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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第20話 託された剣

修行の日々


 レオは剣術の向上に毎日励んだ。剣術を指導している時の方がオッティーは生き生きとしていた。得意分野なだけの事はある。


 前に話し合った通り、稽古の合間に魔法の練習にもレオは着手した。


 オッティーの世界では魔法と能力の2つがあると言う。調べた所、レオの魔法は氷の属性を持つ“氷魔法”だった。「暑がりのオレにはちょうどいい!」とレオは大そう喜んだ。


 しかし、〈保管魔法〉と勝手が違い、発動させるのに四苦八苦。何度も失敗をした。


 最初は冷気を出す事すらままならなかった。失敗を積み重ねる事で、ようやくレオは扱いのコツを掴んだ。と言っても、依然初心者レベル。実戦で使えるようにするにはまだまだ練度が足りなかった。


 そしてレオは、器用さが無ければ会得する事が難しいと言う〈修復魔法〉も覚えた。


 名前の通り、物を直す魔法だった。あらゆる傷や破損を“直せる”のだが、部品など何か一つでも欠けていると完全には直せない欠点もあった。


 使える魔法なのか使えないゴミ魔法なのかレオには分からなかったが、鍛えるに越した事は無い。取りあえず〈修復魔法〉の特訓も剣術稽古の合間や就寝前に行った。


 その特訓内容は至ってシンプル。飲み終えたリンゴジュースの瓶を割り、それを何度も魔法で修復するだけ。……しかし、内容は一見簡単だが、魔法の扱いに慣れていないレオには針の穴に糸を通す集中力が終始必要とされる苦行であった。



 レオが魔法を覚えてしばらく経った頃。いつもの剣術稽古の休憩中にレオはオッティーからとあるアドバイスを受けた。


「魔法は隠して戦った方がいい事の方が多い。相手の虚を衝けるからの」

「なるほどな」

「真っ先に魔法や能力で攻撃して来る奴は大抵、それしか攻撃手段が無いか、そうでないなら単なるバカか自信過剰な奴ばかりじゃ」


 後者はかなりオッティーの偏見が含まれているようにレオは感じたが、前者については一理あった。そして、魔能を隠す事の意味もレオは未熟者ながら理解した。


 確かに、魔法や能力は発動させなければ簡単に隠せる。それをわざわざ敵に見せつけてしまっては、手の内を明かすようなものだ。武器を駆使して敵を翻弄できるのなら、そうする方が魔能による不意打ちも可能で、より有利に戦いを進められるはずだった。


「要は戦況を覆せる、自分だけの“切り札”か」

「だが、それは相手にも同じ事が言える。後手を嫌って魔法をぶっ放す奴も居れば、最後まで見極めてここぞで使う奴も居る。兄ちゃん、肝に銘じておけ。相手の出方にも注意しながら戦うのが基本だ」

「とにかく、魔法や能力を隠してるかも知れないって前提で戦えばいいんだな」

「鵜呑みにして柔軟性を失うなよ? 魔能一辺倒ばかりじゃない。中には敢えて魔法や能力ばかり繰り出して、相手を油断させた隙に武器でグサリなんて事もあり得るからの。あくまで“有効”だと言うのを覚えておいてくれ」


 卑怯な戦法に聞こえるだろうが、勝者だけが明日を迎えられる。それも立派な生存戦略だ。


「そうした駆け引きが日夜行われている世界、か……。そりゃ今のまま行けば100パー死ぬな」

「皆、兄ちゃんよりも魔能の技術が高い者ばかりじゃ。今日までの努力を否定するつもりは無いが、追いつくのは至難だぞ」

「前に言ってた話か」

「ああ」


 オッティーが懸念を露にしてそう言うのには、魔能の習得過程に理由がある。


「子供時代に魔法を鍛えておかないと、戦闘で使えるようなものにはならん。30越えてからでも習得は可能なようじゃが、そこから鍛えて強力な魔法を身に付けたって話は、わしは聞いた事無い」


 故に、レオを「魔法を習得できるギリギリの年頃」だとオッティーは以前言ったのだった。


 幸い、年齢はクリアしている。問題は別にある。レオは一歩どころか何千何万歩も遅れている状態なのだ。遅れを取り戻すのにかなり苦労すると思われた。


「技術が身に付くまでは、氷魔法はあくまで防御として使い、剣で攻めるのがいいと思うぞ?」

「なんにせよ、まだまだ未熟者って訳だ」


 先は長い。レオは今日から一層励む事にした。



 剣術稽古で体を酷使。魔法の集中力で精神を酷使。しかし、日に日に進歩。日に日に上達。レオの成長は止まる事を知らなかった。


 オッティーは、魔法を上達させて行くレオを成人してしまった孫を見る目で見ていた。弟子が成長するのは嬉しいのだが、もはや自分に教えられる範疇を超えていて複雑な気持ちを抱いていたのだ。


 その不甲斐なさを晴らすかのように老師は剣術の指導に力を入れた。


 剣の重さに慣れる為、レオは真剣による稽古を初日から行った。調達にはそれほど苦労しない。どこかの世界で無念に散った剣士が天界に持ち込んだ物が大量に市場に出回っており、〈準天使〉であるオッティーが一言頼めば簡単に手に入った。


 攻撃と防御の基本を教わった後は、レオは自分なりに工夫して己だけの型を形成した。オッティー自身も流派に属しておらず、オッティーの目標としていた人物もそうだったと言う。自分なりの攻防術を身体で覚えるしかなかった。


 オッティーは一切手加減をしなかった。肉体と言う枷から解き放たれて自由となった身体は軽い。その年老いた見た目からは想像も出来ないような俊敏性と瞬発力を見せつけレオにぶつけた。


 当然レオも負けてはいられない。師匠の動きに順応しようと奮起し、どこまでも喰らい付いた。


 剣術に関しては飲み込みが早かった。1、2、3と順序を踏まずとも、お得意の勘と身体能力でどうにでもなった。魔法よりもこっちの方に素質があるようだとレオは日に日に自信を強めた。



 ◆



 遂に、レオはオッティーにも劣らぬ動きをするまでに成長した。


 気付けば、あっという間に1年もの月日が経っていた。その鍛錬の成果は上々。初期状態のレオとは比べものにならないほどレオは強くなっていた。寝る間も惜しんでみっちり1年間修行すれば、嫌でも技量は身につく事が証明されたと言えよう。


 今日もいつもの広場で互いに剣を振るう――。


「――うわっ危ねッ!!」


 オッティーが持っていた剣が砕けて、その切っ先がレオの顔の真横をかすめた。


「おっと、すまんすまん。やっぱりナマクラだとすぐ壊れるの」

「全然悪びれてねぇ!!」


 いくら死んでいるとは言え、すっ飛んで来る銀の刃は怖いものだった。


 天界では死なない。出血も無い。だが、痛みはある。足の指が扉にぶつかれば普通に痛い。剣で斬られた場合も同じだ。それを分かっていてオッティーが他人事のように笑うのでレオは顔をしかめた。


 しかし、だからこそ激しい稽古を続けられた。いや、途中からは稽古と言うより、もはや殺し寸前の戦闘に近かった。互いに何本の剣を折って来た事か……。


「兄ちゃん、もう潮時だな。十分強くなったじゃろう」

「やっとココナッツ臭の地獄から解放されるのか。まったく、長いようで短かったような……」

「お、神のご登場だぞ」


 オッティーが向いている方に視線をやると、地球の神――アルズが立っていた。聖なる光を身に纏った巨体にはいつ見ても圧倒される。


「十分に鍛えられたようだな。今日にでも出発するか?」

「そんな簡単に出来るんすか……」

「ああ。街の外れにある立ち入り禁止区域に来るのだ」

「立ち入り禁止区域、ねぇ……」


 以前、オッティーとミュリフィエを連れて、天界の果てを目指して散歩をしていた時に偶然立ち寄った場所だ。白霧の中、円柱の建造物が何本も建っていて面白そうだと踏み入ろうとした所、飛んで来たドルティスに止められた。レオの中でその日の記憶が鮮明に蘇った。


「何か秘密がありそうだと常々話していたが、本当にそうじゃったな」

「場所は知っているようだな。では、準備が出来次第そこへ来るといい」


 そう言い残すと、気を利かせてかアルズはレオとオッティーを残してゆっくりと去って行った。


「行くんだな」

「ああ。色々と世話になった」


 いよいよ出発の時が来た。日々の剣術稽古とも今日でお別れか……。そう思うとレオは少し寂しさを感じた。本当に、長かったようで短かった。


「そうだ、これを持って行ってくれ。わしからの餞別じゃ」


 手をレオに向けて差し出すと、オッティーは〈保管魔法〉で剣を取り出した。片手で扱うには少し大きい、波のような風のような変わった装飾の付いたサーベル状の剣だった。刀身はシンプルな鞘に納められている。


 初めて見る剣だった。オッティーの愛剣とは別にあったのかとレオは今になって知った。


「確か……“フューリッツテイン”とか言ったかの? まぁ、この剣もここで朽ち果てるより、兄ちゃんの役に立った方が本望じゃろ。持って行ってくれ」


 言われるがままレオは柄を握って持ってみた。軽すぎず、重すぎず、ちょうどいい。刀身がやや長いので扱いにくそうに初見では思えたが、黒い柄に握りやすい加工が施されており、こうして手にしてみると長年愛用していたかのようで、そこらの剣よりも重い斬撃を放てそうだった。


「握りやすくていいなこの剣。最後までありがとう」

「いいんじゃ……わしにはこのくらいの事しか出来んからな」

「何言ってんだ。オレを成長させてくれたじゃないか。爺ちゃんの想い、オレが継ぐからよ」

「ああ。分かっておる」


 感謝してもしきれない。この広い天界で信頼できる唯一の人間同士。レオもオッティーも互いに思っていた事は同じであった。


「きっと厳しい戦いになるじゃろう。後悔はしていないか?」

「ああ。後悔があるとしたら、元居た世界以外の世界をこの目で見ずに人生を終える事だ」

「ならいい。……だが用心しろ。アビスゲートを開いた奴――わしをその中に放り込んだ奴はただ者じゃないぞ」


 オッティーが真剣な表情でそう言うのだから相当の手練れである事は間違いない。他でもない、剣を交えた師の言葉である。レオも楽観視しなかった。


「どんな奴だった?」

「何せ初対面じゃったからの……顔はイマイチ覚えとらん。だが、顔に古傷がある長髪の老人じゃ。風変わりな杖を持っておった」

「覚えとく」


 ボロボロになった剣をオッティーに預け、すっかり使い慣れた〈保管魔法〉でレオは託された剣を収納した。


「しばしの別れだ」

「別れとは、いくつになっても辛いものじゃな……」

「何も死ぬ訳じゃない。また会える」


 思いがけないレオの言葉にオッティーはハッとさせられた。


「じゃあ、またな」

「頑張れよ兄ちゃん。達者でな。兄ちゃんの武運を祈っておるぞ」


 名残惜しいが、いつまでも居られない。レオはサムズアップを返し、アルズとの待ち合わせ場所に向かう事にした。


 街の賑わいと雑踏の中へと入って行くレオの姿を、オッティーは見失うまで見つめ続けた。頼もしく成長した背中もそうだが、レオからの別れ際の一言がオッティーの笑みを誘った。


(まさか、その言葉を死んでからも聞く事になるとはの……)


3年間もココナッツの匂いが漂う空間に居続けるって実際どんな気分なんだろうね?

私には想像もつきません


2025.1.5 文章改良&分割

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