第10話 襲撃。反撃の狼煙
殺意高め。
秋学期開始から数週間が経ち、夏の暑さに落ち着きが見られ始めた。開いた窓から涼やかな秋風が吹き込み、朝の教室を抜けて廊下へと逃げて行く。あれだけ騒がしかった虫達も、いつの間にか一匹残らず死滅していた。
「……斉藤智也さん。佐々木レオさん……」
担任が生徒の名前を読み上げて出欠の確認をする。当然ながら、氷華の名前が上がる事は無かった。誰もが氷華の事なんか忘れていた。
ただ、仄野氷華と言う存在が消えてからも、レオだけは彼女の事を忘れなかった。忘れてしまえば、今度こそ本当に己の存在価値が失われてしまう気がしてならなかったからだ。第一、誰一人として心優しい少女を覚えていなかったら、それではあまりにも悲しすぎる。せめて自分だけは、せめて一番近しい存在だった自分だけは、とレオは常に彼女の事を想った。
平凡で平穏な学校の日常風景は2時間目まで続いた。誰もが、このまま惰性まみれの一日が終わると思ってやまなかった。
だが、それは一瞬で打ち破られた――。
(……なんだ? 訓練でもしてんのか……?)
やけに近くをヘリコプターが飛んでいるなと思っていたレオだが、いささか近すぎる気がして違和感を覚えた。そう感じていたのはレオだけではない。多くの生徒が筆記を止め、しきりに外を気にする。
何人かが抱いていた不安が的中する。窓ガラスは割れんばかりに揺れ、地震と錯覚するほどの爆音が校舎のてっぺんから鳴り響いて来た。誰もが異常事態である事を悟り、寝ていた生徒は飛び起き、授業は中断を余儀なくされるほどざわついた。
しばらくすると轟音と振動が収まった。
一難去って一安心。皆に安堵が湧き、各々が体感した気分を言葉に乗せて交わし始めた、まさにその時だった。予期せぬ突然の訪問者に皆一様に目を見開き言葉を失う。
「――ふぉおおおーう!! この学校は俺達が乗っ取ったァ!!」
狂気を含んだ奇声を教室の隅々にまで行き渡らせるや否や、覆面を被った侵入者が天井に向かって銃を乱射し、人質と化した生徒らに恐怖心を植え付けた。
銃声は混沌をもたらし、一帯は恐怖におののく女子生徒の悲鳴で溢れた。恐怖のあまり隣の友人の元へと飛びつく者、思考が停止してその場で硬直する者、反応は実に様々だった。
酷く狼狽える生徒の様子が癪に障ったようで、見るからに偉そうな態度の人物が怒号を飛ばして沈黙を強いる。無秩序を両断する大声で教室内は静まり返り、所々から震える息遣いが漏れ聞こえては消える。こうなっては、生徒は皆、体が縮み上がって何も出来なくなった。
先程まで授業を行っていた古典の教師は事態を重く見た。直後、その穏やかな声調で怯える生徒らを落ち着かせ、侵入者を刺激しないよう計らい始める。
「いいぞジジイ。それでいい」
教師の協力的な態度を見るや嘲笑を浴びせ、男は仲間に合図を送った。
リーダーの指示で子分達が廊下にバリケードを作り始めた。中庭側には分厚い盾のように、階段までの道のりには点々と、机と椅子が障害物として設置された。来たる戦闘に備えるのと同時に、人質が万が一逃げた時の為だ。こうなるとトップスピードでは階段へは辿り着けない。
机と椅子が必要数廊下に出されると、残りは部屋を広く使う為に無造作にまとめられた。
そして、教室に居た人間は黒板がある西側の片隅に集められた。こうして人質を一ヶ所に集める事で、教室内に居る少数でも大勢の管理が容易となる。占拠犯もそれなりに考えていた。
すすり泣く女子生徒。それを静かに慰める仲間達。拳銃を常時握っている覆面の男らは、表情が見えず何をするか分からない。今は黙って互いに支え合う事くらいしか出来なかった。
ただならぬ事態を察知して他クラスが騒然とする。中には様子を見ようと、自分の教室から廊下を覗く者が現れた。なお、レオの教室の前の廊下には見張り役が2人おり、不運にも、その不審者と目が合ってしまう。
「おいガキ! 死にたくなけりゃ家に帰んな!!」
人質以外は邪魔でしかない。小柄な覆面男が部外者に消えるよう急き立てた。
教室から顔を出していた生徒は日常が壊された事を理解した。相手は銃を持った謎の覆面男。言う通りにせざるを得ない。すぐに頭を引っ込め、外の現状を中の皆に伝えた。
その後、体育中でそもそも教室が空だった5組と隣の4組以外の組の生徒は、授業をしていた教師の指示の下、静かに教室を抜け出した。こそこそ動く必要は無いのだが、ほとんどの者が身をかがめて階段の方へと足早に歩いて行った。
三階の生徒が逃げ終えて間も無く、校内に放送が入った。
「「教職員は全校生徒を連れ、校外へ避難してください――」」
焦りを隠せていない男性の声で指示が出た。不審者を知らせる隠語を用いた放送も用意されていたが、状況が状況だった為に、生徒を素早く避難させる事が優先された。
指示が2回繰り返された後、それを合図に学校の人間は一人残らず校舎から離れた。
爆竹のような破裂音と関係があるのかも。のんきにそう思っていた生徒も多く、何より、非常時には従順であれと躾けられている。児童期からの規律訓練の成果が現れ、生徒らの移動はスムーズに進み、短時間で学校の敷地外への脱出を果たした。
どちらかと言うと、緊急事態に見舞われた、マニュアルを用意されている教職員の方が「不測の事態」が起こらないかと気が気ではなかった。
あれよあれよという間に学校は占拠された。
◆
「いいかテメェら。妙な真似したら血祭りに上げるからな」
脅されても悲鳴すら出せない。多くの生徒は恐怖から、一塊に座って悪夢が終わるその時を願うしかなかった。……そんな中、意外にもレオは冷静さを保っており、ふと彼らの正体に勘付いた。
(もしかしてコイツら……! 一時ニュースで報道されてた強盗団か……!?)
レオの頭をよぎったのは、随分と前に強盗殺人を犯して世間を震撼させた銀行襲撃事件のニュースだ。徒党を組んで悪さをする連中は五万と居るが、それのみならず武装している集団は稀。その特徴に気付けば、影はぴたりと一致した。
長い間テレビを観ていなかったので、とっくに解決された事件だとレオは思っていた。――が、なんたる事か、そうではなかった。
廊下に設置されたバリケードの出来を確認すると、一味のリーダーらしき人物が教室に戻って来た。この男が場の空気を掌握していると言っても過言ではなかった。その体格はかなり良く、他の連中とは一線を画す存在感を放っている。最初に怒鳴られた効果もあり、生徒一同は彼の動きを恐る恐る観察してばかりだった。
リーダー格の男が外の様子を開いた窓からうかがう。
「そろそろいいだろう。警察にお電話だ」
「あいよ」
指示を受け、中年太りの手下がズボンから携帯を取り出した。
彼らは全員覆面をしていたが、全く見分けがつかない訳ではない。教室内の3人にしろ、外の見張り2人にしろ、それぞれの個性が強く、声質や体型である程度は識別できた。
体型を揃えていない事もあり、レオには頭でっかちの脆弱寄せ集め集団に見えた。構成員を選り好み出来るほど環境には恵まれていないだろうが、実際、本気で悪さをするのなら、なるべく体型が似た者同士で犯行に及んだ方が、身体能力等の計算がしやすく色々と都合がいいはずだった。
「よう、状況はもう分かってんだろ? 大人しく言う事を聞くんだな。さもないと人質を一人ずつぶっ殺す!」
開口一番に脅し、中年男は一方的に喋り始めた。こうなると警察も取りあえず要求を聞くしかない。
「1時間以内に身代金15億と屋上にヘリを用意しろ! 乗せるのはパイロットと金だけだ!! 余計なもん持って来たらガキを殺す!! ちなみにヘリは後ろに5人乗せられる機種な! 制限時間が過ぎたら、10分おきにガキが死ぬぞ!!」
言う事を言うと電話をブチリと切り、男は持ち場に戻った。不気味に笑い合う一味。その様子をレオは呆れながら眺めていた。
(アホか。なんでそんな面倒な事すんだ? 成功体験からの油断か? 確かに、非力な人質を大勢確保できる学校は楽でいいが……立て籠もりとか、相当頭悪いな。それこそ袋小路のネズミちゃんじゃねぇか)
立て籠もりは実行犯に不利な戦法だ。じきに警察に取り囲まれ、自ら退路を断つ形となる。擁護不可能の悪手。窮鼠でもない限り、普通はそんな戦法は取らない。
ただ、敵は切羽詰まっているようには見えなかった。むしろ、勝ちを確信しているかのように余裕綽々としている。自分達の腕を過信しての犯行だとしたら、付け入る隙は十分にあるのでは。レオに抵抗の灯火が宿る。
(ヘリで逃亡して、その後どうするってんだ……。まぁ、バカならちょうどいい。一芝居打って全員お陀仏にしてやる)
レオは教室をうろつく悪党の動きを目で追った。
(リーダーは十中八九、体格のいいアイツ。指示も出してた。無線機を使ったやり取りは無し。となると、構成員は中年の奴と長身の奴、廊下で見張りをしてるチビとロン毛の計5人……どうする?)
敵は多くないが、かと言って一人で制圧できるほどの数でもない。一人ずつ確実に頭数を減らす策を練るしかなかった。
(敵を分断するにはやっぱり――)
「――ボス!!」
レオが作戦を考えていたその時、勇敢な2人の男子生徒が突如リーダー格の犯人に襲い掛かった。皆を助ける為、状況を好転させる為、隙を見て攻撃を仕掛けたのだ。
無策で突っ込んでなどいない。核であるリーダーを討ち取れば、組織は機能不全待ったなし。あわよくば戦意喪失。そう踏んだ男子二人はリーダーが窓際で一人になった所を見計らって強襲した。銃弾がリーダーに当たる事を恐れて、仲間が発砲を躊躇う事も織り込み済みだ。
「うおおおおっ!!」
あとは武器さえ取れれば――男子生徒は銃を奪おうと、雄叫びを上げて果敢にも屈強な大人を相手に取っ組み合う。
この状況。皆で襲い掛かれば敵リーダーを倒せなくもないのだが、こう言う時に限って身体は動かない。咄嗟の一体感の無さが響いた。
「――ッ!!」
火薬の爆ぜる音が数回轟き、床に座っていた生徒らの白いシャツに血しぶきが飛び散る。耳をつんざく女子の悲鳴が再び教室にこだました――。
敵の仲間に引き剥がされた末、男子二人は級友の目の前で無残にも撃ち殺されてしまった。
(オレの計画なんて知らねぇよな……)
怯える生徒をすかさず教師が静める。倒れたクラスメイトを見ないように、ある女子は両手で顔を覆い、ある女子は友人と抱き合う。男子も惨状からなるべく目を逸らした。
「さぁ、次は誰だ!? コイツらみたいになりてぇ奴は今すぐ名乗り出ろ!」
長身の覆面男が抵抗の企てをさせまいと釘を刺す。あんな惨劇を見せられたら、誰も変な気を起こそうとは思わない。だが、その一言を飛ばす事で、人質への支配力はより高まる。そうした思惑が相手側にはあった。
床に倒れた生徒は血に染まり、希望無き狂気の空間の一部と成り果てた。ところが、そのうちの一人は辛うじて意識があった。
「おい、まだ生きてるぞ」
「ホントだ。この」
「――無駄撃ちするな」
反射的に銃を構える手下だったが、ボスの言い付けで得物を下ろす。
「外に居る臆病者に見せてやろう。この死に損ないと隣の勇敢なお友達を窓から投げ捨ててやれ」
「うっす」
残された生徒達は耳を疑った。やめてくれ……! まだ生きてるんだぞ……! 心の悲鳴は無情にも届かず、手下が命令通りに動き始める。力無き男子2人を中年男は引きずり、一人ずつ担いでは三階の窓から放り投げた。
砂袋が地面に叩き付けられたような鈍い音が秋空の見える方から2度聞こえた。
一刻も早い終息を願い、手を合わせて祈る生徒達。その姿に憐憫の情は深まるばかり。古典の教師は覚悟を決め、背筋を伸ばして占拠犯に語り掛ける。
「どうか、生徒の命だけは……。彼らには未来が――」
「なら、大人しくしてな」
何人か解放するよう交渉するつもりで口を開いた仏の声を持つ教師だったが、素っ気無い対応をされて不発に終わった。相手にその気が無ければどうにもならない。
古典の教師は再び猫背気味になって、目の前で組んだ手をじっと見つめた。
◆
人質に怪しい動きが無いか長身の男が見回っていると、そわそわ落ち着きの無い男子が目に留まった。他とは明らかに様子がおかしく、立ち止まらざるを得なかった。
「どうした、ビビってんのか?」
神妙な面持ちで挙動不審を続けていた甲斐があり、レオに千載一遇のチャンスが訪れた。これを逃せば、警官の突入を待つしかないだろう。なるべく純粋な瞳で相手を見るよう心掛け、レオは恐る恐る口を開いた。
「いや、あの……トイレに……」
レオは上目遣いで窮状を訴えた。
仮にも男子生徒が2人も面前で殺された後だ。そんな状況下でトイレに行きたくなるとは正気の沙汰ではない。占拠犯だけでなく、レオのクラスメイトも皆揃って気味悪がった。
「ハァ? 舐めてんのか? さっき見ただろ。死にてぇのか」
「おじさん付き添いでいいので、トイレに……」
今度は伏し目がちでレオは呟いた。不自然な事をすれば、恐らくその場で殺される。許可が下りるまでレオは気が抜けなかった。
「呆れた奴だ……男のプライドとかねぇのか? どうするボス?」
「俺はガキが嫌いだ。おいN、頼んだぞ」
現場で互いを呼び合う為の頭文字か何かである事は間違い無さそうだった。覆面に収まりきっていない波打つ金髪を持った男が舌打ちをしながら教室に入って来た。
「だから学校は嫌だったんだ……! 俺もガキは大嫌いなんだ!」
「そう言うな。学校立て籠もり、学生人質、身代金全額奪取なんて英雄だぞ。もう少しの辛抱だ」
指名された男はレオの目の前まで来ると、レオを強引に引っ張り上げて立たせた。
「クソめんどぅくせぇ……。おら、さっさと行くぞ!」
レオは小さく返事をして教室から出た。こんなにもあっさり思い通りに行くとは想定外。レオは心の中で拳を掲げた。
反乱因子が暴れ出した事もあって占拠犯の警戒心は強まっていた。しかし、あまりにも古典的で、あまりにも立て続けだった為に、レオの要求は現実味を増した。渾身の演技だった事もあるが、敢えてそのような手口で実行した事が功を奏した。
「さっさと行け」
レオは故意に遠い方のトイレへと向かった。考える時間稼ぎである。どうせ校内には詳しくない。
ロン毛の男の前を歩かされながら、レオは廊下の端にあるトイレを目指す。見慣れた廊下のくせに、今日はやけに緊張感を漂わせていた。そのせいで、視線の先の一本道が狭まって見え、レオはナイフリッジを渡っている気分にさせられた。
レオも人質らしく運命を受け入れて漫然と歩いていた訳ではない。前を向いて直進していたものの、こう見えて横目で周囲を探っていた。
(クソ……。武器になりそうな物は無いな……どうする? このままトイレに行って何も無ければ、もう個室に押し込んで殺るしか……)
手持ちの貧弱な道具では銃を持った相手に対抗できそうになかった。左ポケットには形見の懐中時計。右には黒のガラケーと小銭の入った財布。可能性があるとしたらベルトのみ。レオは敵を一瞬で仕留められる武器が欲しかったが、最悪、そうなりそうだった。
襲撃直後、咄嗟にボールペンでも隠し持っておけば……とレオは今になって後悔した。
(銃を奪うか? いや、無理か……。案外オレと距離を取って歩いていやがる。警戒心が強いってか……。そうなると廊下じゃ広すぎて不利だな)
結局、武器になりそうな物は見当たらなかった。途中で消火器を見つけたが、手に取る前に射殺される事は明白。断念せざるを得なかった。大体、都合よく武器が廊下に転がっている訳がない。
世の中、思い通りにならないとは言うが、今日だけはそうなって欲しいと思うレオだった。
改修されぬまま秋を迎えた男子トイレに入ると、レオは一番奥の男性用便器の前に立った。
覆面からうねった金髪を出している男は、相変わらず拳銃を右手にぶら下げたままレオから目を離さなかった。レオの心境などお構いなしだ。
(こんな訳の分からない状態で用を足す日が来るとはな……。一生忘れらんねぇや)
渋々レオは制服のズボンのチャックを下げた。本当は尿意など無いが、出なければ有罪判決が下る。頑張って絞り出すしかなかった。
「――おい、お前」
「はい?」
「今時のガキはガールフレンドすら作れねぇらしいな。知らない間に女々しくなりやがって」
唐突に訳の分からない事を話して来た。まるで「最近の若者は」と罵って来る世代の人間。覆面から伸びた金髪のせいでレオは相手を若く見積もっていたが、もっと歳が離れている予感が……などと考えさせられ、レオの集中力が途切れた。
(なんなんだよ……気が散る。何か武器になる物……)
相手から顔を背けて壁の方を見ていると、タイルが割れて中のコンクリートが剥き出しになっている箇所があった。そのままゆっくり足元に視線をやると、隅っこにタイルの欠片が落ちていた。ちょうど片手で握れるサイズで、形も鋭く悪くなかった。
「まだ終わんねぇのか!!」
「あ、あんまり見られると……」
「さっさと出しちまえ! ったく、俺は怒りっぽいんだ!」
「出来るだけ早く出しますんで……」
なかなか小便を終わらせないレオに気を遣ってか、長髪の男は出入り口の方をうろつき始めた。
(イメージトレーニングはバッチリだ。銃を奪うと見せかけて、喉を刺す……簡単だろ? 刺さるだろうか……いや、やるしかねぇだろ……)
レオは襲い掛かるまでの工程を何通りか考えた。抵抗する相手の動きを予想し、その時どう対処するか、どう攻撃すれば仕留められるか、脳をフル回転させ最適な動作を頭に叩き込んだ。
失敗すれば死ぬ。崖っぷちに立った時と同様の緊張感が訪れ、手の平から嫌な汗が滲み出て来た。
相手はまだトイレの出入り口の方を向いている。今だ――。
レオは静かにズボンのチャックを閉じ、少しかがんで鋭利な欠片を拾い上げた。湿った右手で握り方を調整する。
「――終わったか?」
ツイてない。覆面男が様子を見に来た。
(ヤベっ!! 見られたか!?)
レオは何事も無かったかのように振る舞ったが、相手の表情が目出し帽で覆われていて見えない。勘付いているのかが分からず、胸の鼓動がより一層激しく上下した。
「あ? 今なんか隠し――あああッ!!?」
バレていた――ならばプランBだ。レオは尖ったタイルを敵の目玉に向かって投げつけた。運よく突き刺さり、奇襲は成功。
タイルが刺さったと同時にレオは男から発砲されたが、弾丸はトイレの壁を虚しく粉砕しただけだった。既にレオは敵の背後に回り込んでいた。段取りを事前にイメージしていたレオの動きは熟練の暗殺者の如く速かった。
レオは左腕を相手の首の右側から回し、その腕を首に巻き付け、ありったけの力を込めて自分の体ごと捻った。レオの肉体はそれほど貧相ではない。それが躊躇も無く殺人的な動きをしたとなれば、その破壊力は凄まじかった。
骨と骨を重ねて潰したかのような血の気が引く音が鳴る。レオが手を離すと、敵は力無く崩れ落ちた。頭を床に強打し、目は半開き。男の息の根は完全に止まっていた。
(殺した、のか……? オレが……?)
やり遂げて安堵を抱いていいものか、しばらく悩まされレオは呆然と立ち尽くす。だが、そもそもゴミ同然の人間だったのだから、ゴミを始末したのと相違無いではないかとレオは悟った。これが善心の欠片でも見せていたのなら心持ちは違っただろうが、そうではない。すんなり割り切れた。
ゴミ掃除の続きがある。
レオは未だ生暖かい男の持ち物を物色し始める。あいにく、使えそうな武器は拳銃だけだった。しかし、武器としては申し分ない。終始ベルト一本で戦う羽目になるよりはマシである。
拳銃の弾倉を外して確認すると、弾の残りは全部で5発である事が判明した。
(1発も外せねぇな……)
敵はあと4人。足りるとは思えない。だが、やるしかなかった。レオの体は皆が待つ教室へと向かっていた。
反撃の狼煙が上がった――。




