであった。術が速すぎてレオも半信半疑だったが、見間違いなどではなかった。その事がようやく判明した。そして、今まで不可解だったものが一気に紐解かれた。今日の襲撃が思いのほかスムーズに進んだのは、彼女が居てこそだった。


「殺しをしないデリーターって……変、かな?」


 唐突だが、レオはアイスに意見を求められた。


 殺しをしないデリーターを認めるか認めないかのシンプルな質問“だったから”と言うべきか、レオはすぐには回答できなかった。意図が不明で、何か試されているのか? と一瞬思わされたせいもある。


 アイスの顔はどこか不安げ。質問内容も加味すると、自分のやり方に自信を持てていないのだとレオは想像した。無理もない。闇に棲むのは殺人を当たり前だと思っている人間ばかりだ。少女が望んでいるのはその真逆。自信を無くして当然だった。


(だからこの質問なのか……?)


 ここでレオは質問の本質に気付く。これは、「殺しをしないデリーターを認めるかどうか」ではなく、「アイスの存在を認めるかどうか」の質問なのでは……と。


 いずれにせよ、周りを気にして自分を曲げるのは間違っているとレオは断言できた。他人に流されて靡いたら終わりだ。自分を貫いてこそ“人生”である。アイスが今後どうするかは勝手だが、それだけは伝えておこうと思った。


「いいんじゃねぇか? アイスがやりたいようにやれば」

「……ホント?」


 嘘も冗談も言っていない。全て本心からの言葉だった。「ああ」とレオは微笑みと共に短く返した。


「そりゃ、やむを得ない時もあるかも知れない。いつか判断を迫られる時期が来るかもしれない。けど、人は誰かを殺す為に生まれるもんじゃないだろ。自分がやりたくないって思うんなら、やらなくてもいい。その先に何があろうと、自分の選択に後悔しない覚悟があるならな」

「そ、そうだよね……。うん、私はそうしよっかな……」


 レオの微笑みに応えるように、少しだけアイスに柔らかさが戻った。


 静寂の中、大通り方面からの賑やかさが微かに聞こえて来る――。おかげでレオは思い出す。この狭い路地は本来、居心地の悪い場所だった。


 本当に誰も傷付けたくない。微塵も望んでいない。そんなアイスの強い気持ちはレオに伝わった。立派だし、成し遂げようと実践する姿はレオには眩しいくらいだった。しかし、それと同時に、解消されない疑念も生じていた。これでは筋が通らなかった。ずっと伏し目がちの少女にレオは首をかしげる。


「なんでだ……?」

「えっ……?」

「なんでこんな事をしなきゃならない組織に居るんだ……? おかしいだろ……」


 アイスが成し遂げようとしている行いは、“闇”と言うよりは“光”。それが何故、闇に紛れて朧げになりながら輝こうと奮闘している? 彼女が立つに相応しい舞台はここではないはずだった。


 レオの指摘を受けてアイスは前髪を垂らし、またしても足元に視線を落とす。


(そう……なるよね)


 ここまでの会話を整理すれば誰でも勘付く。殺しが許せないのに、殺しを厭わない組織に身を置いているだなんておかしい。普通は逆だ。人は興味関心・波長が合う者に惹かれ、忌み嫌う事を平気で行う者を避ける。


 厳しい決断を余儀なくされたアイスだったが、そこに焦りは無かった。アイスは深呼吸を終え、決心した様子でレオの茶色い瞳を真っ直ぐ見つめる。


「デリーターに隠してる秘密……レオにだけ言うね?」


 遂に来るか、とレオは肩に若干力が入った。その直後、アイスの口から弱々しく真相が告げられる。


「私……。ベイン・デリーターの情報を集めてるスパイなの……」


 心の準備は出来ていたつもりだった。だが、レオは驚きのあまり固まってしまった。怪しいとは思ったが、まさかスパイだったとは想定外であった。


「……そう、だったのか」


 それ以外にレオは言葉が浮かばなかった。こんな時の最適解があるなら教えて欲しいものだった。


 しかしこれで、アイスが何故〈ベイン・デリーター〉に所属していながら、殺しを躊躇っていたのかがようやく分かった。そもそも彼女は、デリーターの仲間ではなかったのだ。敵に対してのこれまでの消極的な態度はそこから来ているようだった。


 アイスが自分に嘘を言っているとは、レオは微塵も考えなかった。スパイである事を明かした所で一体なんになると言うのか。その時点で彼女の言葉が嘘である可能性が低い。


 大体、嘘をつく人間がこんなにも苦しそうに葛藤して打ち明けるだろうか。騙しているだなんてあり得なかった。アイスの生々しく心を痛める様は、演技で出せるものではない。それを再現できる人間が居るのなら、レオは是非とも会ってみたかった。


「ごめんね……」


 突然アイスが呟くように謝って来た。何に対しての「ごめん」なのかが分からず、レオは少々困惑する。


「どうして謝るのさ」

「一緒に行動していられる間は……今日みたいなやり方で、レオの負担を減らせる。でもきっと、ずっと側には居られない……。そしたら、いつかレオが、誰かを殺める事になるから……」


 だから「ごめんね」なのかとレオはようやく理解した。それにしても、アイスは悲しそうだった。まるで親友の事のように気にかけて来る。優しすぎて見ているだけで辛い。もう、他人事だと割り切って気にしないで欲しかった。そうでないとレオの方が耐えられそうになかった。


「それはオレの問題だ。アイスが気に病む事じゃない……。それに、ここに来た時、既にその覚悟は出来てる」

「っ……」


 お節介なのはアイスも分かっていた。だが、レオの行く末を思うと、アイスは気にかけずにはいられなかった。そう言うタチなのだ。――ただ、それだけならもっと諦めが早かっただろう。これまでのレオとのやり取りで、アイスは奇縁とシンパシーを感じていた。少し突き放されたくらいで退ける軽い気持ちは抱いていなかった。


 やりたいようにやればいい――。図らずも、レオはアイスに勇気を与えていた。


 悩んだ末、自身のすべき事、あるべき姿を悟り、アイスはゆっくりと瞳を開ける。そして、今できる精一杯の笑顔をレオに送った。


「取りあえず、今日はこれでおしまい……また明日。あ……今日の事は、二人だけの秘密にしておいて欲しいんだけど……」

「言わないさ」

「そっか、よかった。じゃあ……また明日ね」

「ああ、また明日」


 互いに目を合わせて別れの挨拶を告げ、アイスはぎこちない手の振り方をして去った。


 白く長い尻尾を後ろに流しながら、アイスが闇の路地を抜けて街灯りの方へと駆けてゆく――。尻尾を小走りの弾みで靡かせていた少女の姿はとうとう見えなくなった。


(スパイ……か)


 細い路地の壁に寄りかかり、レオは少し口元を緩める。


 素振りや雰囲気などとは裏腹に、案外勇気のある女子だった。普通、ああしたリスクの高いカミングアウトは出来ない。明かした相手に言う気が無いからいいものの、下手をすれば周囲に知らされ、どんな目に遭うか分かったものではない。とんでもない度胸の持ち主だった。


 今に至るまで色々あった事で信用され、信頼されているから明かして来たと考えていい。だからレオもそれに応じたかった。……しかし、彼女の全ての期待に応えるのはやはり無理そうだった。


(悪い……一緒には行けそうにない。道が違うんだ)


 アイスが走るのはあくまで光の道――闇を貫く一筋の光の道。応援する事は出来ても、自分はそっちには行かないないのだと、レオは瞳を閉じてアイスに詫びた。


 光は目指すが、闇の道を進む。レオはそう決めていた。


 〈アビスゲート〉へ辿り着いて解決するには、手段を選んでいられなかった。情報の集め方にこだわっているようでは、いつまで経っても扉は目の前に現れない。その方が真相に近づける可能性が高い事をレオは自力の調査で味わった。真っ当な方法で手掛かりを探してダメなら、闇の道を行くしかなかった。


 険しい道になる事が予想される。だが、レオは止まろうとは思わなかった。背負った使命は、この世界で起こる〈アビスゲート〉をどうにかする事。「使命」は逃げやしないが、足を止めてしまえば成し遂げる事は叶わない。


 あの老師が命を落とすほどの危険に挑もうとしている。このくらいの艱難辛苦を乗り越えられぬようでは、相対してもきっと何も出来ない。誰も幸せに出来ない。


 レオは死ぬ気で突き進むつもりだった。たとえ両手が血にまみれようとも……。




この出会いが凶と出るか吉と出るか


2021.7.25 内容改良

2025.2.22 文章改良

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