ぎくっ!!
翌朝疲労も取れたのかいつも通り朝食をとり掃除をして店を開ける。
なんとなく今日は店の手伝いをするのに店先を箒で履いていると遠くから走ってくる男性がいる。
何かあったのだろうか??
店に入ってくる男性は見覚えがある。
昨日領主様の警護をしていた男性だ。店の外で突っ立ってた多分護衛の騎士だろう。
店に入ってくるや否や大きな声を発する。
「すいません!!治療師の方はいますでしょうか!」
「はっはい!どうしましたか??」
「領主様が!!今すぐ来てくださいませんか!!」
「落ち着いてください。どうなさったんですか??」
「とりあえず向かいながら!!」
「失礼ですが何も持たずに行ってもここまで帰ってくることになるかと……」
「いや、しかし……」
「病気か怪我かなのでしょうが、魔法で治るかもわかりませんし薬を全て持っていけるわけでないのです。症状を聞いてみないと。」
「そうですね…気が動転していたようです。」
俺はお水を男性に差し出す。
「お水飲んで落ち着いて。」
「あ…あぁすまないな。」
水を飲むと深く息を吸い込み話し始める。
「今領主様は『月の宿』にお泊りになっているのだが、朝食の準備ができたので呼びに行ったところ腰を抑えて机にもたれかかっていたのだ。声をかけると真っ青な顔で「腰に雷が…医者か治療師を……」と言って倒れられた。」
ぎっくり腰じゃね??
まだ寒くて気温差がある今は多いんだよなぁ〜〜
母さんは真剣な表情で話を聞いた後、目を閉じ少し考えるそぶりをしてから口を開く。
「それは……おそらく腰鳴神ですね。」
なにそれ??腰に雷だから?言い得て妙だな。確かにぎっくり腰の表現の中には雷に打たれたとかいうが……
なんか大げさな気もする。
病名が分かったところで男性の顔が少し晴れた。病名がついたらなんかちょっと気持ちが楽になるというあれだ。
「そ、それは治せるのですよね!さぁいきましょう!!」
ゆっくりと首を横に振る母さん。
「腰鳴神は治療魔法でも治療薬でも完全には治りません。多少痛みが引き動けるようにはなりますが……腰に溜まった雷はいつ走るかわからないのです。雷の魔力がたまって暴発していると言われているのですが、未だにその魔力を感じることもできないので対処法が……」
うそ〜ん!!
治療魔法はともかく薬はあってもおかしくないだろ!!漢方でもちょっと時間はかかるかもしれんがあるはずだぞ!!
魔力がたまったとか言ってるけど感じないんだからたまってないだろ!!
え?マジで言ってる?
もしかして怪我とかには強くても筋肉とか神経の病気って全く治せないのか??
魔法の世界も良し悪しだな!?
まぁこの分だと鍼灸の活躍も…ふふふ
「そんな……では領主様は…」
「命の危険はないのでしっかりしてください。少しなら痛みを引かせることができます。」
「うぅ…で、では行きましょう。」
「母さん、俺も行っていい??」
「え!……鍼灸術…そうね。息子も後学のために連れていきます。いいですか??」
「あ……あぁ、そうですね…まぁ、いいでしょう。それより早く!!」
お!!ダメもとだったけどいけるっぽいぞ!!
さっさと準備をして男性の後ろをついていく。
宿に着くと領主様の付き添いの方たちがざわついていた。
大の大人がぎっくり腰であたふたしているなんて。ぷふ!!
いやいや、まだぎっくり腰と決まったわけではないな。
領主様のところへと案内されると腰を抑えて椅子に座りうめき声を上げている。
「うぅ〜う〜うぅ!」
脂汗をかいて今にも死んでしまうのではといった悲愴感が漂っている。
そんなに辛かったのか!!
「やっぱり…腰鳴神のようですね。」
なんかその病名ちょっとカッコよく聞こえてくる不思議。
ふざけてる場合じゃないな。
「多分だけど、これなら俺のスキルで治せるよ。」
ちょっとこれは治しておかないと視察に差し障りそうだし提案してみる。
「君!本当か!!」
案内してくれた男性が声を張り上げる。
「うぅ!!」
「あの、声を小さくしないと腰に響きますよ??」
声が響いて呻く領主様と焦った顔で口に手を当てる男性。
母さんは目を丸くさせて耳もとで囁く。
「むっくん遊びじゃないのよ??鍼灸術のことは詳しく知らないけど…治せるの??」
心配そうな表情をしている。当然だろう。
今の魔法や薬で治せない病気をいきなり治せるなんてのたまったんだ。怒られないだけ甘やかされてるんんだろうな。
久しぶりのガチ患者さんだからちょっと控えめに言っておこう。
「痛みと動けないのはすぐ治ると思う。」
「ほ…ほんと……うか……」
子供に縋る中年がそこにはいた。
領主様それでいいのか?
なんかもっと「こんな子供信用ならん!」とか「ふざけるな!」とか言われると思ったんだが、スキルって言葉はそんなに偉大なんだろうか??
まぁすんなり治療させてもらえるのはありがたいからいいんだけどさ。
なんかもっとこう…紆余曲折あって治してほら……そら見たことかってやりたいじゃん?
子供かって言われても今子供だよ?
「俺のスキルは治療系の固有スキルなんで多分今の症状は治せると思う。でもそのあとは領主様次第としか今は言えないよ?」
「あ…あぁ、頼む。とにかく動けるようにならねば…ぅくっ!視察が……できん。」
全身をの氣の巡りを感知しながら近づいていく。
腰、足、背中あたりの氣の流れが悪い。体が冷えていそうだ。
顔色は脂汗で冷えてしまったのか少し白い。
「脈を診させてもらいます。脈診っていう体の状態を知る方法ですから安心してください。」
両手を取って中指の第一関節を手首の親指側にある突起に当てて橈骨動脈の拍動を人差し指、中指、薬指で確認する。
集中していると、両中指の脈だけ強く触れるが人差し指、薬指の脈が弱い。
なるほど……
「腰がふわふわ浮いたような感じはしてませんか?」
「あぁ…ここ半年ほど……ふわふわとし…て力が入りにくいような…感じがした。」
「やっぱりそうですか。」
と言うとツボはあれを使って〜
おもむろに鍼の準備をしていると護衛の方たちから声がかかる。
「それはなんだ!何をする気だ!!」
「え?治療ですけど??」
あれ?あぁ鍼が何するものかわかってないからだ!!
そっかそっか、尖ってるし怖いよな。鍼の説明からだな、なんか懐かしいなぁこれ。
「これは俺あっ…僕の治療スキル『鍼灸術』というもので使う道具の鍼です。この鍼は髪の毛ほどの細さで身体に刺して使うんですが、身体を動かしたり作っている氣の調整をするのに使うんです。」
鍼を見せながら説明する。
「そんなもの領主様に「よさないか」」
「しかし」
「構わないからやってくれ。」
相当辛いのか説明をすること自体が煩わしそうだ。
「はい!すぐに良くなりますからね!!」
そう返事するや否や、領主様の足元に屈む。
足の甲、小指と薬指の中足骨の間を足首の方向に指でなぞっていく。
小指の腱を超えたところで領主様が少し呻く。ここだ!
『足臨泣』腰痛によく聞くツボと言われているもののうちの一つ。
今の領主様の症状からここのツボに反応があると予想していたのだ。
すぐに錬丹術で作り置きしていたアルコールで消毒し、鍼を刺す。
「あぅ……あぁ…あれ?」
刺したと瞬間小さく呻き声いたちが殺気立つ。
だがその後、腰を抑えてい痛がっていた領主様が背筋を伸ばしたのだ。
俺以外のみんなは口を開いて呆然としている。
俺はすぐに反対の足にも同様に鍼を刺す。
「あれ?んんん??痛みがない。おほっ動くぞ!!!おほっおほっおほっ」
腰を左右にひねったり伸びをして喜んでる領主様。
テンション上がって変な笑い方してるのが気持ち悪い。
「あんまり動くと治療しにくいんですが??」
「あぁすまない。実はこの3年で腰鳴神は6度目でな。まさかここまで動けるようになるとは……いやすまない。続けてくれ。にしても腰鳴神なのに足を使うのだな??」
「はぁ……」
3年前から6度目って半年前からって言ってなかったか?あれは腰の浮く感じか……
いやいやぎっくりでこの症状なら一度目の時もふわふわ浮いた感じしてたはずだよな??
関係ないと思ってるんだろうなぁ〜
「腰痛、腰鳴神??の原因が腰にある人もいますが、足にある人もいるんですよ。他にも体が冷えて起こることもあるんですが、領主様は体も冷えているようなので冷えたままだとまた腰痛…じゃない、腰鳴神が起こるかもしれません。足腰が冷えてしまうと筋肉も力が出にくくなってふわふわ浮いたような感覚になり足元が不安定になります。そこに力を入れようとすると腰に雷に打たれたような痛みが走るんです。なので身体を冷やさないよう温めていただけるといいかと思います。」
「ふむ…言ってることはわかるようなわからんような……しかし痛みもないし……してどうすればもう腰鳴神にならずに済むのだ。」
「だから、冷えてると起こりやすいので温めてもらえると……」
「厚着をすれば良いのだね??」
「厚着しても体の中は暖かくなるとは限らないので温かいスープを飲んだり、お風呂で身体を温めたり、身体を動かした方が温まります。」
「なろほど、風呂か!確か火山のある地域では自然に湧いた風呂に浸かると腰鳴神が治ったという伝承があると聞く。風呂だな!!うむ。」
何もわかってない気がするな。この世界では魔法が発展しているせいか人体に対する知識が乏しい。このぐらいの説明にしかできないのがもどかしい。
どの程度の人体知識かというと、例えばこの世界の医学書に『血液』の説明がある。
『血液とは食べもたものを氣が液体化した何かで溶かし、溶かしたものを全身に流して身体を構築するものに変えている。サラサラとした真っ赤な血液のものは氣が旺盛であり、ドロドロとした赤黒いものは氣の量が少ないために溶かしきれていない。』
と説明されている。「血管詰まるわ!!」っと思わず突っ込んでしまったのはいい思い出だ。
普通にありえない。4000年前の中国ですらそこまでではなかったはずだ。
なまじスキルというものがあるばっかりに消化中の胃に氣が集まってると感じてそう捉えてしまうのだろうか?
血液にも氣が一緒に流れていたりするからアホな考えに至るのかもしれない。
ゲームとかでは魔法って賢い人が使うイメージがあるんだが、実は思考を停止させてるんじゃないだろうか??
鍼を抜き、消毒をする。お灸もしたいところなのだが、町の視察予定も押してきているようで治療の続きはさせてもらえなかった。
帰り際領主様に「今日は急に済まないね。本当に助かったよ。治療費はちょっと奮発だ。」と言って丸い金属を握らせてくれた。
子供だし銅貨つまり丸銅(100円)でお小遣い気分で渡してくれたのだろうと思い手を開くとキラキラ光る金。
丸金、日本円にして10万円だ。
オォウ!!まじか!!日本の鍼灸治療でも4千円〜6千円の間ぐらいなんじゃないだろうか??
それが10万だと!?母さんも驚いてるようで慌てて領主様に話しかける。
「これはもらい過ぎです!大人が治療して大体角銀1枚ほど。この子はまだ子供なので丸銀1枚でももらい過ぎなほどです!?」
治療費は大体1万円ほどなのか。需要と供給があってなさそうだからちょっと高いのか??
「いやいや、子供でも立派な治療師。それに緊急時だったからね。危うく仕事ができないところだったのだからこれくらいは!!それに腰鳴神を患ってると知られるのはあまり良くないんだよ。だから口止めって意味でもこれでいいんだ。」
領主様はそう言って視察に出掛けてしまった。
後で聞いた話だが、腰鳴神(ぎっくり腰)はいつどこで発病するかわからない病であり、感知不可の雷魔力は非常に危険で周りの人間に感電することがあるとされている。王様との謁見もある政に関わる人間はこの病にかかったら引退を考えることになるのだとか。
感電しねぇよ!!と声を大にして言いたいが、一度だけ王を含めた会議の中宰相がぎっくり腰になった時、その時の王も椅子から立ち上がる際にぎっくり腰にかかったことがあるそうだ。その後会議に参加していた貴族や大臣の半数がぎっくり腰になったことで感染すると考えるようになった。
ちなみにぎっくり腰になったものは皆60歳を超えており、その時の貴族間で水風呂が流行だったのだとか。
読んでくださりありがとうございます。
書きためて多分が尽きたので投稿頻度が下がるかと思います。
マイペースに更新して行きますので気を長くしてお待ちいただけると幸いです。




