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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第213話 始動

少し時間を遡って、緋月の執務室



 組み替えた脚。露わになった魅惑の太もも。腰に灯した紅い羽根飾り。シンシアの所有するそれを見てレイヴンが記憶を掘り起こす。


「その羽根……確か、古い文献にも記されているアレですよね?」

「そうそう、フェニちゃんの」

「これを見せびらかすように身に着けてる人、だーれだ?」

「シーナと……エルヴィスですかね」


 滅多に外出しないシンシアはともかく、シーナもエルヴィスもかなりアクティブな方。見せびらかす意図は無いにせよ、人目に付きやすいと言う意味では当てはまる。


「わたしの懸念、分かるよね? 不老不死に執着する人間が羽根の事を知らないはずない。これを目印に辿って来る可能性あるよね?」


 仮に敵が不老不死の所在を知っているのなら、そうするに違いなかった。――レイヴンとは対照的に「知られている」とシンシアは予感している。「辿り着けやしない」だなんて考えなかった。


 よって、シンシアの最大の懸念は“不死羽根”を身に着けている仲間への敵の接近だった。


「ヤバいよね。シーナちゃん達には当面羽根を隠すように言った方がいいのかも」


 敵が打った一手も引っかかる。


 ピンポイントでシャルをおびき出せた理由は不明だが、シーナも一緒に現れると思ったのなら、妹のシャルをおびき出した事の説明がつく。本命の“力の持ち主”とは別に、シーナ狙いの意図もあった可能性はゼロではない。


 同様の理由でエルヴィスも危険と隣り合わせ。〈ウォッチャー〉の情報管理能力を信じるなら、敵の狙い目はシーナかエルヴィスだろう。シーナは姫で、エルヴィスは夜の蝶々を追いかけがち。アクティブで顔が広く知られている上に羽根まで身に着けている。狙わない方が不自然だ。


 良からぬ企みを持った虫が見えない所で這い回っていてシンシアはそわそわさせられた。


「いまさら注意を促した所で、知っている人は既に知っているのでは?」

「そうは言うけど、隔離する訳には行かないでしょ。言っても聞かないだろうし」


 不老不死の力をひけらかす言動をした覚えは無く、謎は深まるばかり。派手に暴れたのも今は昔。直近で身に覚えがあるとすれば――。


(……あの当時、わたしを見てた奴が今も居る……?)


 なんにせよ、スピーディな対処が求められた。敵は今この瞬間も渇きを満たそうと源泉を目指している。


「終わり無き迷宮に踏み入れちゃう所を回避してる。わたしの存在を知っていて、目印にしてるから。……厄介な奴だよ」


 ()()()()であれば、“羽根の持ち主”を追いかけるだけで、それを所有する個人を襲う発想を持たない。放置しておいても特に支障は無い。


 しかし、不老不死の女が〈緋月〉に所属していると敵側が見当をつけているらしいなら話は変わる。早急に行動を起こすべきだった。


「さっさと始めようか。独自の調査を」

「そのやる気を普段から持ってほしいものです……」

「今回は特別。CS襲ったのが一連の事件の犯人――不死狙い、シャルちゃん負傷の元凶って事なら黙ってられないよ。早く見つけ出して、せめて腕の一本、首の二本くらいは斬り落とさないとねっ」


 首が一本多い気がしたがレイヴンはいつも通り聞き流しておいた。


「て事で、ウォッチャーへの報告書は適当に滞らせておこうね!」

「結局仕事したくないだけですよね……。まぁ、この際やむを得ないかも知れないですが」


 未提出の書類の処理もそうだが、〈ウォッチャー〉に事態を報告して返事を待っていては、事件の流れについて行けない。万が一の時は仲間が危険だ。最悪を想定するべきなのは確かだった。


 自分達でどうにかするしかない。今回ばかりは目をつぶろう。渋々シンシアの提案をレイヴンは受け入れた。


「日頃から報告書を遅滞させてるのも案外悪くないでしょー!」

「だからと言って、今後サボっていい理由にはなりませんからね……?」


 だが、シンシアの言う通り、〈ウォッチャー〉への現状報告を故意に遅らせて、その間にこの事件を解決してしまえば、上の判断を待ち、対策会議で時間を浪費する「無駄」を省ける。終わり良ければ全て良し。解決済みならば浴びる非難も少ない。王国への脅威を潰した成果が勝り大目に見てもらえる。


 そうした魂胆が日頃の体たらくっぷりの裏側に常にあったかは疑問が残るが、おかげで提出書類の遅れも経過報告の遅れも「いつもの事」で済まされそうだった。


「ですが、今日一日はせめて身の回りの整理に専念してください。調査は私が進めておくので」

「あっ! ちょうちょだ! 待て~!」

「片付けは!?」


 呼び止めた時、既にその姿は無かった。執務室に一人取り残されたレイヴンは頭を抱える。



 ◆



 見えない蝶を追って執務室掃除から抜け出して来たシンシア。その姿は真昼の大広間にあった。


「ったく~、こうでもしないと監禁されっぱなしだもんなぁ。次やる時はどんなシチュエーションにしよう……」


 目当ての人物を見つけてシンシアが音を殺しながら軽快に近づく。彼女の視線の先に居たのは、テーブルで拳銃のメンテナンスをする赤髪の女性――レイチェルの背後から魔の手が迫る――。


「だ~れかさんだ?」


 そんな事をするのはシンシアくらいなものだ。隠す気ゼロの悪戯に、後ろから抱きつかれたレイチェルは作業を続けながら「何か用か?」と落ち着いた口調で問い返した。


「レイちゃんって元はどんなお仕事してたの?」


 笑顔の裏にあるしたたかさにレイチェルが勘付く。元CSを名乗ったのはダンに接触した時が最後だ。〈ウォッチャー〉に提出する関係で経歴欄には“元軍人”とだけ書いた。何故改めて尋ねるのだろうか? 誰かから伝え聞いているならなおさらおかしい。


 シンシアに妙な考えがあるのは間違いないとレイチェルは直感させられた。現役時代の感覚が抜け切るのはまだまだ先の事のようだった。


 拭き終えた銀色のシリンダーをレイチェルはおもむろに愛銃にはめ込んだ。


「……言うべきなのか?」

「あらら~? そんな人に言えないイケナイお仕事してたの? あ、銃弾と口紅って似てるよね。エッチなメタファーか何かでしょ」

「どれだけ卑猥な思考をしてるんだ……」


 周囲に誰も居ないから誤解されずに済んでいる。誰か居たならレイチェルは今すぐにその口を塞いでやりたい気分だった。


「レオ君から聞いてもいいんだけどなぁ~。でも、一応本人が居るからね」

「そこは評価する」

「で、教えてくれるの? くれないの? 人の秘密は蜜の味がするって言うから確かめたいんだよ~! 気になってお昼寝どころじゃないんだよー!」


(明かした所で何も気にする事は無いか……。もう過去の話だ)


 レオの名を出す辺り何かしら掴んでいそうだ。素直に話すか試しているとも考えられるし、その意図に沿った回答をすべきだとレイチェルは判断した。


「CSだ、CS」

「CSってなに? クッキングスタイル?」

「“カウンター・システム”」

「それなんのお仕事?」

「諜報機関だ」


 自分の直感が間違っていたのだろうか……? いや、そんなはずない。ギルドマスターが知らないはずがない。シンシアの日頃の言動のせいでレイチェルは一瞬惑わされた。


「……本当に知らないのか?」

「知らなかったらレイちゃんに聞きに来ないよ」

「だろうな」


 シンシアが職歴を尋ねに来たのは、シンシアの中では既にCSと結び付いているから。想像した通りでようやく頭がスッキリしたのと同時に、彼女との会話がまだ始まったばかりなのを思うとレイチェルは先が思いやられた。


「情報が錯綜してるから正確な事を知ってる人に聞きたくてね。本拠地はどこにあるの? 場所さえ教えてくれれば1人で行くよ。嫌でしょ? 戻るの。気まずいよね」

「今は破壊されて見る影も無いんじゃないか? アイザンのあれがそうだった」

「ほー、どうりで軍が手こずる訳だ」


 いずれ王国側から発表がある。先んじて情報を得た所で、井戸端会議での“自慢の種”にしかならない。手柄に執着するような女でもない。――まだ何かある。鋭い勘がレイチェルの青い瞳に表れる。


「端的に話せ。気遣って回りくどくする必要は無い」

「じゃ遠慮なく。現場に居なかったの、紙一重だったと思わない?」


 アイザンで勤務していたと知らなければその発想には至らない。レオ辺りにでも聞いたのだろうとレイチェルは察した。故に気は乗らなかったが、この詮索の意味を知る為にも、思ったままを語るだけだった。


「辞めるのが少し遅かったら巻き込まれてたかもな。運が良かった」

「運がいい? かもね。でも、そうじゃなかったら?」


 シンシアの意味ありげな言い方にレイチェルは少し細めた目で静かに問うた。


「その爆破事件を起こした奴がレイちゃんの為に時期をズラした、逃がした、って可能性とかは?」

「……無いと思うが?」

「思い当たればそいつが犯人の可能性が高いんだけどなぁ~」

「私を気に掛けてくれた奴なんて、その時はゴードンくらいしか思い当たらない」

「ドンちゃんが犯人か!」


 冗談はさておき、スッと目付きを変えて別の可能性にシンシアは言及する。


「――もしくは、そう。レイちゃんが火薬をこぼしながら歩いてたとか」

「私を疑ってるのか?」

「やだなぁ、可能性の話だよ! 事前に組織を抜けておいて生き延びるって魂胆が無かったとは言い切れないし。追いかけ回された腹いせに手引きしたとかさ。レオ君から聞いてるよ?」

「……ああ、確かに自業自得だ、いい気味だとは思った」


 何せ奴らは、大切な友人であり相棒だったミリナを殺した。壊滅状態と聞いた時には胸がすく思いだった。無関係の者が何人死んだか、なんて事を考えるよりも先に目に涙が滲んでしまうほどに充足感が込み上げた。


 しかし、それだけの事だった。手引きなどしていなかった。


「とうの昔に私の中ではケリをつけてる。あれはその後の出来事だ。私は何も知らんぞ?」

「そっか。疑ってごめんねっ」


 それなりの理由があっての事なのだと言うようにシンシアは謝罪の笑みを見せる。


「爆破魔に協力者が居ないかな~、って思ったんだよね。だって臭うでしょ?」


 犯人は王国軍が所在を掴めない組織を襲撃したのだ。その線を考えるのが自然だろう。そして都合よく事件の前に組織を脱退した人物が居たら、聞いてみたくもなる。


 CSとの縁を切り、今回の事件に無関心で居たのでレイチェルはこれまで何も思わなかった。だが、言われてみれば確かに臭った。――自分からもその“臭い”が出ていた事に気付かされた。


 疑われるのも無理もない。事の経緯を明かされたレイチェルは冷静に自身を俯瞰していた。


「そいつを特定できれば、犯人に一歩近づけると思うんだよねぇ。怪しい奴居なかった?」

「残念だが聞いた事も無い。目の付け所は悪くないと思うけどな」


 情報提供者が居たと考えるべきだが、組織を欺き続けたであろうその人物を特定するのは容易ではない。何より、探そうにも本部は壊滅している。他の工作員と同様に、各地に散って潜伏しているだろう。あるいは目的を果たして姿を消している。見つけ出すのは現実的ではないようにレイチェルは思えた。


(いーちゃんの懸念は杞憂っぽいなぁ。素直に話してくれるし)


 終始にこやか。変わらぬ笑み。裏にある思惑をシンシアが悟らせる事は無かった。


「ま、ちょっくらニオイを嗅いで来るよ」

「何か手伝える事があったら言ってくれ。常識の範囲内なら協力は惜しまない」

「ういっす!」


 軽やかな返事をしてシンシアは火炎と共に虚空へ消えた。煌めく火の粉が舞を踊る――。


シンシアも仲間に危険が迫っているとなると、さすがにじっとしていられない模様

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