第56話 作戦へのカウントダウン
あれからゴードンが戻って来る事は無く、代わりに平和な朝がやって来た。
レオが寝静まった後、レイチェルは後を追うようにして眠りについた。そして今に至る。レオもレイチェルもぐっすりだった。死闘を繰り広げた二人は疲れていて普段よりも良く寝る事が出来たのだ。
レオもそうだが、特にレイチェルにとっては大事な睡眠となった。レオに命を狙われていると思い込んでいたレイチェルは常に緊張状態にあり、体を休める暇が無かった。ようやく安心して一睡する事が出来たのだから、そう簡単には起きなかった。
静かな室内が続く。閉められたカーテンの隙間から朝日が光の線になって部屋に注ぐが、二人とも目覚める気配は無し。昼になるまで寝ていそうな勢いだった。
そんな中、部屋の呼び鈴が突如鳴る。
何度も何度も静かな部屋に鳴り響く呼び鈴は、ちょうど目覚まし時計の役割を果たした。
「クソうるせぇ……」
とうとうレオが機嫌悪そうに目覚めた。普段寝起きのいいレオだが、この日だけは違った。無理矢理起こされて気分がいい訳がない。
あまりにもしつこい呼び出しなので、気持ち良く寝ていたレイチェルも遂に起きた。
「誰か来たみたいだな……」
「そうっぽい……」
と言いつつ、レオは布団から出ようとしなかった。糊でも塗られたかのように瞼が重く、まだ眠かった。
「私が出る」
そう言ってレイチェルはベッドから降り、扉の方へと向かって行った。その姿を目で追ったレオはどこか違和感を覚えた。
(……あれ、いつの間に着替えたんだな)
レイチェルが部屋着になっている事に気が付いた。首周りがゆったりとした服とショートパンツ姿は新鮮だった。しかも、いつの間にか髪を下ろしている。これまでのようなポニーテールではなかった。完全に家で過ごす時のような格好だ。
二人はそれぞれ別々のベッドで夜を過ごしたが、傍から見たらエッチな関係にも見えてしまうだろう。そのくらい、レイチェルはリラックスした服装になっていた。レオからしたら信じられない。
(和解できたからこそ、か……)
大きなあくびをしながら伸びをしたレオは両手を後頭部に敷き、出入り口へと向かうレイチェルを目で追った。
さて、誰が来たのやら。
ドアスコープを覗いた後、用心深いレイチェルはチェーンをしたまま扉を開けた。
「おはようございます」
扉の隙間から垣間見えたのは、ゴードン……らしき人物だった。ぱっと見はゴードンそのものだが、CSの工作員の変装の可能性も無くはない。
「お前、本物だろうな?」
「まぁ、私が偽物でも、レイチェルさんとレオさんならすぐに私を返り討ちに出来ますよ」
そう言うゴードンの手を見てみると、特徴的な札が指の間に挟まれていた。それを使って部屋の場所を突き止めたとでも言いたいのだろう。ゴードンにしか出来ない芸当だ。レイチェルはホテルに身を隠す事しか伝えていなかったので、恐らく本物のゴードンである。
レイチェルは一旦扉を閉め、チェーンを外し、ゴードンを招き入れた。
「どうもです」
ゴードンが部屋に入ると、レイチェルはすぐさま扉を閉め、鍵とチェーンをかけた。
「レオさんもおはようございます」
「よぉ」
「お二人とも、昨日はよく寝られましたか?」
「なんだその意味深な言い方は……」
レオは確信した。ゴードンは絶対にわざと言っている。笑みがいやらしいのが何よりの証拠だ。
「やめろ。それだと私とレオの間に何かあったみたいじゃないか」
「若いうちに色々と経験しておいた方がいいですよ」
「もういい……。それ以上話すな」
戻って来たレイチェルはベッドに乗っかるとあぐらかいた。
「準備はどのくらいまで終わった?」
「一通り終えて来ました。往復は面倒ですからね」
それを聞いてレオは耳を疑った。敵陣に一人残って作戦準備を済ませるとは有能すぎる。戦であれば、軍功第一は満場一致で彼だろう。
「一晩で仕込みを終えるとか、ハイスペックな爺さんだな」
「それは嬉しいお言葉ですねぇ。元気が出ます」
「とか言いながらクマが凄いが……」
ゴードンはそれでも笑顔だったが、体を酷使して頑張った証が顔に現れていた。
「爺さんと言ったが、コイツはこのなりで50代だぞ?」
「うわぁ……老けて見える」
ゴードンの歳を知ってレオは思わず本人をジロジロ見てしまった。髪は生え際から先まで真っ白だし、クマも相まって、とても50代には見えなかった。
「苦労人はすぐ老いぼれになりますからねぇ。老化は外から現れると言いますし、私も立派なじじいです。しかし、じじいも頑張れば結構やりますよ。大器晩成と言う言葉もあります」
「まぁ、それは人それぞれだろうけどな!」
全盛期は若い時だったと語る者も居る。みんながみんな、ゴードンのような“出来るじじい”ではない事は確かだった。
このように、ゴードンは元気におしゃべりをしていたが、レイチェルは彼の疲労具合が気がかりだった。なんせ、ゴードンは作戦遂行の要。いざとなったら盾役や囮役も任せられるが、無理が祟って死んでもらっては困る。
「徹夜で仕込んだみたいだが、体の状態は万全か?」
「ええ、なんともないですよ。映画を夜中に観続けたようなものと同じですから」
「なら、いつ突入しても、いつ戦闘になっても大丈夫と言う事だな?」
レイチェルは念押しして聞いた。
「少しくらい休みたいものですが、レイチェルさんが今すぐにでも組織に乗り込むと言うのなら、老体に鞭打って頑張りますよ」
絶対無理してるだろ……レオはそう思った。ゴードンの発言が、同情してくれ察してくれと言わんばかりの言い回しになっている。
「おっさん、ホントにそんな状態で大丈夫か?」
「よっぽど強い相手と当たらなければ、片手でひねり潰せますよ」
ゴードンなら本当にそれが出来そうだった。マッチョなゴードンが言うと説得力がある。
なんだかんだで、ゴードンの体調は問題無さそうだし、このままCSに乗り込んでも大丈夫だろうとレイチェルは感じ始めていた。しかし、若干一名、万全ではない人物が居た。
「オレの状態がイマイチなんだよな」
「と言いますと?」
レイチェルが何故だと聞くよりも先に、ゴードンがその理由を尋ねた。理由は単純なものだった。
「お腹空いた」
「そう言う事でしたか」
「そう言う事」
レイチェルは呆れた目をして何も言わなかった。
「確かに、不用意な外出は命取りでしたからねぇ」
「だから我慢してんだぞ」
「そんなレオさんに朗報です」
笑顔でそう言うと、ゴードンは茶色い紙袋を魔法で取り出した。食欲を刺激されるいい香りが漂って来る。紙袋の中に何が入っているかは容易に想像が出来た。
「朝食を持って来ました」
「気が利くな」
「ゴードン半端ねぇな」
紳士的なゴードンは、内面まで紳士的だった。何か裏があるのではないかと疑う気も起きない。気が利きすぎて怖いレベルだ。
「二人とも自由に外出できないだろうと思いまして」
なんと言う細やかな気遣い。自分も見習うべきかも知れない、とレオは感じさせられた。
「いやー、ホント助かる。昨日の夕飯、缶詰だけだったからお腹空いてるんだ」
「悪かったな」
食べる物があって、しかも分けてもらえた。それだけでもありがたいと思って欲しい。口には出さなかったものの、レイチェルはレオに不満を募らせた。
ゴードンが買って来た物は机に並べられた。ほとんど惣菜パンだ。レオはその一つを手に取り、早速かじりついた。恐らく、今朝そこらのパン屋で買って来た物だと思われる。パンが湿気ていないのですぐに分かった。
「出来立てのパンとか、最高だな」
「私の出費の事など気にせず、遠慮しないでどんどん食べてください」
「そう言われると食べにくい」
とは言いつつ、レオもレイチェルと同じようにパンを頬張った。机を囲んで食べるレオとレイチェにとっては久しぶりのまともな食事だ。パンのありがたみが分かる時間となった。
ゴードンは椅子に腰を下ろすと、大きな手でパンを掴み、静かに食べ始めた。ゴードンもこれが朝食だった。
パンを頬張り、飲み込み、レオが問う。
「で、段取りは?」
「私もそれが聞きたかった所だ」
「至って簡単です」
簡単な訳ないだろうが、咀嚼を続けつつレオとレイチェルは耳を傾けた。
「幸運な事に、最近になって各地で爆破事件が多発しています」
「そうだな」
レオとレイチェルは揃って相槌を打った。しかし、レイチェルがこれに違和感を覚えた。
「なんでお前が知ってる……」
「え?」
「爆破事件の事だ」
爆破事件が多発している事はCS内では有名で、レイチェルもよく知っていた。しかし、それは膨大な情報が集まる組織に居たからこそ知る事の出来た事件だ。一個人であるレオが驚きもせずうなずいていたのは、レイチェルにとっては疑問だった。
「結構知ってる人、居るんじゃねぇの?」
「……そう、なのか?」
レイチェルは困り顔を浮かべる。一般人の事情はよく分からなかった。と言っても、レオも一般人とは言い難い。
「オレはギルドに入ってるから知ってたけど、他の一般人は知らないのか? って、聞いても分からねぇか……。二人とも一般人とはかけ離れてるし」
忘れそうになるが、レオの目の前に居るレイチェルとゴードンは揃いも揃って裏舞台の人間だ。一般人の常識など持ち合わせておらず、聞いても分からない。
「続けていいですか?」
レオとレイチェルはうなずいて答えた。
「えーと、その爆破事件を今回利用したいと思います」
「まさか、建物を爆破すんのか……?」
「そうではなくて、それと似たような、誰も傷付かない疑似的な爆破事件を起こすのです」
「意味が分からん。“疑似的な爆発”ってなんだ?」
レオは理解に苦しんだ。爆発の威力を抑えるにしても、それでは危険だと思われないかも知れない。そもそも、それだと爆発として認識されるかも怪しい。一体どうやって一般職員を建物から追い出そうと言うのか。
「“疑似的”って事は、本当の爆発は無しなのか?」
「まぁ、本当に爆発させる事も可能ですが」
「それは私が許さない」
「はい」
ゴードンはレイチェルにそう言われると分かっていたが、言わずにはいられなかった。
「でも、そう簡単に行くのかねぇ」
レオは疑問に思っていた。爆発があったと人間を錯覚させるのは、簡単な事ではないだろう。場合によっては、ただの地震だと思われて終わってしまう。
ただ、不可能であるのなら、そもそもゴードンは提案しない。成功する可能性が高いからこそ、こうして作戦の段取りを話している。
「揺れと熱と煙でどうにかなるはずです。振動と熱を体感し、視覚で煙を捉え、混乱した社員の声を聞けば、誰もが異常事態を悟るでしょう。そこで私が避難指示を出せば完璧です」
「ふーん」
ゴードンが“疑似的”だと言う理由がようやく分かった。熱や煙を使って、大規模な爆発があったかのように思わせる作戦らしい。それなら建物内の人々も危険を察知して逃げ出す事だろう。
「上層部は持ち出す物があると思われるので、すぐには逃げないでしょうけど」
「そこでボスを討つって訳か」
「その通りです」
ボスとその周辺だけが残ってくれるのなら、この作戦はやりやすそうだった。レイチェルの希望にも沿っている。理想通り事が進めば、すぐに終わりそうだ。
しかし、レイチェルには1つ気になった事があった。
「ローヴェンが自分の命を第一に考えていて、奴だけ我先にと逃げる可能性は?」
「もちろん、そうなる可能性はゼロではありません。しかし、私が調べた所、向こうは既にレイチェルさん達を迎え撃つ準備を終えています。それなのに逃げるとは考えにくいです」
迎撃準備を終えている牙城を捨てて逃げては格好の的となる。また、CSからしてみれば、ゴードンの作戦はボスを炙り出そうとする典型的な策にも見える。故に、最初の疑似的な爆発でボスが尻尾を巻いて逃げるとは考えにくかった。追い詰められるまでは指揮を執り続けるはずだ。
「だが、追い詰めて行くうちに逃げるかも知れないぞ?」
「ええ。ですが、心配いりません」
無論、その可能性も含めてゴードンは作戦を立てていた。
「私が各フロアに避難指示を出したら、私も社員に紛れて一旦外に出ます。そこで建物全体を覆う結界を発動させますので、誰も逃げられないですよ。戻ろうとする人もシャットアウトです」
「それなら安心だな」
さすがはゴードンだった。建物に結界を張ってしまえば、内部に居る敵は逃げる術を失い、外部の人間は入って来られない。敵は容赦無く潰し、無関係な者は巻き込まない。自分の意向を全て満たしており、レイチェルは感心させられた。
「てか、気になってたんだけど」
レイチェルとゴードンはレオの方に顔を向けた。やりたい事は分かったが、レオにはどうしても分からない事が1つだけあった。
「そんな大掛かりな作戦を立てられるって事は、ゴードンがなんか特殊な能力を持ってるんだよな?」
「そう言えば説明していませんでしたね」
レオの質問で、レオを置き去りにしてしまっていた事にゴードンは気付かされた。目の前で能力を披露した事はあったが、きちんとした説明はまだだった。
すると、ゴードンは白紙のカードを取り出した。……「白紙」と言うと少し語弊があるかも知れない。表面には縁を飾るような柄が描かれており、そこを除いた場所が白紙となっている。
ともあれ、ゴードンはカードの両面をレオに見せた。表と違い、裏一面には複雑な柄が描かれていた。例えるなら、ちょうど絵柄を描き忘れられた出来損ないのトランプみたいだ。
「この具現札―――アレノティスが私の剣であり、盾でもあります」
そう言われても、レオにはただのカードにしか見えなかった。もちろん、それは目で見た表面だけの話だ。実際には他に類の無い特殊なカードである。
「私はこの札に魔力を注いで発揮させたい効果を念じる事で、その通りの効果を持った魔法の札を作る事が出来ます」
「なんでも出来んのか?」
「ある程度は出来ますねぇ。例えば、致死の攻撃を一度だけ防ぐ札だったり、脱出不能の封印術を組み込んだ札だったり、とにかく色々です」
レオはとんでもない化け物に出会ってしまった感覚を味わった。
「なんだそのチート能力は……便利すぎだろ! お前、本当にハイスペックじじいだったのか!?」
「何を隠そう、私はハイスペックですからねぇ。このくらい出来て当然です」
自画自賛じじい。レオも苦笑いだ。
「ただし、問題もあります」
「そうなのか」
「はい。複雑な効果ほど、札を完成させるまでに時間がかかります」
そう言って、ゴードンはレオに見せていた札に魔力を注ぐ。すると、何も描かれていなかった表面の白紙部分に、ポップな感じの放射状の線画が現れた。なんだろうとレオが注視していると、カードが光って「ぱほっ」と間抜けな音が出た。
「……は?」
何をされたか意味不明でレオは思わず固まってしまった。だが、意味不明で当然。ゴードンもあまり考えずに例を見せた。
そして、ゴードンのカードは元の白紙に戻っていた。
「このように、簡単な効果なら2秒も経たずにカードに描く事が出来ます。しかし、制作難易度の高いものほど時間がかかります」
「なるほどね。常にゴードン単騎で無双できる訳じゃないのね」
「それが出来れば楽しそうですねぇ」
強力な能力を持っているが故のデメリットだ。前もって何枚か用意しておけば問題無いが、強力な効果のカードほど使う場面を選ばねばならない。それがゴードンの能力の欠点だった。
「そして、白紙に戻れば、また同じように使う事が出来ます。とっても環境に優しいのです」
「エコなのは感心なんだけどさ、既にカードに効果が付いているとどうなる? 上書き出来ないのか?」
「上書きも可能ですが、発動させてしまった方が早く済みます」
「そう言う事か」
レオはゴードンの能力を粗方理解した。かなり面白い能力を持っている。からめ手から防衛までなんでも出来そうだった。どうりで作戦の幅が広がる訳だ。
「てか、お前! そのカード使ってオレとババ抜きしてたろ!!」
「それはさて置きですね」
「はぐらかすな!」
ゴードンはあの時の事を振り返ろうとしなかったが、レオには分かった。ババ抜き対決で負けたのは、やはりゴードンがイカサマをしていたからだった。
脱線し始めたので、レイチェルが話を戻す。
「で、私達はどうすればいい?」
「作戦はこうです。まず、私の札を使って、一旦私の仕事部屋に転移します」
「ホントになんでも出来るのかよ、その札……」
「なんでもは出来ませんけど、幅広く使えます」
なんでもは出来ない、だなんてゴードンは謙遜して言うが、「〈転移魔法〉を会得していなくても転移できる」と言うだけでも十分ぶっ飛んでいる。
レイチェルが仕切り直す。
「それで?」
「三人で建物内に侵入したら、取りあえず、お二人は私の部屋に隠れていてください。その間に私が騒ぎを起こします。……建物の各箇所に設置した札を起動して、社員の避難誘導を行います。この時点ではまだ隠れていてくださいね?」
つまり、ボス撃破までの筋道が出来上がるまで、レオとレイチェルは待機せよとの事だ。それも致し方無い。作戦の初期段階でレオとレイチェルが出来る事など皆無に等しい。
レオとレイチェルは黙ってうなずいた。
「私が社員と一緒に外に出た後、結界を張って建物への出入りを不可能にします。こうなってしまえば当然、ボスも〈転移魔法〉で逃げる事は出来ません」
準備段階で隙を作れば、作戦は成り立たない。徹夜で下準備を済ませたゴードンだが、抜かりは無かった。
「じゃ、オレ達はその後動けばいいのか?」
「そうですけど、せめて私が合流するまで待っていてください……」
ゴードンの悲しみの訴えを聞いてレオに1つ疑問が浮かんだ。
「おま……結界張って出入り出来ないのに、どうやって合流するつもりだよ……」
「再び仕事部屋に転移するだけですよ? 自分だけは転移できるように設定しておきました」
「都合良すぎてなんかズルい」
やっぱり便利な能力じゃないか、とレオは思い知らされた。
ここまで静かに作戦内容を聞いていたレイチェルだが、物足りなさそうな顔をして口を開いた。
「演出はそれだけか?」
「と言いますと?」
「振動と熱だけで爆発があっただなんて信じるだろうか」
「……」
せっかく考えた作戦に文句をつけられてはゴードンも無口になる。
「悪いが、停電くらいはやってもらわないと困る。異常事態があった雰囲気を出すにはそれくらいしてもいいだろ」
「……仕方無いですね。即興でやってみせましょう」
「それなら、ガラス窓も壊れる演出くらいは入れてもいいんじゃね?」
「それもアリだな」
飛び出すさらなる提案。ゴードンの顔色がどんどん悪くなった。それを見ていたレオは調子に乗って提案した事を申し訳なく思った。
「無理ならいいけど……」
ゴードンは小さく溜め息をついた。
「最初から案を出し合えばよかったですね……」
「お前なら、ガラスを割るくらいの仕込みは簡単だろ?」
「言ってくれますね……色々と準備が増えそうです」
ガラスを割る札を作るのは簡単だが、それを任意の場所に仕掛けなければならない。そして、もうすぐ一般社員が出社する。人の目がある中で下準備を行うのは簡単な事ではない。
「作戦決行は延期ってか」
「そうですね……」
こうも注文が増えると、ぶっつけ本番と言う訳には行かない。準備時間は必須だとゴードンは考えた。
「今から準備を始めると、どのくらいで終わりそうだ?」
「……午後には全ての準備が完了すると思います」
「午後、か……」
ゴードンの返答を受けて、レイチェルは腕を組んで少し考えた。作戦中にもし敵と遭遇した時、魔力を多く消費したゴードンに敵を任せられるのか……と。ゴードンの魔力量が多いとは言え、複数の工作員の相手をし続けるのは大変だろう。
しかも、ゴードンは徹夜明けだ。魔力を消耗し、さらに寝不足も重なるとなると、ゴードンが普段の活躍が出来るか怪しい所だ。ゴードンを盾役として想定していたレイチェルは考えさせられた。
「マジかよ。また暇だな」
「すみませんね」
「謝る必要は無い。抜かりがある事が分かってよかった」
レイチェルの言葉はゴードンの励みになった。
「こうしてはいられませんね。早く行かないと」
と言うのも、姿を見せねばCSに怪しまれる為、ゴードンは急いで出勤しなければならない。もうすぐ9時になる。ゴードンは元気を振り絞って席から立ち上がり、小さなパンをくわえて部屋を出て行った。
「ゴードンが過労死したらお前のせいだぞ、レイチェル」
「大丈夫だ。アイツに家族は居ない」
「そう言う問題じゃねぇぇ」
レイチェルは脳筋な所があるので、ゴードンが居るとレオも安心です。




