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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第32話 奇襲強襲の夜

突入開始!



 アイスを先頭に、仄かに明かりの灯った建物の裏口から二人は突入を開始した。


 入ってすぐに暗い廊下がレオとアイスを出迎える。前が見えないほどではないにしろ、停電状態に近く、月が照る外の方が明るく感じるくらいだった。目が順応するまでは細かい物が識別できそうになかったが、それでも、進まねばならない。幸い、アイスは暗闇にめっぽう強かった。


 迷う事も臆する事も無く、アイスが先陣を切って寝静まった建物の中を進む。まるで研究所全体の経路を把握しているかのような駆け方であった。それを可能にしているのは、魔法かはたまた能力か。いずれにせよ、無闇に進んでいる様子ではない。レオも安心して先頭を任せられた。


 レオはアイスを道しるべに暗闇を駆けた。


「地下3階から上のフロアまで誰も居ないみたい……!」

「なら、敵は来ないって事か?」

「今はそう。だけど、多分そんな簡単じゃないよ。私が探知できないフロアが下にある。きっとそこからが本番……!」


(なるほどな。探知能力を持ってるのか。どうりで迷わず突き進める訳だ)


 知らせを受けてレオは一人納得した。どう言った原理で周囲の探知を可能としているかは謎のままだが、闇の中で地形や敵を把握できるのは、やはり天の恵みの成せる業のようだった。


 それはそうと、さっきから堂々と監視カメラの前を走り抜けている。敵の有無より、レオはそっちの方が気になっていた。


「そう言えば、監視カメラ対策は無しか? 姿見られちゃマズいんだろ?」

「大丈夫、もう壊したから!」


 既に終えている。そう説明されてもレオは疑問だらけだった。突入してからレオは一度もアイスから目を離していない。そのアイスは前を走っていただけで、特に変わった動作は見せなかった。一体どのタイミングで廊下に点々と置かれた監視カメラを壊したと言うのか? あまりにも早い対処に、謎は深まるばかり。


 アイスの話を信じるなら、監視の目は既に無く、敵も当分出て来ない事になる。難しい仕事になると覚悟していたレオだが、あと数分もすれば依頼が達成されそうで、拍子抜けしてしまいそうだった。


 しかし、レオがそんな風に思い始めた時の事だった――。


「――っ!!」


 廊下を駆けていると、突如として、短剣を握った男が闇を纏って右の壁の中から飛び出して来た。標的となったのは先頭のアイス。思いがけない所からの奇襲であったが、斬られる寸前でアイスは攻撃を躱し無事だった。


(敵は居ないんじゃなかったのか……)


 ただ、アイスも人間。周囲を探知できると言っても、万能ではないはずだった。驚きの余韻を残した彼女の横顔から察するに、壁の中に潜まれていて敵を探知できなかったのだとレオは考えた。


「くくっ……今のはマグレじゃなさそうだな」


 不気味な笑いを残して男は再び闇の中に溶け込んだ。


「大丈夫か?」

「なんともないよ……」


 レオは少女の心理状態を気にかけていた。彼女の性格からして、予想外の状況に陥ると調子を崩す事が想定できたからだ。声をかけてそれを確かめつつ、安心させる意図があった。……だが、その必要は無かったかも知れない。奇襲に驚いた様子はあるものの、アイスは冷静さを崩していなかった。


「次は殺す!」


 闇が支配する廊下に男の声だけが響く。地の利は向こうにある。レオとアイスは武器を出して身構えて次の攻撃に備えた。


(さて……どこから来やがる?)


 闇に溶け込む戦闘スタイルからして、奇襲を最も得意としている事は明白。真っ向勝負を仕掛けて来る線は薄く、もう一度似たような手で来ると推測できた。だとしたら、自分かアイスのどちらかの背後が再び狙われる。もしくは、その裏をかいて頭上か真下か……。レオはあらゆるパターンを考え、神経を研ぎ澄ます。


(敢えて背後を無防備にして、誘い出すのもアリかもな……)


 自分の息だけが聞こえる極めて静かな空気の中で二人は敵の気配を探った。いつ仕掛けて来るのか分からず、攻防の緊張感が漂う。モグラ叩きのようだが、このモグラは凶暴で刃物も持っている。隙を見せれば畑を荒らされるどころか、命を落とす。人間側が一方的に叩ける生易しいものではない。


 闇の世界は至極単純。“狩る”か“狩られる”かである。


 突然、アイスがハッと振り返る。「危ない!!」と今にも叫びそうなその表情を見て、後ろを取られた事をレオは理解した。


(オレか――いや、両方かよッ!)


 正面を見ると、アイスの無防備な背中を狙う黒い影が天井から伸びているではないか。……そう。闇の刺客は2人居たのだ。予想外にも程があった。


 1度目の奇襲をやり過ごしたと安心した所に、2度目の奇襲を二人で仕掛ける。「敵は1人」だと錯覚した状態でこれを受けて無事に済む者はそう居ない。


 “黒影双刃”――この二人の狩りの仕方は、人間のふとした時に芽生える心の隙を突くものだった。


 アイスを援護したいのは山々だったが、まずは自分の方をどうにかせねばならない。殺られる前に、レオは剣を逆手に持ち替えて背後の敵を刺した。首を捻れば辛うじて相手の位置が分かったので、貫く場所はそれでうまく調整した。


「兄貴ィ!」


 仲間を心配する声がしたかと思えば、ドサッと塊が床に落ちる音がして静かになった。視線を戻してみると、アイスがもう一人の敵を倒していた。レオが助けに行くまでもなかった。


 レオとアイス、初めてにしては息の合った連携で敵からの奇襲を見事に凌いだ。


 外の警備員に建物内の異常を知らせる事も無く、最小限の力で勝てて良かったとアイスは密かに安堵した。


 ひとまず危機は去った。アイスは肩の力を抜き、レオの方を振り返る。敵に負わせた傷をしゃがんで治療するレオを見つけ、アイスはその様子をついぼーっと眺めてしまった。


「これでいいか?」

「あ、うん」


 思いもしなかった光景に、アイスはありきたりな言葉しか出せなかった。だが、レオはアイスの指示を忠実に守っただけに過ぎない。当然の事をしたまでで、驚かれても反応に困った。


「先を急ごう」


 アイスが駆ければレオもついて行く。ただ、レオにはどうしても気になる点があった。顔を見られたのだから、今後の事を考えてデリーターとして口封じを行うべき――情け無用で殺すべきなのでは? そう思ってやまなかった。


「アイツらそのままか? 顔を見られたぞ?」

「もう手は打ったから」


 おかげでレオにまた一つ疑問が生じた。だが、アイスがそれ以上語る事は無かった。



 ◆



 アイスを追ってレオは非常階段を素早く下りて行く。


「さっきみたいな敵にはそうそう会わないか」

「でも油断しないで! 罠が仕掛けられてるかも知れないから!」


 振り向いたアイスに注意を促されたので、レオは目を合わせて理解を示した。確かに、生きた敵ばかりに気を取られてはいけない。今の所、これと言った罠には出会っていないが、やましい事を行っている連中だ。どこに罠があってもおかしくはなかった。


 階段を終わりまで下り、機能が停止した監視カメラを横目に、レオとアイスが無人の廊下を駆け抜ける。


 アイスを頼りに迷路を進むと、厳重な扉が突き当たりに見えて来た。開閉はどうやら横のタッチパネルで行うようで、足止めを食らいそうだった。――しかし、そう思っていたのはレオだけである。なんと、タッチパネルが作動し、道を譲るように二重の扉が開き、スピードを落とす事無く順番に通過できてしまった。


 あっという間に、二人は研究所の知られざる中核に足を踏み入れた。


(これもアイスの力か……)


 ある程度の実力は予想していたが、さすがにここまでだとはレオも思わなかった。侵入後の素早さと言い、手際の良さと言い、とてつもない力を秘めているに違いなかった。


 道中の敵を処理しつつ、レオとアイスは未知の領域をさらに進んだ。するとようやく、何者かが侵入した事を知らせる耳障りな警報が鳴り響いた。


「気付かれたな」

「そうだね……。急がないと……」


 こうなると敵は、アリやハチの巣を刺激した際と同様に活発になる。アイスの探知では、大勢の人間が多方面から迫って来ていた。このままどこかで鉢合わせになれば、背後を取られかねなかった。


 一分一秒の勝負が始まった。考える時間も惜しい。すぐさまアイスは走り出し、得意の探知を組み合わせた誘導で接敵は極力避けた。


 だが、少ししてアイスが急ブレーキ。レオも止まらざるを得なくなった。


「どうした?」

「敵を避けられる経路が見つからない……!」

「前か? 後ろか?」

「その両方だよぅ……!」


 見れば分かる。尻尾が不安げに揺れている。アイスは本気で焦っているようだった。もはや迷子の少女。ここまで見せてくれたリーダーシップがすっかり消えていた。


(前を行くのもダメ。後ろもダメ。そうなると、どっちかを突破するしか道は無い……か)


 抜け道は現状作れそうにない。なら、強引にどちらかを進むしかなかった。しかし、策を講じずに突っ込むのはリスクがありすぎる。敵の対処に時間がかかり、もう片方が合流して来れば完全に退路を断たれてしまう。


 考えた末、レオは氷壁を魔法で作り出し、背後の通路を塞いだ。


 “氷壁”と言ってもかなり分厚く、一直線の廊下を氷で隅々まで埋め尽くした状態である。これで後ろからの敵を気にする必要は無くなり、前方の敵を撃破する事に専念できる。最悪、敵が強くても、氷壁で押し返せば体勢は立て直せる。そこまで悪い案ではないはずだった。


 うつむき気味に打開策を模索するアイスだったが、背後にひんやりとした冷気を感じてレオの方を振り向いた。


「これって……」

「塞いだ。これで少しは時間稼ぎになるはず」


 誰もが妙手だと思った。……だが、実際には悪手であった。


 レオが氷魔法を使い終えたその時だった。壁の一部がしゅるりと横にスライドし、アイスに嫌な予感が走る。


「――危ない!」


 気付いた時には、アイスの体は動いていた。レオを罠の射程範囲から遠ざけようと咄嗟に突き飛ばす。おかげでレオは助かった。……が、庇ったアイスは飛んで来た拘束具に全身を縛られてしまった。


「うっ……!」


 身動きが取れなくなったアイスは肩から床に倒れ込んだ。それを見てレオが助けようとするが――。


「ひょおおおおおおううう!! 見つけたぜえ!!」

「クソっ……!」


 アイスが警戒していた前方からの敵が到着。強襲を受けたレオは徐々にアイスから距離を離された。


 孤軍奮闘。拘束されてしまったアイスを横目にレオは一人での対処を強いられた。そうこうしているうちに新手が現れ、アイスが担がれて連れ去られそうに……。


 奇声を発する男を斬撃で突き放し、再度アイスの元へとレオが向かおうとする。しかし、レオは突然息が出来なくなった。体の自由も奪われた。水だ――どこからともなく現れた水の中にレオは閉じ込められてしまった。


「ひゃはは! ここはデートに来るような所じゃねぇぜ坊ちゃん?」


 足止めされている間に、アイスを担いだ男は廊下を曲がって見えなくなってしまった。邪魔さえ無ければ……! レオは水牢の中から術者の男を睨みつける。


「活きがいいねぇ! お前ら、串刺しにしてやれ!」


 男の仲間が剣をそれぞれ構え、水中のレオを狙う。だが、串刺しにされたのは周囲の男達の方だった。怒りと危機感によって瞬間的に性能が高まったレオの魔法で水牢は氷結し、突き出た氷刃が四方の敵を貫いた。


「ほんっとに活きがいいなァ! 久しぶりに楽しくなって来たぜぇえ!!」


 男は右手を構え、レーザー状の水を噴射する。レオの剣は水圧に屈せずそれを半分に裂き、血しぶきで周囲に出来た水溜りに色を添えた。右腕を失った男の悲鳴が上がろうとしたまさにその時、護拳を顎に食らい、男はその場に倒れた。


 邪魔者を一掃したレオは急いで廊下の角を曲がる。水牢から解き放たれたレオを止められる者は誰も居なかった。素早い剣術から峰打ちを繰り出し、立ちはだかる敵を瞬く間に気絶させ、遂にアイスを救出した。


 レオは抱きかかえたアイスをその場に下ろし、拘束具を斬って彼女を自由にしてやった。


「あ、ありがとう……」


 照れながら感謝するアイスだったが、顔を背けて申し訳なさも滲ませていた。もっとも、申し訳ないと言いたいのはレオの方だった。


「いや、そもそもオレが足引っ張ったもんだから……。すまん」


 相談もせずに独断で物事を進め、そのせいでアイスが危ない目に遭った。しかも、そのアイスは身を挺して助けてくれた。感謝と反省の言葉を言うべきは自分だ、とレオは頭を下げる。


 これ以上、味方の足を引っ張るのは御免だ。レオは己の未熟さを知り、相応しい持ち主になる事を剣に固く誓う。



修行すればレオだって冷気で探知できるようになる……はず。


2021.6.27 第14話として追加

2025.2.16 文章改良

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