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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第215話 豪華な劇毒餌

見た目に騙されてちょっかいかけたらヤベー女だった



 〈アイザン〉の治安は王国軍が維持を努めていた。しかし、目の届かない所が無い訳ではない。戦闘終結以来、傷口を見つけた細菌の如く、悪意を抱いた輩が陰に湧き、欲望を満たす機を常にうかがっていた。


 市民に魔の手が迫る。損壊地区に程近い路地裏では、ガラの悪い男達に絡まれてしまった、怯えた2人の女性の姿が……。


「ぐへへ、いい事しようぜ?」


 仲間と共に女性らを壁際に追い詰め、否応なしに接触する男達。大人しく従うしか助かる道は無いのだろうか――? 彼女達がそう思ったその時だった。


 女性の色白の肩を掴んだ男の腕に、放せと言わんばかりに冷たい峰が乗せられた。


「あ?」

「女の子をなんだと思ってるの? 好き勝手できるお人形さんじゃないんだよ?」


 最後の一口となった、生チョコたっぷりのクレープを頬張りシンシアは満足そうに笑みを浮かべる。怖さなど微塵も無い。緊張感すら無い。誰が彼女を見て恐れおののく?


 目の前に現れたグラマラスな金髪美女。男達は嫌らしい下品な顔が止まらなくなった。


「へへ、お前もなかなかイケて――」


 脇腹、脇腹、肩、首――目にも留まらぬ速さで峰打ちが放たれ、男は配管に頭をぶつけ崩れ落ちる。


「次の方~」


 突然の発砲にシンシアが顔を逸らす。顔面に当たったか、金色の髪が激しく乱れた。


 悲鳴を上げて女性らが逃げ惑う。この距離の銃撃を外すはずがない。致命傷は免れない。誰もが女の死を確信した。


 プッ――。石畳を跳ね、銃弾が軽い金属音を奏でて転がる。まるで道端にガムでも吐き捨てるかのようにシンシアの横顔からそれは飛ばされた。


「変なの食べさせようとしないでくれるー? わたしのお口はね、美味しい物かレオ君とシーナちゃんのキィッスしか受け付けないの」

「化け物めッ……!」


 銃を構えた男が再び引き金を引こうとする。しかし――垂直に振り下ろされた剣の峰が男の鎖骨をへし折った。あまりの痛さに男はうめき声を上げ、銃を持つ事すらままならなくなった。


「肩こり辛いの? 大丈夫?」

「――あああああッ!!」


 二度目の峰打ちが男の患部に振り下ろされた。断末魔のような叫びが路地に響き渡る。後ろで襲撃の機会をうかがっていた仲間達は顔面蒼白。目の前で繰り広げられた無慈悲なハイパーバイオレンスに震え出す。


「はーい。わたしの質問にちゃんと答えてくれる人~」


 そのにこやかな問いかけに難色を示す者はもはや誰一人として居なかった。「答えます!」「答えます!」許しを乞うかの如く男達が次々と声を上げる。


「最近この辺で起きた爆破事件に詳しい人、居るー?」



 ◆



 高くそびえる尖塔に腰かけたシンシア。麗らかな陽気と春風を浴び、かの母神を彷彿とさせる金色の髪を青空に流す。


 〈アイザン〉の街が一望できる。本来なら商業都市としての賑やかさで満ちているのだが、建物の解体作業やら瓦礫の運搬やらで住民はそれどころではないようだ。今では都市開発の途中であるかのようなせわしない騒音ばかりが響き渡っていた。


 街が元の活気を取り戻すには、もう少しかかる事だろう。


 宙に放り出した両足をぶらぶらさせ、片手で携帯電話を操作しつつ、小悪党達に奢ってもらったトッピングを盛に盛ったソフトクリームをシンシアは楽しんでいた。


「ふむふむ」


 携帯の位置検索機能を使えば、レオとシーナが今どこに居るのかリアルタイムで丸分かり。――2つの印が現在地の遥か西に。ちゃんと〈カンダフォル王国〉に着いているらしく、順調そうで何よりだった。


「さてさて、アイスちゃんは今何してるかな? あー、さすがに情報管理徹底してるね。位置検索切ってるよ。アイスちゃんはやっぱりガードが堅いなぁ」


 すっかり目的を忘れてしまっているように見えるが、こう見えてシンシアは事件について考えていた。口の中で溶けるバニラの甘さと共に、少し前のやり取りをシンシアは静かに振り返る――。


 先程の小悪党達が言うには、爆破事件と関係があるかは定かではないが、事件の数日後、「知り合いの知り合いが裏道で黒い影の獣を従えた女に喰われた」との事だった。


 人体が引き裂かれ音を立てて噛み潰される。凄惨な一部始終を目撃したその片割れ曰く、〈朱の刃〉のリーダー――“闇の女王”レウレスの仕業なのだとか。腕利きの仲間を求めていると広めさせる為に生かされたのだとか。


 「そんなに有名なの?」シンシアが尋ねると、皆口々にこう言った。「美貌と実力を兼ね備えた、迷える男共の憧れ」であると。どうやら大物のようで、ここ最近になって急速に力を付けて来たらしかった。彼女の恩恵にあずかろうと既に新たな仲間が集い始めていると言う。今回のCSの弱体化がまさに契機となったようだ。


「〈朱の刃〉……か。怪しいね」


 記憶に新しい。レオとレイヴンが執務室で話していた、シャルが元居た組織だ。そのリーダーが、攻撃飛び交う〈アイザン〉で何をしていたのだろうか? 何故そのタイミングなのだ? 怪しさ満載である。


 爆破事件との直接の関係は無さそうだったが、CSを襲撃した人物と繋がりそうな予感が既にシンシアにはあった。


(ここを縄張りにしてる暗殺組織に戦いを仕掛けに来たならもっと大事になってる。何か別の、特別な理由があったんだろうね。例えば、ここに来る事自体が目的だったとか)


 不老不死研究の情報が狙いだったとして、CS本部は戦闘が行われていて入り込む余地なんか無かっただろう。仮にそれが収まっても、すぐさま王国軍が調査に入る。そんな分かり切った展開になるのだ。誰が期待できないおこぼれ目当てに行儀よく留まる?


 行動からして、仲間を探しているだけとも思えない。その女は軍の交戦地区を避けつつ、何故か路地裏を巡っていたと言う。ふらふらと。当ても無く。暗殺組織の縄張りなんぞどこ吹く風と言った具合だったそうだ。腕に自信があるとしても妙だ。


 きっと良からぬ事を企んでいるに決まっていた。シャルを利用した時のように。


(不老不死研究の情報を爆破魔が持ち去ったと見て追いかけてる……? わざわざアイザンに来た理由が他にあるんだろうか……)


 単に行方を追っているだけなら“女王様”はわざわざ現地に足を運ばないのでは。情報収集なら手下で十分。そうでなかった理由とは……? シンシアの脳裏には1つの仮説が浮かんでいた。


 高性能の捜索能力を有している可能性だ。


(ずっと疑問だったんだよね。今頃になってシャルちゃんが利用された理由。簡単に出来る事じゃない)


 シャルに聞けばその能力の詳細が分かるかも知れない。しかし、今すぐには聞けないのでシンシアはそれについては一旦置いておいた。


(そいつが以前から爆破魔の仲間って可能性はどのくらいあるんだろう……。いや、初めから組んでたなら、もっと早い段階でシャルちゃんやみんなが狙われてるか。わたしをおびき出す為に)


 仮に両者が以前から仲間同士であったとすると、CSを襲撃した理由も謎だ。“力のありか”に見当がついているのに、天敵に喧嘩を吹っかけた事になる。水面下で動いていたレウレスのやり方とは正反対。合理性を欠く。


 爆破魔と闇の女王の相反する手法(スタイル)。両者の噛み合わない感じが従来からの仲間説を薄める。


(最近接触したばかり? 足跡見つけて辿り着いたんならますます濃厚だね)


 となると、レウレスとやらの行方も気になるが……。


「手掛かりは……無し!」


 思考放棄。炎は操れても、あいにくそちらの方面はからっきしだ。行き詰ったもやもやでも晴らすように、顔ほどの大きさのソフトクリームをシンシアはぺろりと平らげてしまった。


 手掛かりが無いなら自分で作ればいい。見ての通り、シンシアはそれほど悲観していなかった。


 爆破事件発生からそれほど時間を置かずに現場近くへやって来るスピード感から察するに、レウレスとやらは相当不老不死への興味があるようだ。爆破魔の痕跡が消えぬうちに――そうした思考が彼女にそうさせたなら、やはり捜索能力を有していると見るのが妥当だろう。


小悪党(おじさん)達に伝言を持たせておいて正解だったな)


 彼らとの別れ際の事である。「スカーレット・ルナが仲間になりたがってる。“真相”を教える」レウレスに指定した時間と場所に来るよう伝えて欲しいとシンシアは丁寧に頼んでおいた。捜索能力を持っていると睨んだシンシアが何も手を打たないはずがなかった。


 爆破魔と居るならセットで来るかも知れない。我ながら悪くない一手だとシンシアは胸の内で自画自賛した。両方釣れれば最高だった。


「さてさて、一仕事した事だし、街の平和を守った事だし、栄養補給、栄養補給ぅ~」


 気分転換に、隠し撮りをしていたレオの写真をシンシアは見始める。満足した所で、そろそろ次に打つべき一手を考えた。


「このまま上手く行くとは思えないしねぇ……。レイちゃんに支部の場所でも聞いて遊びに行こうかな。そんで、騙しても心が痛まない程度に仲良くなる。成功する前提で動いてちゃダメだもんね」


 レウレスが予定通り来なかった時の保険が必要だろう。そこで、CSだ。「レウレスに爆破魔との繋がりがありそう」と情報提供をして彼らに見つけさせる、あるいは捕えさせるのだ。


 シンシアが撒いたのは、劇毒疑惑が強めな豪華な見た目の餌である。レウレスが疑り深い偏食家で餌に釣られなかった場合、組織的かつ“闇”に詳しいCSを利用するのが効率的だった。


 そろそろ立て直している頃だろう。長年王国を悩ませて来た謎多き組織だ。首の上が潰された程度で瓦解するような組織ではないとシンシアは見ていた。何より、同志を殺され、本部を潰された怒りと憎しみで燃えているはず。〈アイザン〉は鎮火したが、きっと彼らの中ではまだ炎が燃えているはず。そこを煽り言葉巧みに利用するのだ。


「もしくは、優しく交渉して優しく敵の所在地を聞き出す。案外、爆破魔の情報をそっちに送ってて、こっそり動き始めてるかも知れないし。そうだったら儲けもんだね」


 ただそれには、支部の場所を知る必要がある。まずはCSに詳しい人物に聞いてみなければ始まらない。


 何やら悪戯でも思い付いたかのようにシンシアが口角を上げる。「楽しくなって来た!」声を発して尖塔から飛び立つと、火炎の主は虚空へと姿を消した。


そんな餌で釣れるかはレウレスの強欲さ次第

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