いざ領主邸へ
翌日予定通りに馬車で町を出ると舗装されている道をガタガタ進む。
特にやることはないがかなり揺れる。イメージとしては軽トラックで砂利道を進む感じか?
結構なスピードで飛ばしているようだが馬を潰してしまわないのか心配だな。
人間のために馬が潰れたとあってはなんか気分が悪いのだがこの世界では普通なんだろうか?
三時間ほど進むと一度休憩を取ると言うので馬の様子を見せてもらうことにした。
俺の鍼灸術があれば馬の疲労も回復できるかもしれないと思ったのだ。
前世では動物の治療は鍼灸を含めても獣医の資格がないとやってはいけないがここは異世界だからそこまであれこれ言われないはずだ。人以外の動物にだって氣があるので鍼灸治療は使うことができる。経絡もツボもあるのだ。違いもいくつかあるがツボの位置とか違うのだが俺はそんなに詳しくは知らない。だって獣医さんしか治療してはいけないってルールがあったんだから勉強したことないんだよ。獣医師の指導のもとなら鍼灸師でも鍼していいと誰かに聞いたこともあるが本当かどうか怪しいので俺は信じずに勉強してこなかったんだ。
ただこの世界ではスキルという便利機能があるので詳しく知らなくても治療できそうなきがする。
氣を感じて悪い氣を取り除いたり、減っていたら補うし滞っていれば流してやればいい。この世界だと鍼灸はかなり感覚的治療になってしまってる感じがするな。ツボの知識も確かに大事なのだが、不調があればどのツボが鍼をしてほしい、灸をしてほしいというのが氣によって探知できてしまうんだ。それなのになんでこの世界の人は治療しないんだ??
やっぱり鍼灸術がないとツボまでは反応してないんだろうか?
疑問に思いながらも馬に近づく。確か馬に近づくときは後ろからだと蹴られたりすることがあるんだったか??
御者のおじさんに頼んで馬にのお世話を手伝わせてもらう。
馬に近づくとやはり疲れているのか氣が減り筋肉もパンパンに張ってしまっている。
馬にかかる負担も大きいのがよくわかる。こっそり刺さない鍼である鍉鍼を取り出して馬を撫でるように鍼で治療していく。ブルブル言いながら気持ちよさそうに目を細める馬に少し気分が良くなる。人でも馬でも鍼をして喜んでもらえるのはやはり嬉しいな。
錬丹術を使って喜んでもらうよりも嬉しい。やっぱり俺は治療家が向いてるのかもしれない。
馬車2台の4頭の馬に鍼で疲労回復をしてあげると気分よさげに俺にすり寄ってくる。護衛についてる人の馬にも治療を施してると御者の興味深げに俺を見てくるので何をしているのか教えてあげた。実際にやって見たいというのでやり方を教えて護衛の方の馬を使って練習していると休憩が終わりまた馬車に乗り込んで走り出す。
走り出すと先ほどよりもガタガタと激しくスピードが早い!
馬が元気になりすぎて猛スピードで馬車を引っ張ってるようだ。乗り心地は最悪だが速さは比べ物にならない。
途中休憩を何度か挟んだが馬のためというより俺たちの体調のために休んだようなものだ。御者と護衛はなぜかツヤツヤした顔で喜んでたが馬車の中にいた俺たちのことをもっと考えてほしい!!
二度目の休憩の時は馬車組の全員に乗り物酔いに効くツボ『内関』に以前作ったことのある円皮鍼を張ってあげた。
前に作った時は押しピンのように形作ったものをスライムの皮膜で貼り付けただけだが、今回はもう少し改良してある。鍼の長さも皮下に届くぐらいの長さに短くして鍼先はチクチクしないように尖らせすぎないようにしてある。針先にもいろいろ種類があるのだが、鍼灸師として知識があるだけでは今まで作ることができなかったがこの数年研究に研究を重ねていろんな鍼先を再現したのだ!!
え?どうでもいい??
いやいや鍼先大事よ!松葉型とか柳葉とか卵とかスリオロシにノゲ。いっぱい種類が……ー中略ー……鍼先についてわかってもらえただろうか?なに!!まだどうでもいいというか!?
ま……まぁいい。その話はまた後日しようか!!
鍼先にもこだわったがスライムの皮膜もしっかり防水加工をしてかぶれ防止ができるように通気性も確保した夢のテープを作り上げたおかげで水仕事だろうが、戦闘だろうが御構い無しに使える円皮鍼が出来上がったのだ!!
この円皮鍼はすごいんだぞ!ペタッと貼れば数日間そのまま鍼の刺激を持続させることができるから一回の治療でかなり長い間治療効果が続くのだ!!
前世でもとあるフィギアの選手とか体操選手とか俳優さんが張ったまま仕事をしているのを見たことがあるんだからな!ちらっとテレビで映ってるのをなんども見かけてるんだぞ。
話が大きくそれてしまったが『内関』ってツボは酔い止めに使われるツボとしては非常に手頃でポピュラーなツボなんだ。
手首の内側のシワのど真ん中から人差し指、中指、薬指三本分の横幅を肘側に行ったところの腱の間にあるツボを押して見てジーンとするところにある。右手のツボがよく効くとされてるので気持ち悪くなった時に押してみるといいよ。
治療もソコソコに馬車にサスペンションもどきをつけて衝撃吸収を図ったがそれでもガタガタ激しい乗り心地は悪い。
なんで馬さんはあんなに張り切ってるんだろう?わけがわからん。
予定では1日かけて進む道を爆進して進んだ結果早朝5時ぐらいに町を出て夜21時に目的地であるゲッコウ領の一番の都市ゲッコウについた。一泊野宿して昼過ぎに着く予定だったと思うんだが気のせいだったのだろうか??
10分ほどとはいえ休憩挟みながらにもかかわらず16時間で到着して馬は未だに元気一杯!
鍼灸術どうなってんだ??なんか怖くなってきたんだがこのスキル大丈夫なのか?
人間に使う時は普通なんだけど動物に使ったらなんでこうも元気になるんだ??経験不足だから加減ができなかったんだろうか?
なんにせよ今日は馬車で疲れ切ってしまったので宿に泊まって明日領主邸に行くことをフジミヤさんにお願いするとせっかくなので領主邸に泊まるようにお願いされた。治療は明日からでも構わないが宿から通う手間と、いつどうなるかわからないのが不安なので一緒にいて欲しいんだそうだ。
もしかして出産まで一緒にいないといけないのでは?いや逆子が治ったら帰れるよね?
少し不安に思いながらも検問を終えて領主邸へと馬車を向ける。
領主邸はちょっと小ぶりな城だった。厳密に言うとちょっと違うな。
なんていったらいいのか…日本家屋なんだけど俺の語彙力ではなんといえばいいのか。
あ!旅館だ!大きな旅館みたいな感じの作りをしている。
この町はほぼ日本風の家屋しか建っていないので城下町のようにも見えるので城といった方が雰囲気に合うのだが旅館だな。
大きな旅館風の建物にぞろぞろと入って行くと玄関で靴を脱ぐ。
ゲッコウ領は靴を脱ぐ方式の家が多いので前世日本人の俺としては助かる。貴族と聞いて西洋風の館を想像してたので緊張してたんだよな。
ただこうなってくると治療は畳の上なんだろうか?意外と治療しにくいんだよな。ベットの方が姿勢に無理なく治療できるから治療の時はベットの方が嬉しい。実は折りたたみ式のベットを何台か作ってたりするんだが使ってもいいのだろうか?後で聞いてみよう。
メイドさん?お手伝いさん?家政婦さんかな?なんといっていいのかわからないが旅館の女将さん風の格好をした女性と番頭さん風の男性に出迎えられて領主様にご挨拶することになった。
当然のマナーではあるが夜遅くにしっかりと対応してくれるのは流石だな。貴族のイメージってもっと横暴な感じなんだが俺もテレビのイメージに染まっているのだろうか。
「良く来てくれた!感謝っする!!」
領主様の部屋に通されるや否や俺の元にかけよてガシッと握手される。
なんかもう治ったかのごとく破顔して目が潤んでる。後ろに驚いた顔で棒立ちしている赤髪の男性が俺の手を上下にふりまわす領主様をたしなめる。
「父上、おちついて。」
「あ、あぁすまない。こんなに早く来てくれるとは思っていなかったのでな。急いで来てくれたことに嬉しくてつい……」
父上って(わら
なんか時代劇みたいだな。領主様の息子かな?それとも娘さんの旦那さんかな?
どっちでもいいけど領主様はなんか誤解してる。実は俺の鍼で勝手に馬が猛スピードで爆走した結果早くついただけなんだけどな。まぁいい感じに誤解してるならわざわざほんとのこと言う必要もないか。
「えっと、なんかその…父がすいまっせん。」
「あ、いえいえ。娘さんが大変だとお聞きしましたので……急いで来たのでみんなちょっと疲労が…治療は明日からでも……いいですかね??」
「そうだ!治療!!あ、いやそうだねみんな疲れてるだろうから明日でも…一度様子を見るだけでもしてくれないかね?」
「父上!!」
「いやすまん。そうだね疲れてるんだったね…一度「父上!!!」」
「まぁ落ち着いてください。少し休憩をいただければ見れますが、母体の健康状態も気になります。今の時間だとご就寝なのでは??」
「今から起こして」
「それはいけません!!眠っているところを無理に起こしては母体にもお子様にもストレスがかかってしまうやもしれませんから。」
俺がそう言うと領主様は子供のようにしゅんと縮こまってしまった。
街に着いたのは21時ではあるが検問後に門の近くで夕食をとっていたために今は23時になっている。
なぜ外食したかと言うと明日の昼に着く予定でいたので領主様に着いたことをまず知らせてから泊まれるかどうか確認しにフジミヤさんが領主邸に向かっている間に夕食をすませるように言われたからだ。
急に今着きましたと領主邸にいっても迎える準備ができていないんだから当然のことではある。
と言うことで嫁いだ娘さんが今どちらの家にいるのかは知らないが今寝てるんだったら起こしてまで治療って体に負担が大きいに決まってる。直しに来てストレス与えてどうすんだと言うことになっては意味がないだろう。
「すまないね。妹のことが心配すぎて落ち着きがなくてね。普段はしっかりしているんだが……」
肩を竦ませて領主様の背中をさする赤髪の男性。どうやら領主様の息子のようだ。患者さんはこの人の妹になるのか。
そのあと今日はゆっくり休むように言われ俺たちの部屋へと案内してもらう。
なんか前にあった時とイメージが変わってしまっていたが娘と孫の命がかかってるとなれば取り乱しても仕方ないか?
まだ患者さんとなる娘さんの状態はわからないがなんとか治してあげないといけないと気持ちを引き締めて以前にまとめた前世知識の覚書の中の逆子について書かれたページを何度も読み返してから寝ることにした。