プロローグ
静寂に支配された空間の中で、男は待っていた。
四方を深い闇で覆われているため、一見するとここが何処なのか見当も着かない。しかし、何度も足を運んでいる男は知っていた。
天井に吊るされたライトから伸びている一筋の明かりが、立っている男を真上から照らす。明かりは、周囲の闇に吸い込まれてしまいそうな程に弱々しく、男の表情をはっきりとさせる迄には至らなかった。
若干の下向き加減だった男の顔が上がる。
「来たか……」
男の囁きには明らかな苛立が隠っていた。
静かに佇んでいた雰囲気が一変。風も吹いていないのに吊るされているライトが小さく揺れ、周囲の闇が逃げるように男から離れてゆく。
闇の中のある一点に鋭い眼光を向けつつ男は身構える。
次の瞬間、何かが光った。突然現れたそれは、闇の中に隠れて正体は見えないが、男の半分ほどの大きさの光の塊で、真白な輝きを放ちながら宙に浮いていた。
すると、今度は分裂を繰り返し5つに分かれた。見た目が同じ5つの光りは、闇の中を泳ぐように素早く移動し、男を取り囲むようにして止まった。
男の正面に位置している光の発光が強まる。同時に、光の中から男性の声が響いてきた。
「再会から10年。再び力を所有する時が訪れた」
男の左右に位置する光も発光が強まる。それぞれから別々の男性の声が順に響いてくる。
「悪しき者達の退化。そして、人類の再誕と進化を永きに渡り監視してきた我々にとって、10年という時など昨日今日程度の長さに過ぎない」
「しかし、これほどまでに待ち遠しく心踊る10年は決して悪い時間でもなかった。待つことを終え、念願の時を迎えた我々は今、正に言い表せぬ絶頂の境地にいる」
ここまで只黙って聴いていた男の眼光の鋭さが、最後の語りが終わると更に増した。
自身を取り囲む5つの光を見回しながら男は強く言い返した。
「その10年で、一体どれだけの人々が犠牲になり、どれだけの国が滅びた? 貴様達の愚行が、今も人類全体を危険に晒している」
男の右後ろに位置する光の発光が強まる。男の態度が気に入らない様子の別の男性の声が響いた。
「少しは口を慎め。ここに呼び出した真意を理解しているのであれば、慎重な対応を心掛けるよう努力することが正解だ。立場を見誤った者に次はないのだ」
右後ろを振り向いた男が光に向かって指をさす。
「勘違いするな。ここに呼ばれた真意は理解している。だが、貴様達の軽率な戯言を見過ごせるほど、他の連中とは出来が違う。貴様達から与えられた力を、迷わず貴様達に対して使う選択肢も選ぶことが出来る」
今度は男の左後ろに位置していた光の発光が強まる。別の男性の声が、愉快そうに男に声をかける。
「それは実に面白い。飼い犬が飼い主に噛み付いた結果、鳴きながら許しを乞う姿も見てみたいものだな」
最後の一言に我慢の限界に達した男は、今にも飛び掛かりそうな勢いでその光に向かい前へ出た。
すると、男の正面に位置していた光が再び発光した。
「そこまでだ! 」
この場を諫めるような強い口調が光から放たれ、歩み始めていた男の足がピタリと止まる。そして正面の光の方へ振り向いた。
緊張感を含みながらも空間は再び静寂に支配された。
少しだけ間を空けてから正面の光が言葉を続けた。
「誰であろうと……もう、二度と邪魔はさせない」
固い決意の向こうに、脅しではなく本気で容赦しないという気持ちが滲み出ていた。
それを肌で感じ取った男の強気が揺らぐ。鋭い眼光は衰えないが、少し開きかけた口が声を発する事なく唇を噛んだ。
「それで良い。茶番はここまでだ。本題に入る」
「……要件は? 」
その一言が今の男の口から出る精一杯の言葉であった。
「全ての準備は整った。提案は可決され特別作戦部隊が組織される。必要な条件が揃い次第、計画は最終段階へ移行される。どれだけの犠牲を払おうと必ず計画を遂行するのだ」
全ての要件を伝え終えたのか、周りを取り囲んでいた5つの光が一斉に闇の中へ消えた。
残された男は、天井から吊るされているライトを見上げた。明かりに照らされた顔には、焦りの表情がはっきりと浮んでいた。