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Overlap  作者: 二つ葉
17/27

~17~


 小学校はたくさんの生徒が遊んでいた。授業をしている雰囲気はない。今日はもともと休みだったのだろう。楽しそうに遊ぶ子供がまぶしかった。

「私たちもああやって、あそんでいたよね」

「昔はね」

 子供たちは縄跳びやドッヂボール、鬼ごっこと体をいっぱいに動かして遊んでいる。昔は俺らもああだった。今はどうだろう。体を動かして遊ぶとしても、重い球を転がして遠くにある十本のピンを倒すぐらいだ。それかマイクを持って踊りながら歌うぐらい。外ではしゃいで遊ぶことはなくなった。

「わぁ。待ってよー」と小学生の声がした。鬼ごっこで追いかけている子からみたいだ。

「やぁーだよー」と終われている子は笑いながら逃げる。どちらも楽しそうだった。

 鬼ごっこをしているのは男女混ざった五人の子供たち。まるで昔の俺らみたいだ。さぁいつかあの子たちの中で誰か死ぬだろうか。高校一年の時にむざむざ殺されるだろうか。そんな未来はきっとないとあの子たちは思っていると思う。俺だって昔は思ってなかった。

「死なないでね」と隣で夏凪がつぶやいたのが聞こえた。あの子たちと自分たちを重ねたのだろう。俺はそれをそっと聞こえないふりした。

「どうする?夏凪、中入れてもらう?」

「そうだね、ちょっとはいろっか」

 校門を開いて、道になっているコンクリートの上を歩いた。何人かの生徒が不思議がってこっちを遠巻きに見てきた。俺が手を振ると、一目散に逃げてしまう。

 事務室で卒業生であることを告げて、中に入る許可を得た。こういう生徒は少なからずいるようで、普通に入ることができた。靴下のまま校舎を歩いていると、ずべてが随分小さく見えた。教室も椅子も机も黒板も、当時はジャンプしても届きそうになかった教室の掛札まで手を伸ばしただけで届いた。

「いつのまにか小さくなったんだな」と掛札を触りながら言うと、

「ちがうよ。私たちがおおきくなったんだよ」と言われた。

 当てもなく歩いていると、懐かしい先生を発見した。すごいヒステリックな音楽の先生で授業中かなり怒れた。良い記憶がないので、俺らはばれる前にそそくさと隠れた。

俺らは結構授業中うるさい生徒だった。小学生なんてみんなそんなもんなのかもしれない。翔と遊んだり二木と遊んだり、夏凪と、あいつとも。

 階段を歩いていると、翔がここで転んだことを思い出した。二、三回転したくせに無傷だった。皆で笑った。

 そういえばこの美術室にも、あの技術室でも思い出がある。あいつが筆を一気に五本折って叱られた。筆の上に座ったときに折れたんだ。あれは俺と翔がふざけて置いたんだった。ずっと秘密だったが、もうばれることもない。

 思ったよりここは思い出に満ちている。来なければよかった。

「あ、ねぇ。あれ見てよ」と夏凪が指さしたのは、掃除用具を入れる大きなロッカーだ。特に思い出もないけど、夏凪はそれに駆け寄って開けた。箒が飛び出して夏凪の肩にぶつかった。だれかいたずらっ子が仕掛けたのだろう。夏凪はそれを無視して、しゃがんで奥の方を見る。

 俺は夏凪の後ろに回って、一緒に覗き込んだ。そこにあったのは小さく傘が書かれている。上にハートが付いた傘で相合傘と言うやつだ。傘の中に二つの名前があった。右側に翔、左側に翔子と書かれている。

「翔が翔子に告白する前に、ここにかいたんだよねー。『神様お願いします!』って手をたたいてたっけ」

 知らなかった。翔は俺に内緒でそんなことをしていたのか。

「そうだったね」と一応言っておく。

 夏凪はそれにお参りするように手を叩いて、「神様お願いします」と言った。そこに神様いるのだろうか。そして神様に何をお願いをしたのだろう。

 お参りもどきが終わると、夏凪は立ち上がった。そして開けたら箒が飛び出るようにロッカーを閉めた。やっぱりちょっと気にしていたのだろう。

「もう帰る?」

「次は中学校だね」と夏凪は言った。まだ探せばきっと小学校にも思い出はある。でも夏凪がもういいなら俺は言い。もともとこんな思い出をめぐる旅なんて嫌だ。


 小学校を出て、中学校に向かう。少し気が重たかった。中学校はまだ最近のことだ。今年の三月に卒業したばっかだから、まだ覚えている先生も多く残っていることだろう。こんな事件があることはさすがに耳に入っていると思う。ニュースにもなって世間でも少し騒がれていた。

 少し歩いて中学校に着く。小学校からは5分ぐらい離れているところにある。夏凪に疲労の色は見えなかった。小学校と違い中学校は肯定で遊んでいる生徒はいない。今は野球部が練習に励んでいた。土曜までご苦労なことだと思う。運動部には一回も入ったことはないけれど、これから先も絶対に入ることはないだろう。

「じゃあ、いく?」

「うん」

 夏凪が先を歩いて俺は後ろについていく。野球部の横を歩いていると、坊主頭の生徒が夏凪のことを目で追っているのが見えた。俺は威嚇のつもりで睨みをかますと、こちらを凝視をしなくなった。ちらちらと見てくるが、それぐらいはしょうがないことだと思うことにする。校舎まで入って、同じく事務室に卒業生だと告げた。ここもすんなりと入れてしまう。

 中学校はそんなに懐かしい感じはしない。サイズ感もあまり小さいと思うことはなかった。ただそれだけ記憶が残っていると言うことだ。あいつと過ごした三年間の記憶が俺を責めるように襲ってくる。目を背けたところで、背けた先にも思い出はある。床を見ても、懐かしい床だと思ってしまうから、もう仕方がない。

 夏凪の後をただついていると三年生の教室についた。そこで止まって、夏凪は扉を開けた。中に入るのと思ったが、一向に入る気配はない。

「おっほぉ。なつかしいなぁ」と20代後半の男性の声がした。結婚できないで、それを言われると怒る男性の声だ。楽しいことが大好きで、俺と翔がふざけていても、「元気だなぁ」で済ましてしまう人の声。

 俺は逃げるように、後ろに下がった。

「なつかしいなぁ。夏凪ちゃん。それにそこに隠れているのはボケ担当かな?」

「おひさしぶりー。かくれているのは」と言って夏凪が俺の手を引いた。強く引かれて扉の前まで来てしまった。教室の中に座っている先生が見える。何か作業の途中みたいで、机の上にはたくさんの紙とホッチキスが転がっていた。

「なるほど、ツッコミ担当か」

 この人は俺のことたまにツッコミ担当と呼んだ。そしてそう言われるたびに俺は、

「ちゃんと名前で呼んでくださいよ。佐賀先生。そういえば結婚しましたか?」と言い返していた。

「ああ。結婚したぞ」と佐賀先生は真顔で返してきた。

「ほんとうですかー?」と夏凪が驚いている。だがこの先生が結婚できるわけがない。

「どこの二次元ですか?」

「俺のパソコンの二次元だ。っておい」

 おそらく結婚は冗談だろうと思っていたら、「結婚なんてできるか。もちろん冗談だ」と半ギレしているみたいに言っていた。

 この人は結婚ができない。それは正義過ぎるから。真っ直ぐ過ぎるから、そして心を読まれていると思うぐらいに察しが良過ぎるからだ。この人と会ったら俺が一ミリも悲しんでないことに気づかれてしまうかもしれない。もし悲しんでないと夏凪が知ったらどうなってしまうことか。想像もしたくもない。

「何しに来たんだ?」と訊くから、

「おそらく暇だろう、先生の相手に来ました」と言ってしまう。

「そうか。じゃあ、俺が暇つぶしでやっているこれ、一緒にやるか?結構楽しいぞ」

 佐賀先生は机の上のプリントの束を指さした。

「どんなんですか?」と夏凪は興味津々だ。

「ああ、これはな、すべての山から一枚ずつプリントを手札に加え、フィールドにきれいに置くんだ。そこから唯一使っていい道具を用い、外れないように固定をする。このとき両手を使ってもいい。すべてのプリントを固定したら勝ちだ」

 佐賀先生は山と言ったらプリントの束から、二枚とってホッチキスで左上をとめる。楽しそうな笑顔を見ると結婚できない理由にこれを加えるのを忘れたと思った。冗談が翔みたいに馬鹿すぎることだ。

「要するに雑用ですね。長々とカードゲームのように言ってますけど、雑用ですね」

「まぁいいから、やってくれよ」

「嫌です」

「ツッコミには言ってない」と言った。そして夏凪の方を見る。さっきまで興味津々だった夏凪はすごく無表情になっていた。

「私もいや、かな」

「夏凪ちゃんにも言ってない」

「じゃあ、誰に言ったんだよ!」

 俺が思わず言うと、やれやれといった風に肩をすくめた。

「相変わらず直己くんはツッコミばっかだなぁ」とあきれながらに言う。

 佐賀先生は作業をしていた机から離れて、俺らの方に歩いてくる。佐賀先生は俺と夏凪のことを見ながら、無言で近づいてきた。そして俺と夏凪をいきなりまとめて抱きしめた。これはセクハラだろうか。

「つらかったね」と子供を諭すように言う。「こうなってしまうなんて思わなかったよ。悲しい事件だったね。でも、すこし元気そうで安心した。夏凪ちゃんも直己くんも。二人とも。ここには思い出を探しに来たのかな」

 そう言った佐賀先生は泣いていた。急にどうしたと言いたくなるがこういう人だった。さっきまでは我慢していたのだろう。俺らが元気だと察するまでは表に出さない。そういう人だった。

 二人を同時に抱きしめられると、片方は息が苦しい格好になる。俺は背をかなり反った状態になっていた。首に力を入れないと前を向いてられない。いい加減放してほしかったが、スイッチが入った佐賀先生はなかなか戻らない。

「先生苦しいです」

「そうだろう。胸が苦しいだろう。悲しいだろう。俺もこの事件を知って胸が苦しい」

 この先生は察しがいい人だった。ずっとそうだったのに、俺が悲しんでないと気づけないのだろうか。

「先生。物理的に苦しいです」

「そうだろう。苦しいだろう。俺も胸が。物理?」

 先生に蹴りをいれる生徒はいないだろう。俺も生徒だったころはしなかったが、卒業したならば別にいい気もした。俺は軽く足を蹴って、先生の熱い抱擁から逃れた。

「じゃあ、このことはPTAに言っておきますね。それでは」と言って俺は帰ろうとした。

「ま、待て。PTAだけは」と言っていた。

 佐賀先生の前だからついふざけてしまう。この人が察しがいいのを忘れてしまう。抱擁を蹴って逃れた人が、冗談を言ったらどうなるか。それに気づくの今になってだから遅すぎだ。

「なんて、冗談だ」と佐賀先生は真剣な顔になった。このやり取りが少し警察の渡西に似ている気がしてすこし笑みがこぼれる。そしてこのタイミングで笑っていいはずがないと今になって気づく。

「俺は、その」

「大丈夫。直己くんが悲しんでいるのは伝わっているよ」と佐賀先生が言うから、俺は軽蔑したくなった。この先生は正義感が強い人だ。真っ直ぐで正直な人だ。何を言っているのだろう

俺は逃げ出した。一心不乱に走った。階段を駆けるように下りる。俺らはいつも五人だった。みんなで一緒に帰った。

渡り廊下を走った。向こう側には体育館があって、昼休み隠れて遊んだ。一年の時は怒られたが、三年になったらあきれるように黙認してくれていた。

下駄箱についた。

 何をしているのだろう。逃げても何も変わらない。息を整えようとして膝に手をついてみるが、心臓のどきどきが変わらなくて、俺は座ってしまった。下駄箱に背をつけて、天井を仰ぎ見る。

 息が苦しくて俺は目をつぶった。暗闇で呼吸だけを意識する。

「まったく。どうしてきゅうに走りだしたの?」

 夏凪の声がした。夏凪も呼吸が荒い気がする。走って追いかけてきたのだろう。他に人の気配はない。佐賀先生はいないみたいだ。

「あーそういえばここだっけ」と夏凪は言った。俺の顔の右横で扉が開く音がした。俺は目を開けて、その音の方向を見る。扉が上にあいていた。そしてその扉に相合傘がある。そこには翔と翔子と書かれていた。

「中学では告らなかったんだよねー。でもずっと好きだったみたい」と言って夏凪は笑った。

「中学で思い出巡りしたいけど、なんかいやそうだね。高校いってもうさいごにしよっか」

 夏凪は「いくよ」と言って俺の肩を両手で掴む。上にあげようとしているが細い腕では男の俺は持ち上がらないだろう。呼吸もだんだん落ち着いてきた。佐賀先生が来る前に逃げたいので、立ち上がって最後の高校に向かった。



 思い出はないわけがない。懐かしいと思う。だけど「悲しいですか?」と自問自答しても「なんでその質問をするの?」と思う。平行線だ。

 佐賀先生とはもう会わないと決めた。もう一生会わない。年賀状も無視しよう。

「高校はあいているよね」と隣を歩く夏凪が言う。土曜は普通に開いているだろう。部活をする生徒もいるはずだ。それに今日は午前中に授業もあった。開いてないわけがない。ただ風邪だと言って休んだはずの夏凪が、普通の顔をして現れたら先生はどう思うか。なるべく会わないようにしなければならないだろう。

 だが高校の思い出の場所はひとつしかない。きっとあそこだ。昼食をいつもそこでとって、遊んだりした場所。むき出しのコンクリートで寂しい屋上しかない。

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