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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第26話 生活基盤を確保せよ

所持金が足りない……



 約束の面接時間までだいぶ時間がある。そこで、レオは衣服を新調する事にした。ガラスに映った自分の姿を目にしたのがきっかけで思い立った。


 レオ自身、発覚するまでずっと「セーフ」だと思っていたのだが……体が一回り大きくなったせいで、従来のワイシャツと制服のズボン、履き慣れたローファーもキツキツのぱっつんぱつんだった。丈も若干合っていない。


 サイズを間違って着ている人に見えて、バカっぽくて堪らない。さすがのレオも見過ごせなかった。


(となると……目指すは隣の街か)


 今居る小さな街には服屋が見当たらなかった。いい機会だと思い、レオは隣の街へ行ってみる事に決めた。距離はそこまで遠くない――草原を隔てた向こう側に既に見えている。道なりに歩いて行けば迷わず辿り着けるはずだった。



 街を出て、レオは草原地帯を歩き続けた。道路が舗装されていなかったので地味に驚いた。


 道沿いを中心に農地が点在していた。秋の収穫シーズンを迎えた色とりどりの野菜が農家の人達によって丁寧に採られていた。何も植わっていない農地もあったが、恐らく来たる時期に備えて、種でも撒いた後なのか地力を回復させているのだと思われた。


 それから一本道をさらに進むと、農地は無くなり、レオはありのままの自然環境に囲まれた。


 想像してみて欲しい。人の住む街のすぐ側に、悠久の時を経た原生地域が広がっているのだ。そのバランス感覚たるや、今でもレオは信じられなかった。ナミアの世界の人々が持つ精神性――彼らにとって自然がいかに身近な存在であるかをうかがい知るには十分だった。


 青々とした空。薄く広がる白い雲。遠くに見える山々は赤と黄色で色付いている。心が安らぎ、レオはなんだか元気が出た。


 秋のそよ風に乗って宙を滑る〈マナ虫〉に導かれてレオは小さな旅を続けた。



 ◆



 草原に浮かぶ街――〈ムトルッカ〉。


 最初の街とは打って変わって大勢の人で賑わっていた。石畳の路面があるのは変わらないが、こちらの方が全体的に建物に高さがあり、広場には屋台や露店もあり、より栄えている印象をレオは受けた。


 街に流れる心地良い音楽がゆったり穏やかな雰囲気を醸し出し、周囲に彩りを与える。――ベンチに腰かけた老人が、何本もの筒からなる楽器を吹いて、指で旋律を奏でていた。その美しい音色に人々は癒され、立ち止まって聴き入った。


 そこへ、義足の男性が弦楽器を抱えてやって来て、演奏中の老人と合奏を始めた。


 老人の表情から察するに知り合いではないようだった。それでも一つになれるのが「音楽」である。男性が加わった二重奏は儚さを感じさせるハーモニーを生み、集まった者らをすぐさま虜にした。


 曲が佳境を迎えて静かに終わると、拍手喝采が奏者の二人に捧げられた。ある見物人はチップを握らせ、ある者は買い物袋から食べ物を差し出し分け与えようとした。義足の男性は「乞食じゃないんだ。タダでいい」と説明していたが、「いいから、いいから」と言葉を重ねる観衆に押され気味だった。老人も然り。


 微笑ましい光景なのだが、レオの目には奇妙なものにも映った。


 何故あの義足の男性は老人の演奏に加わったのだろうか? 何故あれほどまでに見物客は褒め称えるのだろうか? そして、最後に握手を交わして称え合う二人……。“人間”とは、こうも純粋な気持ちで誰かを認められるものだったか? 彼らの価値観や生き様にレオは少々面食らった。



 広場を後にしたレオは、人に道を尋ねて近くの服屋へと辿り着いた。〈レグルス社〉――誰もが知る有名アパレルメーカーの店舗だ。


 1階は女性服、2階から男性服の売り場となっていた。


 子供服は取り扱っていないが、いかにも魔法使いっぽいローブに、流行りを取り入れた服。下着から靴まで。身に着ける物は粗方揃えていた。男性物の衣服のバリエーションも豊富。今のレオには打ってつけの場所だった。


 男性服売り場でレオがどれにしようか悩んでいると、男性店員が話しかけて来た。一人で静かに考えるつもりだったレオだが、何か判断の参考になるかも知れない、とアドバイスを求める事にした。


「一般的なのはどれですか? 品数が多くて、どうもオレには……」

「“一般的”と言いますと、コートにお好みのベルトを着ける感じですかね~」


 そう言えば、外の人達もやたらとベルトを着けていた。その事をレオはふと思い出した。目の前の店員もおしゃれなバックルのベルトを2本腰に着けている。どうやらそうしたスタイルが広く好まれているようで、思いがけず理由が分かってレオはスッキリした。


「白いファーみたいなのを着けてる人が多かったんですけど、それも一般的なんですか?」

「ここ、エレクシア王国では一般的ですね~」


(……エレクシア王国。そうだったのか。オレは今、爺ちゃんが前に言ってた国に居たのか……)


 オッティーが話していた、越えられない次元の壁の先にあるどこか遠い世界の遠い国を、今こうして訪れている。改めて考えると、まるで白昼夢を見ているかのようで、なんだか妙な感覚にレオは迫られた。


「お客様、王国へは初めてですか?」

「まぁ……今まで縁が無くて。伝統衣装的な感じですかね?」

「はい。エレクシア王国では“ポルポル”と呼ばれる良質な白い毛が取れる生き物が多く生息していて、ここの地域の人は昔から、その毛を刈って、飾りとして身に着けていたそうです。その名残で、伝統的に白毛をあしらった服や装飾品を身に着けている人がエレクシアでは多いんです」


 ただし、その話には続きがあった。男性店員曰く、そんな特色も大昔の話。今では白毛を使ったファッションが大陸各地に広まって、〈エレクシア王国〉の出身を示す要素とは限らなくなったのだとか。


「なので、皆さん特にご出身などは気にせずご購入されますね。いかがでしょうか?」


 襟に雪のような白い毛が飾り付けられたコートを勧められた。おしゃれすぎて似合いそうもなく、レオはやんわり断るしかなかった。


(予算的にもキツい。それに、振り向いた時に毛が口に入りそう……)


 あまり慣れない物は着るべきではないと思い、今の体格に合ったTシャツと裾に装飾の付いたワイシャツ、黒いズボンをレオは買う事にした。冬に寒くなる事も予想して一応コートも買っておいた。


 靴は不快感さえ無ければ正直なんでもよかったので、服装に合わせて無難に黒っぽいものをレオは選んだ。そして、「郷に入っては郷に従え」と言う事で、両腕に2本ずつ細いベルトを着けた。


 こうして一式揃えてみると、やはり黒系ばかりの相変わらずのチョイス。自身が黒系大好きマンなのをレオは再認識させられた。


 2万キーツが一瞬でぶっ飛んだ。


 購入した物に着替えたレオは、今までお世話になったピチピチの服を店に引き取ってもらった。名残惜しいが、着ない物を大事に取っておいても仕方がない。リサイクルされて誰かの為になるのなら、その方がずっといい。レオに後悔は無かった。


 店の外に出て来たレオの姿は、配色と言い、ワイシャツの袖をまくり上げた様子と言い、目立った変化は見られなかった。しかし、マイナーチェンジを果たしたレオは今、古い自分を脱ぎ捨てて生まれ変わったかのような清々しさで満ちていた。


 しゃがんだりストレッチをしたりして着心地・履き心地をレオは改めて確かめた。問題無し。……問題なのは、所持金が少ない事だけだった。



 ◆



 懐中時計で時刻を確認すると、約束の時間が迫っていた。走ればなんとか間に合いそうだ。レオは急いで来た道を戻った。


 しかし、慣れない土地である事をレオは忘れていた。計算を誤り、あろう事か5分ほど予定の時間を過ぎてしまった。


 なんたる不覚。だが、今更どうする事も出来ない。せめて正直に、レオは隣の街〈ムトルッカ〉で服を新調していた事を白髪交じりのダンディな店長に説明するしかなかった。


 てっきり怒られる、あるいは最悪面接中止もあり得ると覚悟していたレオだったが、待っていたのは意外な結末であった。「ならいい」と店長はすんなり納得してくれた。見ず知らずの若者の言い訳を聞いてくれた事にレオは頭を下げて素直に感謝した。


「大切なのは、結果に至るまでの過程と、最終的な結果を切り離して考えない事だ。遅刻はいかんが、君が身なりを整えて来たのは見れば分かる。そんなに気にするな」

「はい」


 当然ながら面接の準備は出来ているようで、レオは店長に店の内部へと案内された。


 客の目が届かない場所の割に綺麗にされていたが、箱が廊下の端に積み上がっていて、ただでさえ狭い廊下が余計に狭くなっていた。その一番奥に白い扉があった。どうやらそこが本日の面接会場のようだった。


 部屋の中へと進んで行く店長。そのまま一緒に入るべきか入らないべきか……。どこまでついて行くべきか分からず、部屋の一歩手前でレオは待機せざるを得なくなった。


 本来ならば、立ち位置やお辞儀の深さなどを考慮しなければならないのだろうが、ここは以前居た世界ではない――何が正解か分からない。愛想よく笑う事が不真面目な印象を与える危険すらある。今のレオに唯一できる事は、精一杯失礼の無いように振る舞う事だけだった。


 店長から適当に座るよう指示されたので、「失礼します」とレオは一声かけて入室し、用意された椅子に腰を下ろした。なんとか無難に対応できた。……歩きがぎこちなくなった事を除いては。


(なんだあの歩き方、最悪だ……。ナミアめ……)


 それもこれも、礼儀作法の情報を頭に入れてくれなかったナミアのせいだ。


 しかし、ナミアの援助は期待できない。信じられるのは自分だけ。余計な事はしない方が賢明だと踏んだレオは背筋を正し、真剣な面持ちで店長の鋭い鷲鼻の鼻根をじっと見つめた。


「はいはい、それじゃ始めようか」

「よろしくお願いします……!」


 嫌な汗が両手から滲んだ。「いつもの調子でやれ」レオはそう自分に言い聞かせるが、滅多に無い環境下に置かれた為に緊張は少しも和らがなかった。懐かしい閉塞感がレオを襲う……。神を相手に会話をする方が遥かにマシだとレオは痛感した。


「名前は?」

「レオと言います」

「レオ君ね。君は何が出来るんだい?」


(何が出来るか……?)


 さっそくピンチ到来。想定問答に存在しない質問のご登場だ。問いに対してレオは何も浮かばなかった。


 雇ってもらえるチャンスを無駄にはしたくない。ここで面接に落ちれば、また求人情報を探さなければならない。〈アビスゲート〉の調査から一歩遠のいてしまう。なんでもいい――レオは必死に答えを絞り出そうとした。


(自分を売り込まないとな……。……だけど、オレはこの世界に来たばかりの未熟者なんだよなぁ……。何をアピールすれば……)


 真っ先にレオの頭に浮かんだのは剣技だった。しかしながら、得意の剣術はここでは活かせそうもない。身体能力も恐らく必要とされない。飲食業だ。必要とされる方がおかしい。


 突出した知識も無い。最終学歴も高校中退みたいなものだ。しかも、こちらの世界の水準と比べると、日本の高卒レベルでは学力が低い部類の可能性すらある。となると、誇ってアピール出来るものが一つも見当たらなかった。


(いや待てよ……? 身に付けた技能って事なら……)


 単なる緊張と見るべきか、不都合があると見るべきか――。痺れを切らした店長が沈黙を破る。


「どうした?」

「まだまだ勉強中ですが、修復魔法を使う事が出来ます!」

「ふむ……まぁ、探せば居ない事も無い。他には何が出来る?」


(クソ……不発か。食器を割るだろうから少しは需要があると思ったんだがな……)


 だが、レオには取って置きの切り札があった。これならほぼ確実に飲食業では重宝される。そのくらい自信のある切り札だった。最初に〈修復魔法〉の事を話したのも、どの程度の反応が得られるか確かめただけに過ぎない。


 とは言え、崖っぷちには変わりない。もしも店長を惹き付けられずに終われば、取り立ててアピール出来るものが無くなる。そうならない事を願い、レオはその切り札に全てを託した。


「もう一つ……氷魔法を使えます! お客様へのお飲み物も瞬時に冷やして提供する事が出来ます!」


 それを聞いた瞬間、店長の仏頂面が嘘のようにぱぁっと明るくなった。


「合格だぁぁあああ!」


 無事採用。まずは一安心だった。今日決めねば、青虫のようにキャベツをかじって飢えを凌ぐ事になっていただろう。レオは心の中で静かに喜んだ。


 経歴云々はもちろん、この世界では個人の技能――つまり魔法等も重視していると判明し、喜びも束の間レオは綱渡りを終えた気分だった。剣術稽古に取り組み始めてからと言うもの、氷魔法は休憩の合間くらいでしか鍛えていなかったが、その積み重ねがここに来て活きた。


(何が舟を漕ぐ為のオールになるか人生分からんな……)


 人には得手不得手、さらには時間の制約がある。大海の中で獲得した限りあるスキルを培う事の大切さをレオは実感させられた。



 ◆



 初め、レオは住み込みで働いた。事情を話すと、店長が従業員用の休憩スペースを貸してくれた。それほど広くはなかったが特に支障は無かった。寝泊りさせてもらえるだけでレオとしては十分ありがたかった。


 店の掃除に、食器洗い、下ごしらえ。慣れて来て簡易な調理も任されるようになり、レオは安定した収入を得られた。「賄いアリで寝泊まり可」だった事が何よりも大きい。時給900キーツほどでもお釣りが来る。感謝してもしきれなかった。


 毎日働き、賄い飯で毎日節約。その甲斐あって、貯金を増やすのに時間はかからなかった。


 懐に少し余裕が出来た頃、レオは職場のある小さな街〈セティエ〉の中心から少し離れた所の宿を借り、そこを拠点として〈アビスゲート〉についての情報収集を開始した。


 いきなり大きく動く事は生活上難しい。小さな事からやっておくのも大切だと思い、まずは街の人への聞き取り調査をメインにレオは地道に取り組んだ。


 ……しかし、その道のりは平坦ではなかった。


 何不自由無く読み書きは出来たのだが、ナミアの世界特有の固有名詞や用語や単語にレオは度々苦戦させられた。ナミアが生活に不自由しない程度の()()()情報しか脳内に入れてくれなかったのがダイレクトに響いた。


 リスニングは完璧なのに内容を理解できないのは屈辱的だった。壊れた翻訳機そのものになった気分だった。


 それでも、レオはもうナミアにあれこれ不満を垂れなかった。最低限の支援をしてくれた彼女にそれ以上を求めるのは「甘え」だと思うようになったのだ。


 どうしてナミアがこうも中途半端な状態で送り出したのかを考えた時、レオはある結論に至った。未来とは、人間とは、神に導いてもらうものではなく、己の持っている力を活用して切り開くべきもの。それを理解させる狙いがあったのでは――と。


 意地悪なんかではない。彼女の教典を知った時に抱いた感覚を思い返せば、十分にあり得る話だった。


 見方が変われば気構えも変わる。それ以来、レオは初心に戻った気持ちで毎日のように近くの本屋へと通った。――順序が違う。大陸や王国の事をもっと知ろうではないか。――レオが大事な事に気付いた瞬間だった。


 知らない事柄を見つけては、レオは頭に叩き込んだ。幸い、暗記は得意な方だった。世界史の人物や地名を覚えるのと同じ要領で行い、辞書や百科事典とお友達になった。


 そんな日々がしばらく続いた……。


実際かなり大変だろうけど、ファンタジー世界のあれこれを現地で勉強するのって楽しそう

皆さんはどう思いますか?

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