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力の発動 二

 スマートフォンが鳴っている。

 耕作はミーコに待つように伝え、画面を確認した。


 相手の名前を見た時。

 耕作は、「まずい」と思っていた。

 しかし切る訳にもいかない。

 ミーコに背を向けるようにして、電話に出る。


「吉良さん? ごめんなさい、何度か連絡したんですが。返信がなかったので、気になってしまって……」


 静音の鈴を転がすような声が流れてきた。

 これまで耕作は、メッセージの着信音は何度か聞いていた。

 しかし今の今まで、後回しにしていたのだ。


 女性経験が乏しい耕作も、直感で危険な状況にいると気づいた。

 慌ててミーコから距離をとり、小声で話し出す。


「こちらこそすみません。ちょっと帰宅直後から立て込んでしまって……」

「何かあったんですか?」

「いや、大したことは」

「コーサク、誰と話してるの?」


 横からミーコが口を出してくる。

 耕作は動揺した。


「あら? どなたかいらっしゃるんですか?」


 静音からも追及が飛んでくる。

 動揺は、あっという間に頂点に達した。


「いやいやいやいや! ちょっと親戚の子が遊びに来てまして!」

「親戚?」


 静音が、訝しげな声を出す。

 耕作は、「しまった!」と思っていた。

 静音は、耕作が親戚一同から疎遠になっていることも、知っていたのだ。


「いや、今さら和解したくなったらしいんですよ! それで使いをよこしてきたんです! でも子供を使いにするなんて、おかしいですよね! 何考えてるんでしょうか! それじゃ、話し合わなきゃいけないんで! 詳しいことはまた明日!」


 苦しいどころではない言い訳であった。

 それでも耕作は、強引に電源を切り、通話を終える。

 スマートフォンを手にしたまま、肩で息をついた。


 そんな彼に、ミーコが再び問いかけた。


「コーサク、今の相手、誰かニャ?」

「会社の人だよ」


 静音には明日謝るとして、今はこちらの問題を片付けなくてはならない。

 それも早急に。

 耕作は考え、ひきつった笑みを浮かべる。


「ふーん。でもそいつ、メスなんでしょ?」

「男だよ」

「嘘」


 嘘じゃない。

 と、言いかけた時。

 耕作は、ミーコの雰囲気が変わっていることに気が付いた。

 瞳が濁り、暗く沈んでいる。


「おかしいな、コーサクが私に嘘をついた。今までそんな事なかったのに。コーサクが私に嘘をつくなんて……ううん、コーサクは悪くない。誰かがコーサクに嘘をつかせたんだ。きっとそうだ、そうに決まってる……」


 ミーコの周囲には、冷気が漂っていた。

 室温が急激に下がった。

 部屋は春から厳冬へと、環境を変える。

 ミーコから放たれる冷気は、それほどに凄まじいものだったのだ。


 しかしそれなら、この現象はどういうことなのだろうか。

 耕作は目の前にあるグラスを見ながら、考えた。

 グラスの中には、耕作が注いだビールが入っている。

 そのビールが、激しく泡立っていたのだ。


 いや、ビールが泡立つのは当たり前である。

 しかし今、このビールが見せている泡の沸き方は……。


「沸騰している!?」


 耕作は戦慄する。

 同時に背後のキッチンから、高い金属音が鳴り響いた。


 耕作は振り返り、キッチンに目を向ける。

 棚から食器が飛び出し、散乱しているのが分かった。

 さらにそれらの中で、今でも振動し、動き続けている物体があることにも気がついた。


 それが包丁だと分かった時。

 耕作の背筋に、霜柱が立った。


 包丁は振動を次第に大きくして、ついには跳ねるように飛び上がった。

 そのまま宙に滞空する。

 狙いを定めたように耕作の部屋へ切っ先を向けると、凄まじい速度で突進した。


「速い……!」


 とても避けられない。

 耕作は、身に包丁が突き刺さることも、覚悟する。

 しかし、その予想は外れた。


「コーサクに嘘をつかせたのは誰だ!」


 ミーコが叫ぶと同時に。

 包丁は耕作の脇をすり抜け、窓に激突した。

 跳ね返り、床に転がる。


 だがすぐに振動を再開すると、またしても浮き上がり、窓に激突した。

 跳ね返されては、また浮き上がろうとする。

 その行動を、繰り返していた。


 耕作はその異様な光景を見ているうち、包丁は窓を突き破り、外に飛び出そうとしているのだと気づいた。

 包丁を操っているであろうミーコを抱きしめ、耳元で話しかける。


「ごめん、ミーコ。確かに相手は女の人だ。嘘を言ったりして悪かった」


 耕作の必死な呼びかけを聞いたミーコは、口から呼気を吐きだし、耕作の腕の中で崩れ落ちる。

 宙に浮かんでいた包丁も、乾いた音を立てて落下した。

 耕作はミーコを支え、顔を覗きこむ。


 ミーコの顔色は、多少青白くなっていた。

 しかしそれ以外は、特に変わりなさそうである。

 耕作は安堵した。


 数分語。

 ミーコの可愛らしい唇が開いた。


「許さないから……」


 その呟きを聞き、耕作は全身から血の気が引くのを感じていた。

 しかしミーコが続いて、


「コーサクに嘘を言わせるような人間は、私は絶対に許さないから……」

 

 と言ったので、彼は多少なりとも落ち着けた。

 どうも自分に対して怒っていた訳ではないらしい、と思ったのだ。


 と言っても、あの包丁を放置していたら、どこに向かい、どんな惨劇を引き起こしたか。

 想像するだに恐ろしい。

 耕作は考えると同時に、再び体に寒気を感じていた。


 それにしても、今のミーコの能力はなんなのだろうか。

 調べておかないと、いつまた同じような目に合うか分からない。

 耕作は一度深呼吸した後、ミーコに向け、口を開く。


「ところでミーコ」

「何?」

「よく嘘だって分かったな」

「そりゃ声が聞こえたからニャ」


 なるほど。

 と、耕作はミーコの猫耳を見つつ、納得した。

 猫の時と同様、聴覚は発達しているらしい。


「もう一つ、言わなければいけないことがあるんだが」


 と、前置きした後、耕作は告白を始めた。


「ミーコ。悪魔に魂を渡したら、タバコやレモン、それに唐辛子も敷き詰められた部屋に閉じ込められると言ったけど、あれも嘘だ」

「ニャ!?」


 耕作は身構え、先ほどのような事態の発生に備えた。

 しかしミーコの様子は変わりない。

 冷気や、それ以外の異変も発生しなかった。


「怒らないのか?」


 と、耕作はミーコに尋ねた。


「うー……ちょっと怒ったけど。私を心配したから、そんな嘘をついたんでしょ? だったら大丈夫」

「じゃあさっきの嘘には、なぜあんなに怒った?」

「女のせいでコーサクが嘘をついたと思ったら、猛烈に腹が立ったんだニャ」


 なるほど。

 と、耕作は再び納得した後、さらに質問を行った。


「その後で、どうやって包丁を操ったんだ?」

「頭に血が急激に上ったら、勝手に動かせるようになって……」

「今でも動かせそうかな?」

「やってみる」


 答えると、ミーコは「う~」と、なにやら唸りながら、食器やその他の家具に至るまで、睨み、念力を込めていた。

 だが、どれもピクリとも動かなかった。


「ダメだニャア」

「いや、ありがとう。じゃあ……」


 耕作はおもむろに立ち上り、パソコンに向かった。

 そして、ものすごく恥ずかしくはあったのだが、おもむろにネットで、きわどい格好をした女性の画像を検索し始めた。

 

 耕作の行動を、ミーコは大人しく見ていたのだが。


「コーサク?」


 さすがに気になったのか、声をかけてきた。

 しかし耕作は返答しない。


 そして彼が画面に集中し、様々な女性を眺めているうちに。

 ミーコの声色には、段々と剣呑な響きが含まれていった。


「コーサク、なんで……?」


 耕作は自身の背後に、冷気を感じた。


「やっぱりか」


 と思い、振り向こうとした瞬間。


「コーサクを誘惑するな!」


 ミーコの怒声が轟いた。

 モニターが浮き上がり、天井に叩きつけられる。


 耕作は大慌てでミーコの元に戻った。

 彼女の身体を抱きしめ、落ち着かせる。

 それから後。

 自分の考えをまとめていった。


 ミーコが見せた、物体を操る超能力。

 その力の源泉は、おそらく嫉妬心にある。

 先ほどのミーコは、本人も言う通り、耕作が誰かのせいで嘘をついたという点に怒っていた。

 自分と耕作の仲に、誰かが割り込んだと思ったのだ。

 それが超能力の発動につながった。


 怒りの対象が女だったという点も、重要だと思われる。

 実際、耕作がパソコンで女性を見ていただけで、ミーコは力を発動させた。


 ミーコの、神様や悪魔によってかなえられることになった願いは、耕作に彼女を作るというものだ。

 そしてミーコは今、自分自身が耕作と結ばれることで、それを成し遂げようとしている。


「願いを妨げる要素があれば、排除しなければならない。そのために、この超能力も与えられたのだろうか」


 耕作は暫定的に、結論付けてみた。

 あくまで想像に過ぎないが、真実と大きく外れていないようにも思える。

 耕作の説明を聞き、ミーコも自分の力をコントロールする方法を、なんとなく理解したようだった。


 なんにしても、ミーコを擬人化するだけでなく、やっかいな能力まで与えてくれたものだ。

 神だか悪魔だか知らないが、やはりもう一度話をしなければならないだろう。

 彼らを呼び出す方法を、なんとしても見つけ出す。

 それを最優先にして、これからは行動しなければならない。


 と、耕作は考えていた。



 ――――――



「彼が嘘をつくなんて……」


 ピンクを中心とした、華やかな、ややもすると少女趣味とも捉えられかねない色調の家具が揃えられた、部屋の中。

 周囲の光景とは似つかわしくない、暗く青ざめた顔で、河原崎静音は呟いた。


 彼女の手は、今もつながらない電話をかけ続けている。

 どれだけの時間、こうしているのか。

 彼女自身にも、分からなくなっていた。


 生気を失った表情で、それでも彼女は思考を続けている。


 耕作のことはよく理解している。

 彼が嘘をつくなど、滅多にありえない。

 なのに、まさかそれが自分の身に降りかかるとは。


 親戚の子が彼を尋ねてくるなどありえない。

 それも分かっている。

 では、あのとき聞こえてきた女の声は、誰のものなのだろうか。

 自分が知る限りでは、彼の周りには自宅に上り込めるほど親しい女はいないはずだ。

 そもそも女の影すら見えなかったのに。


 いずれにせよ、嘘をついてまで傍にいさせようとする女だ。

 危険極まりないと言える。

 今すぐにでも乗り込み、始末すべきだろうか。


 ……まだ早い、か。

 耕作とは今日きっかけを作ったばかりだ。

 彼の心が離れてしまっては、元も子もない。


 穏便に済ますのか。

 強行手段をとるのか。

 決めるのは、彼と話をしてみてからでも遅くはない……と、いいのだが。


「しょうがないわね」


 静音はスマートフォンを床に叩きつけようとしたが、途中でその動きを止める。

 そして何処かの電話番号を引き出し、通話を始めていた。

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