第201話 爆砕の悪魔
ヤバい奴らが出会った結果……
郊外にある小さな森を抜け、両脇に白い花が点々と咲いた野道をシャルは道なりに進んだ。
予報では午後から天気がぐずつき夕方に雨が降ると言っていたが、頭上にあるのは白い綿雲と青空のみ。この辺りでは崩れそうな気配は少しも無かった。
しばらく歩き続けたシャルの目の前に、ようやく目的地が見えた。
辿り着いたシャルは唖然とする。片側が外れ、来る者拒まず状態の門の前で思わず立ち止まってしまった。
「ここ……なのかな?」
荒れ放題の庭に古びた館。別荘か何かだったと思われるが、持ち主なんかとうの昔に天へと引っ越していそうな雰囲気が漂っている。見るからに人々から忘れ去られた土地で、シャルはここへ来た目的を一瞬思い出せなくなった。
「本当にこんな所に誰か居るのかなぁ……」
目の当たりにした静けさに小さな独り言がシャルから漏れ出た。それもそのはず、街を出てからと言うもの、すれ違った人数はまさかの0人。館もこのあり様。シャルの疑問は至極当然だった。
突っ立っていても仕方無い。シャルは取りあえず敷地内を進んでみる事にした。
「――よお」
「――あ、依頼くれた人?」
穴だらけの館内を進んだ先で生きた人間を見つけた。こんな所に住んでいるのかと思うとシャルは正気とは思えなかったが、ミイラになって出て来られるより遥かにマシだった。
家具の無い大部屋に居たのは、葉巻を燻らせた赤い瞳の厳つい大男であった。無論、シャルは彼の正体を知らない。しかし、その正体はウロジオン・アトサグル――10日ほど前、CS本部の上層階を跡形も無く吹き飛ばし、壊滅寸前まで追いやった危険な人物だ。
訪ねて来た銀髪少女を、ウロジオンが燃えるような赤い瞳の中に捉える。事前に話した通りの結果となった事で例の女への信用は増した。
(コイツがそうらしいな)
数日前の出来事をウロジオンは思い返す――。
~~
街と街を繋ぐ、林に沿って伸びる一本の野道。黒いおんぼろコートを着たワイルドな風貌の大男、ウロジオンが目指すは次の宿だった。
すれ違うそよ風。葉巻の香りが微かに残ったそのすぐ後ろ――茂った林の方から人影が出て来た。
砂利の擦れる音と気配にウロジオンほどの手練れが気付かないはずがない。振り向いてみると、こんな辺鄙な所よりも夜の高級バーの方が数十倍も似合う、黒いドレス姿の妖艶な女がそこに居た。
側に居る男は主従関係の“従”の方らしく、ウロジオンは女の方へと問いかける。
「なんか用か?」
「見つけた」
「たまげたなぁ。こんな野生のおっさんが好みなのか? 悪趣味な嬢ちゃんだ。さっさと帰んな。手頃な優男は街に居る」
優男などハナから眼中に無い。レウレスは意に介さず、単刀直入に切り出した。
「あなたがアイザンで爆発騒ぎを起こした犯人ね?」
「クク……バレないようにこっそり帰ったんだがな」
「“帰り”じゃない。“行き”が決定的だった」
何を隠そう、レウレスの操る“黒鬼獣”は嗅覚が鋭い。常人には到底知覚できないニオイを嗅ぎ分けられた。
〈アイザン〉で爆発があったと聞き、レウレスは現地に赴いた。これまでと類似した事件が起きたと知り胸が躍った。行かないはずがなかった。
治安の崩れた街を嗅ぎ回った末、とある路地裏で、カステラの甘い香りに硝煙を混ぜたような独特なニオイが染み付いた足跡をレウレスは見つけていた。その足跡が軍が交戦中の建物へと真っ直ぐ続いていたとなれば、足跡の持ち主が爆発の犯人であると想像するのが妥当だろう。
そして突き止めた。
「ほうほう、どうやったか知らんが大したもんだ。俺の元まで辿り着ける奴はそう居ない」
「目的は不老不死?」
見透かすように尋ねられたウロジオンが不敵な笑みを浮かべる。
「お前も不老不死が目当てか」
同一視されたレウレスは小さく笑うと、顎に手を当て白々しく考える素振りを見せた。
「確かに、ずっと若々しく居られるのは魅力的。でも、今はそう言う気分じゃない」
「なら狙いはなんだ?」
「それを教えるのはもう少し先になりそう。まずは私と協力しない? もしくは仲間にならない? 募集中なんだけど」
「生憎だが柄じゃねぇ」
得難い美女からのお誘いだ。悪い気はしなかったが、ウロジオンは口に含んだ白煙と共に“却下”を吐き捨てた。
「そう、残念。期待してたんだけどなぁ。みんな食べちゃって、残ったのはそうでもないのばかりだったから」
「いけねぇ嬢ちゃんだな。仲間をつまみ食いだなんて」
「そう言う“性”なの」
その微笑みは相変わらず妖艶だったが、直前の言葉のせいでレウレスの背後にある闇は少しも隠せていなかった。
「なら、大人しく交渉ね。こうしない? 次のターゲットを探す手助けをしてあげる。その代り、私の望みをあなたが叶える。どう?」
「悪くねぇ話だな」
一転して前向きになったのにはもちろん裏がある。かなりの戦力になると見たからに他ならない。
交換条件の内容と言い、ここに至るまでの経緯と言い、希少な捜索系の能力を持っているらしい事はほぼ確実。その女が自分の方からやって来て自分の方から協力を申し出た。ウロジオンにはもはや断る理由が無かった。
「ま、お前に見つけられればの話だが」
「その人物の匂いさえ分かれば。あとは街中で見つけた痕跡を辿るだけ」
「“匂い”ねえ……こりゃあかなり難しそうだ」
「どう言う意味?」
「俺の探しモノは神出鬼没。伝説の中の存在だ。おっさんの足跡を嗅ぎ分けるのとは訳が違う」
実力を疑われた挙句、“おっさん”を追いかけていた事実を突き付けられた。特に後者は、自身の美意識とはかけ離れた行為。レウレスからすれば少しも面白くなかった。
しかも、お目当ては「伝説の中の存在」と来た。追うだけ無駄な気がしてならなかった。余裕たっぷりで終始優雅なレウレスが珍しく不満を露にする。
「ちゃんと存在するものなら見つけ出せるかも知れないけど、本当に実在するものなの? そこははっきりさせて」
「心配すんな。確かに存在する」
「名は?」
「さぁな」
何一つ情報が無いではないか、とレウレスの不満顔がさらに色濃くなった。
「……だが、七賢は奴の事をこう呼ぶ。――“緋月”」
(――っ!!)
思いがけない幸運が舞い込んだ。脈打つ高揚感はさながら恋実る予感のよう。レウレスの口元に妖しい笑みがこぼれる。
「それについて詳しい人を呼べそうなんだけど――興味ある?」
~~
――そして、銀髪の少女がやって来た。
ここまではレウレスの言っていた通り。もしも彼女の言葉を全て信じるのなら、目の前の少女が“スカーレット・ルナ”を知っているはずだった。
(驚いたな。まさかそんなギルドがいつの間にか出来ていたとは。……ま、俺が調べたのもだいぶ昔か)
きっと新興ギルドに違いないとウロジオンは直感した。
当時の努力が無駄だった事が明らかとなった訳だが、短気そうな見かけとは裏腹に、特に腹を立てたりはしなかった。それでもこうして辿り着いたのだから、ウロジオンは今まで通り気長にやるだけだった。目当ての女は、どこにも行きやしないのだから。
葉巻を燻らせた大男に黒い思惑があるとは露知らず、シャルは張り切った様子だ。
「あたしが来たからもう大丈夫! さっそくお仕事するよ! どこに行けばいい!?」
「ここで十分だ」
「……??」
魔兎退治に来たのに「ここで十分だ」と言われては頭が混乱した。この辺りに出るのかと思ってシャルは周囲を見回す。もちろん、魔兎の影どころか足跡すら見当たらなかった。
「スカーレット・ルナに用がある。奴について教えろ。どこに居る?」
「奴……? ……おじさん何言ってるのかさっぱりなんだけど」
「居るだろ。金髪の女が」
「……知ってるけど、そんなの今はかんけー無いでしょ」
(なんで、しぃちゃんの事を気にするんだろう……)
依頼はどうした? まるで考えちゃいない。大男が抱く執着心みたいなものを感じ取ったシャルは気味の悪さから嫌悪感を露にする。
「雑魚に用はねぇ。担当者変更だ。そいつを連れて来い」
「あたしでも依頼はこなせるよ!!」
「そりゃ無理だ」
なんの根拠も無く否定された。そろそろ怒りたい。――そうした感情が顔にも声にももろに出てしまうのがシャルだった。
「無理じゃないよ!」
「いいや、無理だ。俺の目的はその女を殺す事だからな!」
「っ……本気なの?」
僅かに身構えるシャル。相手が露わにした仲間への殺意に、シャルのそれも留まる事無く滲み出る。
「俺が洒落を言うような上等な男に見えるか?」
「見えない。思い通りにはさせない……!」
もう訳が分からない。訳が分からなかった。だが、“シンシアを殺す”と言う明確な目的があるらしい事だけは分かった。であれば、シャルは黙って従うつもりも、黙って見逃すつもりもなかった。
双剣を手にした少女を見て、やれやれとウロジオンが首を振る。
「……従いそうにないな。よし、依頼も変更だ」
「今度は何……」
騙した上にまだ何かあるようで、シャルの目が一段と鋭くなる。嫌な予感しかしなかったが、そのまさかだった。
「そうだな……もっと話をシンプルにしてやる。俺を殺してみろ」
「……本当に頭おかしいの?」
「そうだ。さもないと、お前のギルドを潰しに行く。全員死ぬ」
突如として湧いた大きな邪悪。その良からぬ目論見を阻止するべく、少女はたった一人立ちはだかる。
己の刃で仲間を守れるのなら――。シャルは躊躇うよりも戦う。静けさと共に人知れず朽ちようとしていた古びた館に、少女の凍てつく殺気が満ちてゆく。
次回、シャルvsウロジオン
ストーリーの終わりが見えて来ました




