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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第四十四話 深淵より出でし者

 巨大な石柱がそびえ立つ遺跡の合間から見えるのは、西方の空を陽の色で染め上げている橙の灯火だ。それとは対照的に、黙って渦を巻く〈アビスゲート〉は日の光をも吸い込むくらいの闇を放ち続けている。大地を照らす太陽が沈めば、諸悪の根源である〈アビスゲート〉がこの世界を喰らい尽くす……遠くの黒渦を見つめるレオはそんな気がしてならなかった。


 ただ、それも杞憂に過ぎない。


 今の所は、闇の渦からは前のような嫌な感じがしないのだ。前回身に感じ取った不気味さが思い起こされているだけで、これと言って危機迫る圧迫感は無かった。〈アビスゲート〉が発する違和があれば、対面せずとも、遠くに居るだけで身体が本能的に危険を感じ取る。幸いにも今はそれが無い。


 しかし、現に扉は開かれているので安心はしていられない。今はなんともないだけで、時間差で〈アビスゲート〉が本性を現すかも知れない。いつ牙を剥くか分からないのなら、早々にナミアを撃破するのが先決だった。


 対峙する者達の静かな戦いは続いていた……。


 息苦しさを覚える緊張感に身を包まれる中、レオ達はナミアの出方をうかがっている。皆身構えてはいるので、ナミアが攻撃して来れば、すぐにでも反撃が出来る状態だ。


 だが、同じくナミアも動かなかった。体を浮かせている彼女は後ろで腕を組んだまま、一言も喋らずにレオを真っ直ぐ見つめていた。ナミアはその身を聖なる光で煌めかせ、金の髪を冬の風に沿って流している。相変わらず2本の舞剣はレオに向けられているが、ナミアの方から仕掛けて来る感じは微塵も無い。


(ナミアからは来ないってか……)


 どちらが先に動いても変わりはしないのだが、自分に敵意が無い限り、ナミアは仕掛けて来ないらしい。相手が敵意を持って現れた者でも、自分に戦う気が無ければ動かないとは、いつも通りのナミアだ。そう思うとレオは少し安心した。いきなり襲って来るのなら、それはナミアではない。それでは彼女らしくない。


 自分達に先手を譲ってくれる事は決して悪い事ではない。しかし、誰がナミアに先手を打つかと言う問題に直面していた。


 故に動けず……。


 4人のうちの誰が先に攻めるかで譲り合っている暇は無いのだが、当然ながら我先にと斬り込む勇気のある人間は居ない。特に、レオを除いた三人は置かれている立場が違う。


 これが初対面となるが、シャル、シーナ、ダンにとっては、ナミアは全てを司る「祖」であり、当然ながら崇め奉るべき存在だ。挑み行く相手が自分達の神だと知って、自ら強襲を仕掛ける度胸はなかなか作れない。しかも、ナミアからの攻撃があれば切り替えが出来ると言うのに、彼女は一向に攻めて来ない。これでは三人も動けなかった。


 レオは目を横にやって、冷や汗をかいて緊張を隠せていない仲間を確認した。


(三人には荷が重いか……。(ナミア)に逆らうのは難しいのかも知れないしな)


 やはり自分が突っ込むしかないのか、とレオは剣を構え直して覚悟を決める。


 表面上は普段通りの「レオ」を装っていたが、その内では血を滾らせていた。心が熱く煮えていた。心臓の中で狂鯨が暴れて激しい血の大波を幾度も心室に当てて来る。こんなのは自分らしくない……こんなにも高ぶっている自分が恐ろしかった。


 一歩間違えれば死ぬ。それでも、今のレオには死ねない理由がある。シャルやシーナ、〈緋月〉のメンバー達、この大陸の人々、ここの世界の生きとし生ける住人……全ての為に死ぬ訳にはいかない。手が千切れようとも、四肢をもがれようとも、この一連の〈アビスゲート〉の問題を終わらせ、生きてこの世を見守りたい。その想いがレオを熱くした。


 皆の中に段取りはちゃんとある。「ナミアを倒して〈アビスゲート〉も閉じる」これが四人の考えていた最善だ。


 しかし、どうなるかは分からない。思い描くシナリオはあくまで、全てが期待通り上手く行った場合のものだ。ナミアを倒せないで全滅するかも知れなし、自分達には〈アビスゲート〉を閉じられないかも知れないし、閉じた所でナミアにまた開かれるかも知れない。


 どうしようもない不安と身が縮みそうな張り詰めた雰囲気に皆は今にも押し潰されそうになった。


 だが、誰かが行くしかない――。


 硬直状態を続ける皆を置いてレオが突っ込む。岩になりかかっていた仲間も突っ走るレオの背中を見て、失われかけていた動力が戻って来た。4歩出遅れたものの、彼を一人で行かせまいと、シャル、シーナ、ダンも祖なる者へ挑む。



 レオが振るった初撃はナミアをかすりもしなかった。上手くすり抜けられてしまった。


 ナミアの反撃は速い。虚しく空気を斬ったレオにナミアは両方の舞剣を放つ。

 レオは飛んで来た剣を受け流したので大事には至らなかたが、2本の剣は銀の流れ星になって遺跡の石床に勢いよく突き刺さり、それをいとも容易く砕いた。


 一旦仕切り直すべく、舞い上がった土煙からレオが靴底を滑らせながら出て来た。


 ナミアは次の攻撃をレオに加えようと、舞剣を再び向かわせようとした。しかし、瞬きをした合間に銀髪の少女が疾風の如く目の前に現れた。一双の剣を振りかざして目と鼻の先にまで迫っていた。


(実際に見ると速いですね――)


 本気の目つきをしているシャルを隻眼で捉えたナミアは、急いで足元の剣を自分の前に持って来て、少女の斬撃を食い止める。


 ナミアが安心出来たのも束の間、目の前の少女を避ける軌道を描き、少女の更に後方から槍の先端が飛んで来た。


 状況を察知するや否や、ナミアはすぐさま片方の舞剣を迫る銀の刃にぶつけてその軌道をずらした。それと同時に、鍔迫り合いをさせているもう一方の舞剣でシャルを弾き飛ばず。


(もう一人も来ましたか……)


 そしてナミアは、突き飛ばしたシャルと入れ替わるように迫って来たダンの動きを右目で捉える。仲間の陰を利用して隙を作ったつもりらしいが、そう簡単に行くと思われては困る。ナミアの蒼い瞳はダンの毛先の一本一本の動きの変化をも見逃さなかった。


 左拳に溜め込んだ力が放たれて、自分の方に向かって来ると分かった瞬間に、ナミアは海面へと滑らかに上昇する人魚のような宙返りをして避けた。かくして、ダンの一撃は躱された。


 優雅に宙を舞ったナミアは、一瞥もせずに2本の剣を再度迫っていたレオに撃ち放つ。恐ろしい事に、彼の居場所が正確に分かっているのか、ナミアの舞剣は不自然な曲線を描いて、獲物へと向かって別々に飛んで行く。


「くそっ! またオレかよ!!」


 ナミアの落下点を狙って走っていたレオは、飛んで来た舞剣を防ぐ為に足の動きを緩める。不意打ちの中断を余儀無くされた。


 右側から来た1本目の舞剣がレオの右腕をかすめて、斬り裂かれた皮膚から出血し始めた。だが、そんな些細な事に目を向ける必要は無い。今の攻撃はわざと防がなかったと言ってもいい。

 回転しながら無音で空気を斬り刻んで来るもう一方の舞剣にレオは備えた。


 レオのお得意の剣術で迫っていた両方の刃を受け流せるほどこの舞剣は甘くない。なんせ、この二本の剣は常識が通用しない。


 普通、投げた物は空気抵抗で勢いは弱まるし、重力によって下に引っ張られる。しかし、ナミアの舞剣は違う。どんなに飛んでも地面に引き寄せられる事は無いし、あろうことか、加速も減速も自由自在だ。自然界の法則を見事に覆している。


 ただ、今回初撃を防がなかったのは受け流せなかったからではない。やろうと思えば出来た。


(最初の1本はどう考えても陽動の為のものだ)


 レオの血をかっさらって通り過ぎた初撃の舞剣を当たらないように避けていたら、音も無く次に迫っていた2本目の舞剣に胸の中心を穿たれていたかも知れなかった。


 一撃目を避けずに自身の剣で弾いた場合も同じだ。弾けば当然隙が生まれる。そうなれば、待ってましたと言わんばかりにその隙を突いて2本目の舞剣が加速し、容赦無くその刃を赤く染めたであろう。


 ナミアはそれくらい僅かな、感じ取れないような時間差を利用してレオの死角を作り出し、そこを確実に突こうと狙って来たのだ。


 恐ろしくもあるが、分かっているのなら怖くはない。


 自分目がけて回転しながら飛んで来る二撃目の舞剣をレオは剣を振り下ろして左へ弾き飛ばす。金属が激しくぶつかった鋭い音が辺りに響いた。そして、振り下ろした際にレオは後ろに目をやって、最初に通過させたもう1本のナミアの剣を探す。


(――やっぱりか!)


 やはり、初撃に見逃しておいた舞剣は、自分のすぐそこまで戻って来ていた。二撃目の舞剣さえもナミアは囮にしていたのだ。レオがそう立ち回る事を予測していたかのように、無視された最初の剣を背中丸出しの相手に向かって引き返させていた。


 ナミアの舞剣と戯れるのは二度目だが、ほぼ確実に前回戦った時よりも剣の軌道のキレが増している。ナミアもしくは彼女の2本の剣が戦闘によって成長している、と言うよりは……この前の戦いではナミアが手を抜いてやっていた感じが否めなかった。


 人間が相手では本気でやり合わないと言う事なのか。だとすれば、それは人間への侮辱だ。そう思ったレオは、その神故の不快な傲慢と歪んだ思想をへし折って、二度と立ち直れなくしてやろうと心に決める。


 と、レオにはその前にやる事がある。まずは後ろから戻って来る舞剣を防ぐか受け流すかをしなければ――。


(間に合うか――!?)


 タイミングが合いそうにない。このままでは、どう足掻いても剣の刃が迫る舞剣に届かなかった。今、剣を左に振り下ろしたばかりだ。手首の向きを変える時間も惜しい。


 氷魔法を使って背中に鎧を纏うのも一つの手かも知れない。だが、それでは強度に少々不安が残る。ナミアの剣があっさりとにわか作りの脆い氷の鎧を貫通し、前回同様の串刺し地獄が現実となる事は簡単に想像が出来てしまう。ここまで自分の魔法に自信を持っていない人は稀だが、魔法の鍛錬をしていなかった以上、レオには不安しかなかった。


 こんな所では絶対に死ねない。なので、ここはどうしても刃こぼれ一つしない〈運命剣〉で防ぎたかった。レオ的には、幾度もの戦いを共に切り抜けて来た自分の剣の方が信用出来るのだ。


 今日のレオは随分と冴えている。


 背後から飛んで来る舞剣を防ぐには、右手に持っている剣を振り下ろし終了後と同時に左手に持ち替えて、逆手に握った自身の剣の刀身を背中に持って来るしかない。それしか助かる道は無い。姿勢を低くして無理矢理避けようとした所で、どうせ舞剣は自動追尾して来るので刺される。


 そうこうしているうちに持ち替える時期が来てしまった。


(助かるにはやるしかねぇ!!)


 このような「予測不能な剣さばき」と言うのはレオが最も得意とする分野なのだが、今のこの瞬間はやけに緊張していた。変な手汗で剣の持ち手が滑りそうで恐ろしい。持つ手を替える時に誤って剣を落とさないようにと、いつもより慎重に行う……なんとか間に合いそうだった。


 風を斬ってレオの背に向かっていた舞剣が火花を散らして弾かれる――。


「えっ?」


 舞剣の攻撃が自分の剣に当たっていない事はレオにはすぐに分かった。持ち替えた左手に振動が届いていないのもそうだが、何より、舞剣が誰かの攻撃で弾かれる一部始終をレオの目がギリギリ捉えていた。


 誰かと思えば、シーナだ。シーナの槍先が縦波を描いて飛んで来て、舞剣を遥か上空へと弾き上げたのだ。レオの無理矢理な体勢を見て、これは危ないと感じたシーナが細やかな助力をした。


(シーナ、か……。よくオレが危ないって分かったな)


 頼れる仲間がそこに居た。仲間が居てこそ戦いの中に助け合いが生まれる。今、レオの中でナミアの言葉が思い出された。


 レオはシーナと目を合わせて無言の感謝を伝え、剣を逆手持ちにしたままナミアの方へと急いで向かう。


 シャルとダンの猛攻を避け続けていたナミアは、再び2本の舞剣をレオの方へと放つ。「またかよ!!」と心の中で文句を吐きつつ、レオは身を削ろうと取り囲んで来る2本の舞剣の対応に追われる。


(あの剣……! またレオを狙ってる!! 敵はたった一人なのに、なんでこんなに苦戦してるの私達!?)


 またレオが意思を持ったかのように動く剣に翻弄され始めたので、シーナも魔節槍を飛ばして加勢した。


 レオが思いっきり刃をぶつけても、護拳で力一杯殴りつけて弾いても、相変わらず舞剣の刃は欠けもしなかった。それだけならまだ可愛い方だ。いくら斬れ味が良くても、当たらなければ脅威ではない。


 問題は別にある。


 この2つの舞剣、軽々と浮いている姿とは裏腹に、場所を維持しようとする力がかなり強い。目には見えていないだけで、剛腕な戦士が舞剣を振るっているように感じるくらいだ。弾いて吹き飛ばすのも一苦労しなければならない。


 そう言う事もあって、ダメージを食らうのはレオばかりだ。斬りかかって来る舞剣を弾く度に、剣を握る手に衝撃が走る。


(受け流すと距離詰められちまうんだよなぁ……いつまで持つかね、この状況……)


 宙を自在に舞う2本の剣のうちの1本が、今度はレオの足元を狙って斬り払う。レオにも相手の剣の行動パターンが本当に分からない。愚直にも突っ込んで来たかと思えば、こうやって狡猾な斬り方を仕掛けて来る。


 レオは脚を狙って来た剣を避けるべく、小さくその場で宙返りをしてそれを躱し、同時に両方の舞剣を空中姿勢で斬り付ける。それによってしつこく付き纏う2本の剣が離れ、ナミアの元へ抜ける道がようやく出来た。


 自分の剣と剣の猛攻を切り抜けたレオの姿をナミアは右目で一瞬捉えた。


(前回とは抱いている想いが違うようですね……感心しちゃいます)


 舞剣〈レイ・ブレン〉のトリッキーな動きについて行ける者はそう多くは居ない。一度その動きを目にしていると言う事もあるだろうが、それにしても上手く立ち回っている方だった。ナミアの予想よりも切り抜けるまでに随分と時間がかかっていたが、レオの動きは彼女を素直に感心させるものだった。


 しかし、ナミアもそう易々とはレオを近づけさせない。


 仲間が交戦中のナミアの所へ行こうとしたレオだったが、足元から顔を照らす何かに気付いて下を見る。真下に光の湧水が出来ていた。――レオの脳裏に前回の風景が浮かぶ。


(これは――!?)


 自分を死へと追いやったあの魔法だ……直感的にそう感じたレオは、噴水のように湧き上がった聖なる光をギリギリで避ける。以前よりも小規模だが、光輝の間欠泉は次々とレオの足元に出現した。レオはそれを浴びないように縫って避ける。


 避けるだけなら苦労はしない。すかさず厄介な2本の剣がレオの元へと飛んで来た。


「こいつ、ホントにオレの事好きだなァ!!」


 シーナもレオから舞剣を遠ざけようと後方で槍を振るが、そのしつこさには敵わない。



 予想通り、ナミアはレオを集中して狙って来た。その攻撃対象はやはりレオだけだ。攻めて来る他の三人は眼中に無いと言うよりは、むしろ、三人とは争いたくないと言った感じだ。ナミアが彼らの攻撃を避け続ける理由はそれしかない。


 レオを仕留めようと光の柱を何本も作り出しながら、ナミアはシャルとダンの相手をしていた。彼女を守る舞剣〈レイ・ブレン〉の居ない間は、ナミア本体ががら空きになる。そこを狙ってシャルとダンが叩き込む。


 シャルは幾度となくナミアに斬撃を加えようとする。しかし、いくら剣を振る速度を上げても、なかなか当たらない。正面からの一対一の勝負でここまで剣を躱された事はシャルも初めてだ。


 宙で踊るようにシャルの双剣を避けるナミアだったが、彼女の左目の死角に入り込んだダンが、拳に込めた重い一撃を相手の左肩に直撃させた。さすがのナミアも死角からの攻撃には対応出来ず、物凄い勢いで飛ばされ、そのまま地面に転げ落ちた。


「あり得ねぇ……!」


 擦り傷を負いながらもナミアは地に素足をついて立ち上がる。その体は華奢な少女の姿をしているとは言え、かなり頑丈なようで、ダンの一撃を食らっても平然としていて脱臼すらしていない様子だった。


 ダンだって手を抜いて殴った訳ではない。バチを受ける覚悟の上、思いっきりナミアの左肩を殴りつけた。普通の人間なら、あの一撃で骨が砕けていたはずの威力だった。なのに平然と立ち上がるとは……ダンも驚いた。


(あれを受けて痛みに顔を歪めないなんて……化け物か)


 斜めになった体を起こして相手を探すナミア。そこへシャルが素早く蹴りを入れる。ナミアは難無く少女の一蹴りを艶やかな前腕でガードする。

 しかし、これだけでは終わらない。シャルは蹴った体勢から着地もせずにすぐに体をひるがえし、ナミアに斬撃を加えようとした。


「っ!」


 人間技とは思えない相手の身のこなしにナミアは少し驚いたが、シーナを足止めしていた舞剣の1つをすぐさま自分の元へと引き寄せ、シャルの双剣を間一髪で受け止める。


 ナミアは受け止めた銀髪の少女を弾き飛ばして距離を取らせる。しかし、シャルは果敢にも再度ナミアに向かって突っ込もうと、着地した後に両足に力を込めて一気に距離を詰めようとした。


 シャルの体重移動を察知したナミアは、聖なる光の噴水を壁状に湧き上がらせて行く手を塞いだ。


「ずるい!!」


 こうなってしまっては、シャルも足に溜めた力を緩めるしかなかった。相手の魔法で作られた光の噴水の壁に突っ込むほど馬鹿ではない。しかも、突き進むにしても、聖なる光が眩しくて向こうの状況が分かりにくかったのでやめた。


 光で作った壁を挟んで向かい側に居たナミアは、さっき自分の所に引き戻した剣を逃げ惑うレオに向かわせて仕上げにかかろうとする。


 しかし、自由になったシーナがそれを許さない。


 遠く離れていたシーナは、長い銀髪を振り乱してその場で回転し、魔節槍をナミアに向けて一直線に発射する。


 曲がる事無く真っ直ぐに飛んで行った槍の刃は、虚しくもナミアの側にあった舞剣に阻まれた。だが、シーナの合わせ技の真骨頂はここからだ。


 遠距離の突きをナミアに受け止められた瞬間、シーナは槍先から〈破導〉を放出させた。その衝撃波は舞剣を簡単に通り越して剣の主に直撃した。初見でこれを避けられる者は居ないのだろう。


 〈破導〉をもろに受けたナミアは、きりもみ状態になりながら、木の葉のように軽々と吹き飛んだ。


 そして、ナミアの飛んだ先に待ち構えていたダンが、紅闇を纏わせた渾身の拳を彼女にぶつける。避ける事も出来ずにナミアはその重撃に叩きつけられた。雷鳴にも似た轟音と共に、打ち付けられたナミアを中心に遺跡の表面が蜘蛛の巣状に割れた。


「なにっ!?」


 一見倒したように思えたが、光で作られた大波がナミアを取り囲んで発生し、ダンを見る見る遠ざけた。レオを追っていた光の間欠泉も止み、一同揃って光の波の発生源に注目する。


 光の波は徐々にさざ波となって行き、遂には何も起きなくなった……。静寂が皆を包んだ。


(……終わり、なのか? いや、そんな訳ない……)


 ダンの一撃で遺跡が陥没していてレオからはナミアの姿が見えなかった。ただ、これで終わってしまう訳がなかった。そんな簡単にやられてしまうような奴ではない、とレオは固唾を飲んでその時を待った。


 レオの期待に応えるかのようにナミアは立ち上がり、また少し浮いた。


 あれほどの一撃を食らってもまだ生きている事に皆焦りを覚えた。なんと言っても、ナミアは息切れ一つしていない。ここまでして成果が見られないとなると、逆に自分達の方が追い詰められているのではないか? と心配になってしまいそうだった。


(いや、ホントに……私達の方が追い詰められてるんじゃない……? こっちは疲れが出るのに、あっちは疲れないとか……どうすればいいのよ)


 シーナを始め、シャルとダンも神の撃破方法に悩む中、レオには一粒の可能性を頭に浮かべていた。


(あれだけダンの拳を受けても平気なのにな……)


 打撃にはめっぽう強いのか、ナミアには苦痛の表情が無い。余裕を見せようとしている可能性もあったが、ダンの攻撃を受けたはずの体には腫れた跡が一つも見当たらなかった。


 ただ――擦り傷を除いては。


 ナミアの左目から光を奪った時なんかはどうだ。たった一筋の氷刃の切っ先だけで怪我をしたではないか。大地をも砕くダンの拳に比べれば、それはそれは脆いものだ。超強力な打撃をもってしても、折れやすい氷の刃に届かないとはどう言う事か……。


(切り傷……か)


 強靭な身体を持つナミアを死に至らしめるには、大きな打撃ではなく、刃による斬撃しかないようにレオは思えた。ただの勝手な推測ではあるが、試してみるのも悪くはない気がした。


(何故か恥ずかしいくらいに見られていますが……まぁ、いいでしょう)


 レオに凝視され続けているナミアは大きな溜め息をつき、右目を横にやる。ダンの動きを警戒しつつ、今後の戦い方について模索する。


 見つめられたダンは自分に攻撃が向けられるのかと思い、両拳を前に構えて中腰になった。そして、念の為にナミアの舞剣の位置も確認する。


(ダンと呼ばれる子の動き……パワー、スピード……特にパワーが突出して優れていますね。厄介です。実際に戦ってみると改めてそう感じさせられますね。それに、シーナの攻――)


 今度はシーナが魔節槍を伸ばし、ナミアに強襲を仕掛ける。ナミアは波打つ攻撃に当たらないように槍を避けて宙に逃げるが、地上に居たダンが彼女を追う。飛ぶ速さではダンが勝っており、ナミアが気付いた時にはもう頭上に来ていた。


「――おらよっ!!」

「うっ……!」


 打撃にも似たダンの炎と闇の混合魔法を食らって、ナミアは成すすべ無く地表へと落下して行く。


 空中で受け身を取ったナミアは地面への直撃は避けられたが、そこへレオとシャルが挟み撃ちを仕掛けて来た。さすがと言うべきか、急な事にも神であるナミアは冷静を保っていた。


 ナミアは迫り来るシャルを妨害するように光の噴水で壁を作り上げ、眩い光の衝撃を放ち、斬りかかって来たレオを吹き飛ばす。そして、吹き飛ばしたレオに向かって容赦無く2本の舞剣を撃った。


 レオは飛ばされた勢いで地面を転げながらも上手く受け身を取って体勢を整え、次に来るナミアの攻撃に備えた。


 先に来た1本目を無理矢理弾き飛ばし、続いて来る2本目にぶつけようとした。しかし、2本目の舞剣は軌道を器用に変えて片割れを避け、剣を構えたレオに向かって突っ込んで行く。更に、弾かれた方の舞剣も回転しながら獲物の元へと方向転換した。


「オレにばっか張りつきやがって!」


 ナミアの2本の剣を相手にするのはやはりキツかったが、苦戦するレオの姿を見たシャルがそれを察して加勢する。


 更なる追い撃ちをかけようと、光の柱をレオの足元から湧き上がらせようとしていたナミアだったが、彼のすぐ側にシャルの姿があったので、術をキャンセルするしかなかった。


「ありがとよ、シャル!」

「うん! レオはあたしが守るから!」


 レオは感じていた。不思議と力が湧いてくる……と。


 勝ち目が薄い強敵が相手だったが、それでも、以前一人で戦った時よりは心持ちが楽だった。自分が危険に陥れば、すぐにやって来てくれる頼もしい仲間が居る。仲間と戦っているからこそ、不思議と負けられない熱意が籠った力が出るのだと感じた。仲間と戦闘をする事は今までもあったが、そんな風に思った事は無かった。


 長い事独りで戦って来たレオが、一緒に戦う存在を認めたからこそ味わえたものだった。



 シーナとダンの猛攻を次々と躱すナミアだったが、またしても彼女は〈破導〉の餌食となり、レオとシャルの方へ飛ばされた。同時にシーナは魔節槍の先端も飛ばし、ナミアが避けられない状況を作った。


(これでどう!?)


 シーナの槍先が弾丸の如く勢いよく飛んで行く。その速度は後方へと流れるナミアよりも速い。このまま行けば、確実に彼女を捉える事が出来るだろう。


(これは……飛ばされた先に待ち受けているレオとシャルに斬られるパターンですね……)


 シーナの魔法によって吹き飛ばされたせいで上下の感覚がひどく乱されてしまったが、ナミアは互いの位置関係をなんとなく視認出来ていた。


 この状況、何もしなければ迫り来る槍に穿たれ、槍の対処をすれば、レオとシャルの追い撃ちに遅れが生じる。かと言って、待ち構えているであろう二人の対応を優先すれば、今度は槍に追いつかれる。ナミアにとっては最悪の状況だった。


 どの道、シーナの槍をまずどうにかしなければならないのは確かだ。一時的に舞剣を1本囮にする必要があるが、やむを得ない。今はそれで槍の攻撃を防ぐしかない。


 待ち伏せしているレオとシャルの事を考えれば、舞剣を向かわせて槍を防ぐのは本当に惜しい。身を守るすべが結果的に減るのだから。

 ただ、迷っている暇はあまり無いのも事実。シーナからの攻撃をとにかく防いで、後はもうやられないように頑張るしかない。


 ナミアは止まろうとしない力に耐えながら、舞剣の1つでシーナの攻撃を防ぐ。向かって来た魔節槍の軌道を逸らす事に成功した。


 しかし、今回は甘かった……。


 神ナミアは後ろに居たシャルに捕まり、羽交い絞めにされた。レオとシャルが控える場所に飛ばされた事は分かっていたが、まさか向こう側から来るとは予想外だった。


(しまっ――!?)


 がっちり拘束されたナミアはシャルと一緒に地面に転げ落ちた。腕を回して来た少女を引き剥がそうとするが、シャルの締め付けは強かった。絶対に離すまいとシャルは目をぎゅっと閉じて全力でナミアを抱き締める。


 レオが向かって来るのが見えた。ナミアは彼の歩みを妨害しようと、もう1本の舞剣を向かわせようとした。……しかし、現れない。


「探してるのはこれか?」


 ダンが舞剣の1本を握って離さなかった。


 ならば、とナミアはもう片方の剣をレオに放とうとするが、残念ながらこちらはシーナによって引き止められていた。


 怪力自慢の二人に舞剣〈レイ・ブレン〉は捕らえられてしまっていた。こうなると、もはやナミアを守る武器は何も無い。完全に無防備だ。


(っ、マズい!)


 ナミアの顔に焦りが出始める。冷や汗が止まらなくなった。このままでは殺される……そう思うと、なんとも言い表せない恐怖に襲われた。


「離してください!!」


 シャルに呼び掛けながらナミアはじたばたともがくが、銀髪の少女は耳を全く貸さず、それも悪足掻きに終わった。


 ナミアの顔に夕陽に照らされたレオの影が覆いかぶさった。


 見上げれば、かつて自分が殺した人間が立っており、その剣の切っ先を自分へと向けていた。レオの剣先は震える事無く真っ直ぐナミアの喉を向いている。〈運命剣〉の銀の牙は、茜色の空を跳ね返して燃えるように煌めくものに染まっていた。


 蒼い右目でレオを映すと、ナミアはそっと瞳を閉じた。


 一体自分は長い年月をかけて何をやって来たのだろうか。今まで創り上げて来た全てが無駄になろうとしている。一体なんの為に自分は神として生きて来たのか……。今、よそ者(・・・)によって、掛け替えの無い命を奪われようとしている。


「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」

「死ぬのは、嫌です……」


 レオは失望を通り越して呆れていた。人間ならまだしも、神であろう者が生に執着するとは、すこぶる気分が悪い。


「命の重みにを差をつけるのは嫌いですが……私のものは、レオ……貴方のものよりも重いです」

「オレやホーブリックスの爺さんを殺しておいてよく言うぜ……」


 だってそうだろう。命の重みに差が無いと分かっているのなら、自分の「子」ではないと言う理由で殺しを正当化したり、自分の「子」を自分の企みの犠牲にしたりするものか。今のナミアの言葉には説得力の欠片も無い、とレオはひどく感じた。


「……私の言う事を少しは聞いてください」

「聞く訳ねぇだろ、バカか」

「ふふっ……こう言う説得は今の貴方には無駄みたいですね」


 神である自分が情けない……。もはやこの窮地から脱するには、手段を変えなければ不可能に思えた。


「終わりだ、ナミア。今までありがとな……」

「閉じ方も知らないのに、どうやって扉を閉めるのですか?」


 レオもこのふざけた問いには舌打ちをせずにはいられなかった。


 確かにそうだった……。言われてみれば、開口点の潰し方は知っていたが、〈アビスゲート〉の閉め方などは一切分からない。検討すらつかない。七賢ホーブリックスはそれを知っていたようだが、残念ながら彼はもう居ない。


 まんまとやられた。これもナミアの策略なのかと思うと、どうも腹が立った。


「ナミア……どうやって閉めるんだ」

「まずは私を放してください」

「おい、ふざけんなよ。どうやって閉めるんだ!」


 レオはどうやったら〈アビスゲート〉を閉められるか問いただすが、ナミアは「まずは私を放してください」の一点張りで話が進まない。解放してくれるまで絶対に話さないつもりだ。


 レオが見る限りでは、ナミアの顔は真剣そのもので、当然ながら笑っていない。……が、信用出来ない。その腹の中に黒いものを隠し持っているに違いなかった。


(言う通りにするべきか、無理にでも吐かせるべきか……)


 ナミアの言う通りにしたらどうなるか……解放した途端に逃げるのか? 今までのナミアの言動からは考えにくかったが、なんと言っても彼女は今回の件の黒幕で、しかも生に執着している意地汚い神だ。狡猾にも逃げる可能性は十分にある。


 しかし、シャルに拘束されているナミアはずっと質問に答えようとしない。いくら問うても返って来る言葉は常に同じ……。このままではらちが明かないのも確かだ。


 打開策を頭で練っているレオの元にシーナとダンも集まって来た。


 いつの間にかナミアは両方の舞剣を綺麗さっぱり消していた。敵意の無さを伝える精一杯の行動だったのだろう。現にナミアはシャルに強く抱き締められていて身動きが取れない状態だ。それくらいでしか降参の意思は示せない。


 シャルの締め付けで息苦しくなったナミアは2回ほど咳き込んだ。そして、レオの目を見て請う。


「ですから、放して貰わないと何も出来ません。信用されていないのは重々承知しています」

「どうするんだ、レオ」

「このままじゃ、本当に何も出来ないのかも知れないわよ?」


 低い唸り声を発すると、レオは仕方無さそうに、ナミアを自由にさせるようシャルに言った。シャルは言う通り両腕の力を緩める。


 拘束から放たれると、再びナミアは少し宙に浮いた。そして、皆をじっと見ながら滑るように距離を取った。まだ警戒しているらしい……。


 10mくらいは離れただろうか。このままではナミアが彼女のずーっと後ろの方にある〈アビスゲート〉に行ってしまいそうな気がしたので、ようやくレオが呼び止める。


「そんなに離れなくてもいいだろ……」

「〈アビスゲート〉の閉じ方を喋った途端に殺される気がしまして」

「そんな事しねぇよ……どこまで警戒してるんだ」

「貴方のこれまでの言動が私をこうさせるのです……」


 ナミアは大きく息を吸って解放感を存分に味わった。レオ達には大きな溜め息に聞こえたが。


「そもそも。私を殺せばこの問題が解決するとでも思っていたのですか? 思い違いですよ」


 皆の頭上にハテナが浮かんだ。


 ナミアの顔は未だに穏やかではなかった。不愛想にも見えるその表情から読み取れる事は、ナミアが本当に死を恐れていると言う事だ。さっきの言葉にしてもそうだ。レオ達に殺される事を今までに無いほど恐れている様子が対峙する彼女からうかがえる。


 だが、ナミアが死ぬ事によって何と直結しているのかがさっぱり分からない。今まで築き上げて来た功績や経歴が泡沫となって消えるのが嫌なのか? レオの考えはそんなようなものだったが、発想が文化的すぎた。


「よく考えてみてください。この世界は私が創ったものです……主である私が居なくなったらどうなるか……」

「世界も死ぬって言うの!? 今更信じろって言う方がおかしいわ!!」


 シーナが言いたい事もよく分かる。窮地に立たされたナミアが自分達を惑わす為に放った嘘だと考えるのが道理だ。ナミアへの信頼度が急激に落ちた今、それが嘘にしか聞こえない事も分かる。


 だが、一度全身の温度を下げて考え直してみるとどうだろうか。


 ナミアは主神だ……この世界を創った祖であり、この世界の持ち主。これに偽りは確実に無い。「彼女が死ねば、彼女の世界も死ぬ」と言うのは、一応筋は通りそうだし、あり得ない話ではない。ナミアの力によってこの世界が動いているとしたら、彼女の活動停止はこの世界の活動停止に等しい。ナミアの力で出来上がっている世界なのだから、そうなるのが自然だ。


「ハッタリ……じゃないよな? よく考えるとそうだが……」

「え!? あんた、まさかナミアを信じるって言うの!? おかしいわよ!!」

「だって……ホントにありそうで怖い」

「ばっかじゃないの!? レオ、あんた一度アイツに騙されて殺されたんでしょ!?」


 いや……騙されて殺された訳ではない。誠心誠意ぶつかり合って串刺しにされただけだ。もちろん、戦いにおいてはお互いに不意を突きながら刃を交えたが、ナミアは騙して来るどころか、とどめを刺されて死ぬまでに多くの真実を明かしてくれた。


 レオは迷いのある目でナミアを見つめた。


「レオ、貴方なら分かるはずです……。私の言っている事――ぐっ!?」


 その場に居た誰もが驚愕した。どう言う訳か、ナミアの小さくか細い体を背後から大鎌が貫いている。


 これは夢ではない。悪夢のような現実の出来事だ。


 ナミア自身の穢れの無い血で、彼女の着ていた薄桃色のワンピースは身も凍る速さで赤く滲んで行く。ナミアの素足を伝って、びちゃびちゃと悍ましい音を立てて垂れ落ちる鮮血……彼女は苦痛の表情を見せていた。


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