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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

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第49話 再燃



 焚火の仄かな明かりが夜の帳の下りた林を照らす。複雑な表情を見せる炎をレオは見つめていた。レイチェルはあれ以来口を開かず、和解への糸口は見出せなかった。結局レイチェルの事情、復讐心を抱くまでの経緯は分からずじまいだ。


 ただ、一つだけレオにも分かる事があった。レイチェルにとって、その親友がどれだけ大切な存在だったのかだ。彼女の冷めぬ復讐心が何よりもそれを物語っている。


 焚火を挟んでレオの向かい側に座るレイチェルも揺らめく炎を眺めていた。しかし、その心情はレオとは異なる。灯火を映し出すレイチェルの瞳の奥には殺意があった。レイチェルはここに至るまでの出来事を思い出してレオを見る目が鋭くなっていた。


 もちろん、そんな目を向けられてもレオは困った。


(やってないんだけどね……)


 いくら言っても無駄だからレオは口に出さないが、レイチェルの親友なんて本当に知らない。時系列的に、レオが過去に斬り捨てたCSの工作員は、レイチェルのお友達ではない事は確かだ。レオが自分の無実を堂々と主張できるのはその為である。


 そんな事より、レオはあくびが出そうだった。そして思わず出てしまった。


「ふぁ~あ」


 緊張感の無い態度のレオをレイチェルが睨む。


「いや、眠いから仕方無いだろ……」

「なら、そろそろ寝るか」


 そう言って、レイチェルは薪に砂をかけて火を消した。


 レオとレイチェルはその辺に乾かしていた衣服を着た。湿り気があって少し冷たいが、冬の空気のせいで冷えたと思って我慢して着た。焚火のおかげでびしょ濡れだった時よりも乾いたので、割り切ってしまえばそれほど気にならない。


 むしろ、レオが気になったのはレイチェルの行動だった。今までなら考えられない。


「お前も寝るのか?」

「明日もあるから少し休む」


 これは意外だった。レオにレイチェルを襲う気は無いが、今までの彼女の態度からすると、ちょいと不用心な気もした。もっとも、共に一休みするのは、気を許してくれたからではなく、視界内に標的を収めて常に監視する為だろう。疑惑が晴れようとする兆候ではないのは確かだった。


 レイチェルから命を狙われているはずなのに、レオは時折狙われてるとは思えなくなる。


 ともあれ、レオとレイチェルは後ろの大木を登って寝床を探した。ちょうどいい場所を見つけなければならなかった。木の上で寝る場合、ごつごつしていると痛くて寝られない。


 レオは今日の寝床を見つけると、タオルを毛布代わりに体に巻いて寝る態勢に入った。温まれる物がそれしかなかったので仕方が無い。寒いけど無いよりはマシ……でもやっぱり寒かった。


「クソ……こんな寒いのに寝られるかっての」


 そんなレオの元に突然毛布が飛んで来た。レオの願いが通じて天から贈り物があった訳ではない。レイチェルが毛布を投げて来たのだ。用意周到レイチェルは既に毛布にくるまって枝に腰を下ろしていた。


「貸してやる」

「実はお前優しいだろ」

「勘違いするな。ここでお前が死ねば、私になんの得も無い。それだけだ」


 やはりと言うべきか、レイチェルの気の利いた行動に純粋な優しさなどは含まれていなかった。だが、救いの手には変わりない。レオはありがたく毛布を借りる事にした。


「じゃあ、寝るわ」

「勝手に寝ろ」


 レオからの返事は返って来なかった。


(あいつは気楽でいい……。寝込みを襲われる心配が無いからな)


 レイチェルはそうも行かなかった。側に居るのは他でもない、レオだ。レオがミリナを殺した事を隠しているのなら、無防備な瞬間を晒す訳には行かないのだ。寝れば、自由になれるチャンスをみすみす与える事になる。デリーターのレオがその隙を逃すはずがない。


 故に、レイチェルは眠れなかった。体を休めつつも、レオへの警戒は怠らなかった。



 ◆



 やがて朝が来た。寒い朝だ。冬の凍てつく外気は、動かぬものの時を止めようとする。


 レイチェルは疲れていたが、夜の間ずっと起きているつもりだった。当然だ。睡眠時は無防備であり、隙を晒すようなもの。すなわち、死を意味する。


 レイチェルは昨夜からその事を考えて木の上で過ごしていた。


 しかし、レイチェルは寝てしまった。あろう事か寝てしまった。敵のすぐ側で隙を晒して熟睡だなんて、工作員として終わっているが、疲れと共にやって来た睡魔に抗えなかった。


 いつの間にか寝てしまったレイチェルは、様子を見に来たレオに肩を揺すられてようやく目を覚ました。もちろん、レオに起こされてハッとしていた。


「私に何かしたか!?」

「起こしてやっただけだし。静かにした方がいいぞ。下に魔物が居る」


 レオが木の下を指差すので、疑いつつもレイチェルは顔を下に向けた。根元に居たのは、焚火の炭を無心で喰らう黒い身体の正体不明の魔物だった。体格と言い、大きめの牛くらいだ。


 黒い魔物はむさぼるのをやめて木の上をおもむろに見つめる。レイチェルがいきなり声を上げるので、居場所を知られてしまった。魔物の赤い眼ははっきりとレオ達を捉えていたが、幸いにも、何事も無かったかのように魔物は再び炭を食い始めた。危害を加えなければ何もして来ないのだろう。昨日の亀のような奴とは違い、かなり大人しい魔物だ。


 魔物の存在を確認したレイチェルは、腕を組んでレオを不快そうに見つめた。


「ふん……逃げないんだな。お前」

「だってオレ、お前に殺されないし」


 その言葉は「自分は犯人じゃないから殺されない」と言う意味だ。新たな証拠が出ないと分かっていなければ口に出来ない。レオが逃げる理由は無い。


 気楽なレオとは違い、レイチェルはレオの言動に不気味さを感じていた。


「私はお前に殺されるかも知れない」

「殺す理由が無いんだよなぁー……」

「そうやって油断させてから襲うって事もあり得る」

「疑いすぎだろ……疲れちゃうぞ」


 レイチェルはレオにそう言われて、どこか懐かしさを覚えた。


(疑いすぎ……か)


 ミリナにもよく言われていた。まさか目の前の男に言われるとは思わなかった。


(ただ、コイツが私から逃れたくていい顔をしている可能性は十分にある)


 レオが元デリーターだと言う事実は変わらない。彼自身、否定もしていない。であるなら、なおさら警戒は必要だった。下手をすれば、復讐を成し遂げる前に死が待っている。疑いすぎくらいが十分だとレイチェルは自分に言い聞かせた。


「ほら毛布、返すよ」


 レオは毛布をレイチェルに手渡した。


「よくその格好で平気だな……」

「きっと氷魔法のせいだろうな。死ぬほど寒いって感じじゃない」


 レオは冬なのに平気でコートの袖をまくっている。体が温まっていないレイチェルからしたら、レオの格好は異常者そのものだった。


 炭を食う魔物が去ったようなので、レオとレイチェルは寝床の大木から飛び降りた。


「レオ、朝食を探そう」

「ん、ああ」


 レオはどこか違和感を覚えた。――そうだ。レイチェルに初めて名前を呼ばれた。今思えばずっと呼んでくれていなかった。


 分かった途端にレオはにやつき始めた。それを目の当たりにしたレイチェルは当然ながら不快に思った。


「なんだ、気持ち悪い……」

「名前、呼んでくれたな」

「呼ぶ事くらいあるだろ。お前だって普通に呼んで来るし……。何か文句あるか?」

「いいや。いいんじゃね」


 このやり取りでレオは確信した。レイチェルはそこまで悪い人間ではない。頑張れば分かり合える気がした。とは言え、ズレはあった。


「だからって、疑いを晴らした訳じゃないからな」

「だろうね。まぁ、そのうち分かるさ」


 何はともあれ、まずは腹ごしらえだ。レオとレイチェルは早朝の林の中を歩いて食べ物となりそうな物を探した。冬なのであまり期待は出来ない。何も無ければ街を目指すだけだ。


「魔物が居るなら気を付けないとな」

「大丈夫だろ。そこまで街はずれって訳でもないんだからよ」


 街はずれの山奥ほど魔物は多く見られる。それが常識だが、レイチェルは異議を唱えた。


「お前、昨日の湖の魔物を思い出してもそれが言えるのか?」

「……いや、あれは、湖に居たから知られてなかっただけだし」


 一般的に、危険な魔物は狩られ、危険でなくても狩られる。その為、普通は街の近くには魔物は現れない。遭遇する可能性は稀だ。昨日のような巨大な魔物が狩られずにいたのは、湖に潜んでいたからだと推測できる。例外の中の例外にすぎない。


 遭遇するとしたら、さっき見かけた魔物くらいだろう。だが、恐らく大丈夫だ。炭を食べる魔物が危険な魔物とはレオは思えなかった。きっと草食獣みたいに温厚なはずだった。


 もっとも、他に魔物が居ないとも限らない。さらに言えば、CSの工作員が茂みの中に隠れている可能性も捨てきれない。レオとレイチェルはそれらに注意しながら、街を目指して道無き道を歩いた。


 すると、レオは枝にぶら下がる紫色の果物見つけた。


「変な果物見っけ」


 レオは裸になった木に近寄って、オレンジほどの大きさの紫の果物をもぎ取ってみた。手に取ってみると、ザラザラとしたやすり状の皮が手の中で引っかかる。水分を蓄えているのかずっしりと重かった。


「待てよ、岩みたいに硬いぞ」

「いや、それは食べられる」


 レオは自分の耳を疑った。


「カッチカチだぞ?」

「硬い外殻を纏って、柔らかい中身を守ってる奴は他にもあるだろ? カニとか虫とか」

「ああ、そう言う感じね」


 大切な中身を守りたいからこそ、外側が硬くなっている。一見すると岩のようなこの実も、レイチェルが例に挙げたものと同質に違いなかった。するとどうだろう。案外おいしいのかも知れないと考えが変わった。


 レオは剣を取り出し、あっという間に硬い実を半分に斬った。気になるその中身だが、弾力のあるゼリー状の白い果肉をしていた。所々並んでいる黒い点は種なのだろう。


「うわ、中身ぷるっぷるだな」

「こっちも斬ってくれ」


 レイチェルが同じ果実を投げて渡して来たので、レオは受け取ってそれも真っ二つにした。


 運良く朝食をゲットしたレオとレイチェルだったが、一つだけ問題があった。硬い皮が付いているおかげで器には困らないのだが、あいにくここは林の中だ。果肉を食べる為の道具が無い。


「どうやって食べりゃいいんだか。手か?」

「私はスプーンを持ってるから知らない」


 レイチェルは当たり前のようにスプーンを手に持ち、さっそく朝食を始めていた。昨日はフォークで、今日はスプーン……本当になんでも持っている。もちろん、レオに貸してはくれなかった。


 ただ、レオに食べる手段が何も無いと言う訳ではない。


「いいし、オレには氷のスプーンがある」


 レオは魔法で氷のスプーンを作り出した。持っていると指が冷える最悪のスプーンの出来上がりだ。冬場で使いたくないスプーンナンバーワンに輝く事だろう。だが、致し方無い。レオは渋々、ゼリー状の白い果肉を氷のスプーンですくって口に入れた。


 口に入れるまでは微かな甘い香りがするだけだったが、いざ食べてみるとしっかりと味があった。フルーツミックスの汁をそのままゼリーにしたような感じで食べやすかった。ただし、一口食べれば、体が芯から冷えた。


 レオとレイチェルは軽く腹ごしらえを済ませ、いよいよ出発した。



 長い林を抜けると、ようやく目的の街に辿り着いた。ここも商業都市〈アイザン〉の一部であり、それなりに人で賑わっていた。だが、これは今のレオとレイチェルにとっては脅威でしかない。人が多ければ多いほど、注意するべき点が増える。


 CSの工作員が市民に紛れて周辺を警戒している可能性も考慮し、レオとレイチェルは出来る限り人通りの少ない道を選び、時には建物から建物へと飛んで渡ったりして、CS本部へ近づいた。


 当然ながら、すぐに突入するような事はしない。


 レイチェルの提案で近くのホテルの部屋を借り、窓からCS本部の様子を観察する事にした。敵陣を切り崩すには、まず偵察が必要なのだ。


 レオとレイチェルはホテルの一室の窓辺から、CS本部がある建物やその周辺を見下ろした。ただ、レオがそのように眺めた所で、普段と状況がどう違うのかは分からなかった。


「警備はいつもと同じくらいか?」

「いや、前に来た時よりも人数が多めだ」


 普段は建物を囲むようにして警備担当の工作員が配置されているが、レイチェルが確認した所、今は建物に面した大通りにもCSの関係者らしき者が何人か居た。見えない、あるいは人々に紛れているだけで、もっと居る可能性もあった。


「オレ達の事を警戒してるってか」

「その可能性はある」


(――むしろその可能性しかない)


 レオ共々まとめて始末しようとして殺し損ねたのだから、警備担当を増員して当然。しかし、こうなると厄介だった。CSが普段よりも警戒しているとなると、正攻法で潜入するのは困難だろう。


(この調子だと、恐らくボスの守りも堅くなってるな……)


 ボスと接触を試みたいレイチェルにとっては厄介この上ない。


(やっぱりアイツ(・・・)に頼るしかないか……)


 今レイチェルが頼れるのはただ一人。CSに攻め込むには彼の協力が必要となりそうだった。


「どうやって攻め込むつもりだ? オレ的には正面から行っても構わないけど」

「話の分かる仲間が居る」

「まずはそいつと接触するってか」

「そうだ」


 レオは作戦を理解した。敵陣に仲間として取り込める人物が居るのなら、接触しない手は無い。


 レイチェルは潜入に前のめりになるレオが気になっていた。疑いを晴らしたいレオからしてみれば、当然の事なのだが、両者には埋まらないズレがある。レイチェルは溜め息をついた。


「どうしてお前を連れて来てしまったのか……」

「なんでだよ」


 この期に及んで、レイチェルが連れて来るべきではなかったかのような言い方をするので、レオは心外に思った。


「本来なら、お前を本部に連れ込もうとは思わなかっただろう」

「どう言う事だ?」

「もし、お前の本当の狙いがCSに潜入する事なら、まんまと乗せられた事になる」

「またそれかよ」


(ここまで来て、まだ疑ってるとか……信じらんねぇな)


 ただ、レイチェルがそのように考えるのも分からなくなかった。拠点が不明な組織等を狙う際は、信頼を勝ち取ったりして潜入するのが定石だ。その手法を知っていれば、嫌でも疑うだろう。


「お前が聞いた通りの危険な男なら、CSは壊滅する事になる」

「オレはそんな事……。まぁ、仕返しはしたいけど」

「だが、今となっては、その可能性なんてどうでもいい」


 自分が狙われた時から、CSに対する考えがレイチェルの中で変わっていた。


「CSは私に銃口を向け、あろう事か銃弾を放って来た。そんな組織がどうなろうと、私には関係無い」


 レイチェルがこうしてレオを生かしてここまで連れて来たのは、その事も一つの要因となっている。ミリナが居ない今、CSの末路など気にしなかった。


 冷たい青の瞳で眼下の街を眺めるレイチェル。そんな彼女にレオが声をかけた。


「なぁ」

「なんだ」

「親友の仇と一緒に居るって、どんな気持ちだ……?」


 レイチェルにキツい目をされたがレオは続けた。


「オレは……疑われてるまま一緒居るのは、いい心地がしない。どんなに分かり合えそうでも、その一歩手前で始まりに引き戻される。そんな感じだ」


 あと少し――ほんの少しの決定的な事実があれば、レイチェルからの誤解は解ける。レオはそう思い続けている。だからこそ、こうして粘り強くレイチェルと言葉を交わした。


 しかし、レイチェルには届かない。


「同情を誘いたいのか?」

「違う……。ただ、オレの気持ちを知って欲しいだけだ」

「そうか」


 素っ気無い返事だった。分かり合うつもりなどないから出来る返事だ。そして、レオの問いかけに答えるように、レイチェルは自分の気持ちを明かした。


「私には怒りしかない。どんな時でも、気付けばそこに怒りがある」

「っ……」


 レオはまるで昔の自分を見ているかのような感覚を味わった。大切な人を奪われた時のやり場の無い怒り……レオには嫌と言うほど分かった。


「これまで、共闘したり、寝食を共にしたり、時には名前も呼んだ。だが……根本には怒りがあった。いつまで経っても冷めない怒りが底にあった」


 その感情がすぐさまレイチェルの復讐心を駆り立て、支配した。例えレオに心を許したかのように見えたとしても、それは一時の気の迷いにすぎない。気付けば常に、ミリナへの愛着と、それを奪った者への怒りがあった。


「怒りでなければ、失われた穴は埋められない」

「そうか……」

「だから覚悟しておけ。ミリナがお前の手によって殺されたと証明されれば、お前をすぐにでも殺す」


 いわれの無い罪を負わされていると主張するレオ。レイチェルはそんな彼の化けの皮を剥がし、自らの手で断罪するその瞬間を待ち侘びていた。その為だけに、孤独な日々に耐え、生き延びて来たのだ。


 彼女の怒りは今、くすぶる事をやめ再燃していた――。


次回でなんと50話ですが、まだまだ続きます。

AG編の内容が薄いのか、こっちが詰め込みすぎなのか……。

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