第53話 隠された真相
ゴードンの番です。
レオ達が牢のカードに入った後、ゴードンはそれを胸ポケットにしまい、CS本部の廊下を歩いていた。
ゴードンはレオの情報とCS内部の情報を改めて集めるつもりだ。レオの事は疑ったままだが、レイチェルの立場がどうも気になっていた。同業者に襲われたのであれば違和感しかない。
いくらレイチェルがレオの側に居たとは言え、レオとレイチェルを接触させたのはCSだ。それなのに、レイチェルも攻撃に晒されたのなら、CSの方に問題がある事になる。レイチェルの為にも、ゴードンはそこを調べ尽し、原因を突き止めるつもりだった。
となれば、ゴードンはCSの中枢部に潜入しなければならなかった。真実を知る為には、公開されていないCSの秘密を探りに行くしかない。例え危険が待ち構えていたとしても、ゴードンはやるつもりだ。
(上手く行くといいですが)
問題はある。ゴードンが今向かっている階層は、重要資料が集まる書類保管庫のフロアだ。その為、厳重な監視と守衛によって守られている。そこを突破しなければ、真実は手に入らない。
CSの事務担当のゴードンが重要資料を保管している階層をどうして知っているのか? 理由は単純。そこの階だけやけに監視の目が多いのだ。普段は関係者以外立ち入り禁止となっているが、ゴードンはそこに資料を提出しに行った事がある。その時にピンと来ていた。
無論、100パーセントの確証は無い。可能性から導き出した、ただのゴードンの推測だ。だが、CSが機密文書やら裏事情やらを隠しているとしたら、怪しい所はそこしかない。
幸い、ゴードンの能力は潜入する事に秀でている。レオとレイチェルを閉じ込めた牢は、ゴードンの能力の一部分に過ぎない。
ゴードンの能力は「物に効果を書き込める能力」だ。対象の物に付与したい効果を念じ、魔力を注ぎ込むだけで、その通りの効果を持った物を生み出せる。
聞いただけだと万能すぎる能力に思えるだろう。しかし、欠点もある。
ゴードンの能力を発揮するには、“書き込める何か”が必要となる。何も持っていなければ、ゴードンはただの無力なおっさんである。さらに、効果を書き込むには、必ず余白が必要となる。文字や線が既にある所には書き込めない。
だからこそ、ゴードンは特殊なカードを常に持ち歩ている。
〈具現札アレノティス〉――トランプほどの大きさのカードで、ゴードンの魔力を効率よく吸収してくれる。これにより、ゴードンの能力のネックである「効果の書き込み時間」をかなり短縮できる。もっとも、ほとんどの場合、ゴードンは書き込み済みの〈具現札〉を何十枚かあらかじめ用意している。
ともあれ、白紙の〈具現札〉が1枚でもあれば、大抵の事はゴードン一人で出来てしまう。牢としての機能を持ったお手製の空間を作る事だって難しくない。ババ抜きで誰かを出し抜く事も朝飯前である。
つまり、そのカードを上手く使えば、厳重な監視と徘徊する守衛もどうにか突破できるはずだった。
もちろん、しくじれば死が待っている。運良く逃げられたとしても、職を失うばかりか、生涯CSに命を狙われる羽目になる。
しかし、ゴードンは怖くはなかった。躊躇う事無く突き進んだ。
見つかって追われる事になったとしても、別の生き方がある。広く探せば、必要としてくれる場所は必ず見つかる。ミリナは不憫にも逝ってしまったし、レイチェルも命を狙われた。友人の二人に比べれば、自分は事務作業に追われていた間抜けである。失敗の可能性など微塵も怖くなかった。
(レイチェルさんとミリナさんの為ですね)
危険は伴う。だが、「恐怖」の二文字ではゴードンの歩みは止められない。
ゴードンは非常階段を使い、例の階に到着した。足腰に負担をかけるような方法でやって来たのにはちゃんと理由がある。
CS内にはエレベーターが2つあるのだが、それを使うと確実に行動がバレる。と言うのも、エレベーターの扉は、その階に着くと自動的に開いてしまう。それでは自分の居場所をガードマンに知らせるようなものだ。
さらに、書類保管庫のフロアは関係者以外立ち入り禁止となっている。もしも、エレベーターが保管庫の階に止まった瞬間を、他の階に居るボスや上層部に目撃されれば、潜入調査どころではなくなる。
だが、非常階段を使えば話は別だ。自分の好きなタイミングで、その階層へと通じる扉を開ける事が出来る。尾行さえされていなければ、誰にも悟られずに侵入する事が可能だ。だからこそ、ゴードンは非常階段の長い道のりを上り、秘密が眠る階の扉の前にやって来た。
(さてさて、やりますかね)
呼吸を落ち着かせたゴードンは、抽象画のような模様が描かれたカードを床に静かに置いた。そして、角ばった人差し指をそこに乗せ、能力を発動させる。〈具現札〉から僅かに光が放たれ、光は見えない波となって水平に広がり、階層の全てを通り抜けた。
2秒後、光を放った〈具現札〉から、ホログラムのように図形が浮かび上がった。このようにして、階層の構造と人の配置をいとも簡単に把握できるのはゴードンならではだろう。
立体地図に赤く示されている微動だにしない奴は階層を任された守衛だ。透視して初めて分かったが、地図の情報によると、ドアのすぐ向こう側に2人の人間が立っているらしい。無策で突っ込めば、確実に失敗していた所だ。
(気配の消える札を使っていて正解でしたね)
実を言うと、今ゴードンの気配は完全に消えている。ゴードンは探知能力を持っている守衛がうろついている可能性を考え、このフロアに来る前に〈具現札〉を使って気配を消していた。
(しかし、どうしますかねぇ……)
何も準備しないで来たものだから、ゴードンは有効打になるようなカードを持ち合わせていなかった。現在のゴードンの手持ちのカードは、スパイ活動に適していない攻撃性の高いものや拘束に特化したものばかりだ。即興でその場面に合ったカードを作り出し、対処する事になりそうだった。
取りあえず、この安全地帯にすぐに戻れるようにしておく必要がある。ゴードンは書き込み済みのカードを魔法で取り出し、右の壁に貼り付けた。これで〈転移魔法〉のように瞬時にこの場に戻る事が出来る。もちろん、呼応するカードを持っているゴードンにしか効果は無い。
当初、ゴードンは自分の事務室に転移札を設置しようと思っていた。だが、CSから目をつけられている為、度々上層部の回し者がやって来る。見張りの職員が訪ねに来る場所を“安全地帯”として見る事は出来なかった。
(始めましょうか)
階層の構造と人の配置を頭に叩き込んだゴードンが遂に行動を起こす。
ゴードンが地図のカードを拾うと、効果時間が終了してカードは白紙に戻った。無論、〈具現札アレノティス〉は何度でも使える。ゴードンはカードを持って少し念じた後、それを扉の下の隙間に滑らせて入れた。
扉の向こう側には2人の守衛が暇そうに立っている。足元にある不審なカードに未だに気付かない。当然だ。見張りをしている人間は足元に注意など払っていない。彼らが見ているのは、正面と、廊下の両端くらいだ。
だが、彼らはすぐに異変に気付く事になる。
床にあったゴードンのカードから黒い靄が出現。ふわふわと浮かび上がり、廊下の彼方へ飛んで行った。正体不明の物体を目撃した2人の守衛の警戒心は一気に高まった。
「おい、なんだあれは!」
「行くぞ!」
間抜けな男2人が持ち場を離れた所で、ゴードンが扉からゆっくりと現れる。そして、床に落ちた白紙のカードを拾って胸ポケットに戻した。
「即席のものにしては上手く行きましたね」
作戦通りの結果にゴードンも満足だ。少し余裕のある表情を浮かべると、ゴードンは男達が向かって行った廊下とは逆方向に歩き始めた。
道中、フロアを巡回している守衛と何度かすれ違った。しかし、彼らは侵入者の存在に気付かない。ゴードンの気配は完全に消えている。こうなると殴られるまで気付かないのだ。
そして、気付かれないのをいい事に、ゴードンはすれ違いざまに男にカードをかざした。このカードには、対象の人間の姿をスキャンして一定時間その人物に化けられる効果が付けられている。
次の瞬間、ゴードンの身体はたちまちすれ違った男そっくりの容姿に変化した。
ゴードンがわざわざ変装したのは、監視カメラ対策の為だ。今のゴードンにとって、監視カメラほど厄介な敵は居ない。ゴードンは自身の気配を消しているが、実際にはそこに存在している。つまり、機械である監視カメラにはしっかりとその怪しい姿が写ってしまう。
だが、それも数秒前までの話だ。変装さえしてしまえば、厄介な監視カメラを誤魔化せる。そこに居る事が当たり前かのような挙動で廊下を進む事が出来る。
潜入方法として、監視カメラを破壊する方法もある。しかし、それでは確実に職員がすっ飛んで来るので、そもそも悪手だった。そして、ゴードンはレイチェルと交流があったと言う事で、CSから目をつけられている。そんな人物がCSにとって重要な階層でうろちょろ出来るはずがない。変装は必須だった。
(ここを曲がると……)
目の前に目的の部屋が現れた。扉の前には案の定、腕を組んだ2人の守衛が真っ直ぐ前を向いて立っていた。関係者――本当の関係者、CSの裏を知る関係者しか通れない事は見るからに明らかだ。
(CSが隠している秘密はきっとあの中にありますね)
ゴードンは悠然と扉の前まで進んだ。しかし、ここで問題発生だ。ゴードンは一度立ち止まり、自身の顎を触りながら、難しい顔をして扉を見つめる。
(ふむ……困りましたね)
部屋の扉はロックがかかっていて開けられそうになかった。しかも、よりによってタッチパネルと眼で開けるタイプだ。
(タッチパネルの方はどうにかなりそうですが……眼の方は無理そうですね)
タッチパネル式の鍵は暗証番号と魔力の性質によって生体認証するもので、ゴードンであれば細工をして突破可能だ。問題はもう一つの方である。万能な能力を持っているゴードンでも、さすがに網膜スキャンの偽装は難しい。
ゴードンは頭の中で策を練った。時間の余裕はある。カードの効果が切れれば元の姿に戻ってしまうが、効果時間の長さは折り紙付きだ。
(この2人を防音状態にして、扉を破壊して、修復……面倒ですね)
強引すぎるが、それくらしかやり方が浮かばなかった。しかし、扉を破壊すれば、同じフロアに居る人間に気付かれてしまう。この案はゴードンの頭の中のゴミ箱に投げ捨てられた。
あとは壁抜け効果のカードを頑張って作る方法しかない気がした。だが、リスクが大きい。昔、ゴードンは壁抜けをしようとして死にかけた。それ以来トラウマになり、やった事が無い。この作戦が成功する確率は数パーセントしかないだろう。
(……ん?)
侵入者を拒む扉の前でゴードンが策を練っていると、後方の廊下からヒールの音が鳴り響いて来た。足音が段々と近づいて来るので、ゴードンは後ろを振り向いて確認した。
(あれは……、ボスの連絡係の一人ですね)
見た事のある女性だと思ったら、実際にそうだった。ゴードンは仕事を頼んで来る人間は大体覚えている。
(運がいいですね、私は)
今、ゴードンは気配が無い状態だ。つまり、彼女を上手く利用すれば、難攻不落の扉の向こうに楽々辿り着ける。またと無いチャンス。
ゴードンは廊下の端に寄り、真っ直ぐ向かって来た女性に道を空けた。
「見張り、ご苦労様」
「はっ。異常ありません」
女性は慣れた手つきでタッチパネルを操作し、網膜スキャンを終わらせて扉のロックを解除した。金庫のような分厚い扉が開かれた。
この時を待っていたと言わんばかりに、ゴードンは彼女の後ろにぴったりついて歩き、無事部屋に侵入した。ゴードンが保管庫に一歩足を踏み入れた所で、保管庫の扉は自動で閉ざされ、資格の無い者を再び拒むようになった。
(侵入成功ですね)
だが、好き勝手探るにはまだ早い。女性職員が資料の出し入れを終わらせて部屋を出るまでの間は、何もせずに待機する必要がある。その時が来るまで、ゴードンは室内の様子を観察した。
部屋には壁と同色の白い棚がいくつも並んでいた。さすが保管庫と言った所だが、一般的な保管庫と異なる点が1つだけあった。よっぽど信頼されている保管庫なのか、監視カメラが1つも無い。ボスが信用した人間しか立ち入れないようになっているので、そもそも必要無いのだろう。
(監視カメラが無いなら、やりたい放題ですね)
女性職員が資料を片手に部屋を出て行った。行動開始だ。
ゴードンは変装をやめ、本来のおっさん姿に戻った。そして手始めに、書類が詰まった引き出しを漁る。ここへは初めて来たので、書類がどのようなまとめ方をされているのか分からなかった。だが、書類を漁るうちに気付いた。
(どうやら、時系列でまとめられているみたいですね)
書類の日付を見て行くとすぐにそのように推測できた。
となれば、探るべき引き出しはもっと先。恐らく、先程までCSの女性職員が居た辺りだろう。ゴードンは場所を移動して改めて手掛かりを探った。
ゴードンはレイチェル、ミリナ、レオ関連の書類が紛れていないか、目を皿のようにして1つ1つ調べた。紙束を手にしてはページをめくる……その一連の動作を繰り返す。そして、遂に見つけた――。
(これは――!)
ゴードンは思わず声を失った。手にした書類を何度も見返す。だが、そこに書かれてあった文章が変わる事は無かった。
あの優しい笑顔の持ち主であるミリナが、不老不死研究所のスパイをしていた事実が判明した。この事についてはゴードンも、相棒であるレイチェルも知らされていなかった。そもそも、ミリナはレイチェルのサポート役だ。積極的なスパイ活動はしないはず。これには衝撃を隠しきれなかった。
ゴードンは食い入るように書類を読み進める。そこにはミリナが殺された理由が記されていた。
『……不老不死研究所の潜入をミリナ・エリーナスに任せていた。だが、彼女の姿勢はあまりにも前のめりである。これ以上深入りすれば、危険人物となり得るだろう。また、友人のレイチェル・レファルスに活動を話す可能性もあり、既に話している可能性もある。両者共に、組織にただならぬ損害を及ぼす可能性があり危険……』
書類には堅苦しいフォントでそのように書かれてあった。
さらに、文章の続きには、ミリナ殺害の予定日と計画の段取りが事細かに書かれていた。しかし、太い赤字でバツ印が上から書かれ、「中止」の文字も手書きで添えられてある。実行されずに終わっている。
次のページに殺害計画中止の理由が説明されていた。ミリナはレオによって殺され、CSは手を汚さずに済んだ。むしろ好都合だ。などと書かれていた。
『……犯人はデリーターのレオだと思われる。研究所のカメラは全て壊されており確証は無いが、ミリナ・エリーナスのダイイングメッセージにその名があった。それだけでデリーターのレオを犯人に仕立て上げるには十分である。そして彼に、レイチェル・レファルスをぶつける。力量から推測するに、彼女がデリーターに競り負ける事は明らかだろう。だが、勝敗は関係無い。タイミングを見計らい、両者の息の根を止める……』
レオとレイチェル……その両方を始末する計画書だった。
(――と言う事は、レオさんがミリナさんを襲った証拠も無い!?)
書類の内容を見る限り、レオがミリナを殺害したと言う明確な証拠は無かった。それなのに、彼は思いっきりCSに犯人扱いされていた。そして、あわよくば、レオとレイチェルを闇に葬ろうとしていた。
レオ被害者説がゴードンの頭の中で急上昇した。
(レオさんは単に、元デリーターだと言う理由でCSにハメられた可能性が高いのでは……?)
悪名高き〈ベイン・デリーター〉はCSにとって邪魔な組織だ。彼らからしてみれば、レオが現役かどうかなんてどうでもいい。デリーターの肩書きを持つ者を殺せば、王国に誇って報告できる成果となる。存在意義を示したいCSには、レオを狙いたい確かな理由があるのだ。
(証拠として出された写真も、CSによる偽りのものでしたか……)
事件にレオが関わっていたと錯覚させる為のニセの情報。レイチェルだけでなく、ゴードンもまんまと掴まされていた。
(マズい……二人の戦いを止めないといけませんね!)
レイチェルは友人を殺されたと思い込んでいる。死ぬまでレオを殺そうとするだろう。そうなると、レオも自由になる為に、レイチェルを殺すか何かしなければならない。そして、その二人は今、閉ざされた空間の中に居る……。
レオの疑いは晴れた……が。
果たしてゴードンは二人を止められるのか。




