ローレライのノミ屋
ノミ行為は法律で禁止されています。絶対にやめましょう。
「おじさん、お馬さんするの?」
メインレースを前に資金が尽き、競馬場をでると、か細い声が聞こえた。
ふと視線を動かす。
声の主は、この場所には似つかわしくない中学生くらいの女の子だった。
おさげを左右につけており、セーラー服が似合いそうだ。
「そりゃあ、この場所にいるんだ。競馬はするさ」
答えると少女はチラリと壁の時計に視線を移し、近づいてきた。
幼さの残る姿は、この場所が競馬場前であることを忘れさせる。
「まだ、メインは終わってないよ?」
その言葉で、この少女がただ迷い込んだ訳ではないと言うことだけは分かった。
時刻は14時過ぎたところだ。
8レースがちょうど終わったくらいの時間帯である。
メインレースまでは1時間以上の間があった。
彼女の言葉はそれをすべて説明していることに等しい。
「軍資金がつきたんだ。さっきので全部擦っちまった」
少女はにこりと笑った。
「売りますよ? 投票券」
「君の年齢じゃ、俺の代わりに買うことは出来ないだろう」
少女は首を振った。
「いいえ。買いません」
その返答に絶句した。
微笑している目の前の少女はノミ行為をすると遠回しに言っているからだ。
「いや、君、それはよくないよ」
「きょうのメイン、荒れそうですね」
俺の言葉を遮って、彼女はぽつりと言った。
そうだ。きょうのメイン。圧倒的一番人気の馬はおそらく沈むだろう。
そう予想していた。
もし金があるのであれば――。
彼女の声はローレライの歌なのか、
気付いたら10万円分の勝負を彼女に提出していた。
発走時刻にスマートフォンを出して中継を聞く。
一番人気の馬は着外になり、予想の馬券は的中した。
スマートフォンから視線を外す。彼女は笑顔でこちらを見ていた。
「おめでとうございます。配当の250万円です」
彼女はカバンから札束を取り出し、手渡した。
それはハンカチを出す動作と何ら変わりがない。
無言のまま受けとる。
それ以降、所持金の有無にかかわらず彼女から馬券を買うようになった。
トータルの収支はもう、わからない。
ただ、彼女に金を渡さなくても、的中したら配当がもらえ、
負けても請求はされないという状態は、金が沸いるのと同等だった。
彼女の元へ通って半年ほど経ったある日、少女はいなかった。
その代わりスーツの男がいた。
不機嫌そうにこちらを見ている。
「お兄さんよ」
つばを飲む。当ては一つしかなかった。
「この半年で、お兄さんの負けが越してるんだよ。1000万早く返してくんないかな」
目の前が真っ暗になる。
やはり彼女はローレライだ。
魅了され、最後は飲み込まれてしまった。