~16~
「じゃあ、ストーカーにあっているの?」
「ストーカーというかつけまわされているというか」
夏凪は俺のことを信じていろいろと話をしてくれた。最近ずっとストーカー被害に遭っているそうだ。それは通夜の後で、振り返ると同じ服の人が後ろをいつでもいるらしい。それで不振がっているところに、この殺人予告だ。だれでも夏凪と同じく家に引きこもるだろう。
「よれよれのコートの人なんだけど」
「あの、それって」
心当たりがあった。一人のろくでもない刑事が頭をちらつく。
「マスクにサングラスをかけていて」
心当たりがなくなった。頭をちらついていた刑事は確実にそんなことはしない。さっき会った時もそんな格好はしていなかった。もし、それをつけるような人だったら、あいつが犯人だ。
渡西で思いついた、あの予告を警察に言うべきだ。
「俺、あほなやつだけど警察に知り合いがいるから、この殺人予告を言ってくる」と言うと、寛喜は「ちょっとまって」と制してくる。
「その紙のしたのほうをみて」と言われたので、紙をよく見てみる。暗くてわからなかったがどうやら下の方に文字が書いてあった。定規を使ったようなカクカクした字で「警察に言ったら、他の人を殺す」とあった。
「新聞切り抜けよ」と思わず言うが、これを作ったやつに届くわけはない。都合のいい文字が見つからなかったのか。それなら最初から定規の文字で作ればよかったのに。
「だから、ほかの人が殺されるわけにいかないし、けいさつに言ったらだめ、ね?」
そう言われても、もうすでに遅いと思う。すでに渡西は夏凪を警護している。そういえば誰が渡西に情報を渡したのだろう。そいつはどうやって夏凪が狙われていることを知ったのか。
そもそも本当に夏凪は狙われているのだろうか。殺人予告をする意味がない。この紙には決定的に足りないものがある。それは脅迫だ。殺したいならさっさと殺せばいい。もちろん夏凪を殺させたりはしない。だが、犯人側の思考をするならば、この紙の意図が分からない。
「っていうことで、今から行くよ」
「ん?行く?」
「私の話きいてた?」
「ごめん。聞いてなかった」
「私がおとりになるから。ストーカー捕まえちゃって」
「危険だと思うよ」
夏凪の意思は固そうだった。もし本当にこれが純粋な殺人予告だとした場合、夏凪を殺した犯人は捕まえられても夏凪は死んでいる。警護をしている渡西も信用ならない。俺が犯人である疑いを持ったまま夏凪にあわせている。つまり捕まえることしか考えていない。
「きけんでもいいの。もう私はさっき死んだみたいなもんだから」
「生きているじゃん。命を大事に」
「もう嫌なの。私は悲しみたいのに、自分がこうなっていると自分のことしか考えられないから。そんな自分が嫌なの。だから、『ガンガンいこうぜ』」
夏凪の意思はやはり固い。守ればいいか。何があったところで、この手で守ればいい話だ。俺一人で。
「わかったよ。でもまずはとりあえず二人で行動しよう」
「それじゃ、おとりの意味がない」
「でもストーカーならついてくるでしょ」
最悪の結果はなるべく避けるようにする。夏凪にうまく説得すると、しぶしぶと言った風に納得した。夏凪は毛布を取って立ち上がる。スカートとブレザーに変に折り目がついている。その部分は重力に勝って上を向いていた。夏凪はそれは気にならないようだった。
毛布をベッドの上に投げて、こちら側に歩いてくる。俺に「行くよ」と言って部屋を出た。素早い動きだ。
部屋に入ったとき夏凪は泣いていた。今はどうだろう。泣いているのか。忘れているのか。外に出るのならば気晴らしになるところに行こうと思った。
リビングに向かって夏凪が「いってきまーす」と言うと、急いだ様子で母親が来た。夏凪の様子を見て、安心した様子だ。まさか俺が来てこんなに早く復活すると思わなかったのだろう。
「ちょっといってくるから」と夏凪は言う。母親は不審がらずに「いってらっしゃい」と言った。それ以外は何も言わず、来た時とは違い普通にリビングに戻った。この瞬間に日常に戻ったみたいだ。
玄関でスリッパを脱いで、自分の靴を履く。夏凪は靴下を履いてなかった。まだサンダルでも通用する時期ではある。だが学生服に合うかどうかでいうと微妙だ。
「ちょっと、くつしたはいてくる」と夏凪は言って引き返した。俺は独りで玄関に取り残される。
そういえば俺もカバンを忘れた。しかしどうせ戻ってくるだろう。財布も手元にあるので問題はない。俺は玄関を出て外で待つことにした。おしゃれな庭を抜けて道路まで出る。少し遠くで茶色いものが見えた。コートのすそかもしれない。ここから陰になっているところにいて、動く気配はない。近寄ってみようとしたとき、後ろで玄関が開く音がした。
「はやいよー」
夏凪が走ってこっちに向かってくる。靴はいつものようにローファーだった。
「それはこっちのセリフだけどね」
ずいぶん早く靴下を履いてきた。夏凪が来てしまったら確認に行けない。俺は全く逆方向の道を夏凪を連れて歩き出した。
太陽が高い位置にある。お腹が主張してくるくらいの時間だ。どこの店もそろそろ空いてきたぐらいの時間。
「夏凪、おなかすかない?」
「うーん。びみょう。でも戦するならまず味方からっていうし。どっか入る?」
おそらく腹が減っては戦はできぬだと思う。それと敵を欺くにはまず味方からが混ざっているのだろう。夏凪のことだからこれは素だ。わざわざ指摘する必要もない。だがそれにしても戦をするならまず味方からというのは、まず裏切れと言うことだろうか。最低な意見だと思う。
「うん。そうだね」と流して俺は近くのファミレスに入ることにした。
学校の近くにファミレスがある。文化祭などがあったら打ち上げなどを必ずどっかのクラスは行っているぐらい近い。今の時間なら昼食で利用した生徒がまだ残っているかもしれない。ここで翔と出くわしたら面倒くさいことになるが、まずありえないだろう。
ファミレスの中に入ると、時間帯がずれたこともあって半分以上の席が空いていた。店員に案内されるまま窓際の席に着く。四人用ぐらいの大きな席だ。二人で使うには少し申し訳なくなる。当たり前だが夏凪が前に座っている。おそらくこれはデートなんじゃないか。夏凪と二人でファミレスに行くことはなかった。必ずだれかがもう一人ぐらいはいて三人か四人でいた。
「なにたべんの?わたしはなんかパフェとかでいいや」と夏凪は俺にメニューを取って渡してきた。緊張している様子は見受けられない。おそらくこれはデートじゃないないのかもしれない。
少しがっかりとした気分のまま、メニューを見る。一番大きく書かれていた、安くておすすめらしき定食。おそらくまずいことはないだろう。夏凪にメニューを渡そうとすると、手で制してきた。そして「きまった?」と訊きながらボタンを押している。ファミレスの中で俺の家のインターフォンに似ている「ピンポーン」と言う音が鳴った。そしてすぐに店員が来た。
「俺はこの『日替わり定食』を、夏凪は?」
「イチゴチョコパフェ」と店員の方を見て言った。店員は手に持った機械をピッとならしている。そして俺らの方を見て、
「はい、では日替わり定食と、イチゴチョコレートバナナイチゴパフェですね」と確認を取った。
俺は思わず言いかけたことをぐっとこらえて、「はい、そうです」と言う。店員が去ってから、俺は夏凪に訊いてみた。
「イチゴって二回出てきたけど」
「うん。なんかイチゴをすごいプッシュしているんだよ」
「そうなんだ」と言うしかなかった。
名前を決めた人はきっと翔みたいな人だったのだろう。俺はそう勝手に自分の中で決めつけた。
夏凪が居なかった時の学校の話を聞いてきたので、宿題が出たなど、他愛のない話をしていた。しばらくすると頼んだ料理が来る。夏凪のパフェを見て、俺はイチゴをプッシュしていることに納得した。これなら名前に二回イチゴが出てきても納得だ。
俺の定食を可もなく不可もなくと言った味で、例えるなら俺の母親の全力の料理みたいな感じだった。
食事をとりつつも店内に気を配っていた。だが不審人物はいないし、知り合いもいなかった。ここから見える範囲の外にもおかしな人はいない。
「だれかいた?」と夏凪に訊かれる。俺があたりを気にしていることに気づいたのだろう。
「誰もいないよ。安心していい」
「うん」
イチゴをフォークで刺して、口いっぱいに頬張っている。夏凪の顔に警戒心はなかった。楽しがっているように見える。おいしいものをうれしがっているように見える。赤くなっている目元だけが、これは演技なんだと伝えているように見えた。
「犯人、どうやってみつけよう」
「とりあえず方法はないよね。たまに振り返ったりして不審な人物を発見するしかないかな」
「なるほど」とゆっくりとうなずきながら言う。
これになるほどと言うぐらいだ。夏凪は何も考えていない。今危険な行為をしていると微塵も思っていないのだろう。何かあるようなら俺が守るとはいえ、少ししっかりしてほしいものだ。
「一応、今危険なんだよ?」と言ってみる。
「こけつに入らずんばこじをえず。と言うでしょ?きけんでも誰が犯人なのかしりたいし」
「とりあえず、「こけつ」って意味知っている?」
「しらない。たぶん。穴だと思うけど。「こじ」ならわかるよ。身よりのない子供でしょ。あ!じゃあ「こけつ」は孤児院のことなんだ」
夏凪流に言い換えると「孤児院に入らずんば、孤児を得ず」か。善行をしている人のことにも聞こえるけど、元のイメージもあってすこし怖い。奴隷でないことを祈るばかりだ。
「『こ』は虎だよ。虎のいるところに行かないと、虎の子供は手に入らないってこと」
「そうなんだ」
やっぱり指摘する必要はなかった。あんまり興味はなさそうだ。だったらなぜそんなにことわざや故事成語を使いたがるのか。
夏凪はパフェに刺さっていたポッキーを抜いて、一口かじった。
「もし、死んだらまたそうしきだね」と夏凪は言う。これが冗談だとしたら笑えないものだ。くだらなさを翔に学んだ方がいい。翔色に染まるのは嫌だが。
「じゃあ葬式はあと三回できるね」
俺も笑えない冗談を言い返してみた。夏凪はそれを聞いて、「セレモニーホールのひとに顔をおぼえられそうだね」と言った。
パフェと定食だと普通に食べればパフェの方が早く食べ終わる。俺はなるべく急いで目の前のお盆にありついた。もともと状況が状況だ。テレビのグルメ番組みたいに食べるわけにはいかない。ご飯とみそ汁を同時食べるぐらいの勢いで食べた。
夏凪と同時に食べ終わり、俺らは店を後にすることにした。もともとおごるつもりだったが、夏凪は申し訳なさそうに「さいふ持ってきてない」と言ってきた。
「じゃあ、こんど夏凪がなんかおごってね」とそれを利用して次の食事の約束をつける。どうせその時もうまく言って俺がお金を払うつもりだ。こういうことは狡いことなのだろうか。狡猾だと罵られるものなのか。俺の中では普通だ。相手の善意につけこむのは正しいことだと思う。
店の外に出ても、太陽の主張は激しい。俺の皮膚をちりっと焼いて、汗を出させるようだ。木の下に日陰を見つけたので、そこに向かおうとする。
「ねぇ。幼稚園いこうよ」と夏凪に腕を引っ張られた。
「幼稚園なんか行ってどうすんの?」
思い出巡りでもするつもりだろう。夏凪は今外に出ている目的を忘れているみたいだ。好都合なのかもしれない。自分に殺人予告をだされて恐怖しているよりは、他のことをして楽しんでいる方がいい。
「みてみたい。なつかしいでしょ。卒園してからいってない」と夏凪は言った。
「嫌だよ。行ってもどうせ意味ないって。園児がまだいるだろうし」
「今日、土曜だよ」
夏凪は当たり前のように言うが、幼稚園が土曜もあるかどうかなんて知らない。だが今の時代詰め込み教育がうたわれている。きっとその波が幼稚園まで来ていることだろう。
「ゆとりは終わったんだよ」
「そういわれても。じゃあ外からみるだけでもいいし」と食い下がってくる。
「最近防犯の意味もあって、刑務所みたいに厚くて高いフェンスがどこの幼稚園でもあるらしいよ」
そのフェンスは防音も兼ねているらしい。確かに近隣に住んでいたら、集中したいときはうるさい気はする。だがやり過ぎ感も否めない。幼稚園はいったい今後どうなってしまうのか不安になる。
「うー。じゃあ、とりあえず近くまででも」
「だから言っても見えないよ。いくなら小学校とかでいいんじゃないの。むしろ高校だったら普通に入れるよ」
「じゃあ小学校でいい」
夏凪は諦めて、俺の妥協案をしぶしぶと言った感じにのんだ。俺は横に並んで歩いて小学校に目指した。ここから十分ぐらいの場所だ。そんなに遠くないが、急いで食べた定食でいっぱいのお腹には堪えそうだった。




