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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第21話 別れ――出発

ミュリフィエの感情、「失恋」とかより「ペットロス」の方が近そう


 人々で賑わう市街地を抜け、レオは死者達の居住区域外に出た。敷き詰められた石畳もここまで。まさに「街の終わり」と呼ぶに相応しい。


 前方には、霞がかった地平線がどこまでも続くだだっ広い白の世界。標識や目印となる物など無く、雑草すら生えていない。進んだ先で振り向いて巨塔を目印にしたとしても確実に迷子になる事だろう。だからレオは助っ人を呼ぶ事にした。


 比較的近くに居たらしく、ミュリフィエもドルティスもすぐに飛んで来た。暇人のミュリフィエはともかく、多忙なドルティスが即座に呼び掛けに応じて来てくれるのは珍しかった。


 二人の天使は大きな白い翼を畳んでレオの前に降り立った。


「レオさん、なんか用ですかー?」

「ちょっと二人の顔を見たくってね」


 ミュリフィエとドルティスが揃ってきょとんとした様子を見せる。そんな事をレオが言うとは考えてもいなかった。


「ドルティスがすぐに来てくれるだなんて珍しいよな」

「今日はたまたま近くの市場で散歩をしていたものですから」

「そっか」


 せっかくの休暇を邪魔してしまったようでレオは少々申し訳なく思った。しかし、白い世界で迷子にはなりたくない。それに、別れの挨拶も済んでいない。胸の内で詫び、最後のわがままを聞いてもらう事にした。


「また散策ですかー? ちょっとレオさん? 私も暇じゃないんですよ~?」


 ミュリフィエがレオの顔を覗いてそう言うので、ドルティスは「またコイツは……」といつもの呆れた顔を浮かべた。もう何かを発する気にもなれなかった。呼ばれずとも毎日のようにレオとオッティーに同行していたのは誰だ?


 とは言え、ドルティスに疑問が無かった訳ではない。こうして自分達を呼んだのには何か特別な理由があるはず。でなければどちらか一人だけで十分だろう。「どうして私達を?」とドルティスはレオにその事について尋ねてみた。


「立ち入り禁止区域に連れて行ってくれ」

「懲りない方ですね……」

「レオさんって意外と悪い子ですよね~」

「いや、そうじゃない。急だが天界を発つ事になった」


 クスクス笑っていたミュリフィエだったが、それを聞いた途端に彼女から明るさが消えた。


「そう……ですか」

「ついにこの日が来てしまいましたか」


 二人とも覚悟はしていた。しかし、こんなにも早く別れが訪れるとは思わなかった。時間の流れが、時として悲しみを運んで来る事を二人はしみじみと感じた。



 白き地平の果て――。


 天使の力を借り、レオは無事に立ち入り禁止区域へと辿り着いた。“立ち入り禁止”とは一般の天使も例外ではない。ここでミュリフィエとドルティスとはお別れだ。


「最後に二人の顔を見られて嬉しいよ。色々と世話になった。担当天使としての使命も一段落。ようやく羽を伸ばせるんじゃないか? ミュリフィエもドルティスも今日明日はゆっくり休んでくれ」


 温かい心遣いにドルティスが感謝を述べる。……隣のミュリフィエは終始浮かない顔だった。


「レオさん、本当に行っちゃうんですね……」

「ああ。寂しいか?」

「……いえ。こう言う時こそ笑います……!」


 気丈――それは見れば明らかだった。しかしながら、それも悪い別れ方ではない。湿っぽくなるよりずっといい。レオはミュリフィエに頬笑みを返した。


「もっと悲しい顔をするのかと思った」

「笑顔のお見送りも担当天使の役目だと思うので!」

「そうか――っ」


 レオの元へ歩んだかと思うと、ミュリフィエはレオを両腕と翼で抱き締めた。彼女が纏う聖なる光に包まれレオも別れを惜しむ。


「レオさん……一緒に居られて私、楽しかったです」

「また会えるさ」

「それもそうですね~。死んだらまた会えますし」

「不吉な……」


 気持ちを抑えきれなかったのは抱き締めた一瞬だったらしく、すっかりいつものミュリフィエに戻っていた。最後の言葉は実に彼女らしい。しかし、「死んでくれたら嬉しい」と遠回しに言われたようでレオは複雑だった。


 このまま引き留める訳には行かない、とミュリフィエは少し名残惜しそうにしながらもレオから離れた。


「二人とも今までありがとな。迷惑かけた」

「レオ様もお気を付けて」

「もしやられちゃったら、その時はレオさんを迎えに行くねっ」

「死神かよ。当分ここには戻る気無いぞ?」


 死の先で待っていてくれる相手が居る。それについてはレオも嬉しさが勝った。だが、あっさりやられて帰って来る予定はさらさら無い。その為に鍛えた。再会は何十年も先の話になりそうだった。


「またな」


 遠い将来の再会を約束する言葉を告げ、二人の天使に見送られてレオは円柱の建造物が並び立つ白霧の中へと進んで行った。その後ろ姿は徐々にゆらゆらと朧げになり、とうとう見えなくなった……。


 ミュリフィエもドルティスも笑顔で送り出そうと決めていた。しかし、レオの姿が見えなくなると維持していたものが解けた。


「レオさん行っちゃったね……」

「ああ」

「もう、しばらくは会いたくないなぁ……。むしろ帰って来ないで欲しい……」

「何を言っ――」


 ドルティスは言いかけた言葉をそっと胸の奥へと戻した。少女の瞳から一粒の雫がこぼれ落ちていた。


 昔思った通りだった。ミュリフィエが〈担当天使〉になると宣言した時、一喜一憂する彼女には合わない、向いていないとドルティスは思った。訪れた死者を支え見送る繰り返し――それが〈担当天使〉の仕事だ。こうなる事は目に見えていた。


 ただ、羨ましくもあった。レオと触れ合うミュリフィエの姿は、さながら友人関係にある者同士。種を越えたそれは稀に見る美しさだった。一喜一憂する彼女でなければ、白き地平に天使の涙は落ちなかっただろう。


 出来る事なら、ドルティスも彼女みたいに親しく接したかった。いずれ来る別れさえ無ければ。


 廻魂者との関係では私情を挟まぬよう努めるのが〈担当天使〉の暗黙の了解だ。ミュリフィエにはそれが出来ていなかった。彼女の良い面であり、悪い面である。仕事の特性から「適していない」と言わざるを得ない。


 ミュリフィエもバカではない。そんな事は分かっていた。それでもやめられなかった。好意に似た愛着がレオと言葉を交わすうちに芽生えていたのだ。


 その分、辛い別れとなった。だがある意味、レオの選択はミュリフィエにとっては嬉しい選択だった。転生してしまうと今までの楽しい思い出をレオは失う事になる。一緒になって笑える日も来ない。そうなってしまう事の方が耐え難かった。


 レオが人間の世界で人間らしい満ち足りた生活を少しでも長く続けられるのなら、ミュリフィエとしてはレオが心の片隅で自分の存在を覚えていてくれるだけで嬉しかった。たとえ会えるのが数十年後であっても。


 だから少女は願った。レオがここへ再び戻る日は、ずっとずっと先であってほしい――と。



 ◆



 友に別れを告げ、レオは立ち入りが禁止されているエリアの奥へと進んだ。


 道中の光景は初めとそれほど変わらず目新しさは無い。しかし、謎の柱が整然と一定間隔で立っており、光の筋が巻き付いていて幻想的だった。古代の匂いは感じないが、神が関係する場所が悠久の時を経ていないとは思えない。劣化しないだけなのだろうか? レオにはいつ頃建てられた物なのか見当もつかなかった。


 立ち込める白の中を進む事数分。レオは奥地へ着いた。巨躯の神、アルズが既に待っていた。そのすぐ側には、神聖な雰囲気を帯びた門があった。


 天界生活で様々な未知の物体を目にし触れて来たレオだが、その門は今までに見た建造物とは一線を画していた。幾何学的な装飾。朧げにしか分からない門の先の空間。一見石で造られているように見えるが、滑らかな表面の質感は金属っぽくもある。いずれにせよ、禁を破った愚か者を歓迎する為の単なる門ではないのは明らかだった。


「来たか」

「……それで、どうやってナミアの所に行けば?」

「下界するには肉体を持つ必要がある」


 そう言ってアルズが宙に手をかざすと、レオそっくりの姿をした人体が現れた。精気は無く、抜け殻の状態だった。服も着ておらず裸だ。こんなモノを目の前に出されたら誰だって引く。


「うわぁ……外から見るとオレってこんな髪型してんのか。凄い髪型してんな。鏡で見る自分と違うから違和感が凄い……。いやそれより、なーんか体つきが違うような……」

「お前がここに来てから3年が経っている。死ぬ直前から数えて3年後の体を――お前の今までの成長記録を参考に創ってみた。最近の運動量も計算に入れてある」

「そんなに経ってたのか……」


 捉え方は時と場合、人それぞれだが、レオとしては「もう3年」の感覚だった。春夏秋冬の無い天界生活に慣れてしまっていたせいか、正確な数字を言われるとずっしり来るものがあった。


(筋肉量が増えないと思ったら、どうりで)


 こうなると気になるのは経験値のリセットだが、それについては心配無さそうだった。でなければ「鍛えておけ」などとアルズは言わなかっただろう。今日までの鍛錬は魂が記憶し継承されるに違いない。そうレオは結論付けた。


「この空っぽの肉体に重なるようにすれば入れる」

「なんかキモいな……。自分に入るだなんて……」

「さっさと入らんか……」


 躊躇いつつもレオは目の前の自分と重なってみた。


 ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界が晴れて来た。昔よりも筋肉質になっているせいか、体全体が重くなっているようにレオは感じた。「最近の運動量も計算に入れてある」の意味をレオは身をもって理解した。


 少し目線が高くなった。せいぜい5cm程度の違いだったが、いきなり成長したレオには違いがよく分かった。自然な姿勢で立っているのに背伸びをしているような妙な感覚だった。


 いかにも肉体を思考で操作している気分だったが、左右の手をグーパーしているうちに違和感が徐々に消えて無くなった。まさに身魂一体となり、レオは完全に肉体を取り戻した。


 肉体と魂は呼応しており、魂に合った肉体でなくては同期に支障が出る。こうして何事も無く終えられたのは、〈地球〉の神であるアルズが創った入れ物だったからこそだ。


 体の動きを確認し終え、レオは落ちていた服を着た。鍛えられ成長した体には学生時代の制服では窮屈だった。しかし、だからと言って裸の状態で下界する訳には行くまい。現地で体に合う服を手に入れるまでの辛抱だとレオは思う事にした。


「馴染めばこの体も悪くないな。ちなみに、言葉とかはどうすれば?」

「諸々の知識はナミアに頼めば基本的な事は頭に入れてくれるだろう。だが用心しろ。ナミアは神の中でも異端だ。あまり信用しない事だな」


(どこに行っても異端児は歓迎されない……神の世界でも同じか)


「この門をくぐってそのまま進めばナミアの元に着く。くれぐれもしくじるなよ」


 アルズの鋭い目が何を言わんとしているのか、レオにはそれとなく分かった。「失敗は許されない。私の信用に関わる」とでも言いたいのだろう。神のお墨付きを貰えたからと言って、好き勝手に動いていい訳ではない――と。


 失敗する気など無い。神の言い付けを1から10まで守る気も無い。解決に向かうのは自分自身だ――自分で選んだ道だ。歩むのに誰かの指示はいらない。言葉にも表情にも出さなかったが、レオの凍てつく意志は神から放たれた鎖を寄せ付けなかった。


 遂に天界から離れる時が来た。


 レオは天を見上げた。どこまでも広がる太陽の無い淡い色の空。シャボン液を混ぜたかのような白い天井の先には何があるのだろうか? 星屑すら落ちていない真っ黒な宇宙が向こうに存在するのか? あるいは、ただ白い空間が果てしなく続いているのか……。一人の人間にはそれを知る術はない。


 ただ一つ、レオにも分かる事がある。


 聖なる門を進んだ先にあるのは、閉ざされた“小宇宙”なんかではない。大宇宙を創造した神の居る世界だ――。


天界での話はこれにて終了です。いよいよナミアとご対面

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