閑話 警備隊長奮闘記
私はゲッコウ領の中すゲッコウ街の警備隊長を務めている。
この地の領主は私の父の兄、つまり叔父にあたる。
次期領主となるお方は現在王都で今年の税を始めとする領内の調査報告をなされている。
ことは二週間ほど前になるのだろうか?
次代様が王都へと出発なされた次の日、従兄弟であるマナミの定期検診があったそうだ。
そこで領主様お抱えの医師トモヤ先生から『天地がえり』と診断されてしまった。トモヤ先生はこの国でも五指に、いや三指に入るほどの医師として有名で領主様お抱えであるにも関わらず自らの意思で週に3度ほど治療院で働いていらっしゃる。
領主様がいうには「彼が治療することで救える命がある。」「私一人で独占しても彼の腕を鈍らせるだけだ。」「一人のため、一家族のために拘束するべきではないだろう。」などと言ってトモヤ先生の自由意志に任せている。
他領の貴族に聞かせてやりたいものだ。
まぁ内の国は少し特殊ゆえに各種族が争わないように国という程を取っているだけともいうので貴族の風習も種族によって全く異なる。一様『ソル教』という宗教が母体の国を元にしているのだがそれも今の王族はよく思っていないらしい。
今の王家でも直系のものは内の領主様の考えに賛同してくれているようで少しずつ国の膿が取れて入るが、王弟や教会がな……
トモヤ先生は元は領内では二番目に大きな都市『ロクエン』出身であることから領主様にお仕えしている。
さすがに国のお抱えになってしまうと警備の都合上王族のもの以外に治療することがなくなる。それがダメとは言わないが腕が鈍るし向上心のあるトモヤ先生にとってはなんの魅力もなかったんだろう。
ただそれでも彼の腕と知識はどの貴族もあらゆる手を使って獲得しようとした。そんな時に出身領で仕えたいととっさに行ったためにうちに使えることになったんだという。きっかけは成り行きだが内の領主様との相性もよかったのかこのような働き方をしているのだ。
皆に慕われ、時には他領からも治療に訪れるものが入るほどの医師が『天地がえり』と診断なさったのなら誤診ではないことがわかる。
妊婦に時折起こる『天地がえり』はほとんど死の宣告だ。母体の死か嬰児の死か、はたまた両方か。
どちらも生きていたなんてことそうそう起こり得ないのが現実だ。治癒魔法や魔法薬が発達した今でも返った子を戻すことは出来ない上に出産時に使う回復魔法はタイミングが難しいらしく、早いと子宮が傷ついた子宮を修復しようと子を絞め殺す。
遅いと母体の出血が多くて産後の体調不良が問題とされる。どんなに医療が進んでも未だに良い方法が見つからないのだと聞いている。
なぜそんなことをしってるかって??
うちの嫁も『天地がえり』で他界しているから知っているんだ。15歳と数ヶ月だった。
早すぎる死に泣くことしかできなかった。あいつは必死に娘を産んでくれたというのにそれを褒めないで俺は……
今の医療技術と普及率では『天地がえり』でなくとも無事に出産できるものは幸運だと言うんだ。なんの異常もなくとも母も子も助からないことだってある。
俺は娘を……娘……ムスメを産んで…産んでくれたことにかん、かんじゃ、じなげ、げれば…うぐっ、ひぐっ!
すまない感情移入してしまったようだ。
どうしても俺と同じ境遇な従姉妹にはな……
俺の時は10年も昔だった。今では『天地がえり』の治療法も見つかっているかもしれん。どんなに小さな可能性でも調べた。領主様やその周囲の方々が嘆き、子を下ろすかどうかを話し合っている間も探し続けた。
街の図書館、治療院に薬屋。街の外、他領の事情にも精通した商人にも聞いた。でも従姉妹の嫁ぎ先も国有数の商人なのだから見つかることはなかった。
途方にくれ街の関所で森を眺めている時ふと思い出したのだ。
数年前に領主様が視察に行った町に不治の病といわれる『腰鳴上』を治した少年のことを。
俺も警護の為に同行し、この目で治ったのを確認した。あれは目を疑ったものだ。夢だとも思った。
『腰鳴上』もトモヤ先生が診察したのだから誤診ということはない。完治が難しいということで痛みをごまかし痛み止めの魔法薬でだましだまし生活していたのが一度の治療で薬を生なくてもよくなったのだ。
トモヤ先生も驚いていた。優秀な医師になるだろうと期待していたのも知っている。下手に接触せずに同行も見守りたいとおっしゃっていたな。
彼ならもしや!
そう思うや否や身体は動いていた。
正直どう行動し、どう説得したのかは覚えていない。
必死だったのだろう。なんとしても治したい、治ってほしいと亡き妻と重ねていたのかもしれない。
領主邸に走っていたのは覚えているのだが気がつくと少年を迎えにいく部隊の編成をしていた。少数精鋭。
迅速に行動をするために一小隊のみで編成し領主様の側近であるフジミヤ様と共に出発した。
やはり!私の思っていた通りだ。彼は治療経験はないものの治療法は知っていると言っていた。
なんでも彼の医療系スキルが教えてくれるのだという。
かなり希少なユニークスキルなんだろう。ごく稀にそういうものが現れる。伝承の中には『賢者の卵』なんてスキルを持ったものがいたと聞いたことがある。なんで卵なのかは知らないが、そのスキル保有者は何かの知識が湯水のようにあふれ出ていたと聞いたことがある。多分それの医療版なんだろう。
はやる!気持ちが迅る!!
馬の手綱を握る手に力が入る。
「一度休憩いたしましょう。」
フジミヤさんが休憩を申し出るがこの程度で疲れることなどないだろう?
「一刻も早く向かった方が良いでしょう!!」
「少々疲れました。それにこのペースでは馬が潰れてしまう。」
少年達に気を使っているのだろうか?でもこの子たちは冒険者だ。そんな気遣いなど必要か?
渋々休憩を受け入れると馬達がゼイゼイと息を切らしている。
いつもより馬を酷使していることに気づかずに飛ばしていたようだ。なんとも情けない。
私は冷静でなかったのか……
馬の世話をしていると少年が馬に何やら金属の棒で撫でている。
何をしているのだ??
不思議に思い遠くから眺めているとみるみる馬が元気になっていく。なんだ!!何をしたんだ??
あれも治療スキル??だが人ではなく動物に使うだと!?
いや!確かに動物に治癒魔法を使うことはないでもないが……何なんだあのスキルは。
不思議に思いながらも再度出発する。
すると馬が元気になりすぎたのか先ほどよりも早い!!鞭を打ってるわけでも急かしてるわけでもないというのになんという速さだ!!先ほどの休憩も帳消しになるほどの速さで走り抜ける。
途中何度か休憩を挟んだがそれでもその日のうちに街に到着した。
さすがにスピードを出しすぎたため俺ですら疲労困憊だ。今日は休んで明日に治療と行くことになったそうだ。
翌日治療の予定ではあるのだが俺は警備の仕事に追われていた。
なんでも俺たちがこの街を離れている間にホーンラットが数匹退治されたらしい。
強さで言えば衛兵でも簡単に討伐できる魔物ではあるが、その恐ろしい繁殖速度は侮れない。
とある国はこの魔物によって食糧難におちいり滅びたという伝承が残されているほどの魔物だ。
唯一の救いは特定の地域でしか定住しないことなのだが、この地域にはそもそもいないはず。従姉妹のことが気になるがこちらも見過ごせん。ホーンラットの駆逐をするために衛兵を総出で捜索にあたらせる。
不自然に現れた魔物だ。誰かによって連れてこられたのだろう。捜査も並行して進めることにした。




