幼馴染は牙を剥く 一
過去の話は一段落となった。
二人は続けて未来、つまりどのようにして耕作とミーコの魂を救うかについて話を進めていく。
まず初めに静音が、ジーリアの考えと彼女が進めていた計画について説明した。
ジーリアは人間界に伝わる悪魔祓いの方法で耕作を救うつもりだった、と。
話を聞き終え、耕作は呟く。
「悪魔祓いの儀式、か……」
ジーリアは静音の身体に起きた奇跡に驚き、人間界の可能性に賭けてみたくなった。
だから人間界に伝わる方法を用いようとした。
その考えは理解できる。
しかし魂を救う手段として確実なものと言えるのかどうか。
耕作は一抹の不安を覚えていた。
「大丈夫よ、こーくん。きっとうまくいくから」
耕作の気持ちを察したのだろう、静音が励ますように声をかけてきた。
そのおかげで、耕作の不安も多少なりともやわらぐ。
それに現状、他に手段はないのだ。
試してみる価値はあるだろう。
と、耕作は決心した。
静音が弾んだ声で、さらに話を進めていく。
「それにね、もう用意もできてるの」
「用意?」
「うん。私の部屋に儀式で使う道具を揃えておいたわ。それ以外の事前準備も、全部おわらせてあるから」
静音の手際の良さに耕作は驚いた。
彼女はさらに、急かすようにして声をかけてくる。
「善は急げっていうし。こーくん、さっそくだけど今から私の部屋に……」
「いや、しーちゃん。それはちょっと待ってくれ」
「どうして?」
心底ふしぎそうな表情で、静音が問いかけてきた。
一方、耕作は腕を組み、考え込むような素振りを見せている。
実際、耕作は悩んでいた。
彼には今、静音に願い出なければならないことがあったのだ。
だがそれを口にすれば、彼女は間違いなく怒り出す。
ことを穏便に進めるには、どうすればいいのだろうか。
結局、良い考えは浮かばなかった。
耕作は逡巡しながらも、馬鹿正直に話を切り出した。
「しーちゃん。お願いがあるんだ」
「なに?」
「その儀式は、俺よりもまずミーコに受けさせてくれないかな」
「嫌よ」
予想通り。
静音は間髪を入れず拒否してきた。
さらに追い打ちをもかけてくる。
「絶対に嫌。こーくんのために準備したのに、なんであの子に使わなきゃいけないの? こーくんが困っているのも、全部あの子のせいなのに」
静音の眉間にはしわが寄り、不機嫌な色があらわとなっている。
声も怒気をはらみ、割れ始めていた。
恋敵を救うなど、論外だ。
理においても情においても、議論をさしはさむ余地すらない。
静音はそう宣告している。
耕作は頭を抱えたくなった。
だがこの点については、絶対に引き下がる訳にいかない。
耕作の目的はミーコを救うことであり、それが第一なのだ。
心を奮い立たせ、説得を始めた。
ところが。
耕作がどれだけミーコを大事に思っているか。
彼女を助けたいと思っているのか。
それを話せば話すほど、静音の怒気は逆に増していった。
かといって耕作には静音を騙す、あるいは丸め込めるような図々しさや弁舌もない。
真正面からぶつかるしかなかった。
そして案の定、はね返される。
そんな不毛なやり取りが、延々と繰り返された。
その結果。
先に折れたのは静音だった。
愛する男の説得に、わずかながらも気持ちが揺らいだのだろうか。
唇を歪め、眉間にしわを寄せ、完全なふくれっ面になりながらも、渋々といった様子で彼女は譲歩した。
「……分かった。じゃあ、あの子も助けてあげるけど、こーくんの後にして。あの子を先にするのは絶対に嫌」
一歩、いや半歩前進した。
耕作はそう思い、小さく吐息を漏らした。
だが、まだ安心はできない。
静音の発言を、完全に信用する訳にはいかない。
これは静音への好悪の念とは別問題である。
もし耕作の悪魔祓いが成功したら。
静音はその後なんだかんだと理由をつけて、ミーコを助けるのを拒むのではないだろうか。
その可能性は否定できない。
かといってかたくなにミーコを優先するよう主張しても、上手くいくとも思えない。
例えば、
「ミーコを後回しにされるぐらいなら、静音の助けは必要ない」
といったとする。
その場合、静音はさらに譲歩してくれるかだろうか。
可能性としては五分五分といったところか。
……いや、もっと分は悪いだろう。
手にしているカードを比べれば一目瞭然だ。
耕作に勝ち目はない。
そもそも頭を下げてお願いする立場なのだ。
ミーコを助けるため、最終的に折れざるを得なくなるのは耕作の方である。
ではどうすれば良いか。
耕作は考えた末、結論を出す。
静音の提案を受け入れる。
まずは自分が悪魔祓いの儀式を受けてみる、と。
ただしその際、耕作は静音が行う儀式を、ただ受けるだけにするつもりはない。
その内容について、できる限り記憶しようと思っていた。
そして悪魔祓いが成功した後、静音が約束を破ってミーコを見捨てようとしたら。
その時は記憶を頼りに儀式を行い、耕作がミーコを助けるのだ。
いや、記憶だけを頼るわけではない。
静音が用いるのは、人間界に伝わる悪魔祓いの方法だ。
どこかの文献なり、インターネットなどでも詳しい内容を調べられるだろう。
時間はかかるだろうが、やってやれないことはないはずだ。
この保険をかけておけば、静音が裏切ったとしてもなんとかなる。
もちろん約束を守ってくれるなら、それに越したことはない。
……静音を信用しないというのは心が痛むが、やむを得ない。
耕作は頭の中で考えをまとめる。
それから咳ばらいを一つして、答えた。
「分かった。ミーコは俺の後で構わないよ、しーちゃん」
「本当に!?」
静音は、跳ね上がって喜んだ。
さらには勢いのまま耕作に抱き着いてくる。
静音の女性らしい起伏に富んだ柔らかな肢体と、鼻腔に飛び込んでくる甘い香りに、耕作は瞬時に酩酊しそうになった。
慌てて静音を引きはがし、立ち上がる。
「じゃあ善は急げというし。早速はじめようか、しーちゃん」
「……うん」
耕作から強引に引きはがされたため、静音は唇を尖らせ、すねた顔になっていた。
それでもすぐに笑みを見せると、耕作の手を取り、先に立って歩き始める。
静音の私室は大邸宅の三階にあった。
二人は階段を上り、広い廊下を進んでいく。
すでに夜も更けているため、使用人たちの姿も見えなかった。
静音はこの間も上機嫌で、耕作の手を放さなかった。
これから行う儀式について楽しげに話し続けている。
この儀式は主にイタリアで用いられていたものだとか。
対象になったのは高貴な身分の人が多かったとか。
準備だけでもかなりの時間がかかるので、静音も家にいる間、その作業にかかりっきりになっていたとか。
静音の話を聞きつつ、耕作は考える。
儀式の内容について、記憶しておくだけでは心もとない。
難しいだろうが録画か、最低でも録音ぐらいはしておかなければ。
ポケットにはスマートフォンがある。
どこかのタイミングで、カメラを起動できれば……。
考えているうちに、大きな両開きの扉へたどり着く。
耕作の目線からはやや下の位置に「静音」と記された表札がかかっていた。
静音が、
「こーくん、いらっしゃいませ」
と言って扉を開けた。
耕作の手を取ったまま、先に進む。
そして。
静音は明かりもつけずに耕作の手を引っ張り、部屋の中へと引きずり込んだ。
「え!?」
耕作は驚き、声を上げた。
彼を驚かせた理由は二つある。
一つは、思いもかけなかった静音の行動について。
そしてもう一つは。
静音が発揮した、とてつもない腕力についてだった。
静音は片腕で、耕作を部屋の中へ引きずり込んだのだ。
耕作も油断してはいた。
それでも大人の男性である彼が、一瞬で二メートル近くも移動させられたのだから、尋常ではない。
耕作は勢いに押され、軽く躓きながら前へと進む。
背後から扉が閉まる音と、鈍い金属音が聞こえてくる。
扉が施錠されたのだ。




