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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第155話 王都への列車

長めですが、分割できそうになかったのでそのまま投稿。

「楽勝だぜ」って人は一気に読んじゃってください。




 冬の終わりを予感させる静かな夜。まばらに居る程度ではあるものの、駅のホームには利用客の姿が。


 身体の末端が冷える寒さの中、人々は列車の到着をじっと待ち続けた。アイスも彼らと同じだ。白息を手の中に吹き込み、ホームの椅子に座って到着の知らせを待った。


 聞き慣れた靴の音。戻って来たレオの影に気付き、アイスは顔を上げる。


「疲れたろ?」


 そう言ってレオがアイスに差し出したのは、自販機で購入したスポーツドリンクだった。そこらで売っている一般的な飲み物だが、魔力回復とその促進効果がある。魔力を消耗した今のアイスにはうってつけだった。


「ありがとう」


 にこやかに感謝を告げ、アイスはレオの親切心を受け取る。空気はしんと冷えているが、おかげでアイスの胸はぽかぽかだった。



 体を寄せ合って座り、しばらく待っていると、メタリックな列車が前方を照らして駅のホームに入って来た。


 ようやく寒さを凌げる。そんな思いで腰を上げ、待っていた人達が次々と車両に乗り込んで行く。レオとアイスもそれに続いた。


 地域によって差はあれど、大抵の列車は駅での停車時間が長く、しかも24時間運行。特に夜は利用客が少ない関係で、より停車時間が長い。良心的である。


 ただし、夜から早朝にかけては1時間に1本のペースでしか列車はやって来ない。いつでも楽に長距離移動できる半面、1本乗り遅れるとアホみたいに待たされる。待っている間にベンチで寝てしまう人もしばしば。寝過ごせば地獄。冬はその遥か上を行く地獄。一長一短。


 出来れば寒い思いをせず、手っ取り早くレオは帰りたかった。しかし、生憎レオがこの地域を訪れたのは久しぶり。レイヴンご自慢の〈転移魔石〉の隠し場所が分からなかった。それさえ分かれば〈緋月〉を経由して一瞬で自宅へ帰れるのだが、どうしようもない。従来の方法でカネリア方面へ向かう他なかった。


 とは言え、列車もそこまで悪くない。


 二人の現在地は王国の中心から南西へ下った地域。そこから王国の形に沿うように北東へ行くと〈カネリア〉がある。地図上ではかなり離れて見えるものの、実は大した距離ではない。急行列車なら王都まであっという間だ。1時間もかからない。


「あー寒っ……。この時期に温熱魔石の設置されてない駅はキツいなぁ……」

「仕方ないよー。小さい駅だもん」


 乗車したレオはさり気なくアイスを窓際の席に座らせ、自分は廊下側の方に腰かけた。何かあった時に守れる位置。アイスには知るよしも無かったが、そうした意図がレオにはあった。


 乗客を迎えたのは暖房の効いたくつろぎ空間。コートを脱ぎ、アイスはそれを畳んで膝の上に置く。


 発車を待つ間、レオは隣のアイスを横目で見ていた。彼女本来の艶肌は損なわれ、そこには細かい傷痕が。黒っぽく変色した血を見れば出血が止まっている事は明らかだが、見るからに痛々しい。自分を守る為に傷付いたと思うと、レオは癒してやりたい気持ちで溢れそうだった。


 だが、安易には出来なかった。アイスの事を想うと出来ない。それがまたレオを鬱屈とした気分にさせた。


「もどかしいな……」

「えっ、なんの事?」

「その傷、治してやりたいけど……魔法でやり過ぎると自然治癒力が下がるらしいからさ」


 ちょうど最近、医師からそのような事を教わったばかりだ。アイスの為を想えば、「些細な傷」と判断して彼女の回復力に任せるのが最善だった。……ただ、治せる力を持っているだけに、レオの中のもやもやは増し続けた。


「あっ、別に大丈夫だよ? このくらいなんともないよ」


 そう言うとアイスは右腕の傷を隠すように手を置く。そんな態度をされるとレオは余計にその痛みを取り除いてやりたくなった。


「なんか方法があればいいんだが……」

「こう言う時は、傷薬塗るくらいかな? 出来ても」

「……持ってないです」

「うん、だから気にしないで? そのうち治るよ」


(そりゃ、生き物だからそのうち治るだろうが……)


 こうなった原因はそもそも自分自身にある事をレオは理解している。「気にしない」のはレオにとっては「無責任」に等しい。だからレオは自分の怪我のように、あるいはそれ以上に、アイスの事を気にかけるのである。


「もっと早く助けに行けりゃよかったんだけど」

「そ、そんな事無いよ……。私が、なんか、レオに頼るのを渋ってたから」


 十分早く駆け付けてくれたとアイスは思っている。むしろ、アイス的にはもう少し早くレオに頼っていればよかったと思ったり思わなかったり。一人で背負わないで、レオに相談したりして一緒に解決すれば……と。


(私の、悪い癖だ……。最善の選択って、難しいね……)


 レオを巻き込むまいと声を出すのを躊躇ってしまった。それが全ての始まりなんじゃないかとアイスは今になって思うのだった。


(幸い、レオも私も何も失わずに済んだ。過ぎた事は、ちっぽけな人間にはどうにも出来ない。これでよかったんだって、思うしかないよね……)


 都合のいい解釈をすれば、最善の選択だったとも言える。頼るタイミングが違っていたら、どちらかが大怪我を負っていたかも知れないし、仮定の話をすると際限が無くて生きにくい。お互い無事だったのだから、アイスは無益な“たられば”をやめ、同じ失敗を起こさぬよう今後の教訓にするしかなかった。


「アイスらしいって言うか、なんて言うか……。よく平気だったな。あんな悪党と交戦して」

「平気じゃないよ……。レオが来てくれなきゃ、ダメだったかも……」


 大袈裟になど言っていない。敵の前だからと戦意を維持していたが、あの時アイスは心が折れかけていた。レオが来てくれたからこそ、最後まで踏ん張れた。


「本当に無事でよかった。諦めなかったんだな。ありがとう」


 その言葉にアイスの口元がつい緩む。そんな顔をレオへと向けられるはずもなく、アイスは自分の手元から視線を離せなくなった。


(なんか、今までの頑張りを褒められたみたいで嬉しい……)


 照れ屋な女子は頬を赤らめ、人知れず幸せを噛み締める。



 ◆



 ホームに鳴り響く笛の音。出発時刻となり、列車が動き始めた。


 ゆっくりと加速。車窓に映し出された夜景が流れて行き、遂には寝静まった草原だけになった。


 夜空には壮大な星の海。その下にある人々の営みの小ささたるや。アイスは遠くに灯った街明かりをぼんやりと眺め、儚き事を知る。


 ――と、黒い鏡のようになった窓ガラスの反射で、レオに見つめられていた事にアイスはふと気付いた。


「えっ……なに?」

「いや、横顔見てただけ」

「っ!」


 アイスは恥ずかしさであっという間に頬が赤くなった。


「なんかさ、安心するんだよね。アイスの横顔見てると」

「え……!」


 ただでさえ両手で顔面を覆い隠したい気分の真っ最中だと言うのに、さらに恥ずかしい事を言われてしまった。暖房の効いた車内の温度も相まって発汗しそうで、アイスは思わず手で顔に風を送る。


「あ、あはは、なんかここ熱いね……! 暖房のせいかも!」


 そう言ってアイスは慌てた様子でスポーツドリンクを飲み始める。


(なんでこんなに身体が熱くなるの……!? 私、レオと暮らしてた頃もこんなだったっけ……!?)


 アイスは久しぶりで忘れていた。そもそもこれがレオに対しての自然体である。恥じらう気持ちをもう少し抑えたいと思おうが、彼女にはどうしようもない反応だった。


 喜ぶ度に恥ずかしがってしまっては、せっかくのおしゃべりが出来なくなってしまう。もっとレオの想いをその口から聞きたい――。アイスは頬を赤らめながらも、必死に続きの言葉を絞り出す。


「そ、そんなに……? なんで……?」

「なんで安心するかって?」


 口数少なくうなずきまくるアイス。レオはその紅い瞳を見つめ、己の真意を探った。


 思考の深みにはまる直前でレオはふっと笑みを浮かべて視線を前に戻す。


 レオにも確かな事は分からなかった。これまで考えた事すら無かった。……ただ、なんとなくだが、レオは答えとなりそうなものを、アイスの相手の心の声を聴こうとするような真っ直ぐ伸びた姿勢から見出した。


「……オレが、初めて自分をさらけ出せた存在、だからかもな」

「そう、なの?」

「光と闇を誰かに見せたのは、アイスが初めてだった。それでもアイスは受け止めてくれた。そのせいで辛い思いをさせたのも……お前だけだ」


 人は普段、光の部分を他人に見せ、闇の部分は包み隠そうとする。好意的に見られたいだとか、相手を傷付けたくないだとか、理由は様々。しかし、そうした心理の根底にあるものはたった一つ――“保身”である。


 自身のテリトリー外で本音をさらけ出すと周囲からどう扱われるか、賢い人間は無意識のうちに想像力を働かせる。疎まれ、虐げられ、隔絶されるのでは……。そんな恐怖から人は自制する。これが、人間が自身の闇を胸奥に閉ざし、光によって“好ましい人間”であろうとする理由である。


 だが、闇とて己の一部分。最も隠したい一面であると同時に、他人に受け入れられると最も安心する一面でもある。己の闇を知る友の前では、人がより自分らしく居られるのはその為だ。


「なんか変かも知れないけど、だからアイスから安心感を貰えるのかもな」


 レオの飾らぬ照れ笑いを受け、アイスは胸の奥が締め付けられた。


(それ……。私、知らない……)


 レオの記憶を操作した時、その反動でアイスはレオの過去を見てしまった。だが、レオがそんな風に想ってくれていた場面は無かった。つまり、今の開示と反省は、レオが想いを巡らせて紡ぎ出してくれた誠意の籠もったもの。会えなかった1年間、心に想ってくれていた事に他ならない。


 なんだか、お互いに一歩進んだような気がしたアイスだった。


 もじもじアイスが遂に口を開く。レオにとろけるような甘い気分にさせてもらって自分だけ言わないのは、どうしても耐えられなかった。


「私も、レオと居ると安心する……。私にとってもレオは……気兼ねなく話せる存在だから」


 アイスにしては恥ずかしさを頑張って抑えた感じだ。そんな様子がレオの頬を緩ませる。相変わらずアイスは自身の手元を見ていて二人の視線は合わなかったが、その気持ちは十分レオに伝わった。


「ずっと一緒に居たもんな」

「うん……」


 心を許せる人が居る。それはとても幸せな事。誰もがそうした相手を持っている訳ではないからだ。――だからこそ、アイスは胸の内がすっきりしなかった。


(レオに言うべき事がある……。それを自覚しているから、レオから嬉しい言葉を貰っても、どこか窮屈な感覚に苛まれるんだ……)


 レオと過ごした穏やかな日々を思い出すアイス。普段なら懐かしんでしまう所を目もくれず、アイスはその中にある未だ晴れぬ箇所に焦点を当てる。


(今こそちゃんと言うべき――。ううん。言わなきゃ――)


 そう。レオの記憶を覗いてしまった事を、アイスはまだ隠していた。


 不本意であり、故意ではなかったとは言え、大切な人に――大切に想ってくれる人に魔法を向けてしまったのは事実である。アイスの心情的には加害者。レオの想いに応えたい――ますます言わなければとアイスは思わされた。


 しかし、面と向かって言えるはずもなく、アイスは悲しげにうつむく。それでも、静かに息を吸い、ずっと胸奥に閉じ込めていた気持ちを言葉にしようと決意する。


「……その、レオ?」

「ん」

「謝らないといけない事があって……」


 心苦しそうにするアイスを見れば、彼女が晴れぬ思いを抱いているのは明らか。ただ、レオはアイスに何か謝られるような事をされた覚えが無い。むしろ感謝したいくらいだった。アイスのおかげで、ここまでやって来られたのだから。


 だが、アイスには1つ、ずっと謝りたかった事があった。どうしても言わねばならない事だった。


「私、レオにひどい事しちゃった……」


 アイスは膝に置いた両手を握り締め、犯した過ちを小さな口から語り始める。


「レオがこれ以上自分の手を汚さないように……。レオがこれ以上危険な目に遭わないように……。そう思って、アビスゲートから遠ざけようとして、レオの記憶を操作した……」


 不意の告白にレオは少し目を見開く。うつむいたアイスの視界にその表情が入る事は無かった。


 レオにそんな事をした事実も、記憶を操作した張本人だと明かすのも、アイスは辛かった。辛かったが、明かさずにはレオと一緒に居られない気がした。――居てはいけない気がした。だから今のうちに真相を告げる事にしたのだ。隠しておけばおくほど、お互い辛いから。


「言い訳っぽくなっちゃったけど……、ずっと謝りたかった。ごめんなさい……」


 ぎゅっと握り締めた手が震え出す。拒絶されると思うと怖くて堪らなかった。怖くて目を合わせられなかった。だが、それ相応の事をしたと自覚している。どんな結末だろうとアイスは受け入れる気だった。


 こんなにも自責の念を色濃く露わにするアイスをレオは見た事が無かった。その姿はまるで叱責や罰を恐れる子供のよう。このまま突き放せば、窓の外の闇に呑まれてしまいそう……いや、もっと悪い事が起こるかも知れない。そんな事すら予感させる状態だった。


 だが、レオが叱るものか。責めるものか。レオは右手でアイスの手を上から包み込み、その震えを止める。


「ありがとう」

「えっ……?」

「アイスは、オレの為を想って止めてくれたんだよな……? 全部知ってる。そんなに自分を責めなくていい」


 予想外の感謝の言葉。しかも、少しも話を疑わない。本当に全部知っていたかのような反応に、アイスは戸惑いを隠せなかった。


「ど、どうして知ってるの……?」

「神はなんでも見てるってさ。気味悪いよな」

「神……。そっか……」


 それを聞いてアイスはようやく腑に落ちた。天上から全てを見ているはずのナミアなら不可能ではない。一部始終がナミアからレオに伝わったと考えれば謎は解ける。レオの口振りからして、きっとそうなのだろうとアイスは推測した。


 こうして二人の話が噛み合うのも、アイスがナミアの存在を知っている数少ない人間だからである。


 創世の母神は神話の外で生きている。一介の人間が知ってはならない禁忌を、アイスは思いがけずレオの記憶から知ってしまった。一度知った禁忌は脳に焼き付き離れない。幸か不幸か、アイスはその神聖な姿を忘れられずにいた。


「あっ……手……」


 レオの温かい手がいつまでも自分の手に添えられているので、アイスの意識はそちらに行ってしまった。こうなると恥ずかしさが思考の全てを上書きする。アイスの頬に赤みが増し、それを見たレオが思わず手を引っ込める。


 ふと我に返ったアイスは恥ずかしさを振り払う。告げねばならない事はまだ残っていた。


「でも! それだけじゃないの! そのせいでレオの記憶を知っちゃった! 知っちゃいけないのに!」

「……えっ?」


 穏やかな顔つきでこれまで接していたレオだったが、それを聞くや否や表情が固まった。記憶の操作云々はナミアから教えてもらっており、改めて明かされてもレオは平静で居られた。だが、記憶を知られただなんて聞いていない。これに関してはレオも初耳だった。


「オレの記憶って……どこまで?」

「っ……全部」

「嘘……だろ?」

「ごめんなさい……ごめんなさい!」


 アイスは頭を下げて必死に謝った。許してもらえるだなんて思っていないが、謝るしかなかった。


「もうオレお嫁に行けない!」

「……え?」

「クソ恥ずかしい!!」


 頭を抱えて悶えるレオ。アイスはてっきり嫌な雰囲気になると思って覚悟していた。和やかさを呼んでくれるレオの反応に安心させられ、自然と笑みがこぼれる。


「いつものレオだねっ」

「いやいや、ちょっと待ってくれよ! 聞いてねぇよ!」


 アイスに辛い思いをさせまいとレオは柔らかめの表現に留めたが、やはりレオにとっては一大事。心穏やかに聞き流す事など出来なかった。


「それってさ……人には言えないようなオレの記憶も知ってるって事だよな!?」

「や、やめて! 思い出させないで……!」


 茹で蛸のようにアイスの顔が真っ赤になった。レオの発言によって、レオの様々な体験を無意識に思い出してしまった。恥ずかしさのあまりアイスは顔を手で覆い隠す。


「こ、これ以上はやめよ……? ね?」

「絶対その方がいい」


 椅子に寄りかかって腕組みをするレオ。じっと窓の外を眺めるアイス。お互いの為にしばらく沈黙し、二人はなんとか心の落ち着きを取り戻した。


 唯一の解決方法は、互いに口を閉じ意識しない事。それが一番だった。


(……ふむ。て事は、アイスはこの世界の外にある神聖で邪悪なあれこれを知ってるのか……)


 シャルもシーナも神ナミアに会っている。だが、外の世界がどうなっているかまでは知らない。つまり、外の構造を知っている人間はこの世で恐らく二人だけ。何億と居る人類の中で二人だけ。よくよく考えてみると、「なんか凄い」と言うありふれた感想しかレオは浮かばなくなった。


 外の世界を知ったと言うのに、アイスが平静を保てている事にもレオは驚きだった。外界を知った人間なら、普通そっちの方に興味が湧き、日常生活どころではない。人によっては気が触れるだろう。理解の範疇を超えた真実は時に劇毒である。


(そんな事を考える暇も無いくらい、忙しい日々を送っていた……。そう言う事なのかもな……)


 アイスは異質で特別な存在。いい意味でそう思う理由が、レオはやっと分かった気がした。


「どうりで安心できるよな」

「ふぇ?」

「オレの全てを知った上で隣に居てくれる。そりゃ安心なはずだよ」

「そんな……。そんな事、無いよ……」


 恥ずかしがり屋がうつむき気味なのはいつもの事だが、いつもの謙遜にしては暗い横顔をしていたので、そうではないとレオはすぐさま悟った。


「私は……、別れた後のレオを知らない……」


 レオの辛い過去も、苦しい過去も、アイスは全部知っている。ある時はその光に包まれ、ある時はその闇に涙した当事者でもある。……だが、その割には今のレオの事をなんにも知らなかった。まるで自分を置いて、周りの時間だけが進んでしまったかのような感覚だった。


「……だから、レオが言ってくれるほどじゃないんだよ」


 車窓を高速で流れる夜の闇。元の形すら分からぬほどに引き伸ばされた黒い景色を横目で見つめ、アイスはすっかり滅入ってしまった。


 そんな彼女を励ますかのように、レオはふっと笑って暗い雰囲気を晴らしてみせる。


「知ってる方がおかしいよ。これから知ってくれればいい。オレも今日から、アイスの新しい所を見つけて行くからさ」

「レオ……」


 車内の照明に温かく照らされたレオの横顔は目を閉じ穏やか。相手の“今”を新たに知り、互いの成長を側で感じ合う事で、共に居られなかった月日は埋められる。そう信じている。そんな感じの表情だった。


 アイスは確かに受け取った。レオの想い、その全てを。


(希望の芽を、今確かに育んでる。レオと二人で……)


 その芽を二人で大きく育てたい。何年経ってもいい。ひっそりとでもいい。いつか花咲かせたい。湧き上がる熱い想いが灯火となり、恋路がまだ続いている事をアイスに教えてくれた。


(途絶えてもいない。ゴールした訳でもない。だからこんな事を心に抱くんだ――ずっとレオの側に居たいって)


 レオの気持ちに応えるように、頬染めてアイスはにっこりと笑う。甘い果実を思わせる紅い瞳は、他のものを映さなかった。


(やっぱりレオは、私の掛け替えの無い大切な人……。私、レオと出会わなかったら……)


 こうした関係の無い世界なんて、レオの側に居られない世界なんて、もう考えられない。そのような想いも重なり、アイスの口から思わず感謝の言葉が出る――。



レオへの想いが高まって行くアイス。

だが、アイスはまだ知らなかった。この後、困難(姉妹)が待ち受けている事を――。

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