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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第202話 銀飛燕、死線を翔け抜ける

シャルvsウロジオン


 忘れ去られた古びた館。当時の姿を知る者は果たして居るのだろうか。


 穴だらけの建物から木漏れ日の如く陽が降り注ぐ。神秘さすら覚えるひっそりとした空間だったが、既に静かな殺気と殺気のぶつかり合いが始まっていた。


 シャルが様子見を兼ねて大男の周囲を旋回するように歩き始める。足音一つ立てぬ技術と言い、まるで獲物を狩ろうと機をうかがう猛獣だった。それでも、目で追うウロジオンは身構えもせず、葉巻を燻らせ余裕の表情を見せ続けた。


「ふん、スピードに自信がある感じか?」


 そして、それは一瞬の出来事だった。速度を上げて駆けたかと思えば、突如としてシャルが姿を消した。


(スピード勝負の奴は大抵背後の死角から急所を狙って襲――)


 白刃が閃くよりも速く、少女の短剣がウロジオンの分厚い胸板を真下から貫いた。


(――そう来るかよ!)


 まさかの正面からの奇襲。足元になんて注意を払っているはずもなく、ウロジオンはあっさり先手を取られた。周囲への意識、背の高さ、無音の接近。想定外の死角がそこに存在していた。


(……っ!)


 一撃で仕留めたと思ったシャルだが、上から拳が降って来たので咄嗟に距離を取った。


 殺し合いの最中故に、シャルは鋭い目付きを変えず喋らなかった。だが、確かな違和をその手に感じていた。――いや、見れば明らかだった。


(死なない……!?)


 心の臓を捉えたはず。仕留め損なうはずがない。経験上あり得ない。それなのに、敵はまだ己の足で立ち、不敵な笑みを浮かべている。不可解な事態を前にシャルは剣を構えたまま思考が止まる。


 何故……? シャルは考えるのを一旦やめた。


 再び床を蹴り走り出すシャル。ウロジオンから繰り出された乱打を素早いステップで避けると、シャルは瞬時にその横を通り過ぎ、筋肉質の首を中程まで斬り裂いた。


 噴き出る鮮血。勢い止まらず、おびただしい量の血が床を赤く染め上げた。


 いくら屈強な大男でも今回ばかりは――シャルがそう思ったのも束の間、辺りに散った血液が火の粉と化して男の傷口へと舞い戻る。首に負わせたはずの致命傷はすっかり元通りに……。


「っ!」

「クク……なんだ。なかなかやるじゃねぇか。言うほど雑魚じゃなかったな」


 不敵な笑みを浮かべたウロジオンが、治った箇所を見せつけるかのように手で触る。改めて見ればシャルが最初に与えた刺し傷も完全に無くなっていた。


(傷が全部治ってる……!)


 初めての光景にシャルも思わず目を見開く。違和感の正体が今判明した。


 そう言う能力なのかも知れないとシャルは推測した。何か特殊な条件下でないとダメージを与えられない。死なない。シャルはいくつか仮説を立てる。でなければ説明がつかなかった。


「ま、そりゃ驚くよな。どうした? 俺を殺してくれるんじゃなかったのか?」


 仕留められなかった。一度ならず二度までも。超人的な回復力を有し、心臓を一突きしても死なない相手の対処法なんて分かる訳がない。思考の深みにはまってしまった事もそうだが、何より、己の剣が通用しない現実に、シャルは駆ける為の一歩が出せなかった。


 最初こそ活きのよかった少女が今では身構えたまま停止してしまっている。殺意はあるようだが不十分。張り合いが無く、ウロジオンから白煙混じりの溜め息が漏れ出る。


「その程度か。やっぱりお前じゃ物足りないな」


 不満を口にしたかと思えば、突き出した右手を大きく広げてウロジオンがニヤリと笑う。

 何か来る――次の瞬間、シャルのすぐ側で爆発が起きた。


 突然の出来事に成す術なし。小柄なシャルはいとも簡単に爆風で吹き飛ばされて床に転がった。


 うつ伏せに倒れて間もなく、シャルの体に激痛が走った。状態を確認しようとシャルが動かなくなった右腕に目を向けるが――もはや腕はそこには無かった。


 破れた服の袖では到底受け止めきれず、シャルを中心に血溜まりが見る見る広がってゆく。遠く離れた壁際には、よく分からない肉片とシャルが右手に握っていたはずの一振りの剣。残っていたのはたったそれだけだった。


 右腕は完全に消し飛んでしまっていた。


「痛い……!」


 戦闘中に弱音を吐かないシャルが思わず言葉を漏らす。こればかりは無理だった。


 殺意で意識を保っていたが、我慢がいつまで出来るか分からないほどの痛みがシャルを襲った。延々と続く強烈な痛み。先の事を考える事すらままならなかった。


 勝利宣言の白煙が宙を舞う。


「お前に俺は殺せない。あの女を連れて来い」

「ううっ……!」


(痛い……! 痛い……! 痛いッ……!!)


 掴んだ肩に爪を喰い込ませ、少女は脳天貫く痛みを幾度も噛み殺した。


(レオ……。お姉ちゃん……。助けて……!)


 ピンチに陥った時、側で支えてくれる人が居ない。この寒さはまるで孤独の海の中。体の状態も相まって、精神的な苦痛は何十倍にも増幅した。二人が隣に居るから辛い事、苦しい事、痛い事を乗り越えられるのだとシャルは実感させられた。


 だからこそシャルは思った。生きて帰りたい――と。大切に想ってくれる二人を悲しませない為に。


(……帰らなきゃ。生きて帰らなきゃ……。まだ死ねない……!)


 帰る場所がある。待っている人が居る。ここで挫けて終わっていいはずがない。今一度シャルは力を振り絞る。窮地も、苦痛も、シャルのその強い想いの前では、行く手を阻む障壁とはなり得なかった。


 生きて帰ろう。レオと姉の元へ――。決心したシャルは逃げる事に頭を切り替えた。


 だがその前に、手元の剣の片割れを回収しなければならなかった。腕をもう片方失おうと、あれだけは絶対に手放せなかった。


「力の差がどれだけあるかこれで分かったろ。場違いなんだよ。帰ってスカーレット・ルナに伝えるんだな」


(そうすれば、きっと奴は怒り狂って俺の前に出て来るに違いない)


 閉鎖的で排他的。差はあれど、ギルドの結束力や仲間意識は大抵強い。そんな仲間の一人をボロボロにされて黙っているほど彼女が薄情だとはウロジオンには思えなかった。


 だからこうして少女を丁重にもてなしていた。焚き付け猛火を起こす為の、言わば“薪”として。


(いや待てよ。この女を連れ出すのもアリか……)


 せっかく消し飛ぶ事無く生きているのだ。このまま生け捕りにして街で騒ぎを起こせば、もっと早く向こうから来てくれるのではとウロジオンは閃いた。目立つ分、王国軍や〈七賢人〉の邪魔が入る可能性が高くリスキーだが、即効性では断然こちらである。


 もしくは、レウレスと交渉して、少女の来た道を匂いで辿らせて〈緋月〉の拠点を見つけ出してもらうと言う手もある。


 ただし、これには難点が一つ。確実性はあるものの、事前にそれなりの見返りを求められると思われた。


(どうしたもんか……)


 第一、今ここで少女を帰したとして、王国軍に通報されないとは限らない。悩みどころだった。


「くっ……!」


 左腕で体を起こしたシャルは役立たずの腕よりも大事な剣を探した。


 あった――! 剣の位置を把握すると、今度は葉巻を燻らせた大男を苦しげに見据える。先の爆風で飛ばされた剣の元へと一直線に向かいたい所だが、やはり敵が邪魔だ。シャルが考えた策は一つだった。


 作戦変更。ウロジオンが、その厄介な足を潰しておこうとシャルの周囲を爆破した。


 しかし、少女の俊敏さは健在だ。挙動で爆発を察知したシャルは衝撃波を避け、目にも留まらぬ速度でウロジオンに迫った。


 十分に相手との距離を詰めると、シャルは痛みをこらえて右肩を振り、敵の両眼に血液を浴びせた。それだけでは終わらなかった。視界を奪った刹那に、シャルは渾身の力でその首を斬り裂いた。


(クソ、このガキ……!)


 最初と違い、特に油断していた訳でも手を抜いていた訳でもないのに、首をかっ斬られて溺れるくらい鮮血が溢れ出た。腕を失った圧倒的に不利な状態を戦術として利用して確実に()()()来る辺りただ者ではない。力量を少し見誤っていた事をウロジオンは自覚せざるを得なかった。


 カウンターを狙い、シャルの位置を予測してウロジオンが蹴りを放つ。――が、空振りに終わった。目潰しをされた挙句、静かな立ち回りをされては、不死身の力を持っていてもさすがにどうにもならなかった。


 無音を纏った相手の姿を捉えるべくウロジオンはすぐさま顔を拭う。――シャルはその時既に床に落ちていたもう一つの剣を取り戻していた。


 滲んだ視界のまま腕を突き出し爆破を起こそうとするウロジオン。苛立ちを隠せなくなった様子だったが一転、少女の拳の中でぼんやりと青く光る物を見つけハッと目を見開く。


(――転移魔石!?)


 シャルは目いっぱい握り締めた〈転移魔石〉でその場から離脱した。ほぼ同時に爆発が襲ったがそれでも僅かに遅かった。重い衝撃波が虚しく建物を揺らす……。


 光と共に少女は虚空へと一瞬で姿を消してしまった。想定外の事態に直面し、ウロジオンもしばらく言葉が出なかった。


「ったく……まさかあんな物を持っているとはな……」


 とは言え、何も得られなかった訳ではない。点と点の間に薄っすらと線が浮かび上がった。“スカーレット・ルナ”へと繋がり得る線がまた一つ増えた。ウロジオンの口元に燃え上がるような高揚感が表れる。


「ククク……やっぱ生け捕りは難しいなァ」


 捕り逃しはしたが結果オーライ。従来の計画は潰えていない。例え姿形を掴めぬ炎が相手だろうと、仲間が血まみれで帰ってくれれば焚き付ける事が出来る。緋い月が猛火を上げるのも時間の問題だった。


 一歩一歩、着実に近づいている。……あと少し。血潮を浴びせられた爆破魔の顔面に悔しさの色は少しも無かった。


逃げるだけなのに殺意が高い

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