表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
2.フェニックス・エイグレット編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

162/354

第42話 四面楚歌

前回の続き。



 レオとレイチェルは西側の病棟へとやって来た。レオが昨夜から使っていた病室のちょうど反対側の棟だ。ここにも多くの患者が寝泊まりしていたが、先程の騒動で皆下層に避難しており、人っ子一人見かけない状態になってしまっていた。


 二人は4階のとある部屋へ真っ直ぐ向かった。銃撃犯が居た部屋はレイチェルが既に目星をつけており、すぐに見つけ出せた。


「ここがそうなのか?」

「ああ。先に入れ」

「えっ……」


 レオは露骨に嫌な顔をした。扉の向こうはどうなっているか分からない。ましてや、敵が潜んでいた部屋だ。どんな罠が仕掛けられているか分からない。危険な先鋒隊を任されるのはレオでも嫌だった。


「なんでオレなんだよ……!」

「いいから、早くしろ。どうせ何も無い」


 レイチェルの言葉を疑いつつも、レオは地雷原を突き進む先鋒隊の役を仕方無く引き受けた。


 罠が仕掛けられていないか、レオは病室の扉を慎重に開けた。その扉の向こうには、清潔感が溢れる白い壁やベッドがあるはずだったが、もはやそれらを感じ得る要素は無くなっていた。看護師がここを訪れていたら戦慄しただろう。誰も目の前の惨劇を目撃していないと祈るばかりだ。


 銃撃犯は鮮血を辺りにぶちまけ、床に仰向けになって倒れていた。レイチェルが対抗して撃った1発の銃弾は、病室が人間の血潮を浴びて台無しになるくらいの威力だった事が見て取れた。


 攻撃を仕掛けて来た何者かは武装しており、入院患者では無い事は明らかだった。言い訳の出来なくなった犯人も、レイチェルと同じように病院に侵入したのだろう。


 辺りを気にする素振りを見せたレオは、意外な事実を知らされた。


「……1人だけか」


 あれほど激しい攻撃だったので、レオはてっきり何人もの刺客が、一斉に銃撃していたものだと思っていた。実際、そうではなく、攻撃していたのはたった1人だった。さらに言えば、辺りに銃など落ちていなかった。銃撃に思えた攻撃は、魔法によるものだったと言う事だ。


 レイチェルは死体に近づき、その状態を確認した。当然ながら死んでいた。レオからしてみれば奇妙な行動だ。敵は見事に脳天を撃ち抜かれていたので、死亡を確認するまでもないはずだった。もっとも、レイチェルは死んでいる事を確かめたのではない。


「あの距離から当てられんのか。凄いな……」

「感心してる場合か」


 そう言われてもレオは感心していた。病棟の間は200m以上離れている。それを片手で持てるような銀色の拳銃で、しかもあの一瞬で、相手の頭を正確に撃ち抜いた。素人ながら銃を扱った事があるレオからすれば、感心せざるを得なかった。


 しかし、当のレイチェルはそれどころではなかった。


「私はコイツを知ってる……」

「マジかよ」

「コイツは“魔針嵐のバルドー”だ」


 魔法によって針のような物を具現化し、銃弾の如く発射する能力を持っている人物だとレイチェルは記憶している。あれほどまでの激しい攻撃が可能だった訳がようやく分かった。


「有名どころの殺し屋なのか?」

「私と同じ組織の人間だ……」


 レイチェルが最も驚いたのはその事だった。同じ組織の人間がここに居たと言う事実は、レイチェルにとっては違和感しかない。何故なら、レオを討つ命を受けたのは、他ならない自分なのだから。


 死んでしまったバルドーがレイチェルと同じ組織に属していたと聞いて、レオは一つの疑問が浮かんだ。


「で、コイツはどっち狙って来たんだ?」

「私じゃないだろ……多分」

「多分!?」


 レオは彼女の発言に正直びっくりさせられた。ターゲットもろとも攻撃されたと言うのに、レイチェルは未だに自分は狙われていないと僅かだが信じている。おめでたい奴だ。正気とは思えなかった。


「おいおい、お前が居る部屋に無差別攻撃して来た奴だぞ!?」

「コイツの事情なんて私が知るか!」


 レオ共々殺そうとしたのか、あるいは、知らなかっただけなのか。レイチェルは同胞に事のいきさつを聞き出したい所だったが、残念ながら死人に口無し。事情は分かりそうになかった。


 と、レオもレイチェルもこのように完全に油断していた。


「――っ!!」


 部屋に居たのはレオとレイチェルだけではなかった。敵はもう1人隠れていたのだ。


 扉の死角から奇襲をされたレオは、迫り来る新手の存在にギリギリで反応し、湾曲した刃が振り下ろされる前に相手の手首を掴んだ。しかし、相手は比較的体格のいい男だった。力負けをしたレオはそのまま壁へと押し付けられ、相手のナイフを防ぐだけで精一杯の状況に……。


 そこでレオは、背後に壁がある事を利用し、相手を蹴飛ばして距離を取らせた。だが、敵の方も戦闘慣れしているらしく、蹴り飛ばされたと同時にレオに向かってナイフを投げつけて来た。


 反撃を加えた直後に相手がカウンターを仕掛けて来るとは普通思わない。凡人ならば、ここでナイフをもろに食らい、あっさりゲームオーバーとなっている事だろう。しかし、あらゆる展開を想定していたレオに隙は無かった。


 レオは自分に飛んで来たナイフを剣で弾き飛ばし、持ち主の胴体に命中させた。無論、この程度では致命傷にならない。相手を捕縛するには、さらなる追撃が必要だ。


 そこへ、レイチェルが容赦無く敵のこめかみを撃ち抜き、息の根を止めた。一見すると鮮やかな連携に見えるが、彼女のやり方はレオの意図に反していた。


「おいおい、誰の指示か聞けなくなっちまっただろォ!?」

「そうだったな」


 レイチェルは悪びれるどころか、悔しがりもしなかった。ただただ青い瞳に鮮血を映し、鋭い目付きで新しい死体を冷視するだけだった。相当お怒りのようだ。


 そして、安心も束の間。レオ達が居る部屋に次々と他の刺客が入って来た。レオとレイチェルは咄嗟に身構えたが、運が悪い事に、その数は1人や2人ではなかった。


「くっ……!」


 新手の頭を数えると6人は居るだろうか。廊下にも待機しているのならもっとだ。それら全員が腕に覚えがあるとすれば、全部を一度に相手するのは無謀の極みとしか言いようがない。


 この状況を不利だと分析するや否や、レイチェルは前方に向かって突風を繰り出し、全ての刺客を病室から押し出した。そして、風圧で窓ガラスを割り、レオの手を取って一緒に窓から飛び降りた。


「うえっ!?」


 作戦内容を何も教えてもらえなかったレオは、パニック状態の一歩手前に陥った。それもそのはず、レオ達が居たのは病院の4階だ。受付のある病院の1階は天井が高く、従って、病院の4階は他の一般的な建物よりも高い位置にある。そこから垂直落下すれば、いくら身体能力が高くても大怪我はまぬがれない。


「死ぬってぇぇええ!!」

「じっとしていろ!」


 もちろん、レイチェルは無策のまま飛び降りた訳ではない。「窓から逃げた方が合理的、なおかつ高確率で逃げられる」と言う計算に基づいた判断だ。


 落下中、レイチェルは地面に向かってレオを投げ、先に着地させた。ただ、そのままではレオが死んでしまうので、風の力を使ってレオの落下速度を緩めた。そのおかげで、レオは羽根に変わったかのような柔らかな着地をする事が出来た。


 そしてレイチェル自身は、風を纏って優雅に着地した。


 まるで魔法だ。……こんな感想を魔法が溢れたこの世界で言うのは非常にバカげている。レオもそう思っていたし、今になってそんな感情を抱くとは思っていなかった。だが、その言葉以上にぴったりなものは無かった。


 今思えば、レイチェルの無謀にも思える行動はなんら不思議ではなかった。彼女は昨晩、平然とレオの病室の窓から飛び降りて逃げている。


「凄いな。風魔法か?」

「そう――って、そんな場合じゃないだろ!!」


 無事に着地出来たからと言って、安全になった訳ではない。レオとレイチェルは頭上から降り注ぐ魔法攻撃を避けながら、一直線に走って逃げた。


「なんであんなのが狙って来るんだ!」

「私に聞くな!」


 二人は全速力で病院の建物から離れた。


「大体、オレが何をしたってんだよ!」

「私の友人を殺したろ!!」

「そんな事してねぇって!」

「そもそも、お前は――っ!」


 言い合っている途中だったが、二人の行く手を塞ぐようにして敵が出現した。レオとレイチェルは急ブレーキをせざるを得なかった。


 不測の事態に備えてレオは剣を構えた。敵はさっきよりも少なめの5人。しかし、病棟に居る残りの敵が加勢に来るかも知れないし、何より、敵の能力が分からないので迂闊には戦えなかった。


「どんだけ居るんだ……。絶対にオレ達を殺そうとして来てるだろ」

「くっ……お前と一緒にされたくない!」

「もう共犯扱いされてんだから認めろって」


 レオの言葉を受けて、レイチェルは怒りを抑えきれなかった。友人の仇であるレオと一緒にされるのは耐えられなかった。


「おい、お前ら!! どうして私も狙う!?」


 レイチェルは荒々しい足取りで敵陣に突き進み始めた。苛立ちの籠ったヒールの乾いた音が、彼女の怒り具合の尋常の無さを物語っていた。


 しかし、単騎で突っ込むのはどう考えても無謀だ。逃げに徹した先程とは打って変わって、彼女は冷静さを失っているようにレオは思えた。そして、レオはレイチェルの腕を引っ張って静止させようとした。


「やめとけって! 危ねぇから行くなって!」

「なんとか言え!!」

「これ以上行くなっ!」


 レオを振りほどこうとするレイチェル、そんな彼女を行かせまいと引っ張るレオ。これでは格好の的だ。案の定、レオとレイチェルは先手を取られた。


 レオの背後に突如、敵の1人が刃を持って出現した。


(瞬間移動かい……!)


 その男が音も無く現れたとなると、〈転移魔法〉の類ではなく、その人物固有の能力だと推測出来た。暗殺や奇襲に特化した恐るべき能力だ。5人の敵のうちの1人が居なくなっていたのでレオは気付けたが、紙一重だった。見失っていてもおかしくはなかった。


 レオは攻守に転じるべく、すぐさま後ろを振り向いた。しかし、次の瞬間には、男はレオとレイチェルの間に出現した。二人して隙だらけの後ろを取られると言う最悪の状態に陥った。


(――マジかよ!?)


 背中を見せまいと咄嗟に振り向いてしまったレオ。その戦闘慣れした感覚が仇となり、裏をかかれた。


 こうなるとレオは逃げたくても逃げられなかった。前方へなら逃げられなくはないが、逃げればレイチェルが斬られてしまうだろう。だが、もう一度体の向きを戻そうにも、間に合いそうになかった。将棋で言えば、まさに「王手飛車取り」。絶体絶命だ。


 しかし、これは将棋ではない。まだレオには対処法が残っていた。


 レオは自身の魔法を使い、背後の敵を氷漬けにした。そして、レオはレイチェルの方を振り向き、氷塊を剣で水平に斬った。


 ただし、人間を斬った感触は得られなかった。予想通り、氷の中には誰も居なかった。


(やっぱそう来るか……!)


 敵はまたしても瞬間移動をしたようだ。氷の中に幽閉されようが、いとも簡単に抜け出せるらしい。しかし、レオは術者をすぐに見つける事が出来た。と言うのも、術者は少し離れた花壇の手前で倒れ込み、あまりの痛みに悶絶していた。


 あのような難敵をレオがそのまま逃がす訳がなかった。当然、対処を怠らなかった。


 レオは瞬間移動をする敵を氷漬けにして捕らえた直後、彼の両脚に氷を撃ち込み、完全に穿っていた。

こうなった男はもはや自立する事は不可能。戦闘に復帰出来る状態ではなくなった。


 残る敵は4人。


 一方のレイチェルは、後ろに敵が現れようがお構いなしに二丁の銃を前方に構え、残りの敵に発砲を繰り返していた。後ろの敵はどのみちレオが対処すると考え、目の前の敵の殲滅を優先させたのだ。


 しかし、思うようにレイチェルの攻撃は当たらず、敵は四散し、数を活かした多方面からの攻撃を企んでいるようだった。そして、そのうちの2人が肉弾戦を仕掛けようと距離を詰めて来た。


 攻めて来た1人目はレイチェルが風で押し飛ばし、距離を詰めさせないよう銃撃をし続けた。


 もう1人の刺客はレオの方へと真っ直ぐ突っ込んで来た。レオは相手の攻撃を避けつつ、剣による重い一撃を加えて敵を弾き飛ばした。接近戦が得意なレオだが、出来れば接近戦は避けたかった。相手は何を隠し持っているか分からない。遠ざけた方が無難だった。


 肉弾戦を試みる敵にどうしても注意が向きがちだが、敵はあと2人居る。遠距離攻撃が得意らしく、レオとレイチェルの隙を先程からうかがっていた。嫌らしい奴らだ。そのように黙って突っ立って居られると、戦っている側からすれば、不気味で仕方が無い。


 しかし、遠くの敵にばかり警戒心を払えば、今度は懐への警戒が疎かになる。だが、不気味な傍観者を完全に無視する事は許されない。この両立は難しく、時にはなすすべ無くやられてしまう者も居る。


 そして遂に、後衛の1人が動きを見せた。レイチェルが前衛に気を取られた瞬間の事だった。その男は素早く銃を構え、標的を捉えた。獲物の隙が大好物だと言わんばかりの1発の弾丸が、レイチェルに向かって放たれる。


「クソっ……!」


 後方の敵に怪しい動きがあったと知り、レイチェルはすぐさま突風を巻き起こした。本当は相手の照準を逸らしたい所だったが間に合わず、弾丸の軌道を変化させる為に風を起こしたかのような形になった。


 しかし、敵が放った銃弾は風圧を物ともせず、レイチェルの右肩をそのまま貫通した。


(――貫通させるタイプか!)


 レイチェルは人が簡単に吹き飛ぶくらいの風を起こした。少しくらい弾道が狂ってもおかしくないはずなのに、その影響を全く受けなかったとなれば、なんらかのカラクリがあるに違いなかった。


 貫通――あながち間違いではないだろう。レイチェルの肩を穿った弾丸は、そのままの勢いで病棟をも貫いた。


 これまで善戦していたレイチェルだったが、とうとう怪我を負ってしまった。こうなると奴らにとっては格好の獲物だ。もう1人の後衛の女は畳みかけるように術を発動した。レオとレイチェルのどちらかが弱るのを遠くから見て待っていたのだ。


 女の術者が印を結ぶと、魔法で出来た黒い縄がレイチェルの足元から現れ、黒蛇の如くレイチェルの体と首を絞め付けた。


「ぐっ!」


 レイチェルは急遽左手の銃を〈保管魔法〉でしまい、空いたその手で黒い縄を掴んだ。そして、絞め付けを緩めようと、縄と首の間に指を無理矢理ねじ込んだ。絞殺はかろうじてまぬがれたが、長くは持ちそうになかった。


 しかし、敵はまだ居る。しかも、例によって近接戦をしつこく持ちかけて来た相手が迫って来た。レイチェルの動きが鈍った事を言い事に攻めに転じた。


 そこへレオが割って入り、レイチェルに襲い掛かかろうとしていた敵に蹴りを食らわせて距離を取らせた。続けざまに、レオは足元から氷壁を作り出し、一時的に敵と味方を分断した。簡易的ではあるが、時間稼ぎには十分だった。


 レオの氷壁が日の光を反射し、敵に対して目くらましの効果を与えたおかげか、レイチェルの首を絞めていた魔法の縄は途端に拘束能力を失い、その場に落ちて消えた。


 逃げる隙を作ったレオは、レイチェルの回収を急いだ。


「言わんこっちゃない!」


 レオは足元をふらつかせるレイチェルを肩に担ぎ、逃走を始めた。いくらレオでも、手負いのレイチェルを守りながら戦い抜くのは厳しい。一人で相手をするには敵が多すぎる。逃げ腰のように見えなくもないが、時には逃げる事も必要なのだ。


 レイチェルを担いだレオはようやく病院の敷地内から出たが、敵の攻撃によって遂には氷壁も崩れた。


「クソっ……! 仲間じゃないのか!!」


 レオの肩に担がれたレイチェルは後ろに向けて銃撃を繰り返した。裏切られた事への怒り、退かねばならない事への悔しさ……それらの感情が籠った銃弾を撃ち続け、刺客からの追撃を防いだ。


 ようやく四面楚歌を脱した。


「魔針嵐のバルドー」と言う男、実はクラックス王子の話の時に出て来た狙撃手と同一人物だったりします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ