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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第15話 天界生活

腹減らず



 天界生活初日。広大で複雑な街の構造を覚えるのにレオとオッティーは大変苦労させられた。


 地図は無いのか? そう思うかも知れない。だが不親切な事に、天界の地図は〈神の審判〉を受けてからでないと貰えない規則だった。これには温厚なオッティーも朝から晩まで文句を垂らしていた。


 ただ、人間不思議なもので、街を散策しているうちに空白ばかりだった頭の地図が埋まって来る。何事も「慣れ」が大事である事を二人は思い知らされた。


 しかし、それも自宅から巨塔までの狭い範囲までの事。頭の地図から一歩踏み出ると、そこは目印の少ない“白い樹海”だ。方向感覚が狂い、迷子になる事が多々あった。


 歩き回って迷子になった時にはどうするかと言うと、死者には〈担当天使〉と言う心強い存在が居る。天に向かってその名を呼べば、ミュリフィエやドルティスが帰り道を教えてくれた。頼めば自宅までひとっ飛び。本当に心強い限りだった。



 天界での食事だが、肉や魚は無く、野菜かフルーツかの二択を余儀なくされた。全員死者だから捕ろうにも捕れないし捌けない。至極当然の事である。レオの嫌な予感が当たってしまう結果となった。


 ちなみに、どこから木の実やら野菜やらを採って来るのかだが、その答えは意外にも街の景色に注意を払っていれば簡単に見つかった。


 天界ではあらゆる木々、あらゆる植物が成っていた。下界では到底考えられないスピードで色とりどりの果実があちらこちらで実る。そこから採取した物を人々が市場に並べていた。


 死んでいるので腹は減らない。一方で、天界のココナッツの香りを嗅ぎ取れる事からも分かる通り、魂だけになっても五感は健在だった。味覚はあるので、口の中が恋しくなった者が必要に迫られてと言うよりは娯楽感覚で食べるような感じだった。


 この空腹感の喪失、遺伝子レベルで組み込まれた弱肉強食の衝動を抑え込む為のものなのではとレオは考えた。肉食生物がやけに大人しい事と線で繋げてみれば、あり得ない話ではなかった。


 生物としての理から外れてしまった状態に置かれている良し悪しはさておき、飲まず食わずを繰り返しても死なないどころか飢えすら感じないのだから、考えようによっては案外便利な体と言える。トレーニングをせずとも肉体を維持できるのは、筋力を衰えさせたくないレオとしてはありがたい事だった。



 巨塔を中心に四方に大きな市場が存在した。そのほとんどが本屋だ。天使様曰く、天界での娯楽は地上界に比べて少なく、読書なんかが人気でそれ故に本を扱う店が多いのだとか。


 数多ある本屋以外には、仕入れ先が不明な衣服やら見慣れない雑貨やらが並べてある店もあった。専ら交渉によって物のやり取りがされるらしく、〈神の審判〉をまだ受けていないレオとオッティーは譲ってもらえなかった。それでも、見ているだけで十分に楽しいものだった。


 暇なのか毎日起こしに来るミュリフィエに、天界の住人による催し物。オッティーの豪傑を倒したと言う武勇伝や興味深い前世話。限りなく続く天界散策……。


 娯楽が少ない? いや、思いのほか楽しい事で溢れていた。



 ◆



 天界での生活にすっかり慣れた、そんなある日――。


 宙を漂う巨大な岩の上で、太陽も月も無い夕焼け空を見てオッティーは黄昏れていた。果てしない地平に答えを求めて。


 しかし、とうとう答えは見つからず、ポツリと小さく言葉を漏らす。


「――なぁ、兄ちゃん」


 離れた所でミュリフィエにじゃれつかれていたレオ。呼ばれるや否や二人とも動きを止め、声の方に目をやった。どこか“心ここにあらず”とも見受けられる様子のオッティーだが、その改まったような声色を聞けば真面目な事が話されると知るには十分だった。


「どうした、そんな神妙な顔して」

「前から少し気になっとったんじゃが……兄ちゃんは死ぬ間際の事、覚えとるか?」

「走馬灯を見たかって話か? そう言えば無かったなぁ」

「いや、そうじゃない。言葉通りの意味じゃ」

「ふむ……」


 胸から漏れ出る温かさ。真っ赤に染まったワイシャツ。意識が飛びそうな激痛を噛み殺して振り向き、屋上の残党を発見したその瞬間、暗転。――あの場面は強烈だ。忘れもしない。


 何が起きたのかは正確には知るよしもないが、想像で補えば答えは明白。脳裏の奥底に刻まれたそれは確実に死の間際の瞬間だとレオは断言できた。


「覚えてる。一応どころか鮮明にな」

「そうか。そう言うもんなのかのぉ……」

「爺ちゃんは覚えてないんか?」

「ああ……」


 どうりで言葉を交わすうちに湿っぽさを含んだ表情と口調になる訳だった。


 死の瞬間が不明なのはさぞかしもやもやするだろう。想像に難くなかった。死に至った自身のミスや弱さを悔いる事すら叶わないのだから。


 しかし、生前の悩みとなるとレオにはどうする事も出来ない。出来てもせいぜい、励ましの言葉を捻り出す事くらいだった。


「まぁ……人間、度を超えたショッキングで嫌な記憶は自己防衛の一環で無意識のうちに抹消するとか聞くし、全く無い話じゃないんじゃないか? なぁミュリフィエ?」

「そうですねー。オッティーさんみたいに、そうした症状のある人間がたまに居ると習いました。心が未成熟な若年層に多く見られると聞きましたが!」

「笑わんでくれ……」


 ミュリフィエの事だから発言に悪気は無い。いつもの事。……そうだと分かっていても、オッティーは傷口に塩を塗られた気分だった。


 とは言え、彼女の話によれば全ての人間が必ずしも死の間際を覚えている訳ではない事になる。完全解消とまではならなかったが、おかげでオッティーは気持ちが少し楽になった。思いがけず、ミュリフィエの明るさに救われた。


「済んだ事を気にしてても仕方ないですよ~。今を楽しく生きましょう!」

「人間は後悔する生き物なんだ。その機会を奪われたんだから、今はそっとしておいてやれ」


 彼女の元気は周囲を明るく照らす。しかし、種の価値観の違いから時に無神経な言葉も飛び出す。無理に励ましに行こうとするミュリフィエの手を引いてレオは留まらせた。


「そう言えば、皆さん生前の事はあまり喋らないですね。それと関係があるのかも?」

「そうか? オレなんか結構、爺ちゃんに前に居た世界の話を聞いてるぞ?」

「言葉足らずでした。皆さん“率先して”は喋らないんですよ」

「それは……言われてみれば」


 前世の世界についてレオは少しばかりオッティーから教えてもらった。ただ、それはあくまで尋ねられているからであって自発的ではない。ミュリフィエの言う通りだった。


 そして、レオ自身は〈地球〉に住んでいた頃の話をした記憶があまり無かった。〈天界の玄関〉に着いた時に軽く話したのと、オッティーから逆に尋ねられた時くらいだ。天界との差異を見つけても自分の中に留めるだけで、他者と共有せずにそのまま完結していた。


 それはオッティーにも同様の事が言えた。「確かに」今思い出したかのようにオッティーが一つうなずく。


「前世の記憶は楽しいままにしておきたいからですか?」

「楽しい記憶ばかりじゃない」

「じゃあ後悔を思い出したくないからですか?」

「まぁ、思い出したくない――人に言いたくない後悔があるのは確かだ。誰にだってあるさ。……だけど、それだけじゃない。常識が違うのはお互い様だし、生前の友人の話だとか愚痴だとかを聞かされても反応に困る、困らせちまうってのが大きいんじゃないか?」


 オッティーとはこうして会話をする間柄だが、互いに別の世界の出身だ。噛み合わない事をいちいち話題に挙げても仕方ないとレオは思っていた。


 オッティーも理由はレオと同じだった。好奇心で尋ねられるからそれに応じていただけに過ぎなかった。


「ここでの体験はあまりにも新鮮じゃからな。“共通の話題”と言う意味でも、天界での日々や発見について語る事が普通になっておったわ」


 だから生前についてはあまり話題にならない。他の人間も同様に、ある種“沈黙の了解”として語る事をしないのでは。そう結論付けて二人はミュリフィエの疑問に答えを出した。


「そんなもんなんですかねー」

「逆に聞くが、天使は前世の記憶みたいなの持ってないのか? てか、お前らどっから生まれて来るんだ……?」


 天使同士の婚姻か? はたまた神が創り出すのか? 全知全能であるはずの神に人間と同じ生殖能力があるとは想像できないが、自身らと似せて創った生物が“人間”であるのなら、神同士の性交によって天使が産まれる可能性も考えられる。逆に、それらの方法しかレオには思い付かなかった。


「話せない内容もあるので全部は無理ですが……“光の卵”って呼ばれてるものから生まれます。だから私達に前世の記憶はありません」


 掘れば掘るほど出て来る〈天界〉の不思議。レオとオッティーは一瞬固まると、「光の卵……?」と揃って聞き返した。


「“卵”と言っても殻は付いてないですけど。光り輝く純粋な生命力の塊……そこから生まれるのでそう呼ばれてます。この聖なる光は、そこから生まれた証拠みたいなものなんですよ」


 そう言ってミュリフィエは、自身の体に纏っている煌めく光の粒子を手で掬うような仕草を見せる。


「……それ聞くと、おっぱい付いてるのに子作りしないのがますます不思議なんだが……」

「レオさん私としたいんですかー?」

「ははっ……やべぇの産まれそうだからやめておこう……」


 しかし、そうした発想を持っている辺り、「可能」なのだと、「その為の乳房」なのだと、解釈する事が出来る。“光の卵”による誕生以外にも、天使同士で子を授かる事が可能と言う事だろうか? まったく、理解の追いつかない生命体で、レオは考えるのをやめて大の字になって菫色の空を眺めた。


「……まぁ、詳しく知りたかったら、()()()()()()()()事ですねー。そうすればいずれ分かります」


 その言葉が何を意味するのか、レオとオッティーは理解していた。選択の時まで日にちが無い事を実感、突き付けられ、各々沈黙。それぞれ遠くの一点を見つめる。


 審判の日は着々と近づいていた……。


あっという間の天界生活を終えるといよいよ……

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