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Overlap  作者: 二つ葉
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 朝の八時半。俺は一人駅でみんなが来るのを待っていた。約束の時間まであと30分ある。なぜこんな早くに来てしまったのだろう。二度寝をするべきだったという後悔をもう20分前ぐらいからしていた。

 駅のベンチに腰掛けて、人通りを眺めていた。改札の中に入る人に出てくる人、誰もがロボットのように無表情だった。たまに数人で歩くグループはおしゃべりをしている。そういう人たちにしか表情がなかった。彼らはふざけあって、笑いあっている。

 こんなに人が居るのに、俺の知り合いは通らなかった。無性に孤独を感じる。学校に行けば友達はたくさんいるし、親友と呼べる人たちだって一人いなくなったけどまだ三人いる。けれどここでは俺は独りだった。

 俺の顔は今どんな表情をしているのだろう。鏡を持っていないので、それを知るすべはなかった。

「わたしがいちばんだと思ったのに」

 夏凪がいつの間にか前にいた。昨日とはまた違う服だった。黒の一色で本当に喪服としか機能しそうにない。化粧はしていないところが夏凪らしいと思った。今日のほうが大規模になるにかかわらず、昨日引いていた口紅もしていない。

「競争じゃないでしょ。でも夏凪も早いね」

「なんか早おきしちゃたんだ」

 夏凪は俺の左隣に座った。手で持っていた小さな黒のバッグを膝の上に乗せて、両手で抱えるようにして持っている。

「ちゃんとした喪服持っていたんだ。俺は今日も学生服だよ」

 今日も変わらず学生服のままだ。昨日放り投げたものを着ただけなので、しわも少し残っている。ポケットに財布と携帯だけを突っ込んできただけなので、バッグの類はもってきていない。

「わたしは着たくなかったけど。でもいろいろとマナーがあるんだって。この服もそのマナーのうちのひとつなんだ」

 夏凪は視線を落としてバッグを見つめていた。布製のバッグは光沢もなく、しっとりとしなっている。

「そうなんだ。どんなのがあるの?」

「しらない。ママとパパがずっと教えてくれてたけど、ききながしちゃった」

 夏凪の両親はきっと恥をかかせないように教えてあげたのだろう。冠婚葬祭など、公式的な場では大概マナーと呼ばれるルールが数えきれないぐらいある。そのルールを守らないとあの人は常識がないと言われ、恥ずかしい人とそしられてしまう。

「どうして?」

「だって、あれしてはいけないとか。これを言ってはいけないとか。そういうのばっかりなんだもん。理由があるらしいけど、そんなのどうでもいいし。わたしは真剣なのに、マナーがどうとかで、ちゃかされたくないよ」

 マナーは夏凪にとって、冷やかしと同意義になっているのだろう。確かにその節はある。最初は本当に大切に考えられて作られたものかもしれない。でも今となっては、他人をさらしものにするために存在している気がしてならない。例えば通夜では前もって準備していたと思わせないように、しっかりとした喪服を着てはいけないなどがある。でも、本当は持っているのに、あえて崩した着方をするなんて、ばかげている気がする。これもあの百日草と同じ。悲しんでいるふりだ。

「そうだね」

 夏凪はまだ下を向いている。黒い髪が、黒いバッグにかかって、溶けこんでいるように見えた。風がなびいても髪はわずかに流されただけだった。

「そういえば夏凪。その服似合ってないよ」

 そう言うと、夏凪は俺の方を見て口元だけで笑った。

「ありがと。『にあってない』って言葉ではじめてうれしいとおもったよ」

 夏凪はそういって強くバッグを握った。

俺はまた人混みの方に目を向けた。まだ大勢の人が次々と駅の中に入っていく。依然として無表情のまま彼らは歩いている。同じような顔をして、まるで生きてないかのように無機質的に改札を抜ける。彼らはたぶん会社なり学校なりを目的地としているのだろう。

俺はさっきと違って知り合いが一人横にいる。でもまだ孤独感が取り除かれていない。心の奥の方でしがみつくように居残っている気がしてしまう。だからやっぱり、俺も彼らと同じような顔をしているのだろう。

 しばらくの時間、俺ら二人は静かに座っていた。九時になる十分前に翔が来て、それから五分後に二木が来た。集合時間前に全員そろってしまった。予定より早めの電車に乗り、セレモニーホールに着くのも少し早かった。

 日の出ているときに見るとまた違う印象を受ける。建物自体の色は予想通りだが、周りの木々の雰囲気か、それとも細部まで見えているためか、どこか排他的な空気があった。玄関を通るとき、俺は踏み絵を強いられている気がした。ここを通る権利が俺にあるか試されている、そんな感じだ。

「早くいけよ」と後ろにいた二木に言われた。

「行くよ。行くさ」俺は目をつぶって、玄関を抜けた。

 今日はちゃんとした靴を履いているので、スリッパに履き替える必要はない。思い返せば昨日、スリッパより運動靴のほうがよかったのではないだろうか。逆にスリッパのほうがマナー違反だったと思う。

 しかし、こういう考えも夏凪に言わせれば真剣みがない茶化しになる。結局どちらであろうと間違いであり、正解にもなるのだろう。

 昨日と同じ会場になる部屋まで来る。受付の近くで俺らの親を見つけた。俺らはひとまず各自の親の元に行った。俺の母親は他人のように感じられるぐらい大人しく冷静な面持ちだ。父親は近くにいないので、どこかで手伝いをしているのだろう。

「直己、今日は子供たちの面倒を見るんだって?」

「まぁね。そのほうがいいと思ったんだ」

「そう。まぁ。じゃあ好きにしなさい」

 そう言って、母親は昨日の食事の部屋の方を目でちらっと見る。もうそこに雄二と健三がいるのだろう。

「じゃあ行くね」

 母親は俺に失望したわけではないだろう。ただ案じているみたいだ。おそらく親友の葬式に出席しなかったことを将来、後悔してしまうと思っているからだ。いらない気づかいとは思わない。逆にありがたい。そこらへんに雑草のようにいる親はきっと俺みたいなやつに「葬式に出なさい」と命令を下すだろう。だから俺の選択を重んじてくれる母親に感謝した。

 俺は早速、部屋の中に入る。あたりは食事こそ並んでないが、ダイニングテーブルが昨日より多く整列していた。白いテーブルクロスが高級感と清潔感をアピールしている。俺はテーブルで作られた道を進んで奥の方に行く。

 俺は母親の案じている意味が分かった。そこにいたのは雄二と健三だけでなく、他の小さな子も数人いたからだ。誰かの親らしき人も一人いたが、きっともうすぐ始まる式に参列するのだろう。つまりこの子たちの面倒を俺と二木でしないといけない。想像しただけで疲れが湧き出る。

「あっ。直己兄ちゃんだ」と健三が俺に気付く。その声で雄二も俺の存在に気付いた。駆け寄ってきて、「直己兄ちゃん。こんにちは」と言葉だけ丁寧にあいさつをしてくれる。

「うん、こんにちは」

 俺が雄二と健三に挨拶をしていると、親らしき人は急いだ様子で「では、あとはお願いしますね」と言い、俺の返事を待たず外に出る。一人残された俺はやはり後悔をしていた。



 後悔は杞憂だった。現代の子供たちははしゃぎまわったりしない。かくれんぼを始めてそこら辺のテーブルクロスをひっかきまわしたり、鬼ごっこをしてどたどたと走り回ったりもしなかった。隅っこで皆、携帯ゲーム機を必死になって握り画面を凝視している。対戦をしているのか、個人で遊んでいるのかはわからない。だが怖いぐらいにカチカチとボタンを押しているだけだった。

 日本の将来はいつかこういう世代が担うことになる。この子たちがどんなゲームをしているかはわからないけれど、何かを殺したり奪ったりするゲームでないことを願うばかりだ。

 子供たちの中で、二人だけが違うことをしていた。雄二と健三だけしゃがみこんで、紙に何かを書いて話し合っている。何を話し合っているのか、上から議題になっている紙を覗いてみると「いちょうのきのした」と書かれていた。

 何か言うべきだろう。口を開こうとした瞬間、二木がにゅっと横から現れた。

「何書いているんだ?」と二木も彼らに混ざるようにしゃがむ。雄二たちは二木に「昨日のダイニングメッセージを解読しているんだよ」と言った。

「ダイイングメッセージな」と二木は笑いながら訂正した。ダイイングメッセージでもないと更に訂正したくなったけれど、混ざるタイミングをすでに見失っていた。俺は立ってああでもない、こうでもないと議論している三人を上から覗くように見るしかなかった。

 二木は楽しそうに笑っていた。俺のことを嫌いと言っていたときと大違いだ。

 雄二の考えはしっかりとしている。小学生の高学年なだけはある。それに健三が頑張ってアイデアひねり出していて、それを二木が保護者のように手を加えていた。紙いっぱいになるまで、書いてみても答えらしい答えにはたどり着いていなかった。

「やっぱさ、この『よいうちののきした』なんだよ。きっと」と雄二が鉛筆で紙を叩きながら言った。「よいうちののきした」は「いちょうのきのした」のアナグラムだ。意味合い的には「良い家の軒下」だろう。

「良い家ってじゃあどこだろう?」と二木は二人に尋ねる。

「それはもちろん僕んちだよ」と健三。

「でも、うち軒下っぽい軒下ないよ」

「だよな。ちなみに夏凪の家もこいつの家にもないぞ」

 二木が俺を見上げて、指もさしつつ言う。雄二たちは俺が上から覗いていたことをようやく気付いたようで、少し驚いていた。

 こうなると会話に混ざらざるを得ない。

「確かに俺の家にも軒下はないよ。『よいいうちののきした』ではないんじゃないかな。よいうちもちょっと無理があるし」

「そうかなぁ」と雄二は残念そうだ。

 二木は立ち上がって伸びをした。もうおそらく隣の部屋ではお坊さんが経を読んでいることだろう。それくらいの時間は経っている。また列をなした蟻のようにきれいに整列して、焼香をしているに違いない。今日はさらに大勢が来ている。昨日味をしめた蟻がさらに仲間を呼んだみたいだ。

 雄二と健三も集中力が切れたようだ。二木に倣って伸びをしている。健三は持ってきた水筒をのふたを開けて、口をつける。直接飲めるタイプのやつだ。ごくっと鳴りながら小さく出ている喉仏が動いている。健三の方から麦茶のにおいがわずかに漂ってきた。

「なんで」

 雄二が健三の方を見て、つぶやいていた。

「なんで、うちだったんだろ」

 ボソッと呼吸するときのように、声帯も震えてないぐらいの声だ。ふと冷静になってしまったのだろう。

「他に殺されてもいい人なんてたくさんいるのに。なんで」

「犯人が許せないか?」と二木が訊いた。

「許せない」と雄二は二木の方を見て即答する。

 雄二のもとに詰め寄るように二木は近づいた。身長差がかなりあった。二木の腰上ぐらいに雄二の顔がある。二木は背筋を伸ばしたまま首だけを下げた。逆に雄二は首だけを上げる。

「本当に犯人を許せないか?」

「許せない」

「犯人が憎いか?」

「憎い」

「じゃあ殺したいか?」

「殺したい」

「お前にその覚悟があるか?」

「ある」

「もし犯人が謝ってきても?」

「許さない。殺す」

 俺は思わず真ん中に入って「やめろ」と言う。思ったより底冷えした声が出て、ゲームをしていた子供たちもこっちを向いた。俺は子供たちにゲームに戻れと手で雑に合図をする。子供たちはすぐにゲームに戻った。こっちに無関心なのだろう。

「なんだ?」

「『なんだ?』じゃないよ。もっと言い方ってのがあるでしょ。あれじゃまるで誘導や洗脳みたいだよ」

 少年兵を作る上官に見えた。完成する先は人を殺すことをいとわない人間兵器だ。今回なら、犯人を見つけだして殺しかねない。二木はそうさせようとしているのか。それとも味方を増やそうとしているだけか。ただ、死んだことを忘れないよう強い感情を持たせようとしているだけならまだ救いだ。

「そんなんじゃない。ただ、身内や親友が死んだら普通そういう感情を覚えると言うことだ。翔だって夏凪だってきっと思っている。お前以外は皆犯人を殺したがっているんだ」

 誰もがそんな激情に駆られているとは想像しにくい。きっとこの目の前の二木だけだ。

混乱をしているのか雄二の目が少しおかしくなっている。二木のようになってはいけない。

「犯人を許さなくていいんだ。同じように殺し返してやったほうがいいんだ」

「だめだよ」

「直己兄ちゃん。だめじゃないんだよ。きっとそうしてもいいんだ」

 雄二はもしかするとずっと抱え込んでいたのではないだろうか。犯人を許せなくて、でもその憤りをぶつける先がなかった。だからダイイングメッセージかもしれないものに飛びついた。そして二木の言葉でその怒りを現実的なものにしてしまった。

「わかった。じゃあ俺が犯人だとしよう」

「え?直己兄ちゃん?」

「いいから。俺が犯人だ。そして」

 俺はテーブルの上にあったナイフセットの中からナイフだけを取り出して、雄二に持たせる。しっかりと両手で柄を掴ませた。

「雄二はついに見つけ出した。犯人は今目の前だ。自分の手にはナイフを持っている」

 まだ少しの困惑が見えてとれる。俺は「目を閉じて」と言う。雄二は素直に目をつぶった。ナイフを持った手に力がこもったのが分かった。雄二の視界は今真っ暗だろう。視覚が奪われたぶん、触覚が鋭くなっているはずだ。

「犯人は目の前だ。ナイフを突き出せば殺せるよ」

 囁くように告げる。

 ナイフの切っ先が震えている。雄二の腰は引けているが、両手だけがナイフをしっかりと握り構えていた。顔が歪んでいった。その表情は怒りか悲しみか、いや両方か。

「雄二は今、何を思う?」

「わからない」

「目の前の犯人はお前の家族を奪ったやつだ」と二木が耳打ちするように雄二に言う。

 雄二は俺の方から顔を背けた。体はそのまま、ナイフを俺に向けたままだ。目をつぶっていても尚、顔を背けてしまった。その原因は恐怖だと思う。人を殺すとは口では簡単に言える。でも口で言うのと、体感してみるのは全然違う。人を殺す恐怖は普通の人にすれば耐えられないものだ。それに打ち勝って、殺せたとしてまともな生活を送れるわけがない。どっか大切なものが欠けてしまう。

 俺は前に出て、ナイフを腹で押した。食事用のナイフだから、もちろん怪我はしない。だが雄二は慌ててすぐに両方の掌を開いて、ナイフを手放した。

「雄二。別に犯人は許さなくてもいいよ。でも殺してはいけないよ。きみのためにも」

 雄二はまだ、おびえている。閉じた目から涙が流れ始めた。

「ごめん。ごめんね」

 殺せなくてごめんと俺も二木のことを見ないで言い続けている。雄二はうずくまってしまった。下にあった紙が巻き込まれて、クシャッと音を立てた。さっきまで、楽しそうに解読に励んでいたその成果はもう読み取れそうにない。それくらい変わってしまった。

 うずくまった雄二の向こう側に二木がいる。俺を責め立てるような表情だ。こうなったのが俺のせいだと思っているのだろう。

「俺は直己が嫌いだ」

「だから、それくらい知っているって」

「本当に嫌いだから、いつまでも、これからずっと、嫌いだから」

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