第31話 魅惑の尻尾
もふもふ尻尾
アイスを先頭に外へと続く廊下を進む二人。ヒールサンダルの足音が反響する中、レオは今後についてじっくり考えていた。新人への洗礼――実力を試される可能性もある。外見上は落ち着いているレオだが、内心そうでもなかった。
一方のアイスも平常心では居られなかった。
〈ベイン・デリーター〉では、最後に入ったメンバーが新人に色々と仕事のやり方を教える決まりが存在する。いわば、“教育係”である。もちろん、アイスも先輩メンバーに組織の方針を教わって来たのだが、人と接するのが不得意で、レオの事を任された時から不安でいっぱいだった。
しかも、若い男性と向かい合うと、緊張で頬が熱くなって口から言葉が出て来なくなってしまう。大変な一日になりそうだとアイスが思わない訳がなかった。後ろを歩くレオからはうかがい知る事は出来ないが、紅潮したアイスの顔はかなりこわばっていた。
緊張気味な歩き方の少女の後ろ姿を見つめるレオ。黒のパンツで強調された美尻と脚のラインに目が惹きつけられたが、どうしても彼女の動く尻尾が気になって、気付けばそちらの方ばかりを追っていた。
その長くて白い尻尾は、中に骨が入っているかの如くしなやかな動きを弾む度にしていた。くるぶし付近にまで届く白毛を腰の左右から垂らしているので、尻尾もそのアクセサリーの一部と推測する事も出来たが、いかんせん尻尾の付け根は服で隠れている。レオにも本物か判別できなかった。
(アクセサリーの一部だとしたらどう言う原理だ……? 一度でいいから触れるチャンス来ねぇかな……)
建物から出て、肌寒い秋風が正面から吹いて来た時の事だった。黒っぽい紺色の髪をなびかせてアイスが振り返って来たので、不運にもレオはジロジロ見ていた事がバレた。ハッと驚くアイスを目の当たりにして、レオは思わず視線を上の方へと逸らす。
「えと、なに、かな……?」
「え?」
「そ、その……何かが、気になるんだよね?」
レオの印象では「内気で恥ずかしがり屋な性格」が強かったので、まさか問い詰めるように尋ねて来るとは思いもよらなかった。そして、不審者を訝しんで観察するかのような彼女の表情を見て、レオは誤解されているのだと悟った。
「あー。いや、なんで“ナナ子”って呼ばれてんのかなぁって……」
「ぇ……」
終始いやらしい目で見ていた訳ではないのに、そうであったと言わんばかりに疑われると、妙に真実を話しにくくなった。李下から遠ざかりたい心理が働いた――。おかげでレオは、思ってもいなかった事を口から出してしまった。
「あっ、その事……! ほら……ほっぺに“7”みたいな刺青してるからだよ?」
「へぇー、それ刺青なのか……」
確かに左の頬に“7”に似た模様が赤で描かれていた。化粧か、何かのフェイスペイントかとレオは思っていたが、実際にはそのどちらでもなかった。
この世界で使われている数字の“7”は、アラビア数字のものとよく似ている。正確に言うなら“7”に横棒を入れたものが最も形が近い。なんにせよ、両方を知るレオからしたら小さな奇跡であった。
“7”の刺青が左頬にある少女――それでアイスは“ナナ子”と呼ばれていたようだった。外見的な特徴からあだ名をつける事は人間社会では珍しくないが、その気が無くとも一歩間違えれば蔑称だ。アイスが嫌がるのもうなずけた。
それはさておき、アイスの刺青はレオが知るものと違い、汚く滲んだりしていなかった。くっきりとした赤い線で“7”と描かれてある。まるで細い筆で描いたかのようにシャープで、装飾やアートとしての役割をしっかり果たしていた。
(綺麗に出来るもんだなぁ)
魔法の刺青についてはレオも本で知っていた。ウロジオンが腕にしていたので初めてでもない。しかし、ここまでじっくりと観察できる機会は無かった。無意識のうちにレオは前のめりになってアイスの顔を覗き込んでいた。
「ふぁっ!?」
レオに悪気は無いのだが、そのせいでアイスは恥ずかしくて発火しそうだった。
「あ、あんまり、み見られると恥ずかしいから……!」
赤くなった顔を逸らして、ぎゅっと目を閉じ耐え続けるアイス。早く済んでくれる事を願っているのは明らか。このままではいじめているみたいで可哀想なので、レオは姿勢を元に戻した。観察が終わったと分かると、ほっとした様子をアイスが見せる。
「知ってはいたけど、魔法でやる刺青って綺麗なんだな」
「あはは……そ、そうかな」
(もう、心が持たないよぉ……)
ここまで恥ずかしい思いをアイスはさせられた事が無い。今も心臓ばっくばく。飛び出てしまわないか心配になるくらいだった。
「……本当の事を言うと、その尻尾が気になってた」
「え、尻尾……? あ、これ……?」
遠回りの末、レオはようやく真実を話せた。一度も美尻に目が行かなかったと言うと嘘になるが、本命はそこから垂れた尻尾である。
想像してみて欲しい。目の前にもふもふでシルキーな長い尻尾を持った女子が現れたとする。その魅惑の尻尾に目を奪われない者が居るだろうか? 否。誰であろうと見てしまう。レオもその一人。尻尾の事を聞かずにはいられなかった。
「き、気になる?」
「そりゃあね。動いてるけど本物か?」
「一応アクセサリーなんだけど、気分によって動くようになってるんだよ」
説明の通り、アイスの尻尾はかなり元気よく揺れていた。
(あっ! だめだめっ! 動いちゃうぅ……!)
いつの間にか振り続けていた自分の尻尾に気が付いたアイスが、両手を後ろに回して必死に押さえようとする。その意思に反し、尻尾は治まる気配を見せなかった。
(今は嬉しいってか……分かりやすい)
見ていて面白い。だが一方で、その尻尾は違和感と共にレオにいくつかの疑問を生じさせた。
気分によって無意識に尻尾の動きが変化するのなら、敵に行動を読まれてしまうのでは? 戦いにおいて、心情を悟られるのはとっても不利なはず。……そもそも、白い尻尾なんて目立つし、長くて邪魔なはずだ。戦闘になんの利益をもたらさないどころかデメリットしかない。どうしてアイスがそんなアクセサリーを身に着けているのか、レオは不思議で仕方なかった。
(それなのに、素性をバラさないで、なおかつ五体満足で生きてるんだよなぁ……)
いくら考えても尻尾の謎は解けなかったが、少女が相当腕のいい殺し屋である事だけは推測可能だった。だとすると、可愛らしい顔と内気な素振りとのギャップが激しすぎる。脳が変になりそうだった。
レオの内なる疑問など知るはずもなく、はにかむアイスは紺の髪をしきりに触って、心と尻尾の動きの両方を落ち着かせようとしていた。
「えっと、これから仕事しに行くんだけど……大丈夫?」
「さぁ? なんせ初めてだからな」
「えと、ベイン・デリーターがどんなものか……知ってるよね?」
「殺しのプロだろ?」
「うん……」
言葉を交わすごとに、さっきまでの可愛らしい表情が薄れて行った。一転して暗く、悲しそうにも見える。レオはその反応が気になりつつも、結局事情は聴かなかった。
「それじゃあ、説明しながら行こっか……」
目に映る何もかもが初めてだろう。困難が伴う長い一日になるとレオは予感させられた。
◆
アイスに連れられ、レオは列車で西へと移動した。レオにとっては初めての体験だ。田舎街を拠点にしていたレオは、この世界の“電車”を百科事典でしか見た事が無かった。
シルバーとブラウンを基調としたシャープな顔立ちの列車が加速する。例の如く、未知の技術のエンジンを搭載しており、浮きながらの走行を可能としていた。そのおかげか、走行中も物静かで、車体はほとんど揺れなかった。
ちなみに、座席は全て進行方向を向いていて、さながら旅行気分を味わえる仕様であった。これがスタンダードだと言うから驚きだ。
アイスによると、この鉄道もアルシオン産との事だった。さすがは製品開発と科学技術の国である。浮いているので「鉄道」と呼べないのでは? とレオは疑問に思ったが、どうやら昔の名残で今もそう呼んでいるのだとか。
流れゆく街はどれも美しい。見事な曲線美の風変わりな摩天楼、大聖堂を彷彿とさせる荘厳な建物、車窓を額縁にした絵画のような景色が延々と続いた。普段、建築物に興味を示す事が少ないレオも、変化する街の表情を熱心に眺めた。
移動の最中、レオはアイスから今回の依頼内容を伝えられた。
曰く、同僚のフィアレインからの依頼を引き受けたのだとか。その内容だが、薬の闇製造を行う研究所を襲撃し、責任者を殺し、とある薬を手入して、ついでに研究所も壊滅させて来いと言う、いかにも“闇のお仕事”と感じさせる内容だった。
聞いた限り、依頼の難易度が高そうでレオは逆にアイスの事が心配になった。新人を連れて敵地を通るのは相当な負担のはず。それなりに場数を踏んでいると想像できたが、誰が見てもアイスは内気で恥ずかしがり屋な少女である。今日の仕事を無事こなせるのか懸念が尽きなかった。
なるべく負担をかけないよう、出しゃばらず慎重に行こう。時折不安を滲ませるアイスを横目にレオは胸の内で決意した。
途中で休憩を挟んだ為、目的の駅を降りるとすっかり夕焼け空が頭上に広がっていた。通過した駅の数は多すぎてレオも覚えていなかったが、かなり遠くに来てしまった事だけは確かだった。
来たる夜に備えて人々が明かりを灯す。そんな街の中心地から逆方向へと歩く事数十分。都市公園を思わせる緑豊かな敷地を持つ建物が見えて来た。すると、植え込みの陰に隠れるようにしてアイスが足を止めた。どうやらここが最終目的地らしい。レオも先輩の動きに倣って姿勢を低くくする。
「あれが例の?」
「うん」
事前の説明にあった例の研究所は、レオが想像していたよりも背の低い建物であった。だが、その地下はどうなっている事やら。法に触れる事を行っているが故に、かなり入り組んだ地下構造を持っている事も考えられた。
建物の周囲には多くの警備員が居たが、一方で建物内は暗くなっており、人の気配は感じられなかった。一見すると、残業無しのホワイト企業にも見えなくはない。ただ、これまでのアイスの話によると裏の顔は“ホワイト”とはかけ離れている。見た目だけでは案外分からないものである。
「姿を見られないようにしないといけないんだけど、大丈夫?」
侵入前の注意事項と言った所か、控え目な声量でアイスが尋ねて来た。
「殴って気絶させりゃいいのか? それとも殺した方が好都合か?」
そう言えば、現れた敵をどう処理するべきかの話がまだ無かった。悪人を斬る事に躊躇いなど無いが、ちょうどいい機会なのでレオは何が最善か聞く事にした。誰が来ようと殺すべきなら全員殺す。そうでないならしない。拷問してから殺せと言うのならそれでもいい。いずれにせよ、レオはアイスの意向に従うつもりだった。
すると、アイスから意外そうな顔をされた。まるで予期せぬ幸運と出くわして、喜びよりも驚きの方が先行して顔色に表れたかのようであった。
(敵をどうするか聞いたのがそんなに意外だったか……? いや……闇の住人なら“殺す一択”か。変な質問したかもな……)
闇の世界では常に死と隣り合わせ。敵に情けをかければ、いつか刃となって己に返って来る。初心者らしすぎる質問をしたなとレオは少し後悔し始めた。
長い沈黙の末にアイスがようやく口を開いた。
「上手く気絶させられるんだったら、その方が、私の気持ち的にもいいんだけど……」
「なら、そうする」
レオがそのように返すと、安心したのか、僅かにだがアイスの表情に柔らかさが見られた。
レオの予想に反して、「邪魔者は全て殺せ」との命令は出なかった。よくよく考えれば、彼女は残酷な事を平気でするような性格ではない。出会ったばかりで妙だとレオ自身思うのだが、非常に彼女らしさのある指示だった。
殺人組織に所属していながら優しさを忘れていない。知れば知るほど変な女子だった。――いや、「クレイジー」と言うべきか。
気性が合わない組織と組んでいるだなんて普通ではない。よっぽどの事情があってアイスはデリーターに居るのかも知れない。彼女の性質と組織の実態との齟齬にレオはそう直感した。
依頼された殺害対象とは無関係の人間を無闇に殺したくないと言う気持ちは、レオにも分からなくはなかった。悪人の元で働く悪人とは言え、所詮は下っ端。改心する機会を一度くらいは与えてもいい。それでダメなら斬ればいいのだから。
「注意事項はそれだけか?」
「えと、まぁ……後は、やりながら教えるね」
レオが尋ねると焦った様子でアイスは答えた。急に聞かれると、何を教えたらいいのかパッと浮かばなかったのだ。
「それじゃあ、い、行くよ……!」
自信無げな掛け声で今夜の一仕事が開幕した。
アイスの実力は果たして……?
2021.6.13 第13話として独立&PA編に合うよう文章改良
2025.2.16 文章改良




