表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/44

対決 二

「……下らない質問をしてきたりして。彼は疲れていたのね」


 耕作への深い同情を言葉に込めて、静音は話を終える。

 他方眼光には、ミーコに対する激しい怒りがあった。

 一歩進み出ると、傲然とした姿勢でミーコを問いただす。


「ところで、一応聞いておくけど。貴女、悪魔と契約したのよね? その変身は、あいつらの仕業なのでしょう?」


 ミーコの脳裏に、危険を知らせる激しいシグナルが鳴った。


「……こいつ、何者だ!?」


 と、彼女は考えた。


 静音は暗闇の中でも、日中と変わりないようにミーコを見て、会話をしている。

 その時点で既に常人ではありえなかったが、さらに今、彼女は悪魔のことも話し出している。

 その上、ミーコの擬人化が彼らの能力によるものだと言っているのだ。

 ミーコ本人ですら、神か悪魔か、どちらの仕業かはまだ分かっていなかったのに、である。


 眼前の女性が予想以上に危険な相手であることを、ミーコは悟った。

 これまで以上に警戒を強める。

 沈黙し、相手の一挙手一投足を逃さないようにしながら、なおも距離を取っていった。


 その様子を見た静音は、自分から会話を続けていく。


「答えたくないなら別にいいけど。それにしても、貴女みたいな厄介者が傍にいるんじゃ、吉良さんも気が休まらないでしょうね。だから……」


 ミーコに右手人差し指を突き付け、静音は宣告する。


「彼のために、心配事をなくしてあげるわ」


 宣戦布告か!

 察すると同時に、ミーコは後方へ跳びすさった。

 キッチンから部屋へと戻り、叫ぶ。


「死ね!」


 派手な金属音が、あちこちで鳴り響いた。

 食器棚からナイフ、フォーク、包丁が飛び出した。

 部屋の中からはカッターナイフ、ハサミ、ドライバー等が飛び出ていく。

 それらの凶器は宙を走ると、静音を包囲するように滞空した。


 数瞬の後。

 全ての凶器が同時に動き出す。

 猛烈な勢いで静音に向け、突進したのだ。

 しかも彼女の目、腹、胸、喉と、急所ばかりを狙っていた。


 静音は眼前で起きている出来事を、無感動な目で見ていた。

 ただその場に立つだけで、何の行動もとっていない。


 しかし突進していた多数の凶器は、彼女の身体に突き刺さる直前、突然動きを止めた。

 そのまま落下し、床に転がって動かなくなる。

 ミーコは唖然とし、口を開けたまま立ちつくしてしまった。


 静音が冷めた声をかけてくる。


「なにかと思えば、下らないわね。この程度の小細工で私を殺すつもり? 貴女が契約した相手って、よっぽど無能な低級悪魔だったみたいね」


 嘲弄され、ミーコは激怒した。

 再び超能力を発動させる。

 今度は凶器類だけではなく、フライパンやドライヤーから、テレビのリモコンに至るまで、ありとあらゆる物品を静音に向け、突撃させた。


 しかし、やはり静音には通用しなかった。

 それらの物品は、静音の身体まで間数髪のところで、ことごとく静止してしまう。

 そして落下すると、空しく床に転がった。


「終わりかしら? じゃあ私の番ね」


 静音は目じりを下げ、にこやかと表現されるに足る笑顔を浮かべた。

 右手の掌を、前方へ突き出す。


 次の瞬間。

 ミーコは真後ろに吹っ飛ばされていた。

 壁に激突し、崩れ落ちる。

 帽子も脱げ落ち、三色の長髪が宙に舞い、猫耳が晒された。


「がはっ……!」


 叩きつけられた衝撃によって、ミーコの背中一面には激痛が走っていた。

 それでも彼女は闘志を衰えさせることなく、痛みに耐え、すぐに起き上がろうとする。


 だがその動きも、瞬く間に封じられてしまった。

 両手が見えない力に引っ張られ、後ろ手に回されてしまう。

 さらに手首と、そして両膝に、透明な鉄の輪のようなものがはめられる感触があった。

 その輪は動けなくなったミーコを捻り上げるように、力を込めてくる。


 身体中を襲う激痛に、ミーコは思わず悲鳴を漏らす。

 しかしそれでも尚、彼女の闘志は衰えない。

 殺意に満ちた目を静音に向け、這いずり、部屋の中央まで進み出る。


 一方、静音は部屋の中に入ると、ミーコの猫耳に目を向けた。


「中途半端に人間になったものね、この化け猫」


 嫌悪感をむき出しにした言葉を、ミーコに浴びせかける。

 ミーコは床にくの字になって転がりながらも、静音を睨み返した。

 静音はミーコへ侮蔑の眼差しを送り、形の良い顎を上げる。


「正確には化け猫よりも、泥棒猫かしら? 泥棒化け猫だと……ちょっと語呂が悪いわね」


 自分の発言が面白かったのだろうか。

 静音は微笑を浮かべた。


 片やミーコは圧倒的に不利な状況にありながらも、尚も顔を上げ、叫んだ。


「泥棒猫はおまえだ!」


 罵倒され、静音は冷たい眼光をミーコに注ぐ。

 無言のまま顎を小さく動かし、ミーコへ発言を続けるように促した。


「コーサクと恋人になるのは私だニャ! 私はずっと、コーサクと暮らしてきた。生まれてすぐコーサクに拾ってもらって、それからずっと。私はコーサクがいれば、他のことなんてどうでもいい」


 ミーコの、普段は黄と青の両目が、今は殺意と怒気によって赤く染まるかのように燃え盛っていた。


「でもおまえは今まで、コーサク以外の男とも付き合い、交尾してきたんだろ! おまえこそ淫乱な泥棒猫だニャ! 操り人形のくせに、横から急に出てきて……!」


 そこまで話したところで。

 ミーコはまたしても、壁際まで吹っ飛ばされていた。

 しかも今度は、超能力を使われたのではない。

 静音は自らの足で、ミーコの腹を蹴飛ばしていたのだ。


 底冷えするような声が、部屋の中に響き渡る。


「私が操られている? 勘違いするんじゃないわよ、この化け猫が」


 何かが静音の逆鱗に触れたのだ。

 美貌は歪み、顔は今や般若と化していた。


 ミーコは、蹴飛ばされた腹と、またしても壁に叩きつけられた背中の痛みで、まともに呼吸もできなくなっていた。

 床に転がったまま、口を陸に上げられた魚のように開けている。


 その前へ、静音は歩み寄ってきた。


「利用されたのは貴女よ。おまけにずっと彼と暮らしてきた、ですって? 笑わせるんじゃないわよ、貴女が彼と一緒にいたのなんて、わずか一年にも満たない間のことじゃない。私は違う」


 静音はミーコの手前、あと一歩といったところで歩みを止める。

 そして上を向き、虚空を見つめると、うっとりとした表情で語り始めた。


「私は今でも覚えている、彼に初めて会った日のことを。あれは、彼のお母さんが亡くなった日。私は当時、彼の住む街を見回っていた」


 静音の身体が発光を始めた。

 ミーコは苦痛に耐えながら、ぼんやりとした視界で、その姿を捉えている。


「彼はね、お母さんの遺体の傍にいて、とても寂しそうだった。当然よね、まだ子供だもの」


 当時の情景を思い出しているのだろう。

 静音は両手を胸の前で組み、目を閉じた。


「でも彼は、泣いてはいなかったのよ。むしろお父さんの方が号泣して、大変だったわ。……そんなお父さんを、彼は慰めていたの。『僕がついてるよ』って。強い子だなあって、感心したわ」


 静音の身体から発する光は、強さを増していく。


「でもその夜……彼は自分の部屋へ戻った時に、泣いたのよ。一人で。そして一生懸命、神様にお願いしていたわ。『お母さんを生き返らせてください』って。残念ながらその願いはかなえられなかったけど……」


 光は強さを増し続け、部屋全体を白く染めようとしていた。


「そのとき私は彼の姿を見て、思ったの。いつか、この子の役に立ってあげたい。願いをかなえてあげたい。傍にいてあげたい。一緒になりたいって」


 今や静音は、太陽かと見まがうような、光の塊と化していた。


 ミーコは愕然として顔を上げる。

 そして思った。

 この光景、この光の塊を見たことがある、と。


 それは全てが始まったあの日。

 耕作のベッドで寝ていた彼女の前に、確かにこの光の塊は現れていた。


「その時からずっと、私は彼を見ていたわ。ずっと昔から……彼が子供の頃から……」


 光の強さに、ミーコはもはや目も開けていられなくなる。


 爆発的に広がる光輝の中。

 静音の声だけが、響き続けていた。


「彼だけを……」


 光の塊は、徐々にその形を変えて行く。

 人型になり、白い衣をまとった少女となり。

 背から白く輝く羽を生やし、やがて頭上に金色の輪を浮かべた。


 あの時の天使が、ミーコの目の前にいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ