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完全に暗くなった道を一人だけで歩く。橋を越えてしばらく歩いて、細い道に入る。二車線から一車線に変わり、さらに閑静な場所になる。ひっそりとして誰もいなくなってしまったかのような、そんな寂しさを感じた。
俺の家は翔の家の向こう側。お互いの家はリビングだけ明かりがついていた。玄関を照らす電気すらついていない。車はあるから帰っているはずだが、そこまで気が回らなかったのだろう。
いつも通り玄関に鍵はかかっていない。俺の家では寝ているときと全員が外出しているとき以外は、鍵をかけないのがルールだ。泥棒はどうせ入ってこないだろうというスタンスでいる。強盗が来たら玄関に鍵をかけても、破って入ってくるに違いない。意味ないことはしなくてもいい。
靴をかかとで踏んで雑に脱いで、靴下のまま廊下を進む。リビングに続く扉の向こうに人の気配がした。両親がそこにいる。何かを話しているのだろうか。それとも無言で過ごしているのか。俺はリビングに続く扉を開けなかった。横切って階段を上って自分の部屋に入る。
風呂に入るのも億劫だった。ブレザーを脱いで、適当に投げる。どさっと音を立てて、乱雑に置かれた教科書の上にかぶさった。小学校のときに買ってもらった勉強机から椅子を引いて、落ちるように座る。今となってはこの椅子や机は少し小さく感じる。膝が微妙に曲がり過ぎて不快感があった。背もたれに体重をかけながら首を反って、天井を見る。全身の力を抜くと、手がだらんと下がって宙ぶらりんになる。
眠気を少し感じて、目を瞑る。瞼越しに見る世界は暗かった。光はある。まぶしくはないが、赤かったり青かったりぼやっとした光は感じられる。ただいつもと逆だ。普通に見る世界は光の中に暗い部分がある。瞼を閉じたこの世界では逆だ。
もう寝ようか。まだ今のうちにできることはあるし、しないといけないこともある気がする。風呂も入ってないし、歯も磨いてない。明日の学校の準備だってしていない。でも何もかも億劫だ。自分から動く気がしない。
「ブー。ブー」
ポケットから振動音がしている。居留守をつかおう。もう俺は寝ていることにしよう。右手に力を入れてポケットの中にある携帯を触る。いつもどおり携帯をいじる。
「はい。もしもし」
右手は俺の意思に反したかのように、携帯を耳に持って行って電話に出させていた。眠くて意識がもうろうとしているのかもしれない。
「直己」
二木の声だ。
「何の用?」
「今日中にいろいろと話しておこうと思ってな」
「俺のこと嫌いなんじゃないの?」
「嫌いだ。お前、眠いんか?声がだらだらとしてる」
「超眠い」
後ろに倒していた身体を、前に起こそうとした。すると勢いをつけすぎて、机に倒れ込む。頬に紙のひんやりとした感覚があって、少し意識がはっきりとしてきた。目を開けると、漫画やら学校の配布用紙などが折り重なっているのが見えた。
「夏祭りおぼえているか?」
「おぼえてるけど」
携帯をうまく顔の上に載せる。自由になった右手で適当に漫画を抜き出してぱらぱらとめくる。風圧で湿った風が顔に来た。
「あの時、お互い自覚をしたな。『俺は夏凪のことが好きで、お前も夏凪のことが好きなのか』って」
ページをめくっていた右手が震えて、バタッと漫画が落ちた。眠気は残っているのに意識がはっきりした。すぐにでも逃げ出したいが体が微動にしなかった。顔に載った携帯すら落ちない。
「そう、だった、ね」
「俺はあの時、お前のこと邪魔だとは思わなかった。決して思わなかった。まぁそんなこともあるよなって感じだった」
「わ、わざわざそれを言いに電話してきたの?」
「それを聞く意味があるのか?」と二木は返した。
右手は顔に乗っかったままの携帯を握って、向こうの声がよく聞こえるように耳に強くあてていた。耳は痛いし、携帯からはミシミシと音がしていたが、向こうの息遣いも聞こえていた。
「翔子じゃなくて、俺じゃなくて。直己が死んだ方がよかった」
相手の息遣いは早くて荒い。あたかも泣いているかのようだから、携帯をそっと耳から遠ざけた。
「それはお前が俺を嫌っているから?」
俺の言葉はさっきから何も届いてない気がする。それは向こうが泣いているから?声がかき消されているのか?
「お前が死ぬか、誰も死ななかったらよかったんだ。そしたらきっと幸せだったんだ」
物騒なことを言ってくる。
「代わりに死んでくれ。直己が代わりに」
「ごめん」
それは無理だ。
「代わりに、代わりに直己が」
「ごめん」
俺がたとえこれから死んでも、戻っては来ない。
ふと、電話の向こう側が静かになった。声が聞こえてこない。けれど電話が切れたわけではなさそうだ。向こうが冷静になったのかもしれない。それとも小声で何か言っていることもあり得る。呪いの言葉とかそういうものを。
少し遠ざけていた携帯をまた近づける。するとちょうど控えめな声で二木は、
「でも。夏凪のことはお前に譲」
途中で俺は携帯を右手で掴み、下に持って行った。遠ざかっていくスピーカー部分からラ行の言葉が続いた気がする。
電話を切って、俺は携帯をまたポケットに入れる。携帯はまた震えることはなかった。
俺は机に突っ伏して、目を閉じた。ベッドはすぐ横にある。寝るならあそこのほうがいい。でも動く気がしなくて、そのまま目を閉じていたら、眠気がすごくて、そこで眠ってしまった。




