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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第172話 不穏な空気

今日は師弟が主役。

王国内に不穏な空気をもたらす見えない敵をどう捕まえるか。




 そよ風を浴び、丘陵の彼方をぼーっと見つめるその男の名はダン。


「――痛ッ!?」


 後頭部に突如響いた打撃。ダンがすぐさま振り向くと、そこには口をへの字に曲げた不満顔のジェナの姿が。――その手には彼女の武器である棍が握られていた。


「何すんだこのォ……!」

「見てなかったでしょ……」


 郊外に広がるとある草原で、ダンとジェナは稽古を行っていた。


 こう見えてダンはジェナの師匠である。……それなのに、ぼんやり遠くを見つめて心ここにあらず。どうして殴られたかは明白だった。


(俺は何やってんだか……。やるべき事があるってのに……)


 師として稽古相手を引き受けたはいいが、本当は気が進まなかった。〈七賢人〉たる者、市民の暮らしを守らねば――。例の事件の解決を急がねば――。血の使命がダンに苦悩をもたらしていた。


 しかし、最近放置気味だった事を追及されては説得のしようがない。半ば強引にジェナに肯定させられ今に至る。


(俺がこうして遊んでる間にも、敵は悪事を企み成果を得ようとしてい……)


「――ったあ!?」


 ダンは再びジェナに後頭部を棍で叩かれた。


「やっぱり見てない……」


 頭を抱えるダンに、じとっとした目を向けるジェナ。師だろうと隙を見せれば容赦しないジェナの無慈悲っぷりは傍から見れば面白おかしいが、殴られる本人は堪ったもんじゃない。


「師匠を2回も殴るたぁ、いい度胸じゃねぇか……!」

「私が真面目にやってるんだから、真面目に見て。師匠でしょ」

「くぬぬ……」


 しかし、苛立ちは一瞬にして下降。不意に思い出したかのようにダンは溜め息を漏らす。


「ダメだ、すまねぇ……。どうしても気が散る……」

「何に悩んでるの?」

「それは……あまり言えないな」

「じゃあ七賢の事だ」


 ジェナの勘は鋭かった。ダンが明かせないと言う事は、それ絡みである確率が高い。言い当てられたダンは白を切るような顔をして緑豊かな遠方を見つめる。


「まぁ、そんな所だ」

「教えてくれれば相談に乗れるのに」


 そう言うジェナの表情は和ませようと微笑んでいる訳でもなく、悪事を企んでいる訳でもなく、いつも通りの無表情。可愛い顔して何を考えているかまるで読めない。ある意味“素の状態”とも言えるが、相談相手として相応しくない感じは否めなかった。


「でもなぁ……」

「私、口は堅いけど?」

「そうだったか? 誰かさんのトマト嫌いを言い広めたのはお前だろ」

「あれはシャルが公言してるから、そもそも秘密じゃない」


 あれがシャルにとって恥ずかしい秘密で、誰にも知られたくない事だったのなら、食堂でトマト嫌いを大声で主張するはずない。ダンの認識が誤っている、とジェナは冷静な口調で指摘する。


「ダンが自分のハンカチだと思ってシンシアのパンツ持ち歩いてた事、私まだ誰にも言ってないよ。シンシア本人にこっそり教えようかな。面白そうだし」

「おいやめろ!」


 冗談を言いそうにない人物がそう言うと、割と本気でやりそうだからダンも焦らざるを得なかった。


「無かった事を思い出させやがって……」

「無かった事じゃなくて、実際に起きた事」

「……お前、実は結構楽しんでるだろ?」

「別に」


 心なしかジェナの口角が上がっているように見える。なお、そう見えたのも束の間。照れ屋な子供のように、表層に微かに浮かんだ感情はすっとジェナの胸の奥へと戻って行く。


「そんなに弟子が信用できない?」

「なんでそんなに知りたがるんだ……」

「ダンが集中できないと、私の稽古に支障が出るから」

「本音はそれかよ!」


 弟子が師を想ってかけてくれた言葉ではなかった。期待していなかった分ガッカリ度は倍増。ダンは思わず、そう言う所は可愛くないと思ってしまった。


「稽古ねぇ……。模擬戦がしたいなら、他のメンバーに付き合ってもらうってのも、一つの手だぜ? 今の俺は、どうも集中力が欠けてる」

「やだ」

「レオなんかいいんじゃねぇか? アイツは氷を操るし、お前のいい練習相手になると思うんだが?」


 レオは氷。ジェナは水晶。似た者同士で切磋琢磨すればいい。単なる思い付きだったが、ダンはいい事を言ったと思い始める。


 しかし、ジェナはそうは思っていない。


「レオの氷が私ほど強いとは思えない。熟練度に差がありすぎる」

「お、そうか。なら、お前がレオの相手をしてやれば、互いに鍛えられてウィンウィンだな。はっはー」


 他人事のように笑うダン。師匠の職務放棄にジェナはまたしても不満顔だ。


「分かったよ……!」


 他を当たれと言う話については撤回。だが、闇深い問題が解決した訳ではない。参った様子でダンは熊のような大きな手で顔を拭う。


「でもマジで、稽古どころじゃないんだわ……」

「だから教えて」

「あのなぁ……」

「教えてくれないなら私はずっと納得しない。分かるでしょ? 納得したら、諦める」


 仲間の悩みの種はジェナにとっても不和。もやもやされたままで居られると気分が晴れない。


 明かしてくれれば、具体的に提案できる。案外それで解決するかも知れない。だからジェナは、稽古どころじゃないと納得させられるだけの答えを求めて問うのである。


「これでも、私にも七賢の血が流れてる。今は……力はそれほど無いかも知れない。だけど、困ってる人が目の前に居るのに何もしないのはなんか違う」

「……」

「……どう? 少しは話す気になった?」


 無精髭を撫でるとダンは観念した感じの息を吐いた。


「最近多発してる、爆破事件の件で忙しくてよ」

「“件”って2回言った」


 ジェナがくすりと笑う。“頭痛が痛い”のようでおかしさを抑えきれなかったのだ。


「そのくらいいいだろ!? つい言っちまったんだ!」


 ジェナなりに和ませようとしているのかも知れないが、揚げ足を取られては調子が狂う。咳払いを一つしてダンは仕切り直す。


「これがまた厄介で、なかなか解決に至らない。犯人に繋がる証拠が少なくってな」

「証拠ならある」

「え」

「爆破に関する魔法か能力」

「そんなもん、とっくに目星つけてる。俺達もそこまでアホじゃない」


 間接的にアホだと言われた気がしてジェナはむすっとする。


「それは分かってんだけどな……。問題は、そう言う魔法使いや能力者が犯人なんだとしても、今の所は見つける術が無いって事だ」


 ギルドの協力もあり、事件に触発されたらしい小悪党の確保は何度かあった。彼らは下手くそだ。私欲に忠実なあまり視野が狭く詰めが甘い。


 だが、本物は徹底的に足跡を残さない。


 各地で起きた、不老不死研究の権威や研究所を狙った襲撃事件・爆破事件の真犯人は未だ闇の中。その存在を炙り出そうと多くの者が努力しているにもかかわらず、時間ばかりが過ぎている……。


 現場で検出された魔力の残滓を調べ、自国民や犯罪歴のある者と照合するのが一般的な捜査手法である。しかし、今回の場合は未知の犯罪者。照合不能。手元の情報は無いに等しく、特定は困難を極めた。


(魔力の性質を分析した所で、そいつの姿形が出て来る訳じゃねぇ。既存のデータが無いなら、果てしない海原に小舟で浮かんでんのと同じだ。島を見つけ辿り着くには、オールと幸運だけじゃ埒が明かない。地図とコンパスが無きゃなぁ……)


 誰の努力も報われない現状を打破するには、並の方法では不十分。そうした厳しい条件下でも犯人を見つけられる、捜索能力に長けた人物が必要だった。


 これがまた難しい。該当する知り合いが都合よく近くに居るならいいが、いつの時代も稀少だ。


(俺も顔が狭いからなぁ……。いや、待てよ。確か――)


「シンシアに相談すれば?」

「ん――俺がせっかく慎重に動いてるのにか?」


 身内が凶悪犯に目を付けられないように、ダンは〈七賢人〉として事件を追っている。緋月代表であるシンシアが本腰を入れて動くとなれば、必ず敵はヘイトを向けて来る。それではダンの思惑とは正反対。


 そもそも、シンシアが首を突っ込むとろくな事が無い。何より、性格的にも隠密活動には向いていない。確実にテンションが上がって手が付けられなくなる。どうして必要以上に関わらせる? と言うダブルミーニングの疑問だった。


「力になってくれると思うよ。七賢と違って素直だから」

「……まぁ、候補には入れておくとしよう」


 彼女の手を借りるのは最後の最後。詰めの段階になりそうだった。


 忘れてはならない。シンシアは基本ぐうたらだ。書類の締め切りに追われて事件の事を既に忘れている可能性すらある。〈アンクーサ〉の調査を任されて以来、彼女は事件の“じ”の字も言わなくなった。


 桁外れの戦闘力を持つシンシアだが、特異な探知能力がある訳ではない。彼女の出番があるとすれば、いざその凶悪犯と戦うとなった時だろう。それまではお世辞にも期待できない。なんとか犯人の尻尾を掴み、シンシアの前に引きずり出す方法をダンは独自に探してみるつもりだった。


 依然、手探りなのは変わらない。だが、今のダンの瞳には今朝までに無かった光があった。一縷の望みを見出しておきながら、あれやこれやと心配するほどダンは悲観的ではないのだ。


 ジェナとのやり取りでダンはふと思い出した事がある。新入りを勘定に入れていなかった。


 ダンの記憶が正しければ、ゴードンの能力が使えそうだった。地味すぎて今まで気に留めなかったが、彼には〈ウォッチャー〉に居る所を探し当てられた。そこらには落ちていない能力である。シンシアに相談するくらいなら、そっちを当てにした方が早く事件解決の糸口が見つかるのでは。ダンの期待がおのずと高まる――。


「おっと」


 ジェナが棍を振って不意打ちを仕掛けるも、気配を感じたダンは頭を下げて回避した。


 ダンから少し距離を取ると、ジェナは両手に持った武器をくるりと回して華麗な棍捌きを見せつけ、鋭く構える。


「少しは頭が軽くなった?」

「へっ、どうだろうな? いっちょ、試してみるか?」


※ジェナもそんなに思いっきり殴ってはいない

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