逆子1
胎位異常
いわゆる逆子と言うものは本来頭が下向きになって子宮口の方に向いて頭を固定しているのがその位置にない時に逆子や胎位異常と言われる。
もともと妊娠初期は頭が上を向いていたり下を向いたりしていたのが成長とともに頭が重くなり子宮口に頭を固定させると言われているそうだが、子宮口に固定されずに反対に向いていたり横向いていたりすることで出産時に頭から出ない体勢でいる時に胎位異常と言われる。
原因は未だに色々言われていて正確にはわかっていないようだが、胎児は暖かい方向に頭を向けることがあったり、骨盤の形によって収まりが悪いと頭を固定できる場所を探して体勢を変えたり、双子などだとこれまた固定する場所を探してあっちこっち向くことがあると言われることも多々ある。
胃の炎症で胃に熱がこもっている妊婦の炎症部に頭を固定しようとしていたなんて事例もあるのでこれらの情報も本当である可能性は高いのかもしれない。
まぁこれらの情報は前世での勉強会に参加した時に講師の先生が言ってたことなので俺個人としてはよくわかっていない。だって今回逆子治療するの初めてなんだもん。
よく領主様は俺を頼ったもんだ。俺なら不安だよ。
まぁどんな優秀な治療家であっても初めては存在するのだから大目に見てもらおう。
ところでこの世界にはエコーなんて便利機械がないのになぜ逆子だとわかったかという疑問に思うものもいるだろう。
前世でも見分け方というのはあるそうだがエコーがあるから確実なものを選んで診察しているのだが、この世界ではあいにくと便利機械は存在しない。魔道具でもそんなものないみたいだし一体どうやって?と思うのだがそれは氣の感知で簡単にできる。
あら便利!!
考えてみれば簡単だ。人の体の中にもう一人分氣の流れてる人がいるんだからそれを探れば妊娠してるかどうかもどっちに向いてるのかも簡単に判断できる世界なんだ。
これって前世で「私妊娠しちゃったかもしれない」と言って結婚を迫ったり、どうしてくれるんだと嘘をついて慰謝料を請求してくる悪い人が悪事を働けないのがすぐにわかるな。
妊娠してるか『気感知』スキルのレベルがある程度高いだけでわかるんだもん。それに妊娠検査薬がなくても自分の氣さえわかれば自分の中に他の氣が混じって流れてるのを確認できれば妊娠がわかるってすごい世界だな!!
悪く言えば早い段階で中絶の判断をする奴もいるわけなので一概に良いとも言い切れんがな。
閑話休題
逆子であることは簡単に調べることができても逆子を治す技術というものがこの世界にはない。
一様『ハクロ』を出る前に母さんに逆子についての本がないか聞いて貸してもらったことがあるが、氣や魔力を使って無理やりひっくり返すという試みをした事例があったそうだが成功率が著しく低かったそうだ。
まぁそうだろうな。逆子であることが早い段階でわかるのだから本来ならいじってはいけない段階で氣の流れを操作するんだから失敗する確率は高いだろう。
逆子治療はどのタイミングから始めるのか、胎児を返す時に使うツボも時期によってどれを使うのか結構シビアだと学んでいる。一歩間違うと流産の危険もあるのだ。
鍼灸の資格のあるものでも使うツボのタイミングを間違えるものも多く、流産の危険性のあるツボを平気で使っている鍼灸師がいたぐらいだ。実際前世で就職した鍼灸院で流産になった患者さんを見てこれではダメだとその鍼灸院をやめて師匠に弟子入りした。
鍼灸で流産したとは一概には言えないのだが、可能性を高めるツボというのはやはり存在している。ツボの本にも逆子のツボと紹介されているツボの中には時期を間違えれば大惨事になることもあるのだ。
この世界で試した逆子治療の本を借りて馬車の中でも読んでいたが成功事例が少ない上に帝王切開という方法もない。
外科的手術がこの世界にはないようだ。なんで?と思うが回復魔法に魔法薬があれば手術することを思いつかないのかもしれない。
一般の薬も漢方薬よりもお粗末な民間療法に毛の生えたものが流通してたりするんだからしょうがないかな?
とりあえず今この世界に逆子治療の成功例は無理やり氣・魔力でひっくり返すという強引な治療法で大体10%未満の成功率であることが分かっている。
前世で鍼灸の逆子治療の成功率は大体80%ほどの確率だそうだ。
そう考えるとすごいな。前世でも逆子の治る薬なんてないし、逆子体操もそこまで高い確率ではなかったように記憶している。体操に関しては文献がまちまちすぎて高い確率のと低い確率のがあったので俺には判断できないんだけどね。
さてここで一つ俺には利点にも欠点にもなることがある。
それは『鍼灸術』のスキルだ。
利点は治療時ツボの効能を引き上げてくれるので治療効果が格段に上がるということだが、今回に限ってはそれが欠点になるかもしれないのだ。逆子の治療というのは先ほどから言うようにツボを使う時期によって変わる。それはツボに与える刺激量も同じことが言える。うっかりすると治ったはずの逆子がまたひっくり返ることがあるのだ。
慎重に治療しなければいけないと言うのが分かっていただけただろうか?
とは言え『氣感知』スキルで胎児がどっちに向いてるのか見ながら治療できるのだから刺激量の調整は前世よりも簡単な気もしている。気負いすぎてもいけないなと自分に言い聞かせて患者さんである領主様の娘さんの部屋に向かう。
ちなみに他のメンバーはこの街の観光に出かけるそうだ。
フジミヤさんに案内されて部屋に入るとポッコリと膨らんだお腹にワンピースのようなゆったりとした服を着ている女性が寝ていた彼女が今回の患者さんか。領主様の娘さんは腰まで届く髪に藍色の瞳の綺麗な方だった。仰向けに寝て少し苦しそうな感じだ。
ふむ…あれマズイんじゃね?妊娠時仰向けに寝てたら腹部の動脈を圧迫して血流悪くなるはず。
確か妊娠時は右側を上にしたほうが良かったんだよな。必死に前世知識を思い出しながらまず布団を右下に挟み込んで横向きに寝かせるとしんどそうにしていた顔が和らいでいく。なるほどこれだけでも苦しいのがマシになるのか。
急に部屋に入るなり体勢を変える行動に出たために付き添いでいた女性(多分お手伝いさん)と旦那さんらしき男性が怪訝な表情をしてしまった。
まずいなやらかした感がすげぇ。
とりあえず今なんで体勢を変えたのかを説明はしたがお抱えの医師という男性にそんなの聞いたことがないと言われてしまいなおさら空気が悪くなってしまう。
すると領主様がタイミングよく部屋に入って着た。
「やあおはよう。娘の具合はどうでしょうか?治りますか?」
「そですね29周目と聞いていますし今から治療すればなんとか返ると思うのですが、今から行う治療では出産を促す効果のある施術も含んでいますので少し早くおさんすることがあります。なので早く生まれてしまう可能せを想定して生まれる時のための準備も早い目にしておいて欲しいのですがいいですか??」
「それは構わないが早く生まれるとは具体的にいつ生まれるのだね??」
「可能性の話なのでそう具体的にはわからないのです。通常通りの期間で生まれることもあれば一周早く生まれることもあるという程度に考えていただけるといいですね。」
「そうか…それなら先生がどうにかしてくれるでしょう。」
俺が領主様に説明しているとお抱えの医師が口を挟んできた。
「領主様。以前『腰鳴上』を治療したので信頼しているのかもしれませんがこんな子供にそこまでできるとは私には思えません。緊急時でもありますしなんとか譲歩いたしましたが…やはり。」
「だったらトモヤ先生(お抱え医師)治す方法をご存知というのかな?」
「いえ。それは……」
「なら彼に任せる他内ではないか。確かに治るかどうかわからない、完全に信用できないのかもしれないという気持ちもないではないが、なの不治の病である『腰鳴上』を一回の治療で治したのは彼だ。私はそれだけでも信じる価値はあると思っている。」
「確かにそれが本当であるなら……」
なんか盛り上がってるけどぎっくり腰ってそんなに治療できないものだったの?
人によっては温めるだけで治ることもあるんじゃ……あ!お風呂って浸かるイメージがないんだったっけ?
富裕層しかないし、体の汚れを流すのが目的で温めたお湯を使うのにも結構な手間がかかるし水で流してる人も多いって聞いたことがあるな。でも風呂に入るといいって以前教えたはずだし…う〜ん。
そう考えていると盛り上がっていた二人は何やら話がまとまったようだ。
「わかりました。領主様がそこまでおっしゃるというならちょうどトリス商会の会長が腰鳴上だったはず。彼の腰鳴上が治れば私もその腕を信用いたしましょう。」
「よし、確かもうすぐ邸に来るはずだったな?」
「はい、御義父様うちの父もマナミのことが心配で朝の商談が済み次第こちらに来るとの事です。」
ん?誰が誰かわからんが勝手に治療する人増えてない?
トリス商店の会長?誰だ!!話の内容からしてこの旦那さんの親だろうか?
マナミってのは娘さんの名前かな?そういえば俺依頼を受ける時から一切相手の名前聞いてなかったな。
すっかり忘れていたよ。前世ではありえないミスだ!!!
そういえば今まで直してきた人も名前聞いたり聞かなかったりしてたし、カルテもまともに残してなかったな。
なんでいまのいままで気づかなかったんだ!!抜けすぎにもほどがあるな。今日からちゃんとしよう……
「ムツキくん、すまないがそういう事だから頼まれてくれんか?もちろん追加の治療費も払う。」
「あぁ、まあいいですけどできれば早く治療を始めたいのですが……」
話の途中でパタパタと急ぎ足でお手伝いさんがやってきて領主様に耳打ちをする。
「ん?ふむ。どうやらきたようだな。こちらに通してくれ。」
しばらく待っているとカツカツと杖をつく音とともに恰幅にいい色黒の男性が入ってきた。
これぎっくり腰か?体型の問題もあるんじゃね??
「誠に申し訳ございません。少々商談が長引いてしまいまして。」
「構わんよ。して早速ですまんのだがうちの医師が彼の治療技術を見てからでないと娘を治療させる訳にはいかんというのだ。彼も医師としての誇りがあるでな。でだ、トリス会長の腰鳴上を治せれば治療技術の証明になるということになったのだが、受けてくれるか??」
「なるほど、人の命に関わる治療ですから一理ますね。腰鳴上が治るのであれば私としてもありがたい。つい昨日なったところで今日も杖がなければろくに歩くことができないくらいだったのです。領主様にお会いするのに偉そうに杖をつくのはとも思ったのですが…」
「いや構わんよ。昨日のことは私も知っている。娘を連れてきてくれた時だったからね。」
「ありがとうございます。して今から私は治療を受ければいいのですかな?」
「ええ、彼がムツキくんと言って以前腰鳴上を患った時に治してくれた恩人だ。」
「なんとこの子が!!ん?領主様は腰鳴上を患っていたことがおありなんですか?私はフジミヤ殿だと聞いていたのですが?」
「あぁ、そうだったな。確か5年ほど前になるか、彼のいるハクロに視察に行った時になって彼に治してもらったんだよ。当時は腰鳴上のことが明るみになる訳にいかなかったからね……まぁ今でも十分まずいのだが、あれから風呂で腰鳴上の症状を抑えることができるというのが知れ渡って多少マシにはなっている。今後彼が腰鳴上の治療について確立してくれればどうということもあるまい。」
なんという人任せ!!まぁいいんだけど。ぎっくり腰ぐらい治しますよ。
「そうでしたか。なんというか素晴らしいのですな。」
「初めまして冒険者のムツキと言います。治癒師としても仕事をしています。」
「初めまして。冒険者にしては礼儀がいい。私はトリス商会の会長をしているトリスマサカズという。今も腰が痛くてかなわん。ぜひ治していただきたい。」
「はい。ではいくつかお聞きしたいことがありますので問診してもいいでしょうか?」
挨拶もソコソコにトリスさんの治療が始まった。