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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第14話 審判の手続き

天界に来てまず最初にやる事


 天界の白い街を飛び越えて、レオ達は高台から見えた巨塔の真下へと辿り着いた。


「お疲れさん」

「いえ、これが仕事ですから」


 脇を抱えられていたレオはドルティスにゆっくり下ろしてもらった。


 一方、少女の天使――ミュリフィエは、後ろからついて来ただけで、運搬を手伝うだとか空から見える範囲で案内を行うだとかの素振りは一切見せなかった。面倒な仕事は相棒のドルティスに任せているようだ。レオは触れずに黙っておいた。


(それにしても……でかい建造物だな)


 見上げるレオ。側まで来ると、街の中心にそびえる塔がいかに巨大かを実感させられた。


 「とにかく大きい」それしか言い表せる言葉が無かった。樹木のような外観を生み出す、突き出たアーチ状の枝。激突する事無く周囲を浮遊する輝石。だが何よりも、天を貫くその高さと大きさに圧倒される。どうやって建設したのだろうか……?


「神の審判は塔の中で行われます。レオ様にはまだ先の話ですが」

「へー、そうなのか」


 塔の外周を囲うように作られた建物には、一際大きな出入り口が何ヶ所かあり、死者はそこから塔の中に入れるようになっていた。今回は内部には入らず、建物の外壁に設置された審判予約受付で本人確認をするだけなのだとか。


 ドルティスを先頭にレオ達はゆっくり歩き始めた。


「受付ではまず何をしたらいいんだ?」

「はい。特殊な石に手を乗せる事で手続きが開始されるので、まずは手を乗せてください」


 鳥や魚にも課せられているとは思えない――〈担当天使〉を連れた人間しか見かけない。どうして人間をそれらの動物のように済ませない? どうして人間だけが手続きを踏まねばならない? 非合理的で釈然としないのは自分だけか? 多くの疑問がレオに天への不信感を芽生えさせる……。


 待機の列はスムーズに進み、レオの番となった。


 桃色の線が入った白い石は、レオの体のちょうど半分くらいの大きさだ。つるつるの表面には変てこな文字が書いてあるのだが、『審判予約受付』と漢字が脳内に浮かび上がって来るのでレオは不思議と読めてしまった。「言葉の壁が取り外される」状態を目撃した瞬間だった。


「ここに手を乗っけりゃいいのか?」

「そうだよ~」

「あのなぁ、言葉遣いを……」

「タメ口でもなんでもいいよ。……だから、頼むから仲良くしてくれぇ」

「ほらー、いいって言ってるよー?」


 ドルティスがまた呆れた顔をしていた。言う事を聞かないミュリフィエと組まされたドルティスの気持ちを思うとレオは苦笑いしか出なかった。しかし、本気で嫌そうにしていない所を見るに、関係性はそこまで悪くはなさそうだった。


「本当は仲いいんだろ?」

「いえ、そこまででは……」

「ドルティスとは同期だからね~。ちょっと口うるさいけど」

「天使の世界にも同期とかあるのか。どこの世界も変わらないな」


 雑談をしていると後ろの列が長くなってしまう。レオは申請を進める事にした。


 つるつるした白い石に手を乗せると、SF映画のホログラムを思わせる半透明の画面がレオの目の前に現れた。レオの名前と死亡時の年齢、生い立ちや経験した出来事などが瞬時に履歴として読み込まれた。


 高速で流れる大量の文字。ずらりと文章が書かれた利用規約でも見ているような気分で、もはやレオは読む気になれなかった。10代でこの文量なのだから、天寿を全うした人間はきっと……。


 読み込みの終了と同時に、青文字で『審判申請』の表示が出て来た。


「これ押せばいいのか?」

「多分押しちゃって大丈夫ですよー。そしたら、ここでの手続きは完了です」

「適当言ってねぇか……?」


 これまでの言動から「真面目」とは程遠い女子である。そんなミュリフィエに「多分」と言われると不安にならざるを得なかった。


「誤作動等は起こらないので、確認したい事が無ければそのまま青文字の所を押しても大丈夫です」

「もーレオさんったら。人間の機械じゃないんですからー」

「それもそうか。……あ、何か出て来たぞ」


 手を乗せていた石と石の隙間から、ラメのような輝きの入った青いカードが出て来たので、レオはそれを受け取った。


 トランプほどの大きさと薄さのカードは謎の素材で出来ており、力を加えても軽くしなる程度の強度を有していた。そこに、名前と何やら数字が書かれてある事にレオは気が付いた。


「それにレオさんの審判の日にちが書いてあります」

「それだけか?」


 尋ねられたミュリフィエは何故か答えず、黙ってドルティスの方に目をやった。彼女の予習不足がここで響いた。助けを求められたドルティスが呆れた様子で口を開く。


「……それに加えて、買い物や住む場所の登録などが出来ます。失くさないように気を付けてください。そのカードを審判当日に持って行かないと受けられなくなりますので」

「そうそう! 前にそのカードを紛失した人が居てね~。再発行に27年かけた人も居たから気を付けてねっ!」

「マジかよォ……」


 聞くだけで恐ろしい。想像するともっと恐ろしい。薄っすらココナッツの匂いが香るこの無限の空間に27年も閉じ込められたのかと思うとレオの方が気が狂いそうだった。


 ……そもそも、〈神の審判〉は何年後にあるのだろうか? それを知らずには27年が遅いのか早いのか比べようがないではないか。そこで、レオはカードに書かれてあった数字を読み上げた。


「『2-43-4』……これいつの事だ?」

「今から2年後です」


(って、言われてもなぁ……)


 カードの数字が「時期」や「時間」である事は、ドルティスのセリフから推測する事が出来た。しかしながら、4つの数字が天界の年月日を示すものなのか、はたまた〈神の審判〉の行われる日時を示すものなのか、人間には一切分からない。不親切の塊だった。


「これ天界単位でか? それとも人間界単位か? それとも地球単位か? ややこしい!」

「まっ、それは私達が把握して、しっかり当時間近にはレオさんに知らせるから心配いらないよ~」

「そうです。少なくとも“私は”忘れる事は無いので安心して天界生活を送ってください」


 今のはさすがのミュリフィエも気に入らなかったらしく、不満顔をすぐさま露にした。


「なんだよそれー! 私だって、そーゆー大事な事はちゃんと覚えるし!!」

「どの口が言ってる! お前はすぐに約束を忘れるじゃないか!」

「うるさいなー! 私だって精一杯生きてるんだよ!?」


(あぁ、もう不安しかない……)


 いがみ合う二人の天使の側でレオは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 その場を収めるべく「そろそろ街の案内をしてくれよ」とレオが切り出す。いい返事が来るかと思いきや、レオの予想を裏切りドルティスが申し訳なさそうにした。


「すみませんレオ様……。私、これから違う方を案内しないといけないので……」

「そっか。掛け持ち出来んのね……。行ってらっしゃい」

「はい。お先に失礼します。困った時はミュリフィエに遠慮なくお尋ねください。では」


 ドルティスは大きな純白の翼を広げると、天高く舞い上がった。見る見る小さくなってゆく――。


(この状況、地味にマズいんじゃね……?)


 一番頼りになる人物が飛び去ってしまい、見知らぬ土地にポンコツ天使と二人きり。周りの天使は自分の仕事で手一杯だ。もうミュリフィエに頑張ってもらうしかなかった。……さっそくあくびをしているが。


「ところで、レオさん家どうします? 借りないで野宿でもいいんですけど。もう死んでますからねー」

「失礼だぞ! ちゃんとした家を探すのも我々の務めなんだぞ!? って言われそうだな今のセリフ」

「あっはは、似てる~!」


 レオのモノマネが相当おかしかったらしく、ミュリフィエはお腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。その笑い声を聞いて周りの天使達が冷たい視線を送っているが彼女は気にも留めない。


 お遊びはやめにして、レオは腕を組んで再び真剣モードに戻った。


 大体、何を基準に家を選べばいいのか見当もつかない。ミュリフィエの言う通り、確かにもう死んでいる。野宿でもいいのかも知れなかった。……ただ、天界のマナー的にはどうなのだろうか? すぐ側で笑いこけるミュリフィエは復帰までに時間がかかりそうだ。レオは自力で考えた。


「うーん、家か……」


 一向に思いつかない。そんな事よりも、ミュリフィエの服装にレオは目が行ってしまった。どう考えても穿いていない。


 家への興味はもはや無い。天界の住人は下着を穿かないのか? 穿く文化が無いのか? などの緊急性の無いどうでもいい疑問がレオの頭を埋め尽くした。


 肌色をたっぷりと魅せつけて来る踊り子のような服装に注目しがちだが、真に着目すべきはその容姿の完成度の高さだった。ミュリフィエが纏う煌めきがより一層神秘さを醸し出し、彼女の美しさを際立たせている。下界に彼女が居たら、誰もが心を射抜かれるに違いなかった。


(翼の付け根もっと観察してぇな……)


 そんな事を考えながら、うずくまる天使の後ろ姿を見つめるレオ。その視線に気付いたミュリフィエが笑みを返す。


「あ、ご心配無く~。私達は自分の家があるんでー。……まさか、一緒に暮らしたかったとか?」

「え?」

「も~レオさんってば。見かけによらず、ちゃんと性欲の塊なんですねー」


 あながち間違いとは言い切れない上に、その容姿を眺めていた側としてはかなり反論しにくい。しかし、ハナから決めつけられていたなら話は変わる。レオは眉根を寄せて不快感を隠さなかった。


「人間はみんな“そう”みたいな言い草だな」

「だってそうじゃないですかー。私の友達も人間に襲われた事あるし。人間ってみんなそうなんでしょ?」


 見聞に基づく“誤り”を塗り替えるのは困難だろうが、今度そうした偏見を他の人間に言えばマズい事になるのも確かだ。今日から世話になる者として、レオはその歪んだ認識に“例外”もある事を覚えてもらおうと考えた。


「確かに人間は欲まみれだ。けど、みんながみんなそうじゃない。オレみたいな奴も居る」

「本当ですかねー? 本当は今すぐに私を襲いたくてうずうずしてるんじゃないですか~?」


 ミュリフィエが笑みを湛えてゆっくりと距離を詰めて来る。珠の如き瞳でじーっと見つめられてはレオも我慢の限界だった。逃げ場を求めてレオはとうとう顔を逸らし、恥ずかしさを紛らわすように腕を組んだ。


「さっき初めて会ったばかりの女子にそんな真似するかよ……」

「ですよねー。レオさんそう言う事しなさそうだもん」


(ははっ……なんだこの試されてる感じ……)


 誘惑に負け、性獣としての本能を剥き出しにするか否か、ミュリフィエに確認された感じは否めなかった。その無邪気な表情も相まって、危険を承知で楽しんでいるようにも見える。なんとも恐れ知らずな少女だった。今日から2年も彼女の好奇心の的になる事を考えるとレオは先が思いやられた。


 しかし、やられっぱなしも面白くない。ニヤッと口角を上げてレオは反撃に転じる。


「まぁ、オレの好みじゃないな。可愛いとは思うけど」

「なんですかーそれ……怒りますよ?」

「今のは照れ隠しだから勘弁して。ほら、家探してくれるんだろ……?」

「あ、そうだった。どこにしますかー?」

「どこでもいいのか? 家賃とか払えないぞ?」


 「家賃」と聞いてミュリフィエはまたしても大笑い。さすがのレオもこの時ばかりは少々イラッとしたのは言うまでもあるまい。


「そんなのある訳ないじゃないですかー! 天界には通貨が無いんですよ!」

「それ先に言えよ!!」


 「家賃」の概念が無いくせに、「家賃」と言う言葉はきちんとあるらしいのが、いかに多くの人間が過去に同じ質問をしたかを物語っていた。そうした栄えある“常識外れの人々”の仲間入りをレオは果たした。


「――おーい! 兄ちゃん!」


 どこからか聞き覚えのある声がした。声の方へとレオとミュリフィエが揃って顔を向ける。


 オッティーだ。晴れ晴れとした様子で老人とは思えぬ軽快さで駆けて来た。〈担当天使〉は引き連れていなかったが、例の手続きは終わっているようで、完了証明とも言える青いカードを持っていた。


「爺ちゃんも終わったみたいだな」

「いや~参ったわ。担当天使が二人とも掛け持ちしまくってる奴で大変だった」

「こっちも大変だった……」


 苦労を聞いたミュリフィエが何故か得意げな顔をして腕を前に組み始める。


「ほらね~、担当が私でよかったでしょ~?」

「え、何が?」

「優秀な私にかかれば、スムーズに事が進むって話ですよー。掛け持ちもしてませんし!」

「そうなのか?」

「レオさん一筋です!」

「そりゃ助かるわ」


 いつでもミュリフィエを呼べる事が約束されたのは素直に心強かった。右も左も分からぬ天界生活。今後も世話になる事間違いなし。頼もしい言葉を聞けてようやくレオは安心できた。


(しかも、掛け持ちしてないって事は、オレの為に頑張ってくれるって事だよな)


 余計な一言は多いが、たった一人の為に頑張ってくれると考えるとほっこりせずにはいられない。〈担当天使〉に当たり外れがあるとしたら、ミュリフィエは「当たり」なのではとレオは思った。……そう思っていた。オッティーの進捗を知るまでは……。


「で、兄ちゃんはどの辺りまで進んだ?」

「これから家探す所だけど?」

「おおう……随分とスローペースじゃな……」

「……おい」

「うわ~ん! だって担当天使初心者ですよぉ!? そのくらい許してよ! 初心者には優しく!」


 レオの鋭い視線を受けたミュリフィエが天使らしからぬ卑怯な正当化に走る。天使のプライドはどこへやら。


 掛け持ちしていないから専念できる。――聞こえはいいが、所詮は「掛け持ちの出来ないスペック」である事を覆いかぶせる為の言葉に過ぎなかった訳だ。さっきまでの温かい気持ちをレオは返して欲しくなった。


「まだ住む家を決めてないなら、わしの隣の家に来るか? 確かまだ空いとるぞ」

「おぉ、ホントか!?」

「ああ。早い者勝ちだからさっさと決めた方がいいぞ? 変わるのは窓から見える景色だけで、実際どこもそんなに変わらんよ」

「プライバシーが守られて、寝泊り出来りゃ正直どこでもいい!」

「そんじゃ、行こうか」


 ミュリフィエが「2人も持ち上げて飛びたくない」とわがままを言うのでレオ達は歩いて目的地へと向かった。


 街の中心にそびえ立つ巨塔から歩いて20分の住居区画にそれはあった。天界ではオーソドックスな白い平屋だった。小さな庭がついており、こじんまりとしていて可愛らしい。


 オッティーにやり方を教わり、レオは無事に入居手続きを終わらせた。


 審判の日を迎えるまでの天界生活がこうして始まった――。



次回は天界での暮らしについてです


2017.4.29 誤字訂正&補足

2024.12.30 文章改良&分割

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