第四十話 今となっては後悔だけが
レオが死に、葬儀はその日の夜に執り行われた。カネリア郊外にあるレオも見ず知らずの斎場だ。そう言った事とは無縁なので、郊外にそんな場所があるとは知らなかった。
シーナだけは居なかったが、〈緋月〉のメンバー全員が斎場に足を運んだ。
死者がこの地に生まれて来た事、死ぬまで生活出来た事への感謝をレイヴンが天に捧げる。綴られる言葉が厳粛な雰囲気を作り上げた。
急な招集にもかかわらず、皆白と黒を基調にした礼装で集まってくれた。多くの者が丈の長いコートを身に纏っており、非日常感がより一層重苦しい空気を掻き立てる。
泣いている者は誰一人として居なかったが、曇りきったその顔色は隠せていなかった。
こうしてここに来るまでにどれだけの苦労があった事か。レオはダンに感謝しかない。
夕陽が沈んだあの後、シーナから引き剥がすようにして、ダンが空っぽになったレオの肉体をこの斎場まで運んでくれた。
激しく抵抗していたシーナも、何も言わずに買って出てくれたダンも、それは辛かった事だろう。今思い出しても、あの時のシーナの悲痛な面持ちがはっきりと浮かび上がって来て、レオは申し訳ない気持ちで押し潰されそうだった。
(シーナ……大丈夫かな……)
わんわん泣き崩れていたシーナは今も一人で家に居るのだろう。仲間を失ったショックで静かにしていたい気持ちも分かるが、レオはそれが心配でならなかった。
出来る事なら、シーナには見えなくても、彼女の側に居て彼女を見守っていたい。
しかし、今のレオにはどうする事も出来にない。
レオの魂が入っているのはシャルが首から下げている金の懐中時計だ。それ故、レオはシャルからは離れる事が出来ない。離れようものなら勝手に引き寄せられてしまうのだ。逆に、シャルが身に着けている懐中時計をどこかに置き忘れるような事があれば、レオはその場から動けなくなってしまう。
シーナに金の懐中時計を持たせる事が出来れば、レオの心配も解消されるが、彼女はかなり塞ぎ込んでしまっている。家に戻るや否や、シーナは自分の部屋に閉じこもってしまった。そんな状況でシャルが懐中時計を渡せる事など出来なかった。
この斎場で火葬も行ったのだが、レオからして見れば、自分が目の前で焼かれて灰になって行くのを見させられた訳だから、なんとも言えない変な気持ちになった。自分が自分ではないような気持ち悪さすら覚えた。
何もお偉いさんの葬儀ではないので、深夜には全ての作業が終わり、闇に染まった海にレオの骨灰が散布された。レオは知らなかったが、死者をこうして自然へ回帰させるのが昔ながらのやり方なのだ。後に亡くなった人の名前を彫った石碑を立てて祭るのが一般的な流れだ。
葬儀を終えた者は各々喪に服した。本来ならば翌日には「天へ送る会」なるものを行うのだが、シーナが不在なので、彼女の心の整理がつくまで延期しようと言う事になった。
澄んだ空気は、大粒小粒の銀粉を天に張りつけたかのように、夜空に広がる近くの銀河系や星々を綺麗に輝かせていた。寝静まった〈カネリア〉の街並みを水路に沿って佇む温かな街灯と月明りが照らし、冬でも元気に飛び回る〈マナ虫〉は、木々に留まってその光で黄金の並木を作り上げている。
冷えた外はこんなにも賑やかになっているのに、それを見て楽しむ者は一人も居なかった。もちろん、突如としてその場に現れたシャルとダンもそうだ。
シャルはダンに〈魔術転移〉で斎場から家へ送ってもらった。こうやって戻って来るのは、今日で2度目になる。
「ありがとー」
「いいって事よ」
咳払いをしたダンは、少し改まった顔を遥かに小さなシャルの方に向けた。シャルもりんりんとした瞳を返す。
すると、何故かダンは苦いコーヒーでも飲んだ後のような顔に変えた。にらめっこをしたい訳じゃない、とシャルは首をかしげる。
「ん?」
「なんだ、シーナの奴、随分と塞ぎ込んでるだろ? 何も言う必要は無い……ただ、アイツの側に寄り添ってやってくれ……。相当堪えたんだろ。自分の言動の過ちが全部レオの死に直結しているって感じの様子だったしな……」
「ダン分かるの?」
「俺もそう言う時期があったから分かるんだ……。だが、側についてくれた人が居た。ああ言う時こそ、誰かが側に……シャルウィンみたいな奴が側に居てやらないとダメなんだ。だから、シーナの側に居てやってくれ」
「うん、分かった……」
ダンの言葉は妙に説得力があった。これが自分と大人の経験の差なのだろうと実感したシャルだった。彼女の2倍くらいの歳差があるのだから当然だ。
しかし、ダンの頼みを聞き入れたシャルだったが、少し不安だった。その少しの不安も、気に掛ければ気に掛けるほど大きくなって行った。今や押し潰されそうなくらいに膨れ上がっている。
(もしもお姉ちゃんがこのまま暗い人になっっちゃったら……。もしもあたしにお姉ちゃんを慰める力が無かったら……。もしも……)
シャルは姉を元気付けられる自信が無かった。自分は何も気の利く事は言えないし、なんて言ったって今姉が欲しているのはレオだ……妹の自分では期待に応えられそうにない。
レオと姉を繋ぐ方法が全く無い訳ではない。自分を介してレオの言葉を伝える事もやろうと思えば出来る。……が、それでは温かみに欠ける。それでは、レオの言葉ではない。
どうする事も出来ないシャルは月明りとは正反対の表情を滲ませる。
そんな銀髪の少女を見てダンはある可能性を伝える事にした。本当に信じ難い幻想のような一抹の希望だし、バカげていると言われかねない可能性だったが、姉妹を元気付けるきっかけにでもなればいいなと思って遂に語る。
「レオが霊体でこの世界に留まってるんなら、生き返らせる事が出来るかも知れない」
「ホント!?」
苦悩に押し潰されそうだったシャルが息を吹き返した。
「七賢舐めんなよ? ちょっくら調べて来る。何か分かったらすぐに知らせに来るからよ」
「分かったー!」
「じゃあな、シーナを頼むぞ」
自宅前の夜道にぽつりと佇むシャルに別れを告げ、ダンは〈魔術転移〉で闇に消えた。
とは言え……、厳密にはシャルは1人ではない。彼女のすぐ側にはレオが背景を透かせてずっと立っていた。
((オレ、生き返れんのか……? ホントになんでもありだな、この世界は))
亡き者を蘇生する事が出来る魔法や能力は聞いた事が無い。それを可能とする方法が本当にあるのだろうか? 神にも匹敵するそんな力を持った人類が果たして居るのだろうか? レオの疑問は尽きないが、何分霊体となってしまった彼にはどうする事も出来ない。シャル達に成り行きを任せるしかなかった。
死者を蘇らせる事が出来るかも知れない。この可能性になんの疑問も持たずに素直に喜んでいたのはシャルだけだった。
「よかったねレオ! お姉ちゃんにも教えてあげなきゃ!」
シャルは喜び跳ねて家に入った。
そう言えば鍵がかかっていないと思ったレオだったが、恐らく妹が帰って来る事を考えてシーナが開けておいてくれたのだろう。不用心ではあるがシーナらしい心遣いだ。
我が家は暗く静まり返っていたが、それを気にする事無くシャルは笑顔でシーナの部屋へと向かった。
シャルには「ノックする」と言う概念が無い。自分の部屋に入るかのように姉の部屋の扉を静かに開けて入った。続いてレオがシャルに引き寄せられて入る。
部屋はほとんど真っ暗だった。カーテンの隙間から見える夜闇の方が明るいくらいだ。
扉に背を向け、ベッドの上で膝を抱えてうずくまっているシーナがそこに居た。血まみれだった服も変わっており、シャワーでも浴びたようだったが、日没の出来事がまだ茨の鎖となって彼女の心に巻き付いているらしい。
「お姉ちゃんっ、聞いてよ! レオを生き返らせる事が出来るかもって、ダンが教えてくれたよ!」
シャルがさっきダンから聞いた事をいつもの調子で話す。
空気の読めない妹に嫌気が差したのか、シーナは顔をしかめながらシャルの方を向いた。あれからずっと泣いていたようで、普段の雰囲気は完全に無くなっていた。その目は険しく、何度も服でこすって拭いたらしく、目元が赤く腫れていた。
そしてシーナは元気の無いかすれた声で言う。
「あり得ないわよ……そんなの……」
「なんでそんな事言えるの?」
「あなたこそ……なんでそんな事……。信じられる訳ないでしょ……死んだ人は、生き返らないのに!」
「一緒にレオを生き返らせる方法探そ?」
シーナは消えて行くレオのぬくもりを思い出てすすり泣く。妹が何を言っているのか全く理解が出来なかった。励ましや慰めを含めた言葉のようだったが、そんな風には到底受け止められなかった……。
((シーナ……))
レオの魂の声はシーナには届かない。
間近で見ているのに、側に居るのに、何もしてやれない……。レオはどうする事も出来ないもどかしさを感じていた。喉に何かつっかえた感じがして、この陰と陽の空間に居るのが辛くなった。シーナの憔悴しきった顔は見たくなかった……レオはシーナのいつもの明るい顔が見たかった。
シャルは朧げになったレオの横顔を確認する。普段は穏やかな愛方は、目元にしわを作って唇を噛んでいた。シャルも見た事の無いレオの表情だった。
「お姉ちゃん泣かないで? レオが悲しんじゃう……?」
シーナの怒りが限界に来た……大切な人を失ったのに、家族同然に暮らしていた人が殺されたのに、悲しそうな顔をほとんど見せない妹に腹が立った。心無い態度にも心底うんざりしていたが、何より、レオの事を全て知っているかのような饒舌さがシーナの堪忍袋の導火線に火をつけた。
「――もうやめてッ!! やめてよ! レオはもう居ないの! 分かるでしょ!? 分かってよ!!」
「お姉ちゃん何も分かってない! そんな暗いお姉ちゃんやだよぉ……」
シャルはレオが居る辺りに手を向けて、必死にその存在を伝えようとする。
「ほら、レオはまだ居るよ! まだ側に居るんだよ?」
「シャル……それは、幻想よ……。レオは生き返ったりなんてしない! レオの事が好きで受け入れられないのは分かる……でも、あたかもレオが側に居るみたいに振る舞うのはやめて!!」
「レオが死んじゃって辛いのはあたしも同じ!! だからこそ、立ち直って、力を合わせなきゃいけないんだよ…………っお姉ちゃんのバカ!! お姉ちゃんが来なくても、あたしは行くから!!」
シャルは怒りに任せて暴力的な扉の閉め方をし、シーナの部屋からすぐさま出て行った。
扉の悲鳴と共にレオはシーナがこぼした呟きが少しだけ聞こえたが……シャルがしている金の懐中時計に引っ張られ、床を透け、家を透け、強制的に外に連れ出されてしまった。
再び静まり返ってしまった自分の部屋で、シーナはさっきの言葉をもう一度呟いてみる……。
「レオ……私、どうしたら……」
レオが側に居るのなら聞いてくれているのかも知れない。居るはずないが、寂しさを抑えきれなかった。強がっていた事をシーナはしみじみと感じさせられた。
妹にレオは戻らないと言ったくせに、居るはずもないレオに助言を請うとはとんだ愚か者だ。
しかし、笑ってくれる人は誰も居なかった……。
一人で居るのがこんなにも寂しいのに、あの時、レオを一人で行かせてしまった……。
自分にはいつも誰かが側に居てくれた。どんな時でも、家族や〈緋月〉の仲間が側に居てくれた。今なら分かる。一人で居る事がどれだけ寂しくて冷たい事なのかが……。
「レオ……シャル……ごめん」
想えば想うほど辛く、涙を抑えきれない。
なんであの時レオを突き放してしまったのか。未だに後悔を拭えずにいた。
態度がよそよそしすぎた。レオは自分を温かく迎え入れてくれたと言うのに、恩を仇で返すとは、ローズマリー家の恥だ。もっと自分からも温かい気持ちで接しなければならなかった。妹だけにではなく、レオにも。……それでないと不公平だった。
自分が押しかけた時、レオは家族が増えたようなものと言ってくれた。例え冗談だったとしても、そう言って誤解されてもいいくらいには思っていたに違いない。そうやって受け入れてくれたのだから。
そんな彼の想いをあっさりと踏みにじるだなんて、人としてどうかしている。悔いても悔いきれない。
大切な人を2人も傷付けてしまった……。
さっきは家族同然の存在だと思っていたが、よくよく考えて見れば、レオも家族の一員だった。
妹と過ごす為の同棲だったとは言え、いつも一緒の時間を過ごし、楽しい事も、嬉しい事も、辛い事も、悲しい事も、全て分かち合って来た。友人や仲間を超えた存在……そんな存在を家族と言わずしてなんと言う。
だが、今更気付いても既に遅い。彼はもう居ない。
(なんで気付けなかったのよ……私。レオとシャルといつも一緒だったのに、なんで気付けなかったのよ……。気付いてさえいれば……もっと二人の事を大切に出来たのに……)
妹はそれを前々から知っていたらしい。妹の言う通り、自分達は血縁を超えた家族だったのかも知れない。今、シーナはシャルが以前語っていた事をようやく理解した。
やはり妹には敵わなかった。そう思うと、何故か笑みがこぼれ出た。
(シャルはやっぱり強い子……。私は、弱すぎる……)
シャルはなんでそこまで自信を持っていたのか? ダンの事を信用していない訳ではないが、死者が生き返る事なんてあり得ない。夢のまた夢だ。そう言う魔法か能力があるのかは知らないが、そんなものがあるのなら、とっくに自分が探し出して、父を生き返らせている。
そう言う文献があるかどうかなんて調べた事は無い。だが、人は――死んだ人は生き返らない。それが自然の摂理であり、皆がよく知っている法則である。それを覆せるものがあるのか。……いや、居る。不老不死が居る事は知っている。だが、それは「死」からの復帰ではない。「死」に至っていないだけだ。
(死んでから帰る方法なんてあるの……?)
本当にあるのか疑問は晴れない。しかし、シャルのあの熱狂にも似た自信は、自分の知らない何かを知っているような感じだった。
(本当にレオが側に居たりして……)
レオの事が大好きなシャルが、彼の死を受け入れて悲しみを露わにしないようにしている。レオを失ったら真っ先に取り乱しそうなあのシャルがだ。平静を保てているのも、きっと側にレオが居るからに違いない。
初めは気がどうかしていてシャルの言葉に疑いを向けていたが、冷静を取り戻した今、シーナは妹の言葉を信じてみたくなった。
(……シャルにも謝らないと)
でも、もう会えない。今更追いかけて行く事なんて出来る訳がない。
恥ずかしいのか――それは違う。姉として放った暴言は恥じているが、会う事は恥ずかしくはない。ただ、なんと言って合えばいいのか……それが分からない。姉妹なのに、なんて言って会いに行けばいいのかが分からない……。
なんであんなにもキツく物を言ってしまったのか。今となっては後悔だけが胸の奥に残っている。
◆
やり場の無い怒りを溜め込んで外に飛び出したシャルは、家の出入り口にある階段に座り込んだ。お尻が冷たいが仕方無い。
闇の帳が降りた〈カネリア〉の街からは、水のせせらぐ音と〈マナ虫〉の優しい声だけが聞こえていた。寒さが寂しさを誘うが、シャルは一人ではない。階段に腰を掛ける少女にレオが寄り添って座る。
((シャル……大丈夫か?))
「うん……。もういいよあんなお姉ちゃん……」
((もうダンの言ってた事忘れてる……))
ダンから言われた事など微塵も覚えていなかった。正確には覚えていたが、そんな事は忘れる事にした。もうどうでもよかった。
シャルにとっては、怒鳴り散らして姉をほったらかしにした自分も妹失格だったが、妹の意向も汲まずに全てを諦めて捨てている姉も姉として失格だった。
(一応シャルも17歳だもんな……あれだけ否定されたら怒るよな……)
しかし、これで17歳だ。過去の自分と照らし合わせれば、シャルの方がよっぽど我慢強くてしっかりしている。それでいて遥かに優しく、遥かに素直で、遥かに強い。
ただ、拒絶されて嫌になるのは同じだろう。しかも拒絶された相手が愛を向けていた実の姉なのだから、その辛さは計り知れない。
そして何より、あんな事を言ってしまったシーナの方が辛い気持ちを抱えている事だろう。
(オレのせいで二人に辛い思いさせちゃったか……。残された者の気持ち……なんで考えなかった。いや、考えようとしなかったんだ…………)
どうせそんな事だろう、とレオには分かっていた。残された者の気持ちを知っている自分が、残される側を考えない訳がない。とことん嫌になる。
(オレは、とんでもねぇクソ野郎だ……)
レオとシャル、二人して自分の過ちに苦しむ中、どこからかシャルを呼ぶ声があった――。
姉妹の騒ぎを聞きつけたのか、隣の家の若い男女が薄着姿で様子を見に来た。シランとエイルゥだ。
寝ていた事だろうに申し訳ない……そう思ったのはレオだけだった。シャルは考え事でいっぱいいっぱいなのだ。彼らの接近に未だ気付いていない。
隣人二人は心配そうな顔をしながら階段に座るシャルに近づいた。エイルゥがシャルの名前を優しく呼んだ事で、シャルはようやく二人組に気が付いた。
「シャルちゃん大丈夫?」
「え、うん」
「どうかしたの?」
「ううん……なんでもないよ……」
シランの質問をはぐらかした。シャルらしくない。だが、少女はいつも通りの表情で居ようと精一杯振る舞っていた。
微々たるものだったが、何か敏感に感じ取ったエイルゥが事情を聞き出そうとする。
「なんでもないって……シャルちゃん悪い事して追い出されちゃったの?」
「ううん……自分から出たの……」
「どうして?」
「っ…………お姉ちゃんと喧嘩した」
シャルは小声で打ち明けると、繕っていたものが崩れ、先程のいつも通りの表情を暗い色に変えた。
「……そっかぁ。私もお姉ちゃん居たから分かるな~」
「そうなの?」
「うん……しょっちゅう喧嘩してた。近所でも有名な姉妹でね、言い争いをする度に“あ、またやってたね”ってみんなに言われるくらい喧嘩の絶えない姉妹だった……。でも何故かすぐに仲直り出来るんだ~。不思議だよね……殴り合ってもやっぱり姉妹なんだなぁーって思った」
エイルゥの体験談を聞いてシャルは少し嫌な気持ちになった。エイルゥの話が嫌なのではない。姉であるシーナを突き放してしまった事に改めて深い悔恨を覚えていた。
(なんであの時、あんな事を言っちゃったんだろ……。大好きなお姉ちゃんなのに……)
なんとなく重い溜め息を吐いて、シャルは顔周りを真っ白にした。
シャルはレオの事もシーナの事も大好きだ。同じ「大好き」なのに……どっちも掛け替えの無い大切な存在なのに……その片方を傷付けてしまった。二人に同じくらいの量の愛情を向けていたはずだったが、今のこの状況はどうだろうか。
(お姉ちゃんから見たら……差別的だよね)
レオを失った姉の気持ちも聞かずに、ただレオのぬくもりを再び取り戻そうと話を進めていた自分は、姉から見たら十分に差別的だったと言える。
きっと今頃、姉は黒い海に飲み込まれてしまって苦しんでいるに違いなかった。暗い部屋に独りぼっちになってしまった姉の事を考えると、シャルは居た堪れないくらいに胸が痛くなった。
「――ふぇ?」
苦い顔を見せるそんなシャルに、エイルゥは大きなハグをして自分の柔らかな胸で包み込んだ。まるで泣きじゃくる妹を慰めるように少女の頭を撫でる。
「だから心配しないで? シャルちゃんとシーナちゃんみたいな仲良し姉妹なら、きっと明日にはまた笑顔になって、いつもの日常に戻ってるから。ね?」
「うん……ありがとう」
シャルが胸の中で苦しそうにしているので、エイルゥはやむなく彼女を解放した。ちょっぴり照れ臭そうにして、エイルゥは再びシャルの頭をなでなでした。
「いいえっ。ホントは妹が欲しかったってのは内緒だよ?」
シャルを元気付けようとエイルゥが冗談を飛ばす。この状況では本当にそんなような事を思っている気もしなくはない。そう思うと、シャルは笑顔を取り戻すしかなかった。
「やっぱりシャルちゃんには笑顔が似合うよ」
「うん、ありがとう……」
「シャルちゃん……こんな所に居たら風邪ひいちゃうよ? うちに入りなよ」
さっきから寒そうに体を大きく震わせていたシランがそう提案した。それでもシャルは首を横に振って軽く拒否した。
「ううん、大丈夫だよ? あたしここで寝るから……」
「え、いや、それはさすがに……」
「そうだよ~……私達もシャルちゃんを置いてけない。遠慮しないで入って?」
「あたし、反省しないといけないから……。それに、外に居る方が落ち着くの……」
シャルは笑顔でそう言った。どちらも彼女の本心だ。今は冬の夜空の下で静かに反省をしたかったし、こうして誰も居ない外でレオと二人っきりになりたかった。
「でも……」
いくらシャルの頼みでも、エイルゥは放って置けなかった。銀髪の少女はただの隣人ではない。いつもよくしてもらっているレオの連れで、シーナ姫の実の妹だ。そんな少女を寒さ含む闇夜に置いて行ける訳なかった。
するとシランがエイルゥの背中を軽く叩いた。
「エイルゥ、シャルちゃんのしたいようにさせてやろうよ。ほら、戻ろう?」
シランにそう言われて戻るよう促されたが、エイルゥは何度もシャルに大丈夫かと確認をした。何度聞かれようと、やはりシャルの答えは変わらなかった。一貫して「大丈夫」を繰り返す。
遂にエイルゥの方が折れた。
「二人共起こしちゃってごめんね? 真夜中なのに……」
「気にしないで。でも、本当に耐えられなくなったらいつでも呼んでね?」
「うん、ありがとぉー」
「それじゃぁ……おやすみー」
連れのエイルゥに続いてシランも「おやすみ」とシャルに温かい言葉を置いて行った。銀髪の少女は玄関の扉を閉じて行く彼らにそっと手を振る。
見届け終えると、夜空を見上げた。
冷たい階段に座って顔を上に向けているシャルは、月の光を浴びて少し寂しそうだった。
レオはシャルの肩を触ろうとしたが、出した手は相手の体を透けてしまった。やはり霊体では何もしてやれない……改めてそう実感したレオは、虚しくなった気持ちを追い払う事が出来なかった。
((ごめんな……シャル。こう言う時、オレが側に居て寄り添ってやらなきゃいけないのに……))
「ちゃんとこうして側に居てくれてるじゃん、どうしたの?」
((……ホントなら……ここでシャルと抱き締め合って、辛い事も苦しい事も、お互いに忘れられるのになぁって思って……))
「レオがそう思ってくれるだけであたし嬉しいよ?」
シャルは「えへへ」といつもと同じ愛くるしい笑顔でレオを見みつめる。本当はレオに抱きついて身も心も密着したい。そう言う想いもあって、優しい銀の髪を持つ少女は自分の体を両腕で抱き締めた。
「だって~、最初に会った時なんて、レオあたしの事全然見てくれなかったじゃん。レオが側に居てくれるだけでシャルは幸せ……。あの時言った事は今も変わってないよ?」
本当に、本当にシャルは心の底から自分の事を想ってくれている……。それだけで胸がいっぱいになって、レオは思わず泣きそうになった。
しかし、シャルには余計な心配をさせたくない、涙を見せれば余計に悲しむ、そう思って堪えた。
今レオに出来る事は、シャルの身体を気遣って声をかける事くらいだ。やっぱり家に戻った方がいい、とレオは先程の隣人に代わって改めて提案をした。
レオは霊体なので寒さや暑さ、空腹と言ったものは全く感じなくなっていたが、シャルの方は生身の人間だ。どうしてもそこが心配だった。シャルの事だから、気遣って弱音を吐かないようにしているに違いなかった。
だが、案外頑固者のシャルは、レオからの催促をきっぱりと断り、結局外で一夜を明かす。
◆
朝日に照らされた石畳の街道が暗闇を切り裂いて行く。川に沿って建てられた家々が日差しを照り返し、カネリア全土に朝を伝えた。日の光が眩しい。
レオの隣でシャルはぐっすり寝ていた。やはり寒かったのか、いつの間にか出していた毛布にくるまって白い息を出しながら寝ている。
冬の空気に晒されたシャルの頬は少し赤くなっており、愛々しい寝顔が一段と目を引く。レオもそれを見てうっとりと優しい眼差しを向けていた。
一方のレオは一睡もしていない。眠くならなかった。シャルを見守るには都合がいい身体なのだが、やはり元に戻れるものならすぐにでも戻って、気が置けない姉妹の間に立っていたかった……。
そんなような事を頭の中で巡らせていると、シャルが夢の中から戻って来た。
「レオ……おはよー」
((おはよー))
毛布に顔をうずめてシャルは溜め息をついた。
「昨日はお姉ちゃんにひどい事言っちゃった……」
((そうだなぁ……。お姉ちゃんも悪いけどな……))
そうは言ったものの、自分自身が全ての火種なので、レオはこれ以上シャルとシーナの亀裂を深めたくなかった。
ただ、シャルが「自分だけに責任がある」と言ったニュアンスで暗い反省の言葉を口にしたので、一応どちらにも悪い点があった事を伝えておきたかった。
怒りを募らせて爆発させたシャルもよくないが、妹に当たり散らしたシーナもよくない。ショックで苛立ちや後悔と言った負の感情が積もっていた事はレオにも分かるが、それを妹にぶつけるのは正しい事とは言えない。こうなる原因を作ってしまった手前、レオも偉くは言えなかったが、このように考えていた。
しかし、シャル本人はレオの言い分にはあまり納得が行かなかった。
(お姉ちゃんは悪くないんだよ……)
この一晩でシャルは随分と反省していた。大切な人を2度も失って、二度と失うまいと心に決めたはずなのに、今度は大切な人を突き放して傷付けてしまった。この上なくひどい事を言ってはいけない相手に勢い余ってぶつけてしまった。
機能不全に陥った姉妹の姿をレオに見せてしまった事も反省している。姉妹関係に亀裂が入ってしまった状況をレオが望む訳がない。何も出来ないレオはもっと心苦しい事だろう。
ただ、今は誰の力も借りられない。三人の絆を再び一本に編み上げる事が出来るのは、自分しか居なかった。
「ダンが来るまで待った方がいいのかなぁ……」
((いつ戻って来るか分かんねぇぞ?))
「だよねー……。何したらいいんだろ」
レオを生き返らせたいのは山々だったが、シャルには具体的に何をどうしたらいいのか分からない。生き返らせる方法さえ分かれば、足裏を血で滲ませてでも走り続けるのに……。その熱い想いを胸に抱き、シャルはとりあえず毛布を〈保管魔法〉でしまって、玄関先の階段を下りた。
シャルからあまり離れられないレオは、自動的に階段から下ろされた。
(でも……ダンは何か手がかりを持ってるんじゃねぇか?)
ダンは「生き返らせる事が出来るかも知れない」と言っただけで、その方法までは伝えていない。伝え忘れたと言うよりはむしろ、敢えて伝えなかった感じだった。シャルにシーナの側に居て欲しいと言う理由でそうした可能性があるように思えた。シャルに具体的なその方法を教えれば、姉を置いてすっ飛んで行く事くらいダンにも分かっていたようだ。
二人で今後どうするか色々と考えを巡らせていると、急に後ろの玄関ドアが開き、厚着をしたシーナが現れた。
レオとシャルはシーナの表情を確認しようとしたが、シーナは後ろ姿のシャルを確認するとすぐにくるりと回って戸締りをしたので、二人共目が追いつかなかった。
そしてシーナは再びシャルの方を向いて、玄関の階段を下りる。驚くべき事に、彼女はいつもの明るい顔に戻っていた。
「さぁ、行くわよシャル! レオを取り戻しに!」
「っ……!? お姉ちゃ――」
シーナはありったけの想いを込め、小さな妹を胸へと抱き込んだ。
少し強すぎる抱擁はシャルにとっては嬉しいものだった。やっといつもの大好きなお姉ちゃんに戻ってくれた……シャルはその想いをシーナに伝えようと優しく抱き返した。
「ごめんねシャル……意気地無しで……。許してくれる?」
「……うん。あたしもごめんね」
姉妹は互いの耳元でそう囁き合って目を閉じる。シャルの冷えた身体がシーナの全てで温められた。シャルもシーナも望んでいた、本来の姉妹の姿がようやく戻って来たのだ。たった一晩の軋轢でも、二人にとっては辛くてやりきれない隔たりだった。
「お姉ちゃん大好き……」
「私もシャルが大好き」
シーナは妹に軽くキスをして、辺りをあちこち見回した。
「レオ居るんでしょー? シャルが言うんだから居るわよねっ、出て来なさいよー」
「ここに居るけど、見えない……?」
シャルは自身の右側を指差していた。シーナは妹の指先を辿って行ったが、行きすぎて向こうの通りの方を見ていた。「この辺り」と言わんばかりに、シャルはレオが居るらしき所をぐるぐる回る。どんなに目を凝らしてもシーナは分からなかった……。
「うーん……見えない」
「やっぱりシャルにしか見えないんだね……」
見えはしないものの、シャルのがっかりとした表情を見れば、レオが本当に側に居る事が分かった。妹が昨晩必死になって伝えようとしていた事は嘘ではなかった。
「まぁいいわ……その、レオ、ごめんね? あの時……ひどい事言って」
少し恥ずかしそうにしてシーナは語った。心無い言葉をぶつけて突き放した事をどうしても謝りたかったのだが、こう言う時に限って何故か小恥ずかしくなった。
シーナが謝る理由がどこにあるのか……謝りたいのはレオの方だった。
自分の選択は初めから間違っていた。自分勝手な判断で、それが正しいと決めつけていた。その勝手な判断が、こうして姉妹の間に亀裂を作る事になるだなんて思っていなかった。自分の思い込みによる誤謬が、二人を脱出不可能な不幸の迷路に招き入れる所だったのだから、自責の念にも駆られる。
軋轢を生みだした全ての原因が自分にあるのに、シーナはいつもと変わらない笑顔を振り撒いてくれている。少し視点がずれていたが、それも愛らしいく思えた。
自分の言葉でシーナに今の心境を伝えたかったが……今のレオには叶えられない。
「オレの方こそごめん、だって~」
「そう。よかった、怒ってなくて」
「お姉ちゃんが家出するって思ってたらしいよ」
「そんな訳ないでしょ~、ちゃんと戸締りしたし」
確かに、家出をするなら戸締りなんてしないか……と今更思ったレオだった。
「じゃ、とりあえず情報収集よ!」
「情報収集?」
きょとんと首をかしげるシャル。突拍子もない単語をシーナが口にしたので、なんの事か理解出来ずにいた。
「レオが生き返る方法……もしも存在するのなら、必ずどこかに記録が残ってるはずよ? 古い文献だとか言い伝えだとかにきっとあるはずだわ。だから、まずはエレクシア国立図書館に行ってみましょ?」
空元気にも見えた素振りだったが、悲しみを乗り越えようとしている事がしみじみと伝わって来る。失われた者を取り戻そうとする熱意と妹の幸せの為に尽くそうと言う心意気が、シーナの原動力となっていたのだ。
近場のサンドウィッチ屋で軽く食事をし、姉妹は女王エレクシアの住む城から少し離れた所にある大陸一の規模を誇る図書館――エレクシア国立図書館へと向かった。
その図書館はかなり立派な建物で、小高い場所に建っている。そこからはエレクシア王都の景色を独り占め出来、デートスポットとしても人気がある。何本もの大理石の円柱に支えられた建物の姿は、さながら宮殿のような佇まいをしているので、「図書宮殿」とも呼ばれる。
この図書館の中に入るのに会員カードなどの物は必要無い。出入り口に設置してある水晶玉とよく似た装置に手をかざせば、改札口のような扉が自動で開いてくれる。
出入り口の装置には、本の勝手な持ち出しを防ぐ仕掛けもされてある。出入りをする客が保管した蔵書を探知出来るのだ。
言うまでもないが、〈保管魔法〉と言うものは多くの者が使える便利な魔法だ。老若男女誰でも習得可能で、わずらわしい重さから解放される点でも非常にいい。
しかし、これを悪用する者も少なからず居る。
つまり、蔵書をこの魔法で保管して、誰にも気付かれずに持ち出す為の手段として使おうとする人間も居る訳だ。本当に実行する人は稀なものの、誰だって一度は思いつく悪だくみである。
ただ、そう簡単に盗み出せるような体制は取っていない。出入り口の装置はその為のものだ。
もちろん、図書館内では魔法の使用はご法度だが、悪事を企む者が素直に従う訳がない。しかし、出る際には例の装置に手をかざさなければならないので、〈保管魔法〉で蔵書を盗み出そうものならすぐに見破られる。〈共有魔法〉で外部の人間に送っても、蔵書を保管していた痕跡で簡単にバレる仕組みとなっている。
しかしながら、〈魔術転移〉で本を持って行かれては防ぎようがない。防ぐにはもっと大掛かりなものが必要になる。
もっとも、そのくらいの魔法が使える術者は、盗みなどする必要が無い。本の蒐集が趣味なら話は別だが……。とにかく、この図書館ではそれに対する対策は何も取っていない。
そうやって図書館は利用者の把握をしている。そうは言っても、個人の保管物を覗き見ている訳ではない。ちゃんとプライバシーは守っている。なので、そこまで気にする事ではない。本を借りる手続きさえ行えば、保管したままでも通過出来るので案外便利なのだ。
このエレクシア国立図書館では、あらゆる分野の書物が揃っているが、片っ端から探す事はさすがにしない。そんな事をしたら1日費やしても終わらない。
姉妹はまず、可能性のありそうな故事や歴史書のコーナーへ行き、本を手に取って一つずつ読み漁った。風化した古文書の時代を感じさせる匂いがページをめくるごとに煽られて鼻に届く。姉妹はその古びた香りに耐えながら「死からの蘇生」に関する手掛かりを探す。
読み物が苦手なシャルも、難しい言い回しのある所や難読字はレオに教えてもらいながらだったが、頑張って一心不乱に探していた。自分の為に姉妹が力を合わせて奮闘していると思うと、レオはどこか温かな気持ちになった。
しかし、これと言った情報は得られなかった――。
シャルとシーナは次に神話や伝承のある書架へと移った。ここの文献も物凄く多い。〈エクーリア大陸〉の主な神話から地方の伝承まで揃っている。
神話と言うと、本当にあった事柄や正しくない作り話まであるので、いささか信用しきれない所もあるが、必ずしも全てが捏造された話ではないだろう。なんせ〈スカーレット・ルナ〉の名前の由来の一つである『緋月』――数百年に一度、緋い月が天に昇る伝承も実際に起こる自然現象だ。ここに探し求めている文献が隠れている可能性は十分にある。
可能性はあるが、その分時間がかかりそうだった。
図書館には朝早くから来たのに、気付けばもう昼近かった。そろそろ腹減りが襲って来そうな頃合いだ。集中力が切れる前のここが正念場だと姉妹は共に感じていた。
「じゃぁ……これにしよっかな」
シャルが悩みながら手に取ったのは、この世界の『創世の神話』だった。辞書並の分厚さがあったが、おんぼろの古びた本ではなく、どこかの出版社が新しく発行したらしい物だった。神話にはレオも少し興味がある。
((面白そうじゃんか))
「でしょー?」
甘えるような声で返事をしたシャルはゆっくりと本の扉を開く。
内容は、『ナミアが我らの地を創った』から始まっていた。そこはナミアの経典通りだし、間違ってはいない。
しかし、彼女がどう創ったかの記述は嘘っぽかった。大体、人間がまだ創られていないのに、これは誰視点で書いているのか? 後からナミアか天使にでも聞かない限り、具体的な記述は出来ないだろうに。
(批判的に見ちゃうのは、オレがナミアを知ってるせいか……?)
本を開いているシャルの横から覗いて斜めに読み進めると、『ナミアが魔法の原始を創った』と言う一文もあった。彼女が『水と氷を司る半人半狼の神〈カラン・セステル〉』を産み出したとか『地を司る恵みの神〈グラグト・ゼレー〉』を産み出したとかも書れていた。
(“創った”なら分かるけど、“産み出した”はねぇ……あり得ないでしょ)
もしもそれが本当なら、ナミアは少女らしいあの見た目で誰かの妻となる。それとも雌雄同体か? レオには想像もつかなかった。
そもそも主神に生殖能力が備わっているのかが疑問だ。聞いた事も無いし、あり得ない。何故神がわざわざ生殖なんてする必要がある。神は天界では死なないらしいし、どちらかと言えば不要だろう。
(こうして考察すると面白いな……)
この本によれば、『〈火・水・土・風・雷・光・闇〉は母なるナミアによって創られた』らしい。更に、『ナミアは地上にこれらを託した』とあった。なんとなくだがこれは真実なような気がした。レオを追い詰めたナミアの一撃が聖なる光によるものだったからだ。
そうなると大元である主神自体は、ゲームみたいに言えば「無属性」に該当するはずだが、ナミアはあの時、光の魔法らしきものを使っていた。「光」だけがナミアに残っていたのか、それとも他の属性は使わずに隠していたのか。レオにはそれが分からなかったが、彼女の舞剣〈レイ・ブレン〉に秘密があると見た。
(え――?)
レオが何かを思い出したらしく「しまったああぁぁ!!」と悔恨に溢れる大声を上げた。もちろん誰にも聞こえていないので、シャルだけがわっと飛び上がって反応した。それにつられてシーナもびっくりしていた。
「レオぉー、脅かさないでよ!」
「なんか言った?」
事情を知らなければ、シャルはどう考えても気が触れている少女にしか見えないが、幸いにも今のシーナはそうではない。天井の方を向いて少し苦笑いをしているシャルにシーナは近づいて行った。
((死ぬ前にオレの剣をシャルに移してればーっ!! 共有出来る事すっかり忘れてた!!))
「そっか、剣にお願いすれば簡単に生き返れたね~」
「ね、ねぇ。なんの話?」
シーナは訳の分からない途切れた会話をする妹に小声で問う。
自分にはレオは見えないし、二人の会話には入れない。それでも、レオの帰りを待ち望んでいる気持ちは妹と同じだ。自分だけが置いてけぼりを食らって除け者にされるのは嫌だった。
必死になって状況を理解しようと試みるシーナに、シャルは眉をハの字にして複雑な心境で答える。
「レオの剣はお願い事が叶うんだよー? もう無いけど……」
レオは「そうじゃないんだけどなぁ……」と言う顔をしていた。「願い事が叶う」と言ったら少々語弊があるかも知れないと思ったからだ。
ナミアが教えてくれた情報では、〈運命剣〉はあくまで「運命を変えられる」だけのものだ。しかし、人の見方によっては「願いが叶う」とも捉える事が出来てしまう。レオは説明に困った。
そう言う訳でシャルの言葉を訂正させようか非常に迷ったが、あまり大差が無いような気がして結局言わなかった。
「なんでそんな凄い物持ったまんま死んだのよ!! レオのバカバカっ!!」
もしそれが本当なら、わざわざ図書館で生き返る方法なんて探さなくてもよかったはずだ。レオが持っていたあの剣があれば、すぐにでもレオが戻って来るはずだった。そう思うと、シーナは悔しくて堪らなかった。これはもう、「〈共有魔法〉で剣を送る」と言う戦法を思い付かなかったレオの落ち度だ。妹は悪くない。
((あー、失敗したー……。オレの判断ミスだ……戦闘中そこまで頭回んねぇよォ……))
「でもさー」
((ん?))
「〈共有魔法〉使っても、あたしの方の容量がいっぱいだから移せなかったと思うよ?」
シャルが申し訳なさそうな顔をして何を言い出すのかと思えば、そもそもレオがナミアとの戦闘中に〈共有魔法〉の可能性を思い付いていても、そんな器用な移し替えはハナから不可能だったらしい。
「え、じゃあ、今レオがシャルとの共有先に剣を送ればいいんじゃないの?」
「それもダメっぽいよ。なんか今、あたしの保管容量小さいままだもん」
シャルの話によれば、レオとの共有先は今現在凍結されていて、共有している物が引き出せない状態だと言う。霊体のレオも今は魔法が使えないので、この話は続けるだけ無意味に思えた。
((…………よし、今の話は忘れよう))
〈共有魔法〉の事でシーナはあの時の事を思い出していた。自分の私物をレオの家に送る為、一時的に保管先を共有していたあの日の事だ。
あの時、シャルだけが共有を解除する事を嫌がっていた。この日が来る事を事前に悟っていたかのように。
引っ越しの為の〈共有魔法〉だったとは言え、シャルのわがままを聞いて共有状態を維持してさえいれば……レオをもっと早く生き返らせる事が出来たかも知れない。そう思うと、自分の行動が悔やまれた。
「私が……レオと〈共有魔法〉をした時に、解除しようって言わなければ……」
「どの道オレが忘れてたから気にすんなって言ってる」
「そうだけど……」
シーナは残した言葉通り悔しそうにしていた。くよくよしたくなる気持ちもレオには分かる。だが、頼みの綱となりそうだったレオの剣が手元に無い今、過ぎ去った過去の事で悩んでいても仕方が無い。レオ達三人は前に進むしか道は無いのだ。
大きな溜め息をついたシーナは、持っていた本の指で栞にしていた箇所を再び開いて読み始める。
「あれ? これって……コレそうなんじゃない!?」
「あったの!?」
図書館のスタッフが側に居たらすぐにでも追い出されそうな歓喜の声を上げたシャルは、シーナの持つ本を嬉しそうに覗き込む。仮の入れ物である懐中時計に引っ張られたレオも、シーナが人差し指で示す一文を食い入るように見た。
シーナがその部分を読み上げる。
「『〈再生の神殿〉と呼ばれる場所――』だってさー。……ホントにあるのコレ?」
((ナミアだって居るんだ……この世界の神話は、ある程度の信憑性があるんじゃねぇの?))
「“ナミア”って誰だっけ?」
霊体のレオの方に純粋な瞳を向けて質問をするシャル。七賢ホーブリックスが言い残した事をもう忘れてしまったらしい。しかも、ついさっきナミアに関する書を読んだばかりなのにだ。さては本を眺めていただけで全然読んでいなかったな、とレオは苦笑した。
すかさずシーナが補う。
「“ナミア”ってあれでしょ……神話の、世界を創ったって言う……」
「レオは、ナミアと戦って殺されちゃったって言ってる」
「――ハァ!? ホントにそんな奴居るの!? 同名の別人じゃなくて!? って言うかレオ、そんなのに挑むなんてどうかしてるわ!」
静かな図書館にシーナのよく通る声が響き渡る。
実際にナミアを見た事が無いシーナには信じがたい事だ。と言うか、普通に生きていたら、そんな存在とは出会わずに生涯を終えるものだ。「ナミア」と言う同名の人間が今回の事件の黒幕だと考える方が普通である。
もしもレオの言っている事が本当なら――恐らく本当だろうが、そうなると、由々しき事態がこの地で起こり始めているのかも知れない。シーナは右手を口元に当て、重い表情を浮かべる。
((あれは本物のナミアだった……オレをここに送り込んだ張本人だ……))
「レオが言うんだからホントだよ……多分」
((多分ってなんだよー……))
「レオ騙されてるかも知れないし……」
((いや、3年も天界に住んでたオレが言うんだ。あれは神ナミアだ。間違い無い))
シーナがそわそわし始めた……。シャルはまた姉を置いてレオと話し込んでいた。それに気付いたレオがシーナの方を指差してそれとなく伝える。
「レオなんか言ってる?」
「天界に3年住んでたって」
(違う……伝えて欲しいのはそこじゃない……)
「そう言うの聞いてもなんかもう驚かなくなっちゃった……ってそれ、この前聞いたわね」
「そうだね~」
「ま、レオを信じるわ。きっとどこかに〈再生の神殿〉はあるのよ」
「でも、どこにあるのかなぁ……」
「〈エレクシア〉の東の方……。今のラッシャノ地方にその跡地があるって書いてあるけど、聞いた事無いわね」
姉妹はその後も〈再生の神殿〉について調べたが、有力な情報が載っていたのは、シーナが見つけた1冊のみだった。
もう昼は過ぎている。シャルもシーナもうなだれて力尽きてしまった。気分をリフレッシュさせなければ姉妹はもうダメそうだった。
そこでレオが昼食にするよう提案して、シャルがそれをシーナに伝え、三人は図書館の一角にあるカフェに立ち寄る事にした。
1階にあるカフェはガラス張りになっていて、図書館の中庭が見えるようになっていた。天井でくるくる回るシーリングファンが何個もついており、かなりおしゃれな造りになっている。椅子や机、更には床までもが木製で、白い壁とかなりマッチしている。
シャルとシーナはカウンターで注文を取り、頼んだ品をトレーに乗せて空いている席へと移動した。
レオはお腹が空かないのだが、程よい焼き色のついたアップルパイやミルクを少し垂らしたローズティーを見せられたので、死んだ事を更に後悔する羽目になった。シーナのふんわりとしたホイップクリームが乗ったブルーベリーパイなんかは物凄く美味しそうだった。
「一口よこせ!」と言わんばかりに、レオはシーナの口に運ばれるパイを奪い取ろうとするが、何度やっても透けてしまう。悔しくて机を叩こうとしたが、また透けてしまう。無念極まりない。
仕方が無いのでレオは大人しく空気椅子をして、姉妹の食事をじろじろ眺めながら待つ事にした。
「シャル、レオって今何してるの?」
「ん、お姉ちゃんが食べてるのじーっと見てる」
「やめてよ、気持ち悪い」
((ひでぇ!))
シーナは身を縮めて目を頻繁に行ったり来たりさせるようになった。
「レオも食べる~?」
((くそぅ! バカにしてんのか!?))
レオはまた悔しそうな顔を露わにした。ツッコミを入れられたシャルものんきなものだ。空気椅子をした状態のレオを引き連れたまま、ティーカップを持って紅茶のおかわりをしに行ってしまった。
席から離れた妹を目で追っていたシーナには不思議な感覚があった。レオの姿は見えないのに、何故か以前通りの三人だけの安心感があった。これがシャルの言う繋がりなのだろうか? 命を懸けたレオの気持ちが分かった今、少しだけその繋がりを感じ取れた気がした。
「――もしかしたら」
白いクリームの山が乗っかっていたブルーベリーパイを丸々一個食べ尽したシーナが、口元をナプキンで拭いて何やら喋り始める。
紅茶のおかわりを持って帰って来たシャルは、両手をはちみつ色の茶が入ったカップで温めながら耳を傾けた。
「〈緋月〉にも何か文献がある可能性はあるわねー。ほら、レイヴンの図書があるでしょ?」
「そう言えばあるね~、カビ臭いよね~。あとホコリも凄い」
その発言、マーリンとレイヴンがこの場に居たらたぶん怒られている。そう思いながら、確かに緋月館内にも図書室があったし、あそこはシャルの言う通りカビ臭い、とレオはうなずいた。
「それでさ、面倒だから、向こうに居るメンバーに探すの手伝わせちゃえばいいのよっ! マリンとレイヴンは絶対館に居るし!」
考えている事がセコいが、〈再生の神殿〉についてを姉妹だけで探すのも大変だ。なんとなくだが緋月のメンバーなら、「嫌だ嫌だ」と言いながらも手伝ってくれそうなので、あながち頓珍漢な提案ではない。シャルもシーナに賛成した。
そう言う事で、可能性が秘められている〈スカーレット・ルナ〉に立ち寄る事にした。書籍集めが趣味のレイヴンが長年溜め込んだ物をそこに置いているので期待は大いに出来る。
シャル達三人は国立図書館を後にして、女王エレクシアの城が一望出来る通り過ぎ、〈スカーレット・ルナ〉へと通じる〈転移魔石〉の元へと向かった。
レイヴンの館の大広間に入ると、珍しく全員が揃っていた。メンバーの皆は目を見開いて、入って来た姉妹を凝視した。シーナの登場に誰もが驚きを隠せなかった。レオの祭儀にも主席せず音沙汰無しだった彼女が、突然いつも通りの調子で入って来たので驚いて当然だった。
事情を聞こうと、マーリンとジェナが姉妹の所に駆け寄って来た。マーリンが柄にもない優しい口調で問う。
「シーナ……? あんた、なんともないの?」
「どう言う事?」
「だって……塞ぎ込んでるって聞いたのに……」
うなずいたジェナも確かにダンからそう聞いていた。シーナのこの完全復活っぷりは、どこか異常すら感じさせる。たった一晩でレオの死を乗り越えられたとでも言うのか?
ジェナの疑問に答えるように、シーナは両手を腰に当てて笑顔で言う。
「そんないつまでもウジウジしてられないわ」
「シーナちゃんマジクール!」
カウンター席に座っていたエルヴィスが声を飛ばして来た。「アンタは引っ込んでろっ!」とマーリンは睨みを利かせて、再びシーナの顔をヒビの入った壺でも見るかのように眺める。
「でも、なんで急に……」
「やらなきゃいけない事が出来たのよ」
「やらなきゃいけない事……?」
マーリンのすぐ隣に居たジェナがそう返す。
「――レオを生き返らせるの!」
シャルの言葉に一同はまたもや驚いた。何をそんな夢みたいな話を真顔で言っている……。レオを失ってとうとう姉妹はおかしくなったのか、と皆揃って思ってしまった。
しかし――ダンだけは違った。彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで姉妹が居る方へ歩いて行った。
「その事だが、やっと場所が分かったぞ」
「場所って……〈再生の神殿〉!?」
「そうだ。昨日、シャルウィンと別れてから今まで随分と調べ回ってようやく見つけた……」
レオの読み通り、ダンは一足先に〈再生の神殿〉を探していたようだ。シーナは自分達ではなく、ダンが先にその情報を元に動いていた事に驚いた。さすがは〈七賢人〉と言った所か、かなり動きが早い。
「お前ら正気か……? “再生の神殿”なんて古びた伝承を信じるって言うのか?」
レイヴンの棘のある冷たい言葉がカウンターの一段上の方から飛んで来た。
「ああ……言い伝え通り、ラッシャノ地方に神殿がある。……そこが〈再生の神殿〉だ」
「そこに神殿があるのは知ってる。……だが、何を持って“再生の神殿”だと言うんだ。かれこれ何度もあそこは調査されて来たが、何も新発見に繋がるものは出ていないと言うじゃないか。だからこうして人々の記憶から忘れ去られようとしてるんだろ」
レイヴンの主張もごもっともだが、ダンはどうしても諦めきれなかった。諦める気などさらさら無い。その場に行って神殿で粗方の事を試すまで、燃え尽きる事は出来なかった。
ダンは右の拳を硬く握り、レイヴンに向かって高々と掲げた。
「可能性があるなら行くしかねぇだろ……それが俺達に出来る精一杯の事なら、やるしかねぇだろ!!」
欄干にもたれかかっていたレイヴンにそう言い放つダンは、かつて無いほどに格好良く見えた。彼の紫の瞳は熱く燃え滾っていた……こうなれば誰にも止められない。
「なら、早く行って来い。レオを殺した奴も捜さないといけないしな」
ダンはシャルとシーナに向けて大きな手を差し伸べた。
「ダン……」
「行こうぜ」
どうせ生き返らせる展開になると思ったって? 主人公なんで大目に見てください……。この物語自体都合の良いもので出来ているので勘弁してください……。
正直これ、分割出来るような気がするので、そのうち分けるかも知れません。見直してて気付きました(遅い
と言う事で、残り6話くらいです。




