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Overlap  作者: 二つ葉
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 ポケットで何かが震えていて、取り出してみると夏凪の携帯だった。

「忘れていた」

 下駄箱で靴を履き替えている途中。まだ引き返して屋上に行くことはできる。しかし、いたたまれなくなって逃げるように出た手前、戻ることは無理だ。携帯は依然として震え続けている。メールではなくて、電話みたいだ。帰りがおそいことを両親が心配してかけているのだろう。

 さすがに俺が出るわけにもいかない。そっと夏凪の下駄箱を開け、小さなローファーの上に置いた。そして静かに閉める。

投げだしていた自分の靴をはき、玄関に出た。間違えないように扉を引いて、暗くなっている外に出た。時間はまだ17時10分ぐらいだ。ここから俺の家まで歩いて10分はないぐらいの距離だ。少し余裕はある。

校門を出て、一番近くのコンビニに入った。店員の挨拶の声を無視して、雑誌の横を通り、壁一面の缶がきれいに並んでいる冷蔵庫まで行く。迷いもせずに真ん中のガラス製の扉を開け、コーラを抜き取った。一本缶がなくなると、後の缶の列が前にスライドしてきて、ガコンと音を立てて止まった。

 冷蔵庫を閉めて、すぐにレジに向かう。レジの向こう側では若い店員がもう一人の店員としゃべっていた。二人とも俺に気付きもしないので、咳払いをした。

「いらっしゃいませ」と一人が俺に気付き、さっきと同じ挨拶をしてきた。ピッと鳴って、画面に110円とでる。すでに用意していた110円をレジに置き、すぐに外に出た。

「ありがとぉございます」と店員の声の音が鳴った。

 コンビニはまるで大きな自動販売機みたいだ。その無機質さが繁盛している要因の一つだろう。人と関わり過ぎず、関わらなさすぎず。ちょうどいい塩梅が好きだ。

 コンビニの電灯の下でプルタブを開ける。炭酸がはじけて、飲み口の周りに泡ができた。

「あの、もしもし」

 まさに最初のひと口をいこうとした瞬間に声をかけられた。横を見ると、中年男性が俺のほうを向いている。しわだらけのシャツによれよれのズボンをはき、口にはだらしなく無精ひげが生えていた。

「なんですか?」と俺は不信感を遠慮なく丸出しにして言う。

「いえね、私、こういうもんでして」

 だらしない中年男性は懐からこげ茶色の革でできた二つ折りのケースを取り出した。中を開いて見せてくる。上にはパスポートのような写真付きの証明カードがあり、下は金色の逆三角形のエンブレムがある。エンブレムの中にはPOLICEと書いてあるのが見える。

「警察?」

「ええ、そうでしてね。一応端くれではありますが警察をやっとります。渡西、というんですがね」

 もう一回俺は、この男性を見渡した。

「コロンボ?」

「いや、そんなたいそうなもんじゃあない。ほんと、違いますよ。ええ、うちのかみさんがね」

 そういって、渡西は頭を掻いた。

「それ、持ちネタか?」

 俺は半笑いになる。渡西も照れるように笑って、場の空気が少し和む。持っていたコーラにようやく俺は口をつけて、喉を鳴らして飲んだ。

「もう、これが通じるひともいなくなってきてね。あんた、若いのによぉ知っとるね。直己君」

「たまたまです」と俺は言う。

 渡西はまた警察手帳を懐にしまって、同じところから煙草の箱を取り出した。箱を人差し指でたたいてから、俺に差し出し「一本いります?」と訊いた。

「いえ、高校生なので」と断りを入れる。

「ああ、そぉでしたね」

 渡西はひとつ咥えて、箱をしまう。それからポケットを探り始めた。すべてのポケットを調べつくしたが、残念な結果になったようだ。

「あぁー。火ぃ持ってます?」

「いや、煙草吸わないんで」

「そぉですよね」

 そそくさとコンビニの中に入っていった。俺は待つ理由もないので、帰路に就いた。日がかなり落ちて、すぐにでも暗くなりそうだ。月がすでに東の空で自己主張をしている。

 ある程度歩いたあたりで、また声をかけられた。

「ちょっと、待ってくれてもよかったのではないですか?直己君」

「その、待つ理由もないので」

「ドライってやつか。わかいねぇ」

 渡西が付け加えた言葉が無性にいらだったので、無視して先に進んだ。

「だから待ちなって」

「その、ほんと、いそいでいるので」

 集合時間が17時半だ。それまでに家にいないといけない。これから家まで歩く時間を除外すると、あと10分ちょいしかない。風呂は無理だ。夕飯も厳しい。自室で一息つく時間ぐらいしかない。

「あー。通夜まで時間ないからなぁ」と渡西は言った。俺は足を止める。

「さすがに詳しすぎないか?」

「この事件担当の一人だからなぁ。それくらい知っている」

 渡西は火が付いていない煙草をくわえたままだ。これがあいつが殺された事件の担当ならば、犯人はとうていたどり着けそうにない。迷宮入りしそうだ。

「10分だけだ。なにか俺に用があるんだろう」

「協力、感謝、感謝」

 渡西はコンビニで売っている安っぽいライターを使って、加えた煙草に火をつけた。赤い火が煙草の端に綺麗に灯る。口から煙がゆっくりと吐き出され、静かに空に溶けていった。

 煙草を手でつまみ、口から放した。

「少し、事情聴取をね。知っていることをききたいんだが」

「詳しいことはなんも知らないですけど」

「まぁいいから。ほら、あなたの友達がね、公園で殺されたでしょ。公園のベンチで」

「え?」と思わず訊き返してしまった。一瞬だけ渡西の目が鋭く光った。すぐにだらだらとした中年男性の目に戻ったが、俺は見逃さなかった。

 能ある鷹は爪を隠すとことわざにもある。能ある刑事は服をよれよれにするということか。しかし、俺を疑っているのだろうか。俺から失言を取ろうとしているのかもしれない。

「なにか?」

「いや、テレビの報道だと、トイレで亡くなっていたと聞いたから」

 とはいえ、俺は何を失言すると言うのだろう。やっぱりこの人はただのあほだ。

「あぁー。そうでしたっけ。いや端くれなもんで警察の資料とかあんま見せてもらえなくてね」

 渡西は言い訳をするように言った。本当に見せてもらえないとしたら、いじめでも受けているにちがいない。そして俺はテレビの情報だ。それまで渡西がしらないとは思えない。確実に探りを入れてきている。

「トイレね。トイレ。しかも争った形跡がなかったんでしたっけね」

「そこまでは知らないですけど」

「ほぉー。そうですか」

 渡西はこの茶番劇をつづける気が満々なようだ。俺から失言を取ろうとして、何がしたいのだろう。なにか俺が疑われる要素があったのか。それとも誰かにはめられているのか。

「いやぁ。直己君。争った形跡がないというのはどういうことでしょうね」

「即死か」

「そうですねぇ。それもありますねぇ」

 渡西の道化ぶりに嫌気がどんどん刺してくる。

「何がいいたいのですか?」

「えぇー、実は」と言ってから、渡西は一回ためを置くように煙草を吸って吐いた。俺は年上ということも警察ということも忘れて、咥えている煙草をむしり取って、足で踏んづけて消す。

 渡西は動揺もせず、懐から煙草の箱を取り出す。また箱を叩いて新しい煙草を出し、咥えながら言う。

「実は入り口から個室の方を向いて倒れていたんですよ。用を足した後でね」

「だから何だってんだ」と俺はつい口を荒げる。

 渡西はライターで煙草の火をつけた。ゆっくりと息を吸って、煙を鼻から出す。煙がまた空に溶けていく。

「つまり犯人は、知り合いの可能性が高いんですよ」

「だから何だってんだ!」

 俺は渡西も煙草をもう一回奪って、捨てた。

「ポイ捨てはいけないんですよ」と渡西は言った。

 渡西が刑事の端くれと言った理由が分かった。こんな調査をできるのはこいつぐらいしかいない。

「トイレって、俺は女子トイレにいたのか?ああ?」

 もし翔子が女子トイレ内で俺を見つけたら、全力で抵抗してくるだろう。なぜなら俺は男子だから。逆に翔子が男子トイレに居たら、俺は全力で外に追い出す。

「これはね、同性にしかできない犯行なんですよ」と渡西は鋭く言った。俺が女に見えるとでもいうのだろうか。いままで一度も言われたことがない。

「脱いで見せてやろうか?」

 俺はベルトに手をかけて言う。本当に見せてもいい。わいせつ物陳列罪でつかまろうがかまわない。しかし渡西はまた新しい煙草をくわえて、火をつけ始めた。

「あなたのアリバイを聞いてもいいですか?」

「お前、いい加減にしろよ。ちっとは人の話を聞け!」

 俺は渡西の煙草を投げる。さらに懐に手を入れて箱を取り出し、地面に叩きつけた。それを踏みつけて、俺は帰ることにした。後ろから情けない声で「ああ、ちょっと」と聞こえてくる。俺は振り返って、強い口調で言い放つ。

「おい。渡西と言ったな。お前、こうやって他の奴にも訊いているんじゃないだろうな。お前の見当違いな推理はいいとして、はっきり言うがお前の話し方は雑だ。本当に悲しんでいる人にしてはいけないタイプのやつだ」

「そうですかぁ。でも安心なことに、あんた以外に聞き込みが必要ない人はいやしないんで」

 渡西の目は真剣そのものだった。先ほど一瞬だけ感じた鋭い視線を維持している。ドラマに登場する人とは違う、背筋も凍るような目をしていた。

「へぇ。ならいいんだが。どうして俺だけ?」

「そいつは、お前が悲しんでないからだ」

 俺は背を向けて歩き出した。これ以上、こいつに関わる必要もないだろう。あいつは空回りを勝手に続ければいい。

 悲しまないのは、悲しくないからだ。人が死んで悲しまないといけない道理なんてない。法律で決まっているわけでもない。逆に表現の自由のほうが保証されている。なぜ皆とすこし違うからと言って、それだけで犯人と決めつけられて尋問されないとといけないのか。

 俺はコーラを飲みながら道を歩く。渡西の顔がちらついて、味に集中できない。すでにあたりは街灯しか明かりがなくなっていた。ほんの数分で日は沈んだみたいだ。その道を歩き始めると、後ろからシュボッという安物ライターではない、ジッポの音がした。

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