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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第27話 開いた扉がもたらす脅威

お酒は何歳から?



 レオは毎日のように店で働いた。テキパキとした無駄の無い動きはさながら達人だった。客の評判も良く、売り上げも上々。店としては大助かりだった。


「最近入ったばかりの新人だってのに、よく働くじゃねぇか」

「はいー」

「ハッハ! 俺達も見習わないとな!」


 こうして従業員とも少しずつ仲良くなり、当初の不安も無くレオは充実した日々を送っていた。


 この日はあいにくの雨。日没前だったが辺りはどんより暗く、客足も少ないので早じまいする事が決まった。


 閉店後、いつもの清掃を皆で始めた。終了時間は未定――一通り綺麗になったのを確認した店長が手を2回叩いて「今日はこれで終いだ!」と清掃終了を告げるのがお決まりだった。それまでは絶対に手を抜いてはならない。


 そして今日も、店内各所を巡回し終えた店長が声を張り上げる――。


「今日はこれで終いだ!」

「お疲れ様でした!」


 店長からの合図を聞き、清掃中だった従業員が各々の持ち場から元気よく声を上げる。レオも厨房を拭くのを済ませた。



 身支度を済ませた従業員が店長に挨拶をして一人また一人と帰ってゆく。せっかくの早じまいだ。皆それぞれの家でゆっくりするのだと思われた。もしくは、隣街で一杯飲みに行くのかも知れない。


 レオはと言うと、まだ店長に〈アビスゲート〉について聞き取りをしていない事を思い出し、店長の元へと向かっていた。店内を見渡すまでもなく、店長はいつも通りカウンター席の中央付近に一人で座っていた。


 店長の隣の席に座ったレオが引き気味に笑う。物凄くアルコール度数の高い、〈ラッシャノ地方〉特産の『黒王酒』を真顔で飲んでいた。相変わらずの酒豪っぷりに言葉が出なかった。


「ここからは大人の時間だ。()()()()()()()は飲んでいるんだろうな?」


 雇われる前に自分の年齢をレオは伝えたのだが、店長にはかなり若く見られていた。その事をいじったものであり、誤解していた事への自虐を含んだ冗談だとレオはすぐに理解した。


 “リンゴジュースの儀式”は16歳を祝うもので、そもそも20歳にならないと度数の高い酒は飲んではいけない事になっている。済ませているか否かを問う事自体おかしな話だった。


「知り合いのお爺さんと飲みました」

「嘘じゃないみたいだな。俺は嘘を見抜ける」


(おっかねぇ……)


 そうした能力を持っていてもおかしくない。ここは非現実的とされた力が常識の世界だ。レオは下手に嘘をつけなくなった。


「飲むか?」

「いや……その度数はさすがに……」


 せめて度数が低ければ相酌も出来たのだが、いかんせん酒が強すぎる。断られる事など織り込み済みな感じで店長からニヤっとされたので、レオは無理をせず背伸びをせず素直に遠慮しておいた。


「それで、何か用か?」

「ちょっと話を。オレ、アビスゲートについてそこらで色々と聞いて回っているんですが、店長は何か知りませんか?」


 尋ねられた店長は手に持っていたグラスを置いてレオを見つめ返した。その青年の真っ直ぐで真剣な目は、まるで人生の課題に向き合っているかのよう。危険を顧みない雰囲気すら感じさせる。故に、それを語る事に一瞬の躊躇いが生じた。


 探し出して挑むつもりなのだろうか? そうした疑問を抱いた店長だったが、止めはしなかった。若さの焔を燃やして挑む無謀は、一概に「悪い事」とは言い切れないからだ。得られる教訓も多く、また、外から止められるものではない。その事を店長はよく理解していた。かつてそうだった者として――。


「そうだな……どの辺りまで調べた?」

「千年以上も前から目撃例があるとか、最近も出現したとかしてないとか……。ゲートからは魔物が出て来るだとか、まだ断片的にしか……」

「そうか。……一説には、ゲートは冥界から侵略する為の経路だと言われている。まぁ、冥界があるかどうかは正直分からんが、魔物が流入した原因である以上“無い”とは断言できない」


(なるほど、冥界か……。もはや無い方が不自然だな)


 その正体が魔界か地獄かはさておき、“第三の世界”の存在をレオは確信した。「冥界や地獄がある」云々の話は神話と言う形で〈地球〉にもあった上に、こちらの世界でもこうして語られている。二つの世界に共通して実在する概念で、その存在がただの妄想だなんて事があるだろうか?


 天界にしてもそうだ。


 天国と地獄の有無を巡り、妥協無き議論をぶつけ続けて泥沼になった世界がある一方で、神ナミアの住む天界が青空の果てに広がっていると信じる世界がある。興味の無い者からすればいずれも「無意味な妄想」に他ならない。しかし現実では、天の都は彼らの外で人知れず安閑と存在しているのだ。


 表があれば裏もある。光があれば影もある。同様に、冥界も存在すると考えるのが妥当だろう。現に、魔物の淵源とされ実害をもたらしている。


 魔物に対する人々の拒否感は、それらが神による創造物ではない“異物”であるとの直感によるもの――病原体と相対した細胞の防御反応のようなものなのでは。そう仮定すると、天と神の管轄外……“第三の世界”の存在と言うものがおのずと浮かび上がった。


 一度死を体験したレオだからこそ確信を持てる事柄だった。


「もしもそうなら、まだ脅威は去っていないって事ですね」

「ああ、去っていないとも。だが皮肉にも、アビスゲートの出現は何も悪い事ばかりじゃなかった」

「そうなんですか?」


 レオに尋ねられ、「少し長くなるが……」と店長が前置きをする。レオが嫌な顔をするはずがなかった。


「多くの犠牲を払い、第1(ファースト)アビスゲートを消滅させた後の話だ。一災起これば二災起こると考えた人々はそれ以来、皆で協力して侵略者を防がなければ、今度こそ滅ぼされてしまうと危機感を覚えた。そこで、今まで争っていた大国同士が『一子共同体宣言』によって一致団結する事を決めた。『ナミア様の子であるのなら、協力して災いを振り払おう』と言うものだ」


 レオは大変感心させられた。そんな話、故郷の星では一刹那たりとも実現しないと思ったからだ。ナミアの“子”であるが故の人間性の違いか……。はたまた、人々の心を“神ナミア”が照らすからか……。


 ……しかしながら、裏を返せば、種の存続を脅かすそうした人類共通の敵や災いが無ければ、人間は団結できない愚かな生き物なのだと厳しい現実もレオは突き付けられた。故に、そこに笑顔は無かった。


 店長はさらに言葉を続けた。


「そして、今から数百年前。第3のアビスゲートが現れた。そこで皆の団結が試された。各国の軍と義勇軍が協力して、なだれ込む魔物共の掃討に向かった。我々の先祖は圧倒的な戦力差を見せつけたそうだ。……しかし、攻勢も魔王の出現までの事だった」

「魔王……」

「巨大な魔王が深淵の渦から現れたらしい。そいつは戦場に猛炎を走らせ、得物一振りで戦局を覆した。当時、武勇で名を馳せていた〈五英雄〉が果敢にも大敵に挑んだが、皆蹴散らされてしまったと言う……。かろうじて〈七賢人〉が魔王を討って敵軍を追い返したらしいがな」


 スケールが大きすぎてレオは言葉を失った。凄惨な大戦だったのは想像するまでもなかった。


「なんにせよ、厄災を経て人々は気付いた。大陸の平穏は団結によって紡ぎ出せる――と。かくして、希望の無い暗黒が人々に光を見出させた」


 国同士の争いが無意味な事が示された。証明された。そうした意味では、大陸の平穏を目指す上で重大な「転換点」だったと店長は語る。


 他にも、魔物が跋扈した事で、それらを狩る事を生業とする者が増え、それに伴い鍛造技術も発達したとか、防護や滞在の必要性から、田舎街や辺境の村では人の往来が増加して賑やかになったなど、〈アビスゲート〉がもたらした“正の側面”を教えてくれた。


「かなり詳しいっすね」

「むしろどうして知らない? イマドキの若者は読み書きしか習わないのか?」

「……すみません」


 鋭い鷲鼻と呆れた顔を向けられ、レオは今度から調査方法を改めなければと思わされた。〈アビスゲート〉に関連する事柄を義務教育で習うのなら、初歩的な浅い質問をしてはたちまち怪しまれる。盲点だった。


「悪いが、正確に覚えているのはこの程度だ。あいにく専門家じゃない。より詳しい話が知りたいなら、そうした物好きが書いた分厚い本にでも聞くといい。都市部に行けば手に入るんじゃないか?」


 本人は「この程度」と納得行かない様子で言うが、レオとしては色々と聞けて参考になった。キリもいい。レオは感謝の言葉を告げ、ぼちぼち明日に備える事にした。



 しとしと降る雨の中、レオは一人宿への道を進んだ。店長から聞いた話を頭の中で整理しながら……。


 〈アビスゲート〉の出現による恩恵がいくつかあるようだが、人々に辛苦と不幸をもたらす災禍に変わりない。原因を究明し、自らの手で終わらせてやろうとレオは胸に誓う。


 しかしながら前途多難だった。〈アビスゲート〉はひとたび出現すれば甚大な被害のみならず、大戦を引き起こすものだと分かって来た。それと相対した時、どう対処すればいいのかレオは想像もつかなかった。何より……。


(……オレは、冥界を敵に回さなきゃいけないのか? 信じたくないが、天界があるんだもんなぁ……。先が思いやられる)


 〈アビスゲート〉を通って、冥界に行って、問題を解決する。大雑把かつ安直だが、そんなルートがレオの脳裏に出来上がる。人間が〈アビスゲート〉を通って大丈夫なのか? 魔王やら冥王やらを倒さねばならないのか? 懸念が次々と浮かんで来た。


 ただ、絶望感はそこまで無かった。何せ、魔王を討った先人達が居る。彼らに匹敵する仲間を見つければ、あるいは、彼らと肩を並べられる力を付ければ、突破できない壁ではなかったからだ。


 無論、今はまだ高みに到達していない。知らない事も多すぎる。課題は山積みだ。


 どんより暗い行き先を暖色の魔石が照らす。宿が見えたが、まだまだ道のりは長そうだった。


アビスゲートまでの道のりは険しく長い。レオが思っている以上に……。


2025.1.19 文章改良&分割

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