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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第33話 依頼完了……?

地味にレオも作戦に貢献してる



 先頭を駆けるアイスを追い続け、レオは研究所の最下層らしき場所に辿り着いた。邪魔者が多く、遠回りを余儀なくされる事もあったが、なんとか無事にここまで来られた。


 奥へ向かって進んで行くと、レオは違和を感じ取った。不気味なほどに静かなフロアだった。上の階層と違って敵の気配は無く、まるで警戒していない。――それもそのはず、敵は皆、手柄を立てようと持ち場を離れて出払っていた。最も守りを固くしておくべき場所の守りが手薄なのは、レオ達の方にそもそもの原因があった。


 血気盛んで我欲に正直な用心棒は働き者である。だが、正直すぎても困りものだ。侵入者が見当たらず、最下層がマズいと今になって気付いても、もう簡単には戻って来られない。ここまでの経路は氷壁で幾重にも塞がれている。陥落は間近であった。


 何度も訪れた事でもあるかのように、アイスが迷いの無い駆け足で誰も居ない静かな廊下の角をどんどん曲がって行く。そんな彼女の動線を辿るように突き進むと、前方に扉が見えた。探知能力の恐ろしさを知ると同時にレオは羨ましくもなった。


「あの奥の部屋にターゲットも居ると思う……!」


 アイスに小声で伝えられ、レオはいよいよかと気持ち早めに剣を握る。速度を落としながら扉の側まで行くと、珍しくアイスから次の指示があった。


「あ、扉お願い……!」


 ここは力尽くでこじ開けるしか方法が無いらしい。それならばとレオは鋼鉄をも絶つ斬撃で厳重な扉を破壊した。こうなると敵は袋の鼠。制圧など容易い。学び多き一夜を終わらせるべく、レオとアイスは息を合わせて薬品保管庫に突入した。


 中に入ると不思議な事に、小男を残して敵は皆床に寝ていた。


「――っ!?」


 突然倒れた屈強な男2人と部下2人。続いて、突然現れた若い男女。立て続けに起きた異常事態に驚かない訳がない。いかにも悪そうな感じの中年の小男は一瞬狼狽えた顔色を見せた。しかし直後、態度を一変させた。


「き、貴様らかァ!! ここに忍び込んだと言うネズミは!!」


 男は声を荒らげ、やましいものでも隠すように、薬品が丁寧に並べられたアタッシュケースをすぐさま閉じる。男の威嚇は続く。大事な荷物に近づかせまいとレオ達の方へと迫って来た。へっぴり腰気味で杖を二人の方に指し、はったりじみた気迫で押し切ろうとした。


 無論、そんなものは二人には通じない。数々の敵を破って来た二人だ。怯むはずがなかった。ある者は残念そうに、ある者は呆れた様子で一歩ずつ迫り、虚勢を張る男を逆に後ずさりさせ、じりじりと壁際に追い詰めた。


「薬……クロシリンネフリスはどこにあるの?」

「はぁ? 素直に教えるバカがどこに居る!」


 交渉決裂……アイスの重い溜め息がそれを物語っていた。目の前の男は強情で情報を素直に吐くとは思えない。こちらから何か圧をかけねば話は前進しそうになかった。


「どうすんだ? 痛めつけて吐かせるか?」

「いや……それは」


 それはやりたくない。アイスは言いかけた言葉を胸の内に引き戻したが、切なさのある表情を見ればそう思っている事は明らかだった。


 手詰まりにも思えたその時、周囲を見回していたアイスがある物を見つけたようで、床からそれを拾い上げた。倒れた研究員が持っていたであろうデジタルノートだ。本体の大部分が透明ディスプレイとなっており、レオには近未来感を感じさせるものだった。


「コラ勝手に取るなァ!!」


 今や人に命令できる立場ではない事を男は自覚していないようだった。加えて、その必死さが逆効果となる事も分かっていない。


「なんで生かしてもらえてるか、よく考える事だな」

「青二才が調子に乗りおって……! わしのボディーガードさえ起きれば貴様らなんぞ……!」

「ああ、なんか知らんが起きないな。忠誠心があったら普通起きるぞ」

「このガキ……!!」


 デジタルノートを見てある事に気付いたアイスが、机の上の閉じられた銀のアタッシュケースに視線を向ける。


「それに入ってるんだよね?」

「くっ……だったらなんだ!? 力尽くで奪うか!?」


 反応からして、どうやら図星のようだった。素直なのか強情なのかはっきりして欲しい男だ。しかし、間抜けで助かった。男がよっぽどの演技派でなければ、依頼の薬は確実にアタッシュケースに入っている。それを奪ってうるさい小男を始末したらミッションコンプリートだった。


 とレオが思ったのも束の間。男が最後の抵抗に打って出た。あろう事か〈保管魔法〉でアタッシュケースを体内に隠した。嫌がらせ、ここに極まれり。


「かはは! どうだ、これで奪えまい! わしも殺せまい!」


(反則だろ――!)


 あと一歩と言う所で目当ての財宝が全て消えたかの如き絶望だった。〈保管魔法〉の性質上、殺して取り返す事は不可能。こうなっては嫌でも長期戦を強いられる。拉致するにしても、敵地に侵入している方が断然不利。終わらない夜をレオは覚悟した。


 しかし、一旦は有利に立った男だったが、10秒と経たずに再び形勢は逆転する。


「な何!?」


 突然男の手が光を放ち、魔法で収納されたはずのアタッシュケースが勢いよく飛び出した。緩やかな弧を描いて飛んだ薬の入った宝箱は、そのままアイスの元へ――。


「ごめんなさい……。ちょっと荒っぽかったかも」


 光の色からして〈保管魔法〉が発動したようだったが、男が意図した感じではない。勝利を覆された表情からもそう読み取れた。アイスの仕業なのは彼女の発言からも確実だろうが、一体どうやって……? 疑問が尽きず、レオは少女の申し訳なさそうな横顔をただ見つめるしかなかった。


(強制的に相手の魔法を発動させられるって、どんな力だよ……)


 ともかく、これで必要な物は無事手に入った事になる。あとは手筈通り死体を一つ作るだけだった。


「どっちが殺るんだ?」

「うぅ……」


 そのようにレオが問うと、アイスは苦しげな困り顔を浮かべて黙り込んでしまった。何やら考えている様子だったが、返答は依然として無し。チラチラと表情をうかがって来る事もあったが、「殺ってくれ」と合図を送っている雰囲気でもなかった。


 何か言ってくれなければ分からない。戸惑いながらも、レオはアイスの言葉をひたすら待った。


「じゃあ……。……やっぱりダメ!」


 方針を決めたかと思えば、一転して急ブレーキ。小男の動きを警戒しつつ、レオはアイスのどっちつかずの反応にさらに戸惑いを見せる。


「どうした?」

「大丈夫……。私が、やるから……」


 遂に決心したようだった。何が「ダメ」だったのかは定かではなかったが、アイスがとどめを刺す事になった。……しかしながら、本心では引き受けたくない事は誰の目から見ても明らかだった。苦難を背負うと決めた表情や言葉とは裏腹の、躊躇いを含む声色がそれを物語っていた。


 レオとしては、辛いなら押し付けてくれても構わなかった。ここは新人である自分が始末するのがセオリーなのではないかと感じていたレオには既にその覚悟が出来ていた。命令されたとて拒みはしなかっただろう。


 もちろん、彼女が覚悟したならそれを尊重するまで。レオは傍で見守る事にした。


 アイスが男の姿を紅い瞳に映すと、その直後、鈍い音を立てて中年の小男は床に倒れた。雷にでも撃たれたかのような異常な倒れ具合にレオは目を丸くする。


「……え? 気絶、したのか?」


 床に倒れた男の胸部を見ると、まだ息がある事が確認できた。死んではいなかった――だからこそ変だった。小男は殺害目標との説明を事前に受けた。それが何故、アイスから何かしらの術を受けてなお生きている? アイスが手加減したとしか考えられず、レオは理解が追い付かなかった。


「てか、そいつを殺すのが目的じゃなかったのか?」

「それは……。後で教えるね……」


 はぐらかしている訳ではない。事情を教えてもいいが今は時間が無い。そうした誠実さや焦り、そしてどこか不安の混じった答えが、手に持っていたアタッシュケースを〈保管魔法〉でしまったアイスから返って来た。


「逃げる前に、この保管庫を破壊しようと思う。もちろん、気絶した人達は外に出してからだけど。だから……少し手伝ってくれない、かな?」

「まぁ、いいけどさ……」


 事情は後で聞くとして、レオは同意の意思を示す。しかし、本当にそれでいいのかとレオは聞かずにはいられなかった。


「せっかくここまで来たのに、もっと物色しなくていいのか? どれもなんかに使えそうだろ」


 棚などにある周囲の薬品を眺めてレオが提案する。これだけ薬があれば、一つや二つくらいは有用な物があってもおかしくなかった。しかも、この研究所は厳重に守られていた。依頼の薬以外にも希少価値の高い未知の薬があるのでは。それを破棄するだなんて、唐突なもったいない精神に駆られてレオは全て処分する事に乗り気になれなかった。


 レオの気持ちは分かる。そんな瞳で見つめ返すも、アイスは悩まず首を横に振った。


「だとしても、これらが人命を救う物だとは思えない……」


(人命……か)


 こんな状況でなければ思いもしなかっただろう。レオは“変な奴”と改めて思わされた。


 道中の敵……小男にしてもそうだ。アイスは結局誰も殺さない。突入前に話した事を“努力義務”で済まさずに守り通している。言うまでもなく、「善人」としては上出来。この上なく上出来。しかし、それでは納得できなかった。デリーターは殺人を厭わない組織だったはず……。積もり積もった違和感がレオに疑念を抱かせる。


 そろそろ訳を説明してもらいたかったが、気持ちを抑えてレオは一旦忘れる事にした。アイスに逃げるつもりが無いのなら、やるべき事を終わらせてからでも遅くない。聞くならその後だ。


 手筈通り、レオはアイスと協力して気絶した男達を倉庫内から運び出した。それらの避難を済ませると、最後にアイスが青白い閃光を走らせ、保管庫を滅茶苦茶に破壊して炎上させた。


(青白い閃光……。確か、あの小男が倒れる直前も……)


 そう言えばあの時、一瞬だが青白い線のようなものが見えた気がしたとレオは思い出す。


 何はともあれ、これで一段落――。そんな呑気なレオとは違い、その横でアイスが紺の髪を揺らして振り向き、薄暗い無人の廊下の一点を見つめ始める。


 誰かに声をかけられたかのような少女の動きに、怪しんでレオも廊下の先を見つめた。……が、やはり誰も居ない。レオは背中がざわつく気味の悪さを覚えた。


「……何かあったか?」

「レオが塞いでくれた通路もだいぶ突破されちゃってるみたい……」

「そうなのか?」

「うん。早く建物から出よ? 敵がこっちに向かって来てる……」


 例の探知能力でアイスには上の階層の事が手に取るように分かるのだろう。即時脱出にレオも異議は無かった。謎の多い女子だが、索敵に関しては間違いないはずだった。彼女が「危険だ」と言うのなら、レオはそれを信じて体を動かすだけだった。


 アイスが駆け足でその場を後にする。レオも負けじと彼女の後を追った。


 薬品保管庫の横に秘密の脱出経路があったので、レオ達はそれを利用する事にした。アイス曰く、通路は地上へと繋がっているようで、今夜のような襲撃があった際の逃げ道だと考えられた。


 一方通行をひた走り、二人は建物から脱出した。



果たしてアイスは何者なのか


2021.7.11 第15話として追加

2025.2.22 文章改良

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