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対決 一

 ピンクストライプの寝間着姿のまま、少女はキッチンに立つ。

 黒いスーツを着た女は、玄関で豊かな胸を張った。

 身長は、女の方が頭一つ分大きい。


 ドアは既に閉じられており、照明も点いていない。

 どこからか漏れ入ってくるわずかな光だけが、室内を照らしている。

 常人であれば一メートル先のことすらまともに判断できないような、闇の中だ。


 しかし少女は、卓越した視覚によって、苦もなく女の目を捉えている。

 そして女にしても、どのようにして見ているのか、少女に据えた目線を全く動かさない。


 少女は歯をむき出し、唸り声をあげ、露骨に威嚇する表情を浮かべた。

 女は穏やかな、しかし血の気の無い酷薄な微笑みで、それに応じる。

 二人の初対面は、友好的と表現できる余地が全くない、殺伐としたものとなっていた。


 殺してやる。

 つい先ほどまで、そう切望していた相手が現れたのだ。

 ミーコにとっては、ある意味で待ちに待った対面であった。

 だが今は、目の前の女を嬲り殺しにするよりも先に、確認しておかなければならないことがあった。


「……コーサクはどこ?」

「聞いてどうするの?」


 静音は鼻で笑い、問い返す。

 さらには笑みを崩さぬまま、嘲りの言葉をも発した。


「貴女はもう、彼のことを気にする必要はないのよ」

「答えろ!」


 ミーコは激昂し、怒声を轟かせた。

 彼女の周囲では、既に冷気が渦を巻きだしている。


 その様子を、静音は無感動な目で眺めていたが、やがて肩をすくめると、口も呆れたような形に開いた。


「吉良さんは車の中で休んでいるわ。今はよく眠っている……心配しなくても、信頼できるドライバーがついているから大丈夫よ」


 まあ、貴女が心配する必要はないのだけれど。

 と、小馬鹿にした声で、静音は言葉を付け足した。

 続けて、今度は怒りの感情を言葉の端々から滲ませながら、ミーコを問いただす。


「それにしても、彼にどういう入れ知恵をしてくれたのかしら、貴女は?」

「……なんのことだ?」


 問い返しつつ、ミーコは慎重に静音との距離を測っていた。

 彼女はこの時既に、いつでも攻撃に入れるよう体勢を整えている。


 ただし、物品を操る超能力については、まだ完全にコントロールする自信を持てずにいた。

 静音との距離が近すぎると、流れ弾のように飛んできた包丁やナイフが、自分にも当たる可能性があったのだ。

 従って静音からは、今少し距離を置く必要がある。


 後ずさるミーコに対し、静音が声をかけた。


「今夜、彼が聞いてきたのよ。私がいつから、彼のことを好きになったのかって」


 静音はミーコを冷然と眺めやると、この夜、耕作との間で何があったのかを語り始めた。



 ――――――



 今からさかのぼること、数時間前。

 耕作と静音が約束した、金曜日の夜が来た。

 静音は待ち合わせ場所で耕作と合流すると、彼を個室制のレストランへと連れて行った。


 小奇麗な制服をまとい、完璧な礼儀作法を身につけたウェイターが、二人を部屋まで案内する。

 通された部屋は、照明は薄暗かったが、中央にある丸いテーブルに、それ自体が発光するような仕掛けが施されていた。

 その凝った作りによって、室内には夢幻的な空間が広がっている。

 静音らしく品が良い、ムードもある店だった。


 ここまでの道中、耕作は緊張しっぱなしであった。

 だが部屋の様子を見た時には、多少なりともホッとしている。


 彼からしてみると、先日の「準備がありますので」という静音の言葉から、どんな場所に連れていかれるのかと、構える気持ちもあったのだ。

 万が一、いきなり両親を紹介されたりしたら、対応に困るどころの話ではない。


 しかしこの店なら、普通のデートとして済むかもしれない。

 そう思えていた。

 もっとも普段の彼であれば、気後れして絶対に足が向かないような高級店ではあったのだが。


 二人は席に着くと、お互いに仕事の疲れをねぎらい合った。

 それからはごく普通に会話も弾んでいた。

 運ばれてくる様々な料理も、どれも素晴らしく、二人は楽しい時間を過ごしていった。


 静音も、わざわざこの日を指定した割には、特に変わった様子を見せなかった。

 楽しそうに笑って、耕作と同じ時間と空間を共有できることを喜んでいる。


「このまま、ただのデートとして終われれば幸せなんだろうな」


 耕作もそう思っていた。

 それでもグラスに残っていたワインをあおって踏ん切りをつけると、用意していた質問を口にする。


「河原崎さんは、いつから俺に興味を持ってくれたんですか」


 問いを受けた静音は、不思議そうな顔を見せていた。

 小首をかしげ、耕作に問い返す。


「興味を持ったというのは……つまり、私がいつから貴方を好きになったか、ということでよろしいのでしょうか?」


 自分の意図を直球の表現で返されて、耕作は動揺した。

 だが、ここで誤魔化す訳にもいかない。


「その通りです」


 耕作は、顔に熱い血液が集まるのを自覚しつつ、努めて冷静さを保って、静音の言葉を肯定した。

 同時に、口と舌の動きがおかしくなっていることにも気づいた。

 ろれつが回らなくなりつつある。


「肝心な時に、飲み過ぎたか」


 心の中で自分の不甲斐なさに、舌打ちする。


「ずっと前からですわ」


 静音は目じりを下げ、可愛らしく微笑して答えた。

 その返答は、耕作も予想していた。

 あらかじめ準備していた通りに、質問を続ける。


「ずっと前というと、具体的にいつからでしょうか?」


 問いを受け、静音は驚き、困惑した表情を浮かべる。

 耕作の心中を探るように、問い返す。


「どうしてそのようなことを、それほど気になされるのですか?」

「重要なことなんです。理由はこの後お話しますが……」


 そこまで話したところで、耕作は自分の身に、明白な異変が起きていることに気づいた。

 口が動かなくなっている。

 正確に言えば、動いてはいるのだが、何か大きなものを咥えさせられたように、口内の微小な動作ができなくなっていた。


 酔っぱらっているとしても、これはおかしい。

 実際、耕作の頭は、まだはっきりとしているのだ。

 今まで感じたことのない感覚に、彼は戸惑う。


 その様子を見て、静音が「どうかなさいました?」と、声をかけてくる。


「いや、ご心配をおかけしてすみません。大丈夫です」


 そう耕作は答えた。

 いや、答えたつもりだった。

 ところが彼の口から出てきたのは、


「い……、ごし……す……。だ……」


 という、呻き声とすら言えない言葉だけであった。


 耕作は愕然とする。

 目を覚ますため頭を振ろうとすると、首を傾けた途端、バランスを崩してしまった。

 大きな音を立て、テーブルに突っ伏してしまう。


 何をやっているんだ。

 自分の身体は、一体どうしてしまったんだ。


 考えると同時に、焦りと、得も言われぬ恐怖が襲い掛かってきた。

 それでも、うつ伏せになったまま動かせなくなっている身体を無理やりに起こそうとする。

 静音に醜態を見せてしまった謝罪をし、助けを求めようとしたのだ。


 だが、手をテーブルにつこうとした瞬間。

 両腕の感覚も無くなっていることに、彼は気がついた。


「ずっと前からですわ」


 静音が立ち上りながら、言葉をかけてくる。

 彼女はその後、歩いてテーブルを回り、耕作の背後に移動したようだった。

 うつ伏せ状態の耕作からは、姿は見えなくなっている。


 肩に静音の手が置かれる感覚があった。

 鼻腔に香水の匂いが広がる。

 耳元から静音の心地よい、身と心をとろけさせるような声が聞こえてくる。


「何を疑問に思われるの? 私は貴方が好き、貴方は私が好き。お互いに好意を抱いている、それで十分ではなくて?」


 五感が急速に遠くなっていく。

 そこで耕作の意識は途切れた。

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